第九話 因縁の始まり
カリス達が特殊部隊として活動し始めてから半年が経った。
この半年の間に、カリス達は様々な活動を行ってきた。
各地に出没する海賊、山賊、盗賊の討伐。
危険な野生生物(野生の竜やマンティコアなど)の退治。
他国から流れてきた犯罪者の確保、及び、その国への引渡し。
罪を犯した貴族の証拠を掴み、その貴族を告訴。
治安維持や不正の改善など、幅広く活動し、そのいずれにも確実な実績を挙げている。
それらの活躍によって、噂が噂を呼び、今では、国内を超え、国外までその名は知れ渡っているらしい。
傭兵部隊、天竜騎士団。
それが彼らの総称だ。
彼らが掲げるは天を翔ける双竜の紋章。
これはカリスが戦争時に掲げるラインハルトを意味する紋章を改良したものであり、騎士団用の特別製だ。
騎士団の団員全ての背に、天を翔ける双竜の紋章が刻まれており、その圧倒的な存在感が醸しだされていた。
少数精鋭ながらも、その個人個人の能力が秀でており、彼らに狙われたものは逃げることができないとまで言われている。
『その紋章を見たら逃れる事はできない。素直に諦めるか自害しろ』
それが裏社会に生きる者達の間に出回っている噂である。
彼らの存在は平民達に希望と歓喜を、汚職している貴族や犯罪者に絶望と恐怖を与えていた。
小さな騎士団だが、その騎士団が与える影響は今では計り知れないものとなっている。
そんな彼らだが、現在、騎士団総出でアゼルナートの主都までやって来ていた。
何でも、ミハイルから呼び出しを喰らったらしい。
それぞれ竜、グリフォン、ペガサスで移動し、一度アゼルナート主都にあるアナスハイムの屋敷に寄り、そこから徒歩で城へ向かう事となった。
なお、その際、アナスハイム兄妹は留守であり、唯一残っていたシズクに後を任せた。
セリスはラミットを送り届けた後、一人城へと向かっていった。
到着を知らせに行くのと今後の予定を聞きにいったのだろう。
ちなみに、城に向かうという事で、ロラハム、ミスト、ローゼンを別任務に就いているという事にして留守番させている。
流石に城に亜人を連れて行くことは危険性の観点から不可能である。
ロラハムに関しては二人とアナスハイムの屋敷の人間の間に入って欲しいという理由と任務に就いているという信憑性を高める為という二つの理由から留守番となっている。
まぁ、実際の所、アナスハイムの屋敷の人間に関してはエルムストやトリーシャが歓迎ムードで二人を迎えている為、何も問題はなかったのだが・・・。
カリスも結構心配性といったところか・・・。
まぁ、慎重に慎重を重ねるカリスの姿勢は周囲からは頼もしく映っているらしいが。
「へぇ~。これがアゼルナートの主都ですか」
「んな驚く事でもねぇだろ? お前だってセイレーンの主都に入り浸っているんだから」
「それとこれとは話が違いますよ。何というんですか? こう文化の違いを所々感じるというか」
ロラハム、ミスト、ローゼンの三人が留守番の為、結果として、カリスの他にラミットとアリアの二人が城へ向かう事となった。
騎士としての証である宝剣と天を翔ける双竜の紋章を背のマントに掲げる今のカリスの姿には誰もが振り返っていた。
平民達の間にも天竜騎士団の噂は流れており、あちこちから『あれがそうなのか?』、『わぁ~騎士様だぁ』、『我々の希望がいらっしゃった』など呟きが聞こえてくる。
正装をしているのはカリスのみであった為、注目を集めているのはカリスだけであったが、傍にいる二人としてはあまり落ち着かない。
だが、当の本人であるカリスが全く気にした様子を見せない為、始めは気にしていた二人も次第に気にしなくなっていた。
そのあたりの切り替えの早さは、流石傭兵と言える。
傭兵という仕事をやっていれば、昨日の味方が今日の敵なんてこともざらにある。
だから、そんなことを一々気にしていたらやっていられないのだ。
自然と気持ちの切り替えが出来るようになっていても不思議はないだろう。
先程の緊張感のない会話もすぐさま適応してしまった証である。
まぁ、もともとラミットはマイペースだし、アリアはどこか抜けているところがあるから、単純に地なのかも知れないが・・・。
「セイレーンは自然を上手く取り込み上品になるよう意識しているのに対し、アゼルナートは古風な中に上品さを表すように意識されているからな。それの差だろう」
「なるほど。国民意識の差ですか」
セイレーン国民は建国者である聖母セイレーンの教えに従い、自然との触れ合いを大事にしてきた。
自然と共存するとまではいかないが、自然を保護する精神は幼少時から何より先に教え込まれている。
そんな国民意識があるためか、主都でもあちこちに自然が見られ、自然が見せる美しさで溢れかえっている。
だが、それに対し、アゼルナートはもともとの原点が違う。
剣聖アゼルナートは古風の人間、というか、騎士や武人としての精神に溢れていた為、煌びやかさや美しさをあまり求めなかった。
その為、古くからある主都にはそんな古風らしい光景で溢れている。
機能美とでも言えばいいのか、煌びやかさはないが、そのどことなく統一された感が美しくも感じる。
そんな中に煌びやかなものが混ざっているのは他国の事を意識し、煌びやかさを求めた者がいるからであろう。
どことなく浮いている感じもするが、それもまぁ仕方のない事と言える。
煌びやかさを求めるのは人として当然の欲求なのだから。
まぁ、そんな贅沢な事は貴族でもない限り実現できないが・・・。
「それにしてもよぉ。何で呼び出し喰らったんだ? 俺達、別に変な事してねぇよな?」
「はい。悪い事をしてないはずですから、きっと良い事で呼び出されたんですよ」
「・・・・・・」
確かに、天竜騎士団の活躍は目覚しいものがある。
褒められる事こそあれ、貶される事はないだろう。
だが、それも正規な騎士団だった場合だ。
カリス達は騎士団と名乗るものの、たかだか傭兵部隊でしかない。
実際は天空騎士団の特殊部隊なのだが、表向きは傭兵部隊であり、周囲の認識もまた傭兵部隊である。
事情を知らない国家の兵士達にとっては面白くない事だろう。
極端に言い方をすれば、自分達の手柄を横取りされているようなものなのだから。
兵士達が自分達に反感を抱いている。
その事を予想しているカリスとしてはアリアのように気楽に考えてはいられない。
だが・・・。
「そうなる事が分かっていて引き受けたんだ。もとより覚悟はしていた」
城へと向かうカリスの表情は真剣そのものだった。
~SIDE ラミット~
「良く来てくれた。カリス殿」
カリスのダンナに連れられやって来たのは場内にある謁見の間。
そこには、アゼルナートを代表する四天将が勢揃いしてやがった。
守護騎士団の団長を務め、防衛戦では無敗を誇り、防衛に関しては右に出るものがいないと言われるアゼルナートの守護神、ザストン・クリストフ。
機動騎士団の団長を務め、その類稀なる指揮能力によって戦場を支配してしまうと言われるアゼルナート史上稀代の天才指揮官、シャロラ・フリーゲルス。
天空騎士団の団長を務め、常に前線で飛び回り、その圧倒的な存在感で空から敵を威圧し続けるアゼルナートが誇る天空の支配者、ミハイル・ドリスター。
宮廷魔術師団の団長を務め、その抜群の魔力制御と戦略的魔術行使によって戦況を一人で変えてしまうと言われるアゼルナートの切り札、スノウ・ドットラクト。
傭兵稼業をやっている奴ならそれぐらいの情報は誰だって知っている。
下手に戦場であって死にたくないからな。
それぐらいこの四人はアゼルナートで群を抜いてやがる。
まぁ、俺は一般の傭兵とは違って臆病じゃねぇからな。
一度でいいから手合わせしてみてぇと思ってる。
・・・もしかしたら、これってチャンスなんじゃねぇか?
「お久しぶりです。ミハイル団長」
「そうだな。突然呼び出して申し訳ない」
「いえ。お気になさらずに」
穏やかにミハイル・ドリスターと話すダンナ。
まぁ、ミハイル・ドリスターとは部下と上司の関係だからな、一応、親しくてもおかしくないか。
「先日はご挨拶も出来ずに申し訳ありません。クリストフ侯爵」
ん?
ザストン・クリストフとも知り合いなのか?
「いや。あの状況なら仕方あるまい。それにしても、立派になったな。お前の活躍は耳にしてるぞ」
「いえ。私なんてまだまだです。機会がありましたら、幼少の頃のように、クリストフ侯爵に鍛えて頂きたく思います」
「ハッハッハ。お前の成長を見れるのは俺も嬉しいからな。喜んで引き受けよう。それと、そんな遠まわしな呼び方なんどしなくていいぞ。昔のように呼んでくれ」
「はい。ザストンさん。よろしくお願いします」
なるほどな。
クリストフ家とアナスハイム家はそんな昔から交流があったのか・・・。
四天将の一人と四天将に並んで恐れられているアナスハイム家の当主、多分父親だろうな、そんな奴らに囲まれて暮らしていればそれはまぁ強くもなるわな。
しかし、アゼルナート国屈指の騎士家系であり、他国にまで武勇を轟かしているアナスハイム家と防衛戦で無敗を誇るクリストフ家が親しいのか。
もし、四天将同士で争うような事があったら、一体誰が勝つんだろうな?
「お久しぶり・・・になるのかしら? カリス君」
「こちらこそお久しぶりです。ドットラクト伯爵。妹がお世話になっています」
妹?
「いえ。私も貴方の母であるマズリア様にお世話になった身。それに、トリーシャさんは優秀ですから。毎日が楽しいですよ」
「そう言っていただけて、安心致しました。今後も妹の事よろしくお願い致します」
「はい。お任せください」
・・・なるほど。
アナスハイム家も一筋縄ではないというわけだな。
クリストフ家だけだと思ったが、ドットラクト家とも交流があるのか。
って事は、もしかして、フリーゲルス家にも?
いや、まさかな。
そんな都合良くは・・・。
「最後になって申し訳ありません。フリーゲルス侯爵。御初に御目にかかります。カリス・アナスハイムと申します」
「うむ。私はシャロラ・フリーゲルスだ。気軽にシャロラと呼んでくれて構わない」
「ハッ。ありがとうございます。シャロラ様」
「・・・まぁ、様付けもいらんがな。しかし、エルムストに聞いていた通り、強い意思を感じさせる瞳を持っているな。なるほど。あいつが自慢するのも分かる」
「兄上がですか?」
兄上って・・・。
やっぱり、そうなのかよ・・・。
「ああ。貴公が活躍するたびに、熱心に修練していてな。何故かと問いかけると貴公に負けたくないからと語る。それからは、貴公の自慢が始まるんだ」
「そ、そうですか。それは、兄上が申し訳ないことを」
「いや。構わん。お陰で貴公の情報が入ってくるからな」
ニヤッと笑っているシャロラ・フリーゲルス。
うん、間違いない、こいつも強い奴と戦いたいどうしようもない奴だ。
まぁ、彼女は騎士としての向上心かもしれんがな。
・・・とにもかくにも、アナスハイム家は全ての四天将と繋がりがあるらしい。
一応、ミハイル・ドリスターにもカリスのダンナが部下としているからな。
って事は、四天将同士が争ったら、アナスハイム家も分離しちまうんじゃねぇか?
アナスハイム家当主は、友人であるザストン・クリストフに付くだろう?
んで、世話になったって言ってたから、ダンナの母さんと妹さんはスノウ・ドットラクトに付く。
それと、ダンナの兄さんはシャロラ・フリーゲルスに付くだろう?
んで、ダンナは表向きは違うとしても、ミハイル・ドリスター直属の部下だ。
結果としてミハイル・ドリスターに付く事になるだろう。
なんとまぁ、複雑な家系だな。
だが、裏を返せば、どの四天将とも繋がりがあるという事か。
恐るべし、アナスハイム家。
「ミハイル団長。それで、今日は・・・」
「ああ。すまんな。今日貴公を呼んだのは他でもない。貴公にある者と模擬戦をしてもらおうと思ってな」
「模擬戦・・・ですか?」
模擬戦?
何でだ?
「事情を知らない者の中に、貴公の事を疑問視するものがいてな」
「別にそのままにしておいても良かったんだが、それも度が超えてしまったんだ」
「反発を買う程度なら良かったのですが、王宮に楯突く者として処刑してしまえという意見まで出てしまっているようで」
「強引な方法だが、貴公達と実際に手合わせし、納得させる事にした。真実を話してしまえばいいのだが、そうはいかないのでな」
確かにそうだよな。
折角、表向き傭兵部隊として活動してきたんだ。
ここで、国の部隊だと知られれば、利点である活動の迅速さが失われちまう。
それは即ち、特殊部隊の有効性を失くしてしまうことになる。
反発をなくすか、特殊部隊としての有効性をなくすか、そのどちらかを天秤にかけた結果、強引な方法で反発をなくすという結論になったのだろう。
その為の模擬戦か・・・。
「分かりました。そのような状況なら仕方がないと思います」
「すまんな。私の力不足で」
「いえ。そんな事。して、私が模擬戦する相手とは?」
「・・・ああ。相手はカイム・ミステル伯爵が務める。そもそも模擬戦を要求してきたのもあいつでな」
「カイム・ミステル伯爵。以前、私の代わりに指揮を執って頂いた方ですね」
「そうだ。そのミステル伯爵だ」
カイム・ミステル伯爵。
俺達傭兵の間に流れている噂では良い事ねぇな。
実力も家柄も良いんだが、内面が悪い。
平気で傭兵を道具にして、自らの手柄とする汚い奴らしい。
傭兵の間でこいつに雇われるのは、その高給に釣られる奴ぐらいだ。
金銭的に切羽詰ってない限り、こいつに雇われる奴は馬鹿だと俺は思う。
それ程黒い噂がある奴に雇われちゃぁ、命が幾つあっても足りんからな。
生き残れる自信はあるけどよ、わざわざ命を捨てに行く必要もないだろ。
「あいつは妙なエリート志向があるからな。プライドが高すぎて、周りに目がいかんのが欠点だ」
「優秀なんだがな。まぁ、誰にも欠点というものはあるものだが・・・」
「その話は置いておきましょう。カリス殿。突然だが、模擬戦はすぐに行うつもりだ。よろしいか?」
「分かりました」
急だが、ダンナはこうなる事が分かってたのか、既に戦闘の準備が出来ていた。
流石だねぇ。
「それならば、付いて来てくれ。決闘場へ案内する」
決闘場へと歩き出したミハイル・ドリスター。
それに他の四天将達も続く。
「行くぞ。ラミット。アリア」
「あ、はい」
「はいよ」
ダンナに言われ、俺達もその後を追う。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
アリアと目が合って、互いに苦笑しちまう。
多分だけど、考えている事は同じだろうな。
『あぁ、なんかとんでもない事態に巻き込まれてる』ってな。
四天将との会談から始まり、いつの間にかカリスのダンナが模擬戦をするという事になってやがる。
まぁ、なんていうか、相変わらずダンナ達といると飽きないよな。
何があるか全くもって予想できねぇんだから。
って事で、今回も楽しませてもらうとするか。
噂の悪徳貴族をダンナが蹴散らしてしまう所をな。
~SIDE OUT~
~SIDE アリア~
ラインハルト様・・・こう言うと怒られるんでした。
カリスさんに連れられやって来たのはアゼルナートの主都。
これまで色々と忙しく、主都にやって来る機会がありませんでした。
だから、初めて主都に来た今日、主都の町並みに感動してしまったんです。
セイレーンのような煌びやかさは感じないのに、何故か美しく感じるこの主都に。
主都の町並みを眺めながら、向かったのは城内にある謁見の間。
そこで噂の四天将に会い、あれよあれよという間にカリスさんの模擬戦に。
突然の事態に頭が少し追いつきません。
その後、訳も分からぬまま、決闘場へ向かうカリスさんに付いていくと・・・。
「・・・・・・」
何なんですか? これ。
格式の高そうな石造りの決闘場。
円状の決闘場の周りにある席にはこれでもかという程、兵士達で溢れています。
ただの模擬戦なのに、何でこんなに人がたくさんいるんですか?
・・・・・・後で聞いた話ですが、この人数は模擬戦を目の敵であるカリスさんがするからだったらしいです。
『噂では凄いけど、実際はそんな事はないんだろ?』、『自分の目でどれ程なのかを見極めてやる!』という事だったみたいですね。
セイレーンならラインハルト様の名を出せば一瞬で済むのですが・・・ここはアゼルナートですもんね。
仕方ありません。
「・・・・・・」
そして、既に決闘場の中央で意識を研ぎ澄ませている人。
彼がきっと、カリスさんの相手になるカイム・ミステル。
傭兵の間で悪い噂しかない人です。
でも、ラインハルト様が負ける訳ありません。
・・・カリスさんが負ける訳ありません。
「カリス殿はあちらに。二人は観戦席に向かうといい」
ミハイル団長にそう言われたので、私達は移動を始めます。
「まぁ、無理すんな。ダンナ」
「頑張ってくださいね」
「ああ」
カリスさんにそう告げて。
~SIDE OUT~
~SIDE エルムスト~
『相変わらずだな』
そう俺は思う。
決闘場に出てきたカリスはこんな大勢の人間が見ているのに、まるで気にした様子を見せず、悠々と立っている。
普通なら、緊張やら何やらすると思うんだがな・・・。
「相変わらずだね」
トリーシャもそう思っていたらしい。
今日、俺はシャロラ団長に、トリーシャはスノウ団長に、それぞれこの模擬戦について聞かされた。
あいつが模擬戦をするとなれば、家族である俺達が見に行かない訳にはいかない。
だから、俺はトリーシャと一緒にここまでやって来たという訳だ。
ちなみに、悪いと思ったんだが、シズクには留守番を任せた。
多分だが、カリスが仲間達を連れてくるだろうからな。
誰もいない家にいさせるのは流石に申し訳ない。
使用人もいるが、顔見知りがいた方が気楽だろうしな。
「到着が遅れ、大変申し訳なく思います」
「構わん」
カリスが声をあげた事でその場が静まる。
模擬戦といえど、互いに主張する事があるはずだ。
それを邪魔してはならない。
静寂な雰囲気が流れる中、二人の会話は続く。
「貴様は騎士の称号を頂いたようだな」
「はい。半年程前の事ですが、ドリスタンとの戦争で挙げた功績で頂きました」
「なるほど。それならば、何故、王家に楯突こうとする?」
「王家に楯突く? 私がですか?」
王家に楯突く・・・か。
ただ事ではない言葉に、周囲も騒然としているな。
「兄さん・・・」
「そんな不安そうな視線を俺に向けるな。カリスなら大丈夫だからな」
トリーシャにそう言い聞かせ、会話の続きを聞く。
「ああ。民の為に傭兵として治安を良くする活動をするのは立派な事だ。だが、それによって王家の支持率は下がってしまう」
「王家の支持率が何故下がるのですか?」
「分かっていないな。貴様達の存在は国家騎士団の支持率を下げる。それは即ち、王家の支持率を下げる事に繋がるのだ」
『おかしな持論だ』と俺は思う。
国家の支持率とは決して国家騎士団の支持率と直接的な繋がりを持たない。
もちろん、国家騎士団の失敗は国家の支持率を下げる事になるだろう。
だが、傭兵部隊と言えど、国が安全であると分かれば、その心は王家へ感謝する。
要するに、安全さえ確保すれば、王家の支持率は下がらないという事だ。
それに、だ。
カイム・ミステル伯爵が周囲の支持率を気にするような者ではないことは誰でも知っている。
だから、ただ自分に都合が良くなるように周囲の気持ちを誘導したという事だろう。
あのような言い方をすれば、周囲からも支持され、カリスは非難されるからな。
嫌な奴だ。
「それはおかしいですね。王家の支持率と国家騎士団の支持率には直接的な繋がりはありません」
「何だと?」
「それは貴方にだって分かっている筈です」
「・・・・・・」
黙り込むという事は分かっているという事だな。
これは・・・風向きが変わるかな?
「更に言えば、国家騎士団の支持率が下がっている訳ではない筈ですが?」
「・・・どういう意味だ?」
「我々が挙げた功績の殆どが辺境の地であり、国家騎士団の活動範囲外です。もちろん、範囲外といっても、国家騎士団が見知らぬふりをしている訳ではありません」
「・・・活動が遅く、間に合わない地という訳か」
「はい。その為、国家騎士団が普段から活動している範囲で私達は何も干渉していないという事になります。それでも、支持率が下がっているとおっしゃるのですか?」
「・・・・・・」
ミステル伯爵だけでなく、周囲も黙り込む。
王家に楯突く謀反者だと糾弾していたが、実際にそんな事はないと実証され、反論できる余地もない。
自分達が如何に滑稽であるかを思い知ったのだろう。
「それならば、何故国家騎士団に所属しない。王家に忠誠を誓い、国の平和を憂うのであれば、素直に国家騎士団に所属すればいい」
確かに、事情を知らない者ならそう思うかも知れんな。
だが、カリス達は実際には騎士団に所属している事になる。
本当のことを言いたいが、言ってはならない。
だが、本当のことを言わなければ、周囲からは妬まれる。
・・・複雑だな。
どう答える? カリス。
「確かにそうかもしれません。ですが、私達には私達なりの考えがあります」
「考え・・・だと? 言ってみろ」
「・・・国家騎士団を動かす為には莫大な時間と費用がかかります。私にも、それが仕方のない事だとは分かっています」
「・・・・・・」
「ですが、その弊害ゆえに、小さな事件を無視する傾向があります」
「そのような事は」
「ないと言い切れますか?」
「・・・・・・」
耳が痛いな。
騎士団が動く事件は基本的に多人数を必要とするものだ。
また、辺境の小さな事件には費用がかかり、受け付けない事もしばしばある。
遠征というのは金がかかるものだからな。
小さな事件の全てに対応していたら、騎士団を続けていけなくなってしまう。
・・・事件を解決する為の存在なのに、事件を解決したら組織としてやっていけなくなる。
組織というのは、難しいものだな。
「そのような時に、私達のような組織も必要だと私は考えています。辺境であろうと、主都であろうと、アゼルナートの民である事に違いはないのですから」
迅速に動く為。
そう言われ設立された特殊部隊だが、カリスはカリスなりに目的意識があったんだな。
「・・・・・・」
ミハイル将軍も感嘆の表情を浮かべているようだ。
将軍としては、迅速さを求めていただけだったのに、カリスはそれ以上のことを考えていたんだろう。
立派になったな、カリスは。
「なるほど。最もな理由だ。だがな、それで納得する訳にはいかんのだ」
「・・・・・・」
「国の平和は古来より我々国家騎士団が守ってきた。それをポッと出の若造に偉い顔をされては、我々の沽券に関わる」
「・・・それで、どうするというのです?」
「カリス アナスハイム。貴様に決闘を申し込む!」
決闘だと!?
「に、兄さん!」
「ああ。まさか、決闘沙汰になるとはな・・・。何を考えているんだ? 伯爵は」
貴族同士の決闘は、それこそ、一生を左右するほどの影響力を持つ。
決闘とは、己の誇りの全てを懸けて行うものだからだ。
敗北、それ即ち、自身の喪失。
しかも、申し込んだ方が負けたとなったら、その影響は凄まじくなる。
もし、その者が重要な職に就いていたとしても、決闘を申し込み、それでいて負けたとなれば、その職は確実に降ろされる事になるだろう。
また、自ら挑み無残にも決闘に負けた者と指差され、屈辱を感じながら日々を過ごす事となるだろう。
自ら決闘を申し込むなんて正気の沙汰とは思えない。
「・・・決闘ですか?」
「何だ? 怖気づいたか? まぁ、無理もないがな」
はなっから勝った気でいるな。
だが、果たしてカリスの実力を正確に把握しているのだろうか?
油断は容易に敗北を呼ぶぞ。
「ミステル伯爵! 何を考えている!」
「ミハイル将軍。貴方には決闘の見届け人を引き受けてもらいたい」
「そんな事引き受ける訳ないだろう!」
「分かりました。その決闘、受けましょう」
「カリス殿!?」
・・・受けるのか、カリス。
「そうか。受けるか」
「クッ! ・・・致し方あるまい」
カリス自身が認めてしまえば、引き受けるざるえないか。
「もし万が一にでも貴様が勝利すれば、貴様達の有効性を認めよう」
万が一・・・か。
相当の自信があるみたいだな。
「だが、私が勝利したあかつきには貴様を国家反逆罪で捕らえる」
その言葉に、周囲が唖然としている。
「国家反逆罪!? 何を言っているんだ? 個人にそれだけの権限はない」
「でも、兄さんがそれを認めれば、成立しちゃうよ。・・・決闘だもん」
「・・・そうだが、しかし・・・」
確かに決闘で確約すれば、それが如何に無茶な事でも成立してしまう。
それだけの意味が決闘にはあるからだ。
しかも、今日の舞台は王家の決闘場。
決定を覆す事は不可能だろう。
「カリス・・・。たとえ勝てる決闘だとしても、そのような事を約束する必要はない。拒否しろ」
聞こえないだろうが、祈らずにはいられない。
こんな理不尽な罪など被る必要はないんだ。
「ミステル伯爵はどうしても私が王家に楯突いているとおっしゃりたいのですね」
「その通りだ。貴様の行動は立派な国家反逆罪に相当する」
「私自身、私の行いは国家反逆罪に当てはまらないと思っています。ですが・・・」
武器を構えた!?
カリス・・・お前は。
「それでも尚、私が王家に楯突く反逆者と糾弾したいのであれば・・・」
・・・その条件で決闘を受けるというのか・・・。
「その武でもって、主張していただきたい」
カリスの持つハルバードの矛先がミステル伯爵に向かう。
これでもう引き返せなくなったな・・・。
「・・・いいだろう。ここに決闘の条件が成立した。貴様の敗北。それ即ち、貴様の終わりだ」
そんなカリスに対し、ミステル伯爵も腰から剣を抜き、構える。
彼も一応、戦功によって騎爵を頂いた者の一人だ。
剣士として充分の能力を有する。
・・・カリス。
この戦い、何があっても負けられないぞ。
~SIDE OUT~
決闘場の中央で互いに武器を構えるカリスとカイム。
カリスに対するカイムはアゼルナートの騎士らしく、一振りの剣を構えている。
二人とも王家から受け取った宝剣を腰に構え、自らが騎士であるという事を主張している。
騎士対騎士による決闘。
互いの尊厳を敬い、正々堂々最後まで戦い抜く。
騎士として当然の事であり、決闘における絶対のルールだ。
決闘に敗れたものは素直に敗北を認め、勝者を讃えなければならない。
また、敗者となったものは、決闘に負けた者として自らの名誉を失う事となる。
プライドの高い者には耐え難い屈辱となるだろう。
決闘の敗者は一瞬で様々なものを失う事となる。
決闘とはそれほど恐ろしいものなのだ。
『負ける訳にはいかない』とどちらも気を引き締めている。
「・・・・・・」
「・・・てぇやぁぁぁぁ!」
始めに動いたのはカイム。
構えた剣を上段から振り抜く。
シュッと空気を切るような音が辺りに響く。
「チッ」
そう、切ったのは空気だけ。
まるで手応えがない事にカイムは舌打ちをする。
「・・・・・・」
無言で矛先をカイムに向けるカリス。
その長さも相まって、カリスとの距離を感じるカイム。
一瞬でこれだけの距離を空けられたことに驚きつつもカイムは攻撃を続ける。
決闘はまだ始まったばかりだ。
「フッ」
一閃。
横に振り抜かれた剣。
「ハッ!」
だが、掛け声と共に振り抜かれたカリスのハルバードに弾かれてしまう。
「クッ! 何て馬鹿力だ」
剣だけでなく、身体ごと弾かれたカイムは体勢を立て直すべく後退して距離をとる。
そして、再び剣を構える。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
演習場の端と端で互いに相手を睨みつける。
「ハッ!」
今回、先に動いたのはカリス。
十歩分はあろう距離を一瞬で詰め、質量のあるハルバードを力の限り振り抜く。
「何!? クッ!」
まさか、この距離が一瞬で詰められるとは思っていなかったカイムは慌てて剣で受け止める。
反応しただけでも立派なものであろう。
だが、その一撃には、先程よりも走った分の勢いがあり、受け止めたはずのカイムでも簡単に吹き飛ばされてしまう。
吹き飛ばされ、体勢が崩れるカイム。
立て直す機会を与えまいとカリスはすぐさま追撃へ向かう。
「ハァ!」
縦に横に、鋭い攻撃が続く。
時に避け、時に受け止めるカイム。
だが、次第に余裕がなくなり、受け止めれば吹き飛び、避けようとも掠り傷が出来るようになってしまう。
「ク、クソッ!」
防戦一方となり、悔しげな声を挙げるカイム。
だが、カリスの攻撃が休まる気は一切しない。
ここは何が何でも状況を変えなければ!
そうカイムは考え、あらん限りの力でカリスのハルバードに向けて剣を振り抜く。
今まで防戦一方で、受け止める時だけに使っていた剣をカイムが突如振りぬいた為、カリスは一度様子見をしようと攻撃の手を休める。
それはカイムにとって、都合の良い事だった。
満身創痍とまではいかないが、全身に傷があるカイムに比べ、カリスは未だ余裕の表情で、身体に傷一つ付いていなかった。
「・・・これほどの差があったとはな・・・」
四天将専用の席に座っていたミハイルがそう溢す。
見届け人である彼には正当な評価を下す義務がある。
だが、この決闘を見る限り、評価は決まったようなものだった。
「ミステル伯爵は国内で上の下に入る実力の持ち主。決して弱い訳ではありません」
「ほぉ。それ程の相手にこれだけ力の差を見せ付けるとはな。一度、手合わせしてみたいものだ」
「ハッハッハ。これ程の腕前で俺に鍛えて欲しいとは良く言ったものだ。俺も気を引き締めてかからないとな」
ミハイルの呟きに続くように、残りの四天将が話す。
国家反逆罪と言われた時は流石の彼らも困惑していたが、負ける事はなさそうだと安心し始めていた。
「これ程強くなっていたとは・・・。戦争の時には分からなかったが、こうして決闘という形で見ると良く分かる」
「うん。兄さん確実に強くなってるね。神龍山での修行は伊達じゃないって事かぁ」
「そうだな。今までは半信半疑だったが、これを見せられれば、嫌がおうにも納得させられる」
「この戦い見てると、あんまり良い言い方じゃないけど、マンティコアに襲い掛かる犬とか、竜に襲い掛かる蜥蜴とかを想像しちゃうよね」
「ハハハ。それは酷い例えだな。だが、分からなくもない」
愉快そうに笑うエルムスト。
隣にいるトリーシャも笑う。
「・・・これなら負ける事はないか・・・。焦らせるなよ。カリス」
視線をカリスに向け、そう呟くエルムスト。
周囲の視線が集まる中、二人の争いは結末を迎え始めていた。
「クッ! こんな筈では・・・」
カイムは今現在の状況に対し、悔しげな表情を浮かべていた。
平民達や騎士団の上層部に絶大な評価を得ているカリスを倒す事で、自分の名が国中を飛び交うようになるだろうと安易な考えでカイムは決闘を申し出た。
全ては自分の名を高め、より高い身分になるため。
だが、今の状況はどうだろうか?
明らかに自分は押されており、自分自身、自身が相手に勝つイメージが全く浮かんでこない。
決闘が始まる前、『自分が負ける訳がない』と思っていたカイム。
だが、そんな自信は脆くも崩れ去った。
「クソ! クソガァァ!」
雄叫びを上げ、カイムが腰から宝剣を抜く。
先程まで持っていた剣は既に地面へと投げ捨てている。
「宝剣を抜いた!?」
宝剣とは騎士であることの証明。
その為、剣としても一級品の品質を持つ。
だが、決闘中、宝剣を抜き、敵に向ける事は禁忌とされている。
それは、騎士としての誇りを汚す事と同義であるからだ。
戦場においては、自らが騎士であることを主張し、騎士としての武を見せ付ける為にも抜く事を許される。
だが、今は国内での、味方同士での決闘中。
当然宝剣を抜く事は許されない。
しかし、カイムは自棄になり、決闘中であるにもかかわらず宝剣を抜いてしまった。
決闘後、カイムに如何なる罰が下るかは分からない。
だが、それだけカイムが追い詰められていたという事を示している。
「この決闘、それまでとする!」
ミハイルの声が決闘場に響く。
だが・・・。
「五月蠅ぇ! 邪魔をするなぁ! 死ねぇ!」
ミハイルの声を無視し、カイムが宝剣を片手にカリスに襲い掛かる。
「・・・・・・」
ゾクッ!
鳥肌が立つ程、滑らかに剣筋を避けるカリス。
その動きに、誰もが魅了された。
「騎士としての誇りを捨てた。その時点で貴方の敗北は決まった」
カリスはすぐさま移動し、カイムが投げ捨てた剣を拾う。
鞘から抜き取り、刀身を眺める。
「良い剣だな。・・・決着はこれでつけるとしよう」
そう言うと、カリスはハルバードを地面に突き刺し、剣を振る。
「剣で戦うつもりか!?」
そのカリスの行動に周囲が驚き、ざわめく。
剣士を相手に剣で立ち向かう。
何て愚かな事だろう。
そう周囲が感じたからだろう。
だが、カリスが剣を構えた瞬間、その考えは打ち消され、誰もが言葉を失った。
「・・・・・・」
剣を構えるカリス。
その姿には微塵の隙も感じられない。
それは、剣士としても一流であるという事を示していた。
「フゥーー・・・フゥーー・・・」
荒い呼吸音を立てるカイム。
だが、その射抜かんばかり視線はまっすぐカリスに向けられている。
・・・時が止まった。
周囲も二人も次の一瞬で勝負がつくと全神経を集中させている。
音もなく、動きもない。
その限定された空間が動き出す切欠は・・・。
「・・・ゴクッ」
「ハアァァァァァァァ!」
「ガァァァァァッァァ!」
誰とも知れない兵士の唾を飲み込む音だった。
互いに相手に向かって駆けながら剣を振り抜く二人。
その次の瞬間、決闘場内に金属同士がぶつかった鈍い音が響く。
その衝撃に、突風が生じ、決闘場内にいる殆どの者が目を瞑る。
「・・・・・・」
「・・・決着がついたようだな」
呟いたのは眼を瞑る事無く最後まで見届けた四天将達の中の一人、シャロラだった。
その言葉に釣られるように、眼を瞑っていた誰もが眼を開ける。
眼を開けた彼らの視界に映ったのは吹き飛んだ宝剣と首元に剣が突き出されているカイムの姿だった。
「見届け人として、勝敗を告げる。勝者、カリス・アナスハイム」
ミハイルの言葉によって、決闘場中に喚声が木霊した。
「最後に言わせて頂く。本当に国を護ろうとする者は“支持率”など気にしない。何よりも民の平穏な生活を望んでいる。民の笑顔こそが誇れるものと知れ」
「・・・・・・」
・・・こうして、命運を懸けた決闘は終わりを告げるのだった。
ある男の胸に禍根を残して・・・。