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<新作 能・落語>

【新作落語】たぬきの置き土産~すすきみみずく奇譚~

作者: 地湧金蓮

一、

 子たぬきポン太は、ぺったんこのお腹を背中にくっつけ、近くの雑司ヶ谷鬼子母神堂のお稲荷さんに向かいます。そこにはなにかしら食べるものがおいてあるからです。


ポ「うわあ、今日のおまんじゅう、まだ湯気がたってるよ~。いい匂いだなあ。いただきまあす」

粂「ちょいと。お稲荷さんのお供えをとっちゃあいけないよ。ばちがあたるよ」

ポ「?」

 ふりかえると、ねんねこ半纏の子守っ娘。赤ん坊を一人背負って、はったとポン太をにらみつけます。


ポ「バチ。ってなあに?」

粂「えっ? ええっと……あたしにもわかんないけど。ここの鬼子母神様はとっても霊験あらたかだから。その目のまえで悪さをしちゃあ、いけないのよ」

ポ「ふうん」


ポ「わかった。ねえちゃんの顔をたてて、お稲荷さんのお供えはたべないことにする」

粂「ありがとう。お礼に飴をおごってあげる。ついておいで」



二、

 子守っ娘は、参道中ほどにある飴屋にて、飴一袋を買ってまいります。


粂「お待たせ。ここの名物、川口屋の飴だよ。はい、あーんして」

(おくめ、ポン太の口の中に飴を一つ入れる)


ポ「う……。なんか、歯がぜんぶ溶けそう、からだじゅうがじんじんするよ」

粂「ありゃ。たぬきの体には毒だったかね? まずかったらペッてしてね」

ポ「ううん。もう呑んじゃった」


粂「ごめんね、へんなもの食べさしちゃって」

ポ「いいんだよ。でもね、おいら、こないだおとっつあんに巣穴を追い出されて、腹が減ってんだ。もすこし、食いでがあるものがたべたい」


粂「そうお……このへんでたぬきが食べがいのあるものっていえば、やっぱり弦巻川つるまきがわかね。あんた、いったことある?」

ポ「ううん」

粂「じゃ、一緒にいこうか。魚のとりかたも教えてあげる。あたし、上手いんだ。

ところで、あんた、名前は」

ポ「おいら、ポン太」

粂「あたし、おくめ(お粂)っていうの。よろしくね」



三、

 子授けの大銀杏から、黄金色の葉っぱがはらはらと降ります。その根元をぐるっとまわって、一人と一匹は参道の石畳の入り口に出てまいりました。


粂「この仁王さん、石でできてるのよ。で、これがお百度石。」

ポ「お百度石って?」

粂「『お百度石』がある寺や神社はね、石から本堂までを百回まわれば、一日でも『お百度参り』したことになるの」

ポ「ふうん、よくわかんないけど。百回もまわって、ニンゲンはなにを願うの?」


粂「それは人それぞれだけど。あたしは、おっかさんの病気がよくなりますように、って祈ってんの」

ポ「え、おくめちゃんのおっかさん、病気なの?」

粂「そうなの。おとっつあんがなくなってから働きづめでね。お医者さんは、効く薬があるっていうけど。でも、高くて、とっても買えないの」


粂「あ、ここは『鷺明神』(さぎみょうじん)。門前の小石を拾ってもって帰ると、『疱瘡ほうそうよけ』のお守りになるのよ」


 『鷺明神』のほこらの横に、法明寺へとつながる参道がございます。一人と一匹はそこを抜けまして、


粂「そういえば、ポンちゃん、おとっつあんに追い出されたって言ってたわね。なんか悪いことでもしたの?」

ポ「悪いことなんかしてないよっ!……たぶん。でも、追い出されるほどのことはしてない」

粂「そうお? でも、きっとなにか理由があったのよ。子供がかわいくない親なんていないもん。たぶん」

ポ「そうかなあ」



四、

 一人と一匹は弦巻川の河原に降りたちます。おくめはねんねこ半纏ごと赤ん坊をおろし、しりっぱしょりをして、もう水も冷たくなった川にずんずん入っていきます。


粂「うぐいと鮒、どっちがいい?」

ポ「どっちも!」


粂「はい、鮒! こっちは鮎かな? こうやって浮いてくる魚を上からそうっとつかむの、そしたら、いくらでもとれる」

ポ「えええええ? おいら、そんなうまくできない」

粂「そうお? じゃあさ、その辺の平たい石をひっくり返してごらんよ。カニとかタニシなら、ポンちゃんだって捕まえられるでしょ」


 石をひっくり返しますと、沢蟹とかカワニナとか、あとポン太が名前もしらない虫が逃げまどいます。四半刻(三十分)もいたしますと、


ポ「ねえちゃん、おいらもう食べらんない」

粂「うふっ、そう。よかったわね。おなかすいたらここにくればいいわ。じゃあ、日も暮れてきたし、あたし帰るわね」



五、

 おくめの姿が参道の林のなかに消えたとたん、岩陰から声がかかります。

権「おんどりゃあ、誰に断って、ワシのなわばりの川を荒らしよるんか」


ポ「ごめんなさい。おくめ姉ちゃんはニンゲンだから。たぬきの世界の仁義とかわからないんです。でも、おいらのために良かれと思って魚をとってくれてるんで、ことわれなくて」

権「ああ。おくめちゃんな。高田四ツ家町の。毎日、おっかさんのためにお百度参りをしとる。あの子に免じて、許しちゃろう」

ポ「ありがとうございます」


権「お前、まだ子供じゃのに、やせとるのう。子別れしたばっかりか」

ポ「子別れ? っていうか、おとっつあんが急に歯をむいて怒りだして。おいらを巣から追い出したんです」

権「狸はなあ、子供がおおきくなったら、独り立ちさせるために、わざと巣穴から追い出すんよ。ワシにも覚えがあるわ」

ポ「そうですか。

 追い出されたばっかりのとき、権兵衛さんはどうやってえさをとったんですか」


権「はあ、どうじゃったかのう。素で忘れてしもうた。なにしろ昔の話じゃけえ。

 代わりに、とっときの場所を教えちゃるわ。ついてきんさい」


 大小の二匹の狸は、鬼子母神堂に向って歩き始めます。


権「お前、ワシの名前を知っとったの。お前の名前も聞いてええか」

ポ「おいら、ポン太って言います」

権「ポン太か。ええ名前じゃ。ほら、この穴をくぐりんさい」


 板塀の隙間をくぐると、そこは参道にずらっと軒を並べるお茶屋の一軒の裏庭。三尺(約九十センチ)ほどの穴に、人間の食べ残しがうめられております。


権「この家は片づけが甘いけえ、餌がないときはここに来たらええ。でも、静かにの。つかまったらたぬき汁にされるで」

ポ「たぬき汁ってなんですか?」

権「お前、たぬき汁を知らんのか……ほら、魚の焼いたのがまるまる一尾、でてきた。食べてみんさい」

ポ(食べる)「フゴフゴ、おいしいです」

権「茶色に染まっとるところは食べちゃいけんよ。醤油いうて、狸の体にはよくないけえ」


 二匹がごちそうをあさっていると、茶屋の二階から、女の声が聞こえます。


女「すーさん、あたいをほっといて、どこいってたのよう。あたい、あんたがこないと、さびしくてさびしくて」

男「またまたあ」

女「嘘じゃないわよう。毎日は無理でも、三日に一日は来るって約束して。じゃないと、あたい、死んじゃうからあ」


ポ「なんですかあのおしろいの化け物は。自分のこころとは真逆なことを言ってますね」

権「あれはなあ、男をだましておるんじゃ」

ポ「あんなのでだませるんですか」

権「そうよ。ワシら狸にはすぐわかるけどの。

あの、おくめちゃんもやがてはああいう化粧をして、小袖をぐずぐずに着て、男をだますようになるんかのう」


ポ「ええっ? おくめちゃんがっ?! なぜですか」

権(驚く)「そりゃだって、子守っ娘のお駄賃じゃあ、おっかさんの病気は治らん。

貧しい家の娘が大金をかせぐには、自ら身を売って、女郎か芸者になるのが手っ取り早いんよ。ワシは、そういう娘をたくさん見て来た」

ポ「そんな! おくめちゃんがあんなおしろいおばけになったらおいら」

権「人間には人間なりに、道があるんよ。……あっ、待て! どこ行くんやポン太」


 

ポ(独白)「おくめちゃんを助けなきゃ。

たぬきは、大きくなったら親が子供を巣から追い出す。ニンゲンだってたぬきだってかわりはない。おくめちゃんも自分からおしろいおばけになることなんてないんだ。

でも、それをニンゲンにわからせるにはどうしたらいい?」


 やがてポン太は、野原から手当たり次第にすすきの穂をとってまいります。ふわふわしたのぎの部分をたくさん束ねまして、ところどころカヤの葉で結びます。おばあさんの白髪の丸髷のていにこしらえまして、

ポ「できたあ! おっかさんに化けて言いきかせれば、おくめちゃんも聞いてくれるはず」


 

六、

ポ「たしか、高田四ツ家町に住んでるっていってたな」

 門前のケヤキ並木を抜け、清戸道きよとみち(現・目白通り)をわたります。幸い、お粂の住む長屋は破れ目だらけ。ポン太はなんなくもぐりこみます。


ポ「おくめちゃん。おくめちゃんってば!」


粂「ふあ。だあれ? おっかさん?」

ポ「ちがうよ! いや、違わないな。えっと、なんだっけ」

粂「あら、ポンちゃん。どうしたの、へんな格好して」

ポ「へんなかっこうって。おくめちゃんのためにこしらえたのに」

粂「そうなの、ごめんね。でも、こんな人の多いところに来ちゃだめよ。あっというまにつかまって、たぬき汁にされちゃうよ」

ポ「たぬき汁。って、なあに?」

粂「たぬき汁もしらないで町中をうろうろしてんの、あぶないわねえ。さっ、こっから逃げなさい。つかまらないようにすんのよ」



七、

 ポン太が去った後。ススキの穂をたばねた、白いもにゃもにゃしたものが落ちております。

粂「なんだろうこれ。たぬきの化け道具かな? そういえば、あたしのためにつくったって言ってたような」


粂「ここは……鳥のつばさ? すると、丸いのは頭かなあ。鳥にしちゃあ頭が大きいけど。みみずくかなにかかな」


 おくめはたぬきが落としたすすきのかたまりに、みみずくの耳や目、くちばしをつけてみました。

粂「なんか、おもしろい。これ、お土産品として売ったらどうだろう。ご参詣のお客さんたちに受けるかも」



八、

 おくめはすすきのみみずくをたくさんつくりまして、鬼子母神様の境内のはしっこで売り始めます。これが大当たりしまして、おっかさんの薬を買うことができました。そうなると、今度は親娘ふたありでもってすすきみみずくをこしらえまして、大変に繁盛いたします。


 そのすがたをものかげからのぞきまして、ポン太はつぶやきます。

「結局、たぬき汁ってなんだったんだろう」




【終】


読んでいただきまして、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
ポンタ君、実をもってたぬき汁が何たるかを知ることにならなくてよかった。お粂ちゃんも、遊女に身を落とすことなくおっさんの病を治すことが出来たこと、すすきみみずくが福を運んできてくれたのか。子供を守る鬼子…
東京の地理には疎いのですが、人形町にある小網神社では、すすきのみみずくを幸運の象徴として授けて下さるようですね!(*人´ω`*)<こんな可愛いお人形たちならば、商売繁盛も納得です〜♪ >しりっぱしょ…
 読ませていただきました。  落語ということで、ちょっと自分の解釈力では敷居が高いかな?と思いながら読んだのですが、なるほど面白いというか、心温かくなるような、ほっこりするお話で、読後感が良かったで…
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