表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

雑多な小噺

はらぺこゆうしゃ

掲載日:2025/10/24

「おなか、すいた…」

 勇者は、魔王城前で倒れた。



✡★☆★✡



 勇者は、魔王討伐の為に旅をしていた。


 勇者は、元はただの少女だった。

 この辺りではあまり見かけない、銀髪赤眼。

 その容姿を原因として、周囲の大人からは気味悪がられていた。

 それでも、両親からの愛情をいっぱい受けていた少女は、幸せに育った。


 少女はよく食べ、よく眠る子だった。

 同じ歳の他の子よりも多い食事量を必要とし、元気に遊んだ後はお昼寝を必要とした。

 幸い、少女の家は、裕福とまではいかないが、少女の食事に困らない程度の稼ぎはあった。


 5歳の誕生日。

 おとうさんとおかあさんは、プレゼントを受け取りに行った。

 少女は、おうちで待っていた。


 日付が変わっても、おとうさんとおかあさんは帰ってこなかった。


 教会の人が来た。

 おとうさんとおかあさんが死んだ事を知らされた。

 いみこである少女が5歳になったから、呪いで死んだらしい。

 呪いを解くには、まおうを殺さないといけないらしい。

 そのまま、少女は何も分からないままゆうしゃになった。

 少女は優秀だった。

 全ての属性魔法を扱える才能を備えていた。

 手に取った武器は少し練習すればすぐに扱えた。

 その事を教会は恐れた。

 いつか、こいつが反乱を起こすのではないか。そうなったら、我々では抑えきれないかもしれない。

 元々忌み子だから、別に死んでも構わないと思った。最初から使い潰すつもりだったのだから。

 食事量と睡眠時間を無理矢理減らして、弱体化を図った。

 勇者は小柄で細くなった。

 勇者は期待で押し潰された。

 勇者は贅沢を禁じられた。

 体力はどんどん落ちた。

 魔力もどんどん落ちた。

 少女は気付いていた。

 本当は呪いなど無い事。

 お父さんとお母さんを殺したのは教会の人たちである事。

 それでも動き続けた。

 そして現在に至る。



✡★☆★✡



 城門見張り役は、不審な人影を見つけた。

 剣を杖代わりにフラフラと歩く、重そうな装備に乗っかられているような少女。身体のボロボロ具合と、身に纏う防具のギラギラ具合が釣り合わない。

 見つけた直後に、少女は倒れた。

 見張り役は次の見張り役と一緒に少女を救出しに向かった。

 少女は地を這ってでも魔王城に近づいている。しかしそれも虚しく、途中で身体が動かなくなってしまった。

「おなか、すいた…」

 そんな声が聞こえたので、食糧庫からくすねたパンをちぎって、少女の口元に当てる。

 少女の口がパンの欠片を咥え、もそもそと食べ始めた。

 飲み込んだのを確認し、もう少し食べさせたところで、雨がぽつぽつと降り出した。

 見張り役2人は少女を抱えて城へ走った。甲冑のようなゴテゴテした装備は重かったので剥がして捨てた。

 枝のような細い身体が顕になった。

 少女は膝を抱えて身体を縮めた。寒さで震えているように見える。

 2人は急いで少女を城内に運んだ。



✡★☆★✡



 客室にて。

「…ぅ」

 目が覚めた少女は。

「………ん」

 …久々のふかふかおふとんを無意識的に堪能し始めた。

 もぞもぞ、もぞもぞ。

「……すぅ」

 そして再び夢の世界へ。


 …それでいいのか。



✡★☆★✡



 その頃、玉座の間では。

「………という訳で御座います」

「ご苦労さん」

 魔王と側近たちが臨時の会議を開いていた。

「件の勇者はどうしますか?」

「私の個人的な感情を無視した意見としては、魔族領の危機になりかねない存在なので、即座に処分すべきかと」

 メイド長が冷酷な事を言い放つ。

「感情抜きなら、皆そう考えるだろうねぇ。…で、感情込みの意見は?」

「あまりにも可哀想です、この城で保護しましょう」

「「「異議無し」」」

 さっきとは真逆の事を言い出した。ちなみに、この日はティッシュの消費量が普段より多かったらしい。

「1つ良いだろうか。感情論が許されるのであるならば、私は少女を見た目のみで忌み子と決めつけこのような仕打ちをする頭おか…随分特殊な「言い換えなくて良くね?」では言い換えず言わせて頂く。あの頭おかしい教会を根絶やしにしてやりたいと思う」

「「「異議無し」」」

 割と過激な意見も採用された。まぁ、教会の在り方等諸々を考えれば当然か。



✡★☆★✡



 さて、再び夢の世界から戻ってきた少女は、どうやら焦った様子で飛び起きた。

 しかし、周囲を確認し認識した時点で、安心したようにため息をつく。

 すると。


きゅぅぅぅ〜〜〜〜〜……………


 少女のお腹が、可愛らしい主張を立てた。

「…おなかすいた」

 そう呟くと、コンコンコンと、お部屋の扉がノックされる。

「入っても宜しいでしょうか?」

 女性の声。

「あ、はい…いいですよ」

「!…失礼します」

 カチャリと、控え目な音を立てて扉が開く。コツコツコツと、立派なツノの生えたメイドさんが入ってきた。

「貴女がお目覚めになられたか確認しに参りました。おはようございます」

「ぁ…おはよう、ございます…?ぇと、あなたは…?」

「私は貴女の専属メイドのメリッサと申します。貴女のお名前を伺っても宜しいでしょうか?」

「あ、えと………ミア」

「ミア様、ですね。私はスープを取りに戻りますので、欲しい物等御座いましたら、後程何也とお申し付け下さい」

 メリッサさんはニコリと微笑んで、部屋を出た。


「…ぇ?」

 ミアは困惑した。


 そのまま、ポカンとしたまま、ぼーっとすること数分。

 コンコンコン。再び扉がノックされる。

「失礼します。スープをお持ちしました。栄養豊富で美味しいですよ。こちらのテーブルに置いておきますね。多めに作られているので、残しても構いません」

「………あ、はい」

 未だ思考が回らないまま、スープが運ばれてきた。

 よく分からないまま、もぞもぞと動いて―――

「ゎ」「ミア様!」

 ぽてっ。ミアはベッドから転落した。ミアとメリッサさん、双方の想定以上に筋力が落ちていたのだ。

「…高低差のある環境を動き回るのは現在の状態では危険ですね。後で敷布団と座椅子、座卓を発注しておきましょう」

「ぁ、その、すみません…」

「謝る必要はありませんよ。スープは私が口にお運びしますね」


 ミアはベッドに座らせられ、メリッサさんにあーんで食べさせられる事になった。

「はい、あーん」

「…ん…おいしい」

「良かったです」

 ミアの目からは、涙がこぼれていた。

 そのままスープを飲み続けること数分。

「ふむ…少々お待ちください、おかわりをお持ちします」

「ぇ、いや、大丈夫です」

「遠慮なさらないで下さい。物足りなさそうなお顔でしたよ」

「ぅ」

「あとどれくらい欲しいですか?」

「…あと、ほんのちょっとあれば、大丈夫です」

「我慢なさらないで下さい」

「ゔ…」

 メリッサさんにごまかしは効かないとようやく悟った。

「…ぃくらい」

「すみません、聞き取れなかったのでもう少し大きな声でお願いします」

「…ぁと2杯くらい」

「承知しました」


 数分後、本当に2杯運ばれてきた。それを全て平らげて。

「ごちそうさまでした…ん…」

「お粗末様でした。眠いのでしたら寝て頂いて構いませんよ」

「ぇ…でも」

「寝 て く だ さ い」

「ぁ……ぅ………」

 メリッサさんにちょっと厳しめな表情で額を突かれた。仕方無いので、寝ることにした。



✡★☆★✡



「…と言った具合で御座います」

「ご苦労さん。こりゃあ大変だねぇ…」

 メリッサは魔王陛下に先程までの事を報告していた。ミア様の体力の無さと遠慮がちな姿勢に陛下は懸念を示した。

「此処があの子にとって安心出来る、そして、いくらでも迷惑掛けて構わない場所である、と認識させるのが手っ取り早いかな…」

「私も同じように思います。それと、まだ少ししか診ていないので分かりませんが、少々精神が歪なように感じます」

「歪?」

 不穏な響きに、陛下は眉を顰めた。



✡★☆★✡



「んぅ…はっ!?」

 ミアは慌てて普段使っている目覚まし時計を手探りで探した。しかし、いくら探しても見当たらない。

「…ぁ」

 思い出した。わたしは、魔王城の客室に寝かされているんだった。落ち着いて、部屋を見回す。

 絵本を見つけた。

『むか~しむかし、あるところに…』

「…っ」

 頭を振って、忘れようとする。



✡★☆★✡



「はい。恐らく彼女の精神年齢は、常人より成長が遅れています。しかし、その精神年齢に見合わない自己犠牲精神を持ち合わせており、歳上に甘える行動を行いません。…恐らく、それが出来なかった環境に居たからではないか、と私は愚考します」

 陛下の問いかけに対し、メリッサは答える。

「成長出来ない環境を強要された精神に色々なものを無理矢理乗せられた、みたいな感じかな…」

「恐らく」

「…まずは本人の意思確認かな」

「それがよろしいかと」



✡★☆★✡



「失礼します」

 メリッサが入室すると、ミア様は暗い表情で重い剣の素振りを繰り返していた。振り下ろされてから剣が中々上がらないし、何よりふらふらしていて危なっかしく見ていられない。

「ミア様?」

「っ!あ、は、はい」

「まだ御身体が十分に回復していないので、過度な運動はお控えください。オレンジジュースをお持ちしました、不足しているビタミン類を補うためのものです」

「あ…ありがとう、ございます…」

 ストローでちみちみ飲む。

「…ミア様」

 メリッサは、遠慮がちに呼び掛けた。

「?」

「差し支えなければ、ミア様の過去をお聞きしたいのですが…」

「あ、はい…いいですよ」



✡★☆★✡



 ミアは全てを語った。

 自分が忌み子である事。

 両親が自分の呪いで死んだ事。

 呪いを解くには、この城に居る魔王陛下を殺さなくてはならない事。


 そして、それらが教会側のでっち上げである事に気付いている事。


 両親に会いたい事。

 誰も少女を死なせてくれない事。

 なのに、生かしてもくれない事。



✡★☆★✡



 全てを語り終えて。

「…なんですか、それ」

 メリッサさんは激怒していた。

「ぁ、ぁの…その…嫌な思いをさせて、ごめんなさ…」

「…はっ、すみません…ミア様は悪くありません、私が怒っているのは教会に対してです」

 一呼吸置いて、メリッサさんは慈悲の籠もった微笑みをミアに向ける。

「今までよく頑張りました。大丈夫、大丈夫。ここなら貴女を苦しめるものは何もありません。好きなだけ食べて、好きなだけ遊んで、好きなだけ寝られるんです。それを邪魔するものは私達がぜーんぶぶっ飛ばしてやります」

 ミアの頭を優しく撫でながら、メリッサさんはそう言った。


 頭に手を乗せる時に瞳孔が拡大したのを、身体がビクッと震えたのを、メリッサは見逃さなかった。


(ぇ………?)

 ミアは訳が分からなかった。

 メリッサさんは怒っていた。

 なのに、怒っていなかった。

 頭に手が乗ると、いつも痛かった。

 なのに、メリッサさんの手は痛くなかった。

 好きなことを好きなだけやったら、怒られる。いつもそうだった。

 なのに、好きなことを好きなだけやっていい、と言われた。

 ミアは訳が分からなかった。



✡★☆★✡



「…という事がありまして。そのため、と言うのも変な話ですが、ミア様の意思の確認をし損ねました。申し訳ございません」

「いや、十分だよ。意思確認は明日でも問題無いからね」

 メリッサは先程ミア様が語っていた事を陛下に報告していた。

「それにしても、想像以上に酷い話だねぇ…」

「この城では存分に甘えて頂きたいですね、今まで甘えられなかった分」



✡★☆★✡



 夕食のコンソメスープをちびちびと飲みながら、ミアは思考をぐるぐる回していた。

(なんで私なんかを大切にしてくれておいしい………なんで私なんかを大切にしておいしい………………なんで私なんかをおいしい………………………)

 …食事中に考え事をするのは無理なようだ。まぁ、おかげで満腹にはなったのだが。

 しかし、腹が満たされ、脳にブドウ糖がそこそこ供給されてきたことで、ミアには思考の余裕が生まれた。その結果…

「…ものたりない」

 満腹なのに物足りない。そんな謎の現象がミアに襲い掛かってきた。具体的には、パンとお野菜とお肉が足りない。ミアの食欲はそう訴えていた。

「でも、お腹いっぱい…それに眠い…」

 明日の昼か夜に頼もう。そう思ってミアはのそのそ歩き、仮設洗面台から歯ブラシとコップを手に取った。

 しゃこしゃこしゃこ…

 くちゅくちゅ、ぺっ。

 布団に潜る頃には、先程の疑問は忘れ去られていた。



✡★☆★✡



 おとうさんとおかあさんがしんだ。


 ぺっとのにゃあとみゃあがしんだ。


 なかのよかったともだちがしんだ。


 さいきんできたともだちがしんだ。


 きょうかいのひとがみあにいった。





「嫌ぁっ!!!」

 はあ、はぁと息を荒げて、周りを見渡す。酸欠か過呼吸か、視界がぼやけている。しかしそれは数秒のうちに正常な輪郭を取り戻し、映ったのは少々薄暗い客室だった。

「………うぅ」

 朝日の差し込み始めた爽やかな雰囲気の部屋とは裏腹に、ミアの目覚めは気分を悪くするものだった。この夢を見た朝は決まって気持ち悪くなり食欲が失せる。今朝も例外ではなかった。これから1時間程度、吐きたいのに吐けない気持ち悪さと付き合わなければならない。

 急に、扉がバンッと開かれる。そしてその大きな音は先程の悪夢も相まって、不幸にもミアの心傷を引っ掻くのに十分だった。

「ひっ!?」

「ミア様!大丈夫です、か…っ!?」

 メリッサが布団に目をやると、そこには自らの髪を鷲掴みにし、顔を青くして「ごめんなさい、ごめんなさい…」と呟き続けるミア様の姿だった。こちらを向く目は明らかに焦点が合っていない。

 メリッサは自らを叱責したくなった。ミア様の悲鳴が聞こえて焦ったとは言え、扉を勢い良く開けたのは明らかに迂闊な行動だった。

 メリッサは下手な刺激を与えてしまわないように、ミア様にゆっくりと近寄る。しかし悲しいかな、その行動もかつてミアを虐めていた神官の行動にそっくりであった。

「嫌っ、来ないで!」

「っ…」

 心傷の事は知らないものの、大きな存在がそれだけで小さな存在に対し威圧感を与えるということに遅れて気付いたメリッサ。自身への叱責事項を増やしつつ、出来るだけしゃがんでミア様に近付き、全身でミア様を優しく包む。

「大丈夫ですよ、ミア様。貴女のこわいものは、此処にはありません。息を吸って…息を吐いて………吸って………吐いて………吸って………吐いて………」

 最初のうちは反応を示さなかったが、浅く速かった呼吸が徐々に深くゆっくりになっていき、発作のようだったそれは徐々に落ち着きを取り戻していった。

「めりっさ、さん…」

「はい、メリッサですよ。昨日も申し上げました通り、ミア様は好きなだけ食べて、好きなだけ遊んで、好きなだけ寝ていればいいんです。それを邪魔するものは私達がぜーんぶぶっ飛ばして、けちょんけちょんにしてやります」

 そんなやり取りの後、ミアはメリッサさんに抱き着き、ひく、えぐ、と泣き出した。


「あの、ほんとに、すみません…」

「全然大丈夫ですよ。此方こそすみません、ミア様の心の傷に迂闊に触るような事をしてしまい…」

 あの後、気持ちが落ち着いたミアはメリッサさんにとんでもなく失礼な事をしている事に気付き、咄嗟に謝罪。メリッサは知らなかったとは言えミア様の心傷を抉ってしまった事に対して謝罪。結果、謝り合戦となってしまった。

「…ふふ」

「ふふふ」

 すると急にその事が面白可笑しく感じられたのか、2人で笑いだしたのだった。


 その日から、その夢は見なくなった。



✡★☆★✡



 魔王城での2日目の朝の事があってから、ミアはメリッサさんに懐き、それ以外の者たちとも少しずつではあるが交流するようになっていった。

 特に生来の性質からか、料理長さんとランドリーメイドさんとはすぐに仲良くなった。

 そのお陰で、ミアの精神状態は段々と良くなっていった。また、他者に甘える事を覚え、怖い夢を見た翌朝は決まってメリッサさんを呼んだ。

 食事はスープからパン粥に進歩した。時間停止式食糧庫に余らせていたパンの消費量が供給量に追いついたので、埃を被っていた窯が次々と再稼働し始めた。回復の具合がミア自身もびっくりするくらい速いものだから、2週間も経たずに通常の食事を食べられるようになった。

 また、少しずつトレーニングも始めた。最初はリハビリに近いものだったが、元々そこまで弱っていなかったのもあり、たった数週間でそのリハビリメニューは終了した。今では毎日スクワットや腕立て伏せなどを数十回ずつこなしている。

 それから、お風呂にも毎日浸かった。最初は浴場で虐められた心傷も相まって、湯溜まりを猫の如く怖がっていたが、一度浸かったらその気持ち良さに堕ちていた。ただあまりにも気持ち良すぎて、湯船に浸かっている間にうつらうつらと船を漕ぎだしてしまうので、やはりメリッサさんが毎回一緒に入っている。



✡★☆★✡



「…メリッサさん」

「どうしましたか?ミア様」

「時々…考えちゃうの。私なんかが、こんなにあたたかい所に居てもいいのかな、って」

 …やはり、そうか。

「…ミア様。ミア様は、まだまだ子供なのです。まだまだ甘えるべきなのです」

「…そう、なのかな」

 ミア様はこれまで、子供であることを許されなかったのだろう。

 故に、甘え方を知らない。無条件に注がれる愛情を、信じ切ることができない。

 幼少期に甘え方を学ばないと、大人になった時に、溜め込まれたものを発散できなくなる。溜まったものは、いつか許容量を超えて、器を壊す。

 そうなってほしくない。まだ手遅れではない。この少女は、何が何でも私たちが育て上げなければ。



✡★☆★✡



 ミア様が魔王城に来て1ヶ月程度経った頃から、ミア様の身体が急成長し始めた。容赦無く襲ってくる成長痛に、ミア様はか細い声で「いたい…いたい…」と泣く事しかできない。その様子があまりにも可哀想なものだから、メリッサはついついミア様を甘やかしてしまう。余談だが、メリッサはミア様を甘やかすためだけに、メイド長の職権を濫用し、暫定でメリッサが担当していたミア様専属メイドについて、そのまま自分を正式な専属メイドとしたとか何とか。

「ひぐっ、ううぅ」

 なお、この小さな身体に薬物投与は危険だ、と医者に言われたので、鎮痛剤を使えない。

「現実って、残酷…あ、ダメだ…嫌なこと思い出しちゃった…」

 チーン。呼び鈴を鳴らす。

「ミア様、どうなさいました?」

「嫌なこと思い出しちゃったの…」

「承知しました、横に失礼しますね。大丈夫、大丈夫…」



✡★☆★✡



 成長痛が収まると、ミアの身長は年齢相応…よりほんの少し低い程度となった。成長痛で布団から動けない日が多かったので、久々に立ったミアは目線が今までより高いことに少し困惑していた。それでも同年代の平均身長よりは低いのだが、平均を知らないミアにとってそんな事はどうでもいい。

 また、痛みに魘されている間もトレーニングは欠かさなかった。その結果、細くしなやかな身体を手に入れた。

「…からだが、軽い」

 持ち上げた剣も妙に軽い。今ならこの剣をへし折るか、刀身に勢い良くチョップすれば叩き割るくらいは出来そうだ。

 流石に無理だと分かっていたので、半分冗談みたいな感覚で試してみた。

「ふんっ!」

 パキン。カランカラン。

「………」

 コンコンコン、カチャ。

「失礼します…ミア様、大丈夫ですか?」

「…だいじょうぶに見える?」

「………」

「………」

「…きっと、剣がびっくりするくらい脆かったんですよ」

「そ、そうだよね」

「ええ、きっとそうです。そうに違いありません。多分、一度この辺りで折れた剣なのでしょう。修復と言っても完全に元通りになるわけではありませんし」

「う、うん、たぶんそう。きっとそう。絶対そう」

 2人は早口で、何処にも居ない誰かに言い訳をしていた。折れた剣が古代聖遺物の1つ、聖剣である事には何が何でも触れなかった。



✡★☆★✡



「いんや、修復痕なぞ無いぞぃ」

 しかし現実は非情である。

「それどころか刃毀れした形跡も無い、恐らく聖剣の素材が相当耐久度のあるものなんじゃろう。にしても随分と(なまく)らな剣じゃのう、これだといくら光魔法や聖魔法の補助があっても何も斬れないぞぃ。歴代の勇者共はよくこんな酷い剣を使って居られたのぅ…酷いにも程がある」

 聖剣は鍛冶師のドワーフに滅茶苦茶ダメ出しされていた。

「ミア様、此奴は儂が預かっても良いかぇ?素材は良いから、と言うか素材しか良いところが無いから、儂の手で少なくとも剣として使えるくらいにしてやろうと思うのじゃが」

「え、あ、うん、はい」

 ミアの思考はほぼ停止しており、そう答えるので精一杯だった。



✡★☆★✡



「んー…特に身体に異常は無さそうですねぇ」

 念のため、医者にも診てもらうことに。今回の出来事はミア様の体質によるものではないか、とメリッサは考えたからだ。

「そー言えばぁ、平熱が高めなのは生まれつきでしたっけぇ?」

「はい」

「成る程ねぇ。もしかしたらぁ…」

「何か心当たりが?」

「心当たりって程じゃあないんですけどぉ、もしかしたら、ミアちゃんはエネルギー消費量が普通の人より多いのかもしれませんねぇ」

 ゆるふわな医者の言葉を読者向けに要約すると、ミアの身体はモンスタートレーラーのようなもので、燃費が悪い代わりに桁違いの出力を有するものである可能性がある、とのこと。尤も仮説の域は出ないが、常人と比べ異常に多い食事量と睡眠時間、平均37.8℃というどう見ても高い平熱、そして頑丈さしか取り柄の無かった聖剣を叩き折る程の力の出処、これらは全てこの説で説明出来るそうだ。

 すると突然、診察室内に、くきゅうううぅぅぅ〜〜…と可愛らしい主張が鳴り響く。そういえば、そろそろ昼だと言うのに朝食がまだだったような。



✡★☆★✡



 朝食、兼昼食を食べ終えて。

 ミア様は、暇さえあればすぐ身体を動かしていた。いつものトレーニングメニューをこなしたり、城の中庭を借りてジョギングをしたり、物干し竿を借りて懸垂をしたり。魔王軍の訓練に、しれっと参加していたり。

「…ぷはぁ~」

 …そして運動が終わると、必ず謎の液体を飲んでいた。恐らく身体に害は無いのだろうけれど…

「…ミア様、それは何ですか?」

「ん?ぬるま湯にレモンの果汁と少しのはちみつと塩ひとつまみを入れて混ぜたのを氷で冷やしたやつ。美味しいよ」

 一口頂いたら、確かに美味しかった。成る程、レモンが1日に1つずつ消えていたのは、こういう事だったのか。


「大変だ!人間が攻めてきたぞ!」


「「!?」」

 ザワリ、空気が揺れる。あまりにも突然の出来事に、城中が慌ただしくなる。

「…あっ!」

 そんな中、遠見の魔法で敵軍を見たミアが、声を上げる。

「彼奴等、私を散々苦しめた…!」

 ギリ、と音が鳴りそうなくらい歯軋りをするミア。恐らく相手が両親の仇でもあるからだろう。そして、その声は魔王軍の士気、いや殺意を沸き上がらせるのに十分だった。

 しかし。

「皆、聞いて!…申し訳ないけれど、彼奴等は私が始末したい」

 反対する者は居なかった。

「ミア様!コイツを持っていきな」

 鍛冶師のドワーフから、生まれ変わった聖剣を受け取る。見るからに質が良くなっている。柄にも手が加えられたようで、よく手に馴染む。

 何より、聖魔法の組み込まれた魔剣となっている。厳密には魔法の増幅術式だが、その倍率は荒く読んだだけで10倍程度と分かる。今までよりも段違いに強力な剣になっているようだ。

「いっ…」

 行ってきます、そう言おうとした。だけど、

「夕飯までには帰るね」

 何となく、言いたくなった。

「…!」

「行ってきます」

 聖剣を腰に差し。ミアは跳んだ。

「…今日の夕飯は戦勝パーティーですね。行ってらっしゃいませ」



✡★☆★✡



 魔王城、門前。

「おお、勇者!無事だったのか!」

 やっぱり。

「聖鎧が剥ぎ捨てられていたから、もう死んだかと思っていたぞ!」

 暖かさが無い。

「さあ、早く魔王を殺すのだ!」

 温もりが無い。

「どうした、勇」


どしゅっ。


 目の前のそいつの胸に、私の腕を呑み込ませた。

 教訓、プレートアーマーは頼りにならない。


「がっ…」

「私は勇者じゃない」


ずりゅっ。


 腕を引き抜くと、向こう側が見えた。引き抜くついでに、脈動するものも取り出す。腕が掠ったのか、穴が開いていた。


「お腹が空いたの。まだ寝足りないの。早くお城に戻って、皆で晩ご飯を食べて、皆と遊んで、お風呂にゆっくり浸かって、ぬくいお布団で寝たいの。だから、消えて」

 奴等が逃げる。だけど逃さない。聖剣に触れ、呪文を唱える。

判決(ジャッジヴァニッシュ)


バチュンッ!




「…魔界ソーダで本当に大丈夫だったのかな」

 時刻は約1分半前に遡る。

召喚(サモン)、七つの大罪』

 ミアは堕天使を召喚していた。

『審判の女神様に賄賂渡してくれない?お代は取り敢えずコレ、足りなかったら後払い』

『んー、オッケー』

『冥界まんじゅうで足りるかな』

 …そう、堕天使を介して賄賂を渡していたのだ。

 尤も、審判の女神は…

『別に賄賂無くても彼奴等ぶっ殺すつもりだったので…言い訳がましいですが、判決使われなかったから殺せなかっただけですし。あっ、おまんじゅうは美味しく頂きましたよ、評判通りとても美味しかったです。御礼として天界クッキーを差し上げました』

 とのこと。

 尚、賄賂や贈り物が全て食物なのは、どんな環境下でも分かりやすい汎用な価値だから、らしい。




「…何にせよ」

 首に下げたボロボロのロケットペンダントを開けて。

「仇は討ったよ。お父さん、お母さん」

 夕飯まで、まだまだ時間がある。遠くに増援が見えた。

身体強化・聖(ホーリーブースト)

 片付けを終える頃には、夕飯まであと30分くらいといった時間になっていた。



✡★☆★✡



「「「かーんぱーい!」」」

 皆、はしゃいでいた。

「ゎぁ…!」

 今日の主役は目の前のご馳走に目を輝かせていた。


重力(グラビレイト)…やった!6!」

「あ、ミア様イカサマしましたね!?」

 パーティーゲームは大いに盛り上がった。まさか、ミアがイカサマを堂々と使う人物だとは誰も思わなかった。


「ふぅ〜…」

 楽しかったけれど、やっぱりパーティーは疲れる。お風呂にゆっくり浸かった。


 それから、湯冷めしないうちに、ぬくいお布団に入って。

「むにゃ…んふふ…」

 幸せな夢を見たのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 ほのぼのと優しい話でした。魔族の方が優しいとは・・・  両親の仇を打てて良かったですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ