第9章: 光る鉱石と囁く洞窟
この回は状況の整理、そしてNOVAの新たな進化。
ドンパチを期待してたら悪いな。
だが、これも全部「次」に繋がる布石だ。
知識と技術、そして…このクソみたいな世界のルール。
全部まとめて叩き込んでやるよ。
デレク・スティールは緊急用の懐中電灯で洞窟の床を照らした。
光が湿った地面をなぞるたびに、影がスゥッと伸び、シュッと縮んでいく。
ゴツゴツした岩、崩れた鍾乳石、動物の骨がそこかしこに転がっていた。
誰か、あるいは何かが、かつてここに住んでいたのだろう。だが、それも今は昔の話だ。
見つけるのに数時間しかかからなかったのは幸運だった。
構造は安定している。避難にも使えそうだし、周囲の岩には鉱物が豊富に含まれている。
資源の採取と、簡易的なフィールド修理にはもってこいの場所だ。
彼はNOVAアーマーをドローンモードにして、近くの茂みに隠していた。
電力節約のためだ。こんな場所でそれなしで歩き回るのは無謀だが、
エネルギーが完全に尽きたら?
…そりゃ死んだも同然だ。
1キロワットでも節約できれば、生き延びられるか死ぬかの分かれ目になる。
頭をかきながら、デレク・スティールはつぶやいた。
【デレク・スティール】「ヴァンダ、リアクターの状態は?」
【ヴァンダ】「NOVAのエネルギーは、過去三時間十五分間にわたって着実に減少しています。」
《完全停止までの推定時間:6時間54分》
【デレク・スティール】「加速してないだけマシか…」
顎を擦りながら考える。
もしプラズマの漏出量が増えていたら、爆発してもおかしくなかった。
【デレク・スティール】「今のうちに塞げれば、ワンチャンあるな…」
だが、尽きたら終わりだ。
たとえ修理できたとしても、こんなジャングルで再充電なんて、夢のまた夢。
【デレク・スティール】(急がねぇと…)
耳の後ろに埋め込まれた送受信機をタップする。
【デレク・スティール】「ヴァンダ、この場所使えそうだ。鉱物が豊富で、入り口も葉っぱで隠れてる。」
【ヴァンダ】「了解。向かいます。」
視線の先、ギザギザの岩の群れ。
中にはまるでクォーツのように幾何学的なものもあったが――
…妙に色づいている。
直感が警鐘を鳴らした。
懐中電灯をパチンと切る。
パァァッ…と世界が変わる。
あたり一面、柔らかく色づいた光に包まれた。
青、緑、赤の微光が岩からにじみ出し、洞窟内が幻想的な空間に変わっていく。
ブゥゥゥン…
背後のドローンの駆動音がその陶酔を破った。
【ヴァンダ】「わあ…」
NOVAのセンサーを通して、彼女が鉱物をスキャンしている。
【デレク・スティール】「分析。」
目を細め、光る岩から視線を逸らさずに言う。
【ヴァンダ】「未知の結晶構造と思われます。
重複するエネルギー痕跡を検出中。」
【デレク・スティール】「ふん…」
ヴァンダでも解析できない奇妙なエネルギーに、世界そのものが満たされているように感じた。
あの『オーリックレベル』ってやつか?
【デレク・スティール】「安定してるか?」
【ヴァンダ】「《現在、変動は検出されていません》。」
声が、ほんの少しだけ…敬意を帯びていた。
【デレク・スティール】「……魔法かよ?」
【ヴァンダ】「その可能性も否定できません。」
彼はヒゲをかきながら、岩を見た。
もう選択肢はない。
リアクターは風前の灯、
こんなに鉱物に恵まれた場所は、もう見つからないだろう。
【デレク・スティール】「ヴァンダ、ドローンから修理ボット展開。
リアクターコアと互換性のある鉱物を探させろ。仕様も転送しとけ。」
【ヴァンダ】「了解。」
ドローンが地面に静かに着地する。
ヒシュッと音を立て、鋼のハッチが開いた。
ドローンモードのNOVAは、もはや別物にしか見えない。
漆黒の金属でできた三角形がふわりと空中に浮かび、マイクロスラスターの静音駆動音が鳴っている。
コチンッ
2つの金属《球体》がドッキングから外れ、
ニョキニョキと多関節のアームとセンサーアレイを展開した。
ブォォン…ピッ…ピッ…
修理ボットが洞窟の奥へと進んでいく。
スキャナーで地形をマッピングし、鉱物を分析。
レーザーで岩をスキャンしながら、最適な採掘ポイントを特定していく。
【デレク・スティール】「ありがとな、ヴァンダ。NOVAはスタンバイのままでいい。
ロボどもは俺が見張っとく。何か見つけたら、すぐ報告くれ。」
【ヴァンダ】「了解。お気をつけて。また後で。」
【デレク・スティール】「ああ、またな。」
ポケットに手を突っ込み、ピーナッツの残りを探る。
しわくちゃの袋から、最後の塩味ピーナッツを一粒――
……これで、終わりか。
カリッ…
口の中に入れて、しょっぱさを噛み締める。
次にこれを味わえるのは、いつになるか。
いや、そもそも…これが人生最後の一粒かもしれない。
この何もない場所で、誰にも知られずに死ぬなんて――
【ヴァンダ】「デレク?」
【デレク・スティール】「ん、どうしたよ。」
【ヴァンダ】「大丈夫。きっと上手くいく。」
【デレク・スティール】「そりゃ頼もしいな。」
苦笑いを浮かべた。
何もかも順調。
今、自分はジャングルに取り残されてなんかいない。
革パンツ姿の変態に追われてもいないし、銀河最先端のパワーアーマーを木の棒一本でぶっ壊すバケモノと戦ってるわけでもない。
物資が尽きかけてるわけでも、ジェネレーターがプラズマ漏らしてるわけでもないし、
体の節々がギシギシ痛んでるわけでも――
……ないってば。
それに今、最後のピーナッツを食べ終えたわけじゃ、絶対にない。
――ぜんっぜん問題ない。
ドローンが金属の吐息のような音を立てて、スウ…と電源を落とした。
外装には、NOVAが受けた焼け焦げや破損の跡がしっかり残っている。
修理ボットたちが必要な素材を見つけられなければ、このまま崩壊するだけだ。
デレク・スティールは湿った洞窟の壁にもたれ、
ジリジリと痛む背中を感じながら、作業中のボットを見つめた。
少なくとも、今だけは…
――考える時間がある。
デレク・スティールはバチッと目を開いた。
ここは……どこだ?
ギザギザの岩が背中に食い込み、冷たく湿った空気が鼻を突く。
洞窟の入り口から、まぶしい光が差し込んでいた。
背中はギシギシと痛み、頭はズキズキと重い。
彼はゆっくりと頭を巡らせ、修理ボットが作業していた場所を見た。
……いない。
【デレク・スティール】(は? どこ行った……?)
掘られたばかりの穴を見て察する。
寝ている間に、静かに――いや、黙々と仕事していたようだ。
マイクロレーザーなら音も出ない。そりゃ気づかないわけだ。
次にドローンの姿を探す。
だが、そこにも何もなかった。
NOVAも、ボットも、ヴァンダも――誰もいない。
洞窟にいるのは、自分一人だけ。
ズキンと心臓が跳ねた。
彼は痛む体を無視して立ち上がり、洞窟の出口へと駆け出す。
外は――まばゆい。
彼はすぐに手をかざし、目を細める。
目の前に広がるのは、鮮やかな緑のジャングル。
湿った土、露に濡れた葉、ほのかな泥の匂い。
……「生きている」としか言えなかった。
だが、気温は異常なまでに蒸し暑く、耳をつんざく虫の大合唱。
洞窟の涼しさから出たばかりの肺に、熱気がズブズブと押し寄せてくる。
【デレク・スティール】(NOVA……ドローンモードのままだったはずだが)
盗まれたか?
……いや、ヴァンダなら何かあれば警告するはずだ。
彼は耳の後ろの送信機に触れた。
【デレク・スティール】「ヴァンダ、応答しろ。」
【ヴァンダ】「おはよう、お姫さま!」
【デレク・スティール】「……あ?」
あまりのテンションに顔が引きつる。
【デレク・スティール】「どこにいる。何があった。」
【ヴァンダ】「すごいの。今すぐ見て!」
【デレク・スティール】(壊れたか……?感情エミュレーターが暴走してる?)
そのとき、木々の上から、あの三角形の黒い影がスーッと降下してくる。
静かに駆動するマイクロスラスターの音。
あの焼け焦げた外装――それが、まるで新品のように、完全に修復されていた。
【デレク・スティール】「……なんで起動してんだ。
スタンバイで待機させておけって言ったろ。」
【ヴァンダ】「《漏出、修復済み》。」
ドローンがカチッと音を立てて着地する。
【デレク・スティール】「……まさかとは思うが」
彼が近づくと、金属パネルがカチンと開いた。
【ヴァンダ】「中を見て。」
デレク・スティールはコンパートメントを開く。
そこには――
見たこともない基板、謎の配線、そして…
カラフルに光る結晶。
洞窟で見たものと同じだが、形が整えられ、回路に組み込まれていた。
まるで、それ自体が高度な技術で作られたもののように。
彼の目が見開かれる。
プラズマ導管、新型バルブ、未識別の副系統……
そして、リアクターの周囲にも結晶がびっしりと――
【デレク・スティール】「なんだよこれ……誰がNOVAをこんな……!」
【ヴァンダ】「修理ボット。
一晩中作業して、鉱物を抽出、加工、組立てたみたい。」
【デレク・スティール】「で、アンタはそれを見てたってワケ?」
声が裏返る。
【ヴァンダ】「スタンバイ命令、出したのは誰かしら?
再起動したときにはもう終わってたわ。」
【デレク・スティール】「……システム診断は?」
【ヴァンダ】「《発電機以外、全システムに性能向上を確認》。」
【デレク・スティール】「……は?」
【ヴァンダ】「何一つ正常には動いていない。まるで全システムが何らかのアップグレードを受けたかのように、エネルギー効率、反応速度、アクチュエーター性能、装甲の耐久性――全てが前より向上している。」
【デレク・スティール】(……いや、待て。そんなバカな)
自分の設計だ。
完璧だと思っていたものを――
一晩で、素材も限られてる中、あっさり超えてきやがった。
【デレク・スティール】(ふざけんな……誰がやった?)
彼は近くの岩に崩れ落ちるように座る。
【ヴァンダ】「デレク、体調は?
ストレスレベル急上昇中よ。
岩に座ってなかったら、命の危険と判断するレベル。」
【デレク・スティール】「……ワーディライ(古代文明)だ。」
【ヴァンダ】「え?」
【デレク・スティール】「ボットの設計通りなら、こんな改造は不可能。
コラール・ノードにあるワーディライの技術が、
制御コードを書き換えた。それしか考えられん。」
【ヴァンダ】「ありえるわね。
コラールの追加データ、まだ全部処理できてないし。」
【デレク・スティール】「解析しろ。何かあったら報告。」
【ヴァンダ】「あ、それと――ボット自体も見て。」
ドローンが再び動き、2機の《球体》が浮かび上がる。
以前よりもひとまわり大きく、新たな脚部が下部から展開される。
【デレク・スティール】「……デカくなってるな」
【ヴァンダ】「それだけじゃないわ。もっと近くで見て。」
彼が覗き込むと、外装には未知のツールが搭載されていた。
分析器? センサー?
少なくとも、彼には判別できなかった。
【デレク・スティール】「……自分で、自分を改造したのか?」
【ヴァンダ】「さあね。私はリアクター設置が終わってから自動復帰したし。
でも、明らかに『一晩で何かが起きた』のは確か。」
デレク・スティールはボットを睨みつける。
もし開けたら、きっと中にも――あの結晶が。
【ヴァンダ】「カラフルなエネルギー結晶で、融合炉を強化できるって……
もはや魔法と言っていいでしょ、デレク?」
デレク・スティールは、まるで黒板を爪で引っかいたような音を立てた。キィィ――ッ!
【デレク・スティール】「……二度とその言葉を口にするな。」
【ヴァンダ】「じゃあ、他にどう説明するのよ?」
【デレク・スティール】「説明するまでもねぇ。
魔法じゃねぇ。神でも、聖人でも、先祖でも、歯の妖精でもない。
これは、科学だ。純然たる、否定できねぇ現象――科学だ。」
【ヴァンダ】「また始まった……」
【デレク・スティール】「この宇宙は、精密で変わらない法則で動いてる。
それを理解し、曲げるための唯一の手段が『科学』。
じゃなきゃ、宇宙は俺たちを見限って、切り捨てる。」
【ヴァンダ】「……アンタ、宇宙に恨みでもあんの?」
デレク・スティールが言い返そうとした――
パシッ!
【デレク・スティール】「いてっ……なんだ?」
【ヴァンダ】「……あら、宇宙が聞いてたみたいね。」
彼が顔を上げると――
青白く光る目。光る紋様の毛並み。
――木の上に、十数匹のサル。
【デレク・スティール】「……宇宙じゃねぇ。
こいつらか。」
そのうちの一匹がスッと舞い降りた。
静かに着地し、芝居がかった動きで片手を差し出す。
【ヴァンダ】「なにこのピカピカモンキー! かーわい〜!」
【デレク・スティール】「握手? アザまで作ったくせに? 断る。」
その小さな手に、パチパチと音を立てて光が集まる。
白い電流が、手のひらで揺れていた。
【デレク・スティール】(おいおい……動物がこんなエネルギー扱えるわけねぇだろ)
もし撃ってきたら……防ぎようがない。
バチッ……ッバチバチバチ!
光球が肥大化し、
サルがキィィと甲高い咆哮を上げた。
【デレク・スティール】「うわ、マジか!」
彼が横に跳んだその瞬間――
ズガンッ!!
白い雷撃が、一直線に襲いかかった――!
このジャングルじゃ、動くもん全部が俺に弾をお見舞いしたがってるらしい。
ま、こんな楽しい環境で長く生き残れるとは思っちゃいないけどさ。
さて、どうするよ? 俺に脱出のチャンス、あると思う?
――Derek Steele