第7章: ファイア vs プラズマ
火球、バリア、呪文――この世界には、「魔法」が存在する。
だが、デレクは信じない。彼にあるのは、科学と鋼鉄の力だけ。
だが現れたのは、燃え盛る巨獣。
これは儀式ではない。信仰でもない。
それは、「召喚」だった。
火の玉が【デレク】の胸にドゴォッと激突し、彼の体はまるで人形のように宙を舞った。
ズガン!
――十メートルは吹っ飛ばされただろうか。
背中から何か硬いもの――たぶん木――に叩きつけられ、バキバキと木片が四方八方に飛び散った。
衝撃で息が詰まり、デレクは地面に倒れ込み、ゼエゼエと苦しそうに呼吸していた。
耳元で、アラームがビービーと鳴り響く。
ディスプレイには真っ赤な警告が、次から次へと点滅していた。
彼の目は画面上のログをせわしなく追いかけながら、思考を巡らせる。
――何が起きた?
ただの棒で……火の玉?
それも、重火器級の威力だったぞ?
あの野郎、一体何者だ?見た目は人間っぽかったが、灰色の肌に黒い線。
服もロクに着てなかったし、文明の匂いがまるでしない。
ああいうの、学生の頃にホロドキュメンタリーで見たことがある。
未開部族ってやつだ。
とはいえ、これは現実だ。悪夢でもVRでもない。
警告だらけの表示の中でも、特に目を引いた二つ:
《火炎ダメージ:100%。補正なし。》
《装甲構造耐久度:60%。》
NOVAの外装には焼け焦げ、圧縮痕、応力による微細な亀裂。
だが、コアシステムはかろうじて無事。
ニュートロンスチールの装甲が直撃を食らっても、この程度で済んだのはむしろ奇跡か?
……いや、もう一発もらったら、それも終わりだ。
背中にある木――ラタンの木のようなもの――に手をかけ、起き上がろうとする。
ギギギ、と不満そうに唸りながらも、サーボは動作した。
【デレク】「……しぶといな、まだ動くか」
歯を食いしばりながら、深く息を吸う。
このままここに固定されて、無防備な状態であの狂人に見つかったら……
ろくでもない最期が待ってる。
速くも、楽にも、死ねそうにない。
両腕で体を起こそうとしたそのとき――
ズン、と重い感覚。
NOVAが完全に動きを止めた。
眉をひそめ、ディスプレイを見ると、そこに表示されたのは見慣れた、だが最悪の文字列。
《主電源オフライン。リアクター再起動中。補助電源を起動しています。お待ちください。》
【デレク】「……マジかよ」
心がズンと沈む。
あのピラミッドで拾った『幸運』が、いま莫大な『不運』の請求書になって返ってきたってわけか?
よりによって今、このタイミングで主電源が落ちるとはな。
もちろん、NOVAには緊急再起動システムがある。
ちゃんと動いてることを祈るしかない。
……だが、再起動にはどうしても時間がかかる。
今、一番足りてない『資源』だ。
NOVAの下半身は完全に地面に縫い止められたように動かず、まるで大地に根を張ったようだった。
ディスプレイとセンサーは非常用バッテリーで辛うじて生きているが、それだけ。
視線だけを動かし、ジャングルの木々と下草を見回す。
……何もいない。
【デレク】(……どこ行きやがった?)
さっきの火の玉一発で満足するような奴じゃねぇ。
どこかに潜んでる。こちらの動きを見てる。
――待ってる。
それに、さっきの呼びかけ……「シャイタニ」って何だ?
何語だ?翻訳機も反応してなかった。
もっと気になるのは、
――何でただの火の玉で、NOVAが吹っ飛ばされる?
ニュートロンスチール装甲は、そんなちゃちな炎じゃビクともしないはずだ。
いや、アレは『ただの火』じゃない。
何かのトリックか?
もしかして、ホログラムで偽装した高性能パワーアーマーとか……?
今はそれを考えている場合じゃない。
正体が何であれ、あの存在は危険だ。
そしてこちらは補助電源のみ。動作も限られる。
主リアクターが復旧しなければ、逃げることすらできねぇ。
ディスプレイに新しいメッセージが点滅した。
《補助電源 稼働中。》
【デレク】「……やっとか」
赤く染まっていた警告が、いくつか緑に変わる。
試しに指先を動かしてみると、スッと反応した。
よし。
今なら起き上がることもできるが……いや、今はまだ『死んだフリ』をしておいた方が得策だ。
敵の姿は見えないが、確実にこちらを観察している。
無力と思わせれば、次の手が打てる。
そのとき――
木の陰から、灰色の肌をしたハゲの男が現れた。
その手には、あの棒。先端をまっすぐデレクに向けていた。
男はデレクを目にした瞬間、目を大きく見開いた。
まるで――地獄から這い出てきた悪魔を見たかのように。
一歩も動かず、完全に固まっていた。
その手に握られた棒が、かすかに震えていた。
ゴクリ。
【デレク】「……ヴァンダ、こいつ何者だ?
ホログラムで偽装したパワーアーマーか?
それとも、そもそも人間じゃない?」
【ヴァンダ】「ホログラムを使っているとすれば、今まで私が見た中で最も精巧なものです。
スキャン結果は肉眼の映像と完全に一致しています。
ただの――半裸の老人、です。」
【デレク】「……マジで言ってるのか?」
理解不能だった。
センサーがおかしい?
それとも、この惑星に転送されたとき、どこか弄られてたのか?
【デレク】「じゃあ、あの棒は?隠し武器か、何かのデバイスか?」
【ヴァンダ】「否定します。構造的には、ラタン材に似た木製であり、ジャングルではごく一般的な素材です。
ただ、発射直前にエネルギー反応の急上昇を検出しました。それ以外は特に異常なしです。」
そのとき、男がしゃがれ声で何かを叫び、棒をこちらに向かって突き出した。
【デレク】「……なに今の。翻訳すら通じねぇぞ」
なぜ無防備な自分を狙ってこないのか、理由が分からない。
【デレク】「何もかも、わけ分かんねぇな……」
――とりあえず、考えるのは後だ。
【デレク】「なあヴァンダ、主リアクターの復旧はまだか?」
【ヴァンダ】「あと十秒。衝撃によりプラズマ封じ込めフィールドが崩れ、安全ロックが作動しました。
現在、ロックを解除して再起動を進めています。」
【デレク】「グッジョブ、ヴァンダ。
次は容赦しねぇ。絶対に。」
【ヴァンダ】「デレク。彼は、あなたを『幽霊』あるいは『怪物』と勘違いしている可能性が高いです。
強力な力を見て怯えていますが、考え方は単純です。自分の縄張りを守っているだけでしょう。」
【デレク】「あー、はいはい。『誤解』ってやつな。
でも俺のアーマーにヒビ入れた時点で、もう許さねぇ。ちゃんとケジメはつけてもらうぜ。」
【ヴァンダ】「さすがです。」
顔をしかめる。
だが、状況によっては、本当に手を下さなきゃならない可能性もある。
……できれば、そうはなってほしくないが。
【デレク】「ったく……ピーナッツ、分けてやろうとしたんだぜ?
親切が通じないにもほどがある。」
そのとき――
灰色の男が金切り声を上げ、再び棒をこちらへと突きつけた。
【ヴァンダ】「デレク。再度、エネルギー反応を確認しました。」
【デレク】「またかよ!」
その直後――
ピコン。
ディスプレイに、待望の文字列が表示される。
《マグノコア・プラズマ・リアクター:オンライン》
【デレク】「よっしゃ――来た!」
最後まで赤だったインジケーターが、ついに緑に変わった。
背筋を反らせ、アーマーの油圧を解放。
ブオォンッ!とサーボの唸りが響き、デレクの体が一気に跳ね起きる。
同時に、NOVAの両腕からプラズマキャノンがガシュン!と展開。
だがその瞬間――
シュバッ!
周囲の木々から、2本の太い枝がまるで投擲武器のように飛んできた。
ゴウッ!と空気を裂く音。
【デレク】「クソっ、速ぇ!」
彼は両腕を構え、敵の手前数メートルに狙いを定め、トリガーを引いた。
バシュッ――!
金色のプラズマ弾が双発で炸裂。
ズガァァァンッ!という轟音と共に、火と土を巻き上げる爆風。
NOVAのアーマーがグラつき、サーボが悲鳴のようにギギギと鳴く。
しかし、それと同時に、飛来してきた枝は爆風で軌道を逸れ、デレクの横をかすめて通過した。
煙と蒸気が空へと舞い上がる。
彼は視線を煙の奥に向ける。敵の姿も、追撃も見えない。
ミニマップにも赤い表示はなし。
【デレク】「……あいつ、吹き飛んだな」
あの体格と装備で、あの一撃を受けて無事なわけがない。
きっと、50メートルはジャングルの奥まで飛ばされた。
――ただの人間なら、な。
茂みにでも突っ込んで気絶しててくれ。
焦げてるくらいなら、生きてるだけマシだ。
ふぅ、と息を吐く。
とはいえ、あんな枝の飛ばし方は常識じゃ考えられない。
高性能火器ならともかく……あれは一体どういう理屈だ?
……技術的に不可能ではない。
だが、わざわざあんな手間のかかる仕掛けを使う理由が分からない。
――陽動か?心理戦?
そのとき、またメッセージが表示される。
《熱電ダメージ:シールドにより無効化》
【デレク】「……は?」
熱電?シールド?
いやいや、そんな機能つけた覚えは――いや、もしかして……
コラール・ノードのあの異星ウイルスがCPUに何か書き換えた?
【デレク】「とりあえず帰ったら全部クリーンインストールだな……」
その前に、アレはバックアップ。
ワーディライ由来のソフトウェアなら、どんな断片でも解析する価値がある。
――そのとき。
煙の向こうから、ゆらりと人影が現れた。
男はまだ立っていた。棒を手に、怒りに満ちた目でデレクをにらみつけている。
しかも――無傷。
【デレク】「……嘘だろ」
が、それだけではなかった。
男の体を包むように、半透明の球体が現れていた。
表面には、紫色の波紋のようなエネルギーが走っている。
【デレク】「バリア……!?ヴァンダ!」
【ヴァンダ】「……言い難いですが、見えている通りです。
彼の周囲には、何らかのエネルギーシールドが存在しています。」
【デレク】「嘘だろ……
NOVAですら、戦闘用のシールド積めてねぇってのに。
エネルギー消費が桁違いなんだぞ?」
こんな森の中、服すらまともに着てない男が、プラズマを無効化するレベルのバリア?
……そんなの、あり得るか?
バリアはゆっくりと消え、男は再び棒を構えて――
ガシュッ!
火の玉がデレクの背後の岩壁に激突し、轟音とともに爆発。
ガラガラと破片が降り注ぐ。
男の叫びが響く。
「死ね、シャイタニ!」
【デレク】「ふざけんな!」
アーマーの脚に電力を集中。力強く地を蹴って、デレクは数メートル先の木へと飛び移る。
ギシッ!と枝がしなりながらも耐えた。
枝にしがみついたまま、彼は下にいる男に向けてプラズマキャノンを狙いを定める。
青い照準が敵をロックオンし、点滅する。
【デレク】「……悪いな」
トリガーを引いた。
ゴォン――!
プラズマ弾が男の目前まで迫ったところで、再びバリアが展開。
攻撃をあっさりと弾き返す。
ピコン。
《熱電ダメージ:シールドにより無効化》
【デレク】「はは……マジでイカれてるな」
プラズマを完封するバリアなんて、見たことねぇ。ワーディライの都市にあった、あのピラミッドの壁くらいだ。
ワーディライのテクノロジー以外で、こんなことが可能なんて……
そのバリアが、一瞬だけ明滅し、静電気のようなバチバチ音を立てて消えた。
【ヴァンダ】「今の一撃で、バリアが不安定になったようです。」
【デレク】「……やっと光明が見えたな」
男が再び棒を振り上げ、火の玉を放った。
シュッ――ボッ!
だが、今のデレクにとっては遅すぎた。
【デレク】「……読めてるぜ」
すかさず飛び上がり、別の木へと跳躍する。
指先でゴリッと樹皮をつかみ、体を固定。幹がギシギシと悲鳴を上げる。
振り返りざまに、プラズマキャノンで再度発射。
――バシュッ!
今度も男はしゃがんで回避、そしてバリアが再展開。
だがその表面は――
バチバチッ!
紫と赤の閃光が一瞬走ったあと、バリアが崩壊した。
男が歯を剥き出しにし、空を仰いで怒りの雄叫びをあげる。
【デレク】「よし、バリアは終わりか……さて、『話し合い』の時間かな?」
ドスン――!
デレクは枝から飛び降り、柔らかな地面に着地する。
その巨体は、動物の皮をまとう男を優に見下ろしていた。
アクチュエーターの低いうなり。
ヘルメットの赤いレンズが妖しく光る。
――これじゃ、悪魔に見えても仕方ねぇな。
カシュン、と音を立てて、プラズマキャノンを格納する。
男は鋭い視線を向けたまま、ゆっくりと膝をつく。
そして、棒を膝に置き、目を閉じて――
不思議なリズムで、苦しげな声で呪文のような言葉を唱え始めた。
【デレク】「……今度は何だよ」
【ヴァンダ】「おそらく、死の準備かと。
多くの文化において、死に際には祈りや儀式が行われます。」
【デレク】「はあ……
おい、落ち着け。火の玉を撃たなきゃ、こっちも撃たねえよ。
ただ、話がしたいだけだ。」
だが、男の詠唱はどんどん激しさを増していく。
体を前後に揺らし、声もだんだん大きくなる。
【デレク】「ヴァンダ、なんか分かったか?」
【ヴァンダ】「申し訳ありません。翻訳システムは到着時から稼働させていますが、彼の言語はデータベースに存在しません。
ただし、継続的な音声データがあれば、基礎翻訳は構築可能です。」
【デレク】「……おいおい、銀河のどんな辺境に捨てられたんだ、俺は」
【デレク】「分かった。引き続き解析してくれ。」
男に近づき、そっと手を肩に置いた。
NOVAを着た状態で「安心させる」のは無理ゲーに近いが、脱ぐ気なんてさらさらない。
男の体がビクッと震え、目を見開く。
そして――
「ギャアアアアア!」
甲高い悲鳴を上げた。
【デレク】「おい!何だよ!?」
男は跳ね起き、棒をクルッと回して、地面にドスッと突き刺した。
その直後、長く伸びる咆哮を上げ、目をギラつかせながらデレクをにらむ。
【デレク】「ヴァンダ。
肩に手を置いたくらいで、なんでこの反応?」
【ヴァンダ】「そうではないと思います。
彼が地面に棒を打ち込んだ瞬間、大規模なエネルギースパイクが発生しました。」
【デレク】「またバリアか?それとも……」
【ヴァンダ】「違います。今回は――
地下からです。」
【デレク】「……地下?」
足元を見下ろす。だが、そこにあるのは、土と枯れ葉だけ。
【ヴァンダ】「地下に動きがあります。」
デレクは黙り込み、意識を集中させた。
ザザ……ッ。
――感じた。
最初はわずかだった揺れが、次第に強くなる。
周囲の葉や枝が落ち始める。
揺れは地震のように激しさを増し、デレクの足元の地面が、まるで水ぶくれのように膨れ上がる。
【デレク】「……でかいのが来るな」
男が誇らしげに杖を掲げ、叫ぶ。
「モト・ムリマァァ!!」
ボッ――!!
地面が爆ぜ、真紅の炎が噴き出す。
デレクは反射的にバックステップ。
だが、その炎は空中でねじれながら――
――ヒュオオオオッ……!!
人型の「何か」に形を変えていく。
その全身は赤く煮えたぎる岩石。
ギザギザの手足、背中から突き出た棘、口のように裂けた顎――
そして、目にあたる部位には、邪悪に光るふたつのスリット。
足元からは黒煙が立ちのぼり、全身が炎に包まれていた。
【デレク】「……なあヴァンダ。
あれ、なんだ?」
【ヴァンダ】「分かりません。
ただ一つ言えるのは――」
【ヴァンダ】「――逃げてください、今すぐに。」
グォォォオオオオ――!!
その怪物が咆哮を上げた瞬間、
石と石がぶつかり合うような、ゴゴゴゴという音が空気を震わせる。
周囲の植物がビリビリと揺れ、口から火花が飛び散る。
……なのに、ジャングルには火が燃え移らない。
【デレク】(……どうなってんだ)
ギィイイ――ン!
プラズマキャノン、展開。
【デレク】「足りるか分からねぇが……やるしかねぇな。」
【ヴァンダ】「その答えは、すぐに分かるでしょう。」
怪物がこちらへと突進してくる。
そして――
世界が、再び揺れ始めた。
作者より:
衝撃のバトル、そして未知の召喚――デレクはこの異世界で生き延びることができるのか?
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
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次回、第8話「未知のエネルギーと火の怪物」は明日21時に投稿予定です。お楽しみに!