第41章: 救世主は跪かない
今回の話は、一言で言えば――「救世主は跪かない」。
絶望の淵、雨の中、力尽きたNOVA。そして、差し伸べられる手。
魂が震える、ある種の「覚醒回」。ぜひ最後までお付き合いください。
兵士は剣を手にし、じっとデレクを見つめていた。
目は細められ、相手の危険度を測るように動いている。
――用心深い。まるでプロの傭兵だ。
デレクにとって、それは十分な答えだった。
即座にレベル差で見下さない時点で、ただの雑魚じゃない。
しかも――今のNOVAの状態じゃ、普通にやられかねない。
デレクは両手をゆっくりと上げた。
【デレク】「で? せめて名前くらい教えてくれないか?」
ポツッ――
NOVAの漆黒の装甲に、最初の雨粒が落ちる。
ビカッ!
稲光が空を裂き、スーツが閃光に包まれた。隣の岩に、不気味な影が揺れる。
雷鳴が、空全体を震わせた。
兵士は一歩、また一歩と前に出る。
剣を構えたまま、口元をぴくりとも動かさず、静かに答えた。
【カイン】「カイン。それだけ知っていればいい」
【デレク】「誰に命じられた? ユリエラが言ってた……異端者、なんて名前だったっけな」
【ヴァンダ】「コリガン・マルザーです」
【デレク】「コリガン、ね」
カインの唇が、わずかに歪んだ。
【カイン】「好きに思え。……だが、死ぬ前に答えを知っても意味はない」
【デレク】「それでも俺は生きてる」
【デレク】「あいつを失った時に、俺の人生は終わった。でも、それでも歩いてる。理由を探してな」
【カイン】「ならちょうどいい。すぐに会えるさ」
……同情作戦、大失敗。
まあ、ダメ元だったしな。
【デレク】「悪いけど、死後の世界ってやつは信じてなくてね」
【カイン】「……オルビサルが遣わした“救世主”のわりには、ずいぶんと皮肉な口を利く」
【デレク】「そっちも信じてなさそうに聞こえるが?」
カインは地面にツバを吐いた。
NOVAの前面パネルを開け、スフィアを取り出して見せる。
【デレク】「これがお目当てだったりしてな?」
カインの眉がピクリと動き、口がわずかに開いた。
視線がスフィアに移り、すぐにデレクに戻る。
ツバを吐き捨てる。
【デレク】「……違うか。じゃあ狙いは“俺”ってわけだな。ロスミアに戻させない――できれば原型をとどめない形で」
カインはじっとデレクを見つめていた。
【デレク】「カシュナールみたいな奴を見ても驚いてなかったな。つまり、お前は最初から知ってた。俺がスフィアの化け物に殺される予定だったって。でも、そうならなかった。だから今度は、お前の出番ってわけだ」
【カイン】「……もういい。これ以上話しても、どうせすぐ死ぬ」
ガンッ!
デレクが一歩引く。NOVA内部に赤いアラートが走る。
【デレク】「まったく……俺の状態、知った上で送り込んだってわけか。タイミングばっちりだな」
【カイン】「だったら始めようぜ」
デレクは眉をひそめ、感情を抑えた声で言った。
【デレク】「救世主だの、悪魔だの、死ぬ運命だの……勝手にラベル貼りやがって。こっちの意思なんざ誰も気にしねえ。全員くたばれってんだよ」
指をカインに向けて突きつける。
【デレク】「俺を殺す気か? こっちは死ぬ気なんてねぇ。まだ見つけてないもんがある。だから――」
【デレク】「――お前の好きにはさせねえ、クソ野郎」
【カイン】「そうこなくちゃな」
―――
ジジジジ……
プラズマブレードが展開される。橙色の刃が闇を照らす。
ジューッ……
雨粒が触れ、蒸気が立ち上る。
だが――
ピッ、ピッ……
一本の刃がちらついていた。まるで寿命が尽きかけた蛍光灯のように。
悪い兆候だった。
【ヴァンダ】「……デレク」
【デレク】「……分かってる」
【デレク】「今までありがとな、ヴァンダ。ちなみに――あのアンインストール命令、冗談だったからな」
カインが走る。剣を振り上げ――
ズバァン!!
凍てつく青白いエネルギーが放たれ、NOVAの胸部を直撃する。
キィィィィン……!!
警告が重なり、バイザーが曇り、息すらできない。
ガシャァン――!!
金属の塊が、泥の中に沈む。
《氷結ダメージ:100%》
《構造耐久:12%》
泥に倒れたまま、デレクは肘をついて身体を起こそうとする。
だが、冷気が体の芯まで染み込んでいた。
カインが、剣を構えて立っていた。
雨が口髭を伝って流れる。目は冷たく、容赦がない。
――迷いのない男だった。
目を閉じる。
次の一撃で終わる。
だが――こない。
凍気が内側へと浸食し、身体を麻痺させていく。
剣がなくとも、これでは――時間の問題だ。
そのとき――
彼女が現れた。
【ユキ】「デレク!」
【デレク】「ユキ……? なんで……?」
【ユキ】「私よ。ヴァンダ。聞こえる?」
呼吸を忘れていた。目を見開く。
【デレク】「ヴァンダ……何が起きてる?」
【ヴァンダ】「ご自身の目で、お確かめください」
顔を上げると、そこには――
カインの腕に絡みつく蔦。
動くたびに、締め付けが強くなっていた。
カインが怒りの声を上げる。
【カイン】「誰だッ! 俺の邪魔をするのは!!」
振り返るカイン。
ズオッ!!
火球が空を裂き――
ボンッ!!
バリアが展開され、爆ぜる炎を受け止めた。
【デレク】「ツンガ……!」
胸が高鳴る。
あの狂った原始人が、戻ってきた。
――“一人じゃない”って、こういうことか。
ツンガの隣には、炎に包まれた巨大なゴーレムがいた。
ねじれた杖を構え、ツンガが笑う。
【カイン】「野蛮人よ……力は感じる。だが、それでは足りん。帰れ。これは貴様の戦いではない」
【ツンガ】「俺、逃げねぇ。てめぇ、死にかけの奴しか狙わねぇ!」
カインが剣を地面に突き刺し、呪文を唱える。
バキィィ――!!
一帯が一瞬で凍りつき、蔦が砕け散った。
カインは、自由になった身体で前進する。
【デレク】「くそっ……」
立ち上がろうとするが、NOVAは動かない。
あまりに重い。
完全に沈黙している。
【デレク】「ヴァンダ……電源が必要だ。どこだ……!」
……反応はない。
システムは完全に死んでいる。
ツンガの火球が飛び交うが、カインのバリアは揺るがない。
ゴーレムが腕を振り下ろすが、それすらも一刀両断。
火の巨体が、紙のように裂かれていく。
【デレク】「くそっ……ツンガが……」
【???】「“信じてる”のよ」
【デレク】「……ヴァンダ? 違う、ユキ……?」
【ユキ】「彼を信じてるの。“あなた”を信じてるのよ」
【デレク】「意味がわからない……全部、理屈じゃ説明できない……!」
頬を、一筋の涙が流れる。
【ユキ】「その通りよ、デレク。意味なんてない」
【ユキ】「ツンガが命をかけてあなたを助けようとしてることも」
【ユキ】「あなたのアーマーに、古代の遺物が融合したことも」
【ユキ】「全部、あり得ない。でも“起きた”。そして――まだ始まりにすぎない」
ツンガの苦痛の叫びが、耳に届く。
だが目を開けることができなかった。
【デレク】「俺に……何ができる? ここで……死ぬのを見てるしかないのか……?」
【ユキ】「違うわ、デレク」
【デレク】「だったら、どうすればいいんだよ!」
【ユキ】「助けて」
【デレク】「無理だ! NOVAは壊れてるし、何も動かない!」
【ユキ】「でもあなたは、何度も“あり得ないこと”を乗り越えてきた」
目が見開かれ、呼吸が荒くなる。
【デレク】「……それは、確かに。だけど今回は違う! 本当に……どうすればいいんだよ……!」
……返事は、ない。
【デレク】「ユキ! 答えろよ……!」
返ってくるのは雨音と、カインの剣が風を切る音だけ。
彼女は、消えていた。
もしかすると――最初からいなかったのかもしれない。
ツンガが、片膝をついている。
杖を支えにして、ボロボロの体で立ち上がろうとしていた。
その頭上に、カインが剣を振り上げる。
【デレク】「ッ……!」
――もう待ってる場合じゃない。
全力で、体を押し上げる。
【デレク】「ツンガァァァァッ!! 持ちこたえろッ!!」
【カイン】「見ろよ……それが“救世主”の姿か? 惨めなもんだな」
嘲笑を浮かべながら、剣を構え直す。
【ツンガ】「そいつ……シャイタニじゃねぇ……運命、違ぇ……!」
ボロボロの体で、ツンガは再び立ち上がる。
こめかみから血が流れ、肌の紋様が雨で洗い流されていく。
【カイン】「悪魔でも救世主でもいい。ここで殺す。それが俺の任務だ」
【デレク】(……もういい。理屈なんかいらねぇ)
【デレク】(信じるってやつを、俺もやってみるか)
目を閉じ――手を伸ばす。
その先に、彼女がいた。
ユキ。
光の中で、微笑んでいた。
何も言わず、ただ手を伸ばしてくる。
指先が触れた瞬間――
バチィィッ!!
体中を雷のような衝撃が駆け抜ける。
目が見開かれ、息が止まった。
ディスプレイに奇怪な文字列が走る:
⟪ṨⱤȔⱤ∆ØṰḢḠ⟫
【デレク】「ちっ、回路が焼けたか……?」
だが止まらない。
心臓が爆発しそうな鼓動。
拳に力を込め、叫ぶ。
【デレク】「ユキィィィィ――ッ!!」
―――
シューーーゥゥッ……!
胸部の亀裂から、まばゆい銀の光が溢れ出す。
ディスプレイに、新たな通知が点滅する。
《装甲耐久:25%》
ヒビの入った胸部装甲が、銀色の光を浴びてゆっくりと自己修復されていく。
インジケーターが次々に点灯し、死んでいたサブシステムが次々と蘇る。
赤だった警告灯が、順に緑へと変わっていく。
【デレク】「……これは……」
アクチュエーターが駆動音を上げながら光り始め、全身を熱が駆け巡る。
カインの冷気に支配されていた体内が、まるで浄化されるように熱に包まれる。
ブオォン!!
ジェネレーターが起動音を響かせ、NOVA全体が共鳴する。
ディスプレイに、警告とは違う新しいメーターが表示された。
《出力上昇中:70%》
【デレク】「……立てる」
脚部が自然に動き、重さが消えていく。
NOVAが、まるで身体の一部のように滑らかに応答してくる。
こんなに自然に動いたのは初めてだ。
【デレク】「これは……スフィアの影響か? いや、違うな。これは――何かもっと根本的に……異常だ」
十個分のスフィアをぶち込んだとしても、ここまでの出力にはならない。
この力は、何か“別のもの”だ。
《出力上昇中:100%》
拳を握る。
反応は即座で、まるで自分の指先そのものだ。
ニューロリンクの触覚も完全に回復している。
風が装甲を撫でる感触すら、皮膚で感じているようだ。
《出力上昇中:150%》
ツンガが、カインの前に立ち塞がっていた。
片膝をついているが、顔を上げ、敵を見据えていた。
――恐れなど一切なかった。
そこにあったのは、静かな“確信”。
【デレク】「……待たせたな、ツンガ」
《出力上昇中:200%》
【デレク】「カイン!!」
雷鳴すらかき消すような咆哮。
ガシャンッ!
NOVAの背部から、プラズマキャノンが展開される。
砲口には、膨大なエネルギーが収束していた。
歪む空気。きしむフレーム。
《出力上昇中:250%》
カインが振り返る。
その顔から、完全に血の気が引いていた。
【デレク】「さあ――」
【デレク】「喰らえ」
ズオオォォォォン――ッ!!!
まばゆい銀光の奔流が、空を割った。
稲妻のごとく直線に放たれたその一撃が、世界を揺らす。
お読みいただき、ありがとうございました。
ついにNOVAが――限界を越える。ここから、物語はさらに加速していきます。
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次回もお楽しみに。




