第4章: 化け物の影
人の姿をした“何か”が、闇の中で待ち構えている。
プラズマも効かず、声もなく、ただ獲物を狩るために。
追い詰められたデレクは、一か八かの賭けに出る。
成功すれば生還、失敗すれば――自らの手で終わらせる覚悟で。
デレクは暗い異星の回廊を《NOVA》で全速力で駆け抜けた。プラズマブレードの縁をかすめる空気が、ピュウ、と鋭い音を立てた。
百メートル先に、ぼんやりとした影の群れが浮かび上がる。
黄色く光る目が、闇の中できらめいていた。
シルエットは人型に見えたが、異様に歪んでいて、四肢で這い回っている。手足はあり得ない角度にねじ曲がっていた。
デレクはディスプレイを拡大表示した。
動きは鋭く、不規則で、まるで昆虫じみている。ギザギザの黒い金属パーツが体中から突き出していた。
顔は無表情な仮面。琥珀色の目には虹彩がなく、感情のかけらも見えない。
ぼろぼろの布切れが引っかかり、関節が動くたびに、ヒラリ、ヒラリと揺れていた。
その中に、地元警備隊の紋章が見えた。
ぞわり、と背筋に寒気が走る。
銀河を旅してきたデレクですら、ここまで不気味な光景は滅多にない。
だが――こいつらには、どこか見覚えがあった。
こいつらは、実験室で作られたモンスターじゃない。
もとは、人間だった。
【デレク】「なあ、ヴァンダ。あのゾンビもどき、警備隊の制服着てんぞ。何がどうなった?」
【ヴァンダ】「不明です、デレク。推測ですが、彼らはかつて本当に警備隊員だったのでしょう。何かが、彼らを変異させたのです。ただ、それが何か、どうやってかは判断できません。」
この巨大なピラミッドの中には、哀れな隊員たちを捕らえ、肉と《ウォーディライ》テクノロジーで作り変える何かがいる。
そりゃ、警備隊が近寄らないわけだ。
怖気づいていた――当然だ。
本当なら、デレクも引き返すべきだった。
《NOVA》だって、ウォーディライ改造生物にどこまで通用するか、わかったもんじゃない。
甲冑の中で、心臓がドクンドクンとうるさく鳴った。
【デレク】「……中の奴ら、生きてんのか?」
【ヴァンダ】「臨床的には生存状態です。主生体機能は確認できます。ただし、意識があるかどうかは不明です。もしあれば、安楽死させるのが最も合理的でしょう。」
デレクは唾を飲み込んだ。
【デレク】「了解。」
たとえこんな姿になっていようと、人間を殺すのは後味が悪い。
だが、ヴァンダの言う通りかもしれない。
苦しみを断つことが、今できる唯一の慈悲だった。
問題は――
相手が《ウォーディライ》技術で武装されていることだ。
簡単には倒せない。
ここで、《NOVAアーマーMKVII》の最新アップグレードを試すしかない。
デレクは最も近くにいたクリーチャーたちに突っ込んだ。
ガシャンッ――!
天井から一体が落下してきた。ギラギラした金属の四肢を広げ、彼をかすめて背後の地面に叩きつけられる。
左右から二体が突進してきた。
前腕から突き出した双刃は、異形の蟹の鋏のようだった。
デレクはプラズマブレードを大きく薙ぎ払い、柔らかい何かを叩き切った。
ドプッと濃い黒い液体が飛び散り、床に落ちた途端、ジュウウと嫌な音を立てた。
ひときわ素早い一体が、胸めがけて一直線に突っ込んできた。
《戦術情報リレー起動。攻撃予測軌道を表示》
《ディスプレイに赤いラインが走った。》
デレクは反射的に反応し、プラズマブレードで軌道を逸らす。
バチバチバチッ――!
火花が散り、視界が白く染まったが、彼はターゲットを捉えたままだった。
《赤い矩形がディスプレイ上に点滅した。》
その中央に《有機組織》の文字が浮かび上がった。
【デレク】「ナイス、ヴァンダ。」
狙いを定め、すかさず斬りつける。
だが――
クリーチャーはクルリと振り向き、ギザギザの爪でブレードを挟み込んできた。
凄まじい力で刃を固定する。
ちっ、わかってたよ。
デレクは即座にブレードをオフにし、腕を引き抜く。
反対の手で、腹部めがけて上向きに斬り上げた。
ガンッ!
硬い外殻には刺さらなかったが、動きを止めるには十分だった。
デレクは続けざまに、今度はプラズマブレードを再点火し――
ズバァァ!
クリーチャーのむき出しの肉を一刀両断した。
裂け目から黒い煙と蒸気が噴き出し、床に落ちるとジュウジュウと音を立てる。
だがクリーチャーは、声ひとつ上げなかった。
痛みすら感じていない。
辺りは、不気味な沈黙だけが支配していた。
焦げた肉と溶けたプラスチックの悪臭が、フィルターを突き抜けて喉を焼き、胃をえぐった。
デレクは歯を食いしばり、プラズマブレードを横に引きずる。
ギャリッ!
刃は赤く光りながら、クリーチャーの体を真っ二つにした。
ぐしゃり。
肉と金属が絡み合った残骸が、床に崩れ落ちた。
《タクティカルリレー警告。接近中の敵反応》
デレクは反射的に身をひねった。
スパァッ――!
黒い双刃が空を切り、彼の肩先をかすめた。
刃は壁にめり込み、ズズズッと亀裂が広がった。
空間全体に甲高い音が響く。
デレクは凍りついた。
壁に刻まれた、あの深い裂け目を見つめる。
(……あれを貫通できるなら、俺のアーマーなんざ紙同然だな)
汗が噴き出し、即座にスーツに吸収された。
息苦しいほどの緊張感が、甲冑越しに全身を締め付ける。
二歩、後退。
そして即座にアーマーの質量を軽減モードへ切り替えた。
(耐えられねぇなら――避けろってことだ)
目の前のクリーチャーが刃を構え直した。
腹部の有機組織を守りつつ、じりじりと間合いを取る。
黄色い目がギラリと光る。
いやらしいほどに理性的な光。
――攻めてこない。
――待っている。
何を?
答えはすぐにわかった。
このクソピラミッドは、化け物の巣だ。
こいつは、仲間を待ってやがる。
ミニマップが警告を発した。
増援、接近中。
この場に留まれば、袋のネズミだ。
デレクは頭部めがけてフェイントを放ち、クリーチャーを壁際に追いやった。
すかさずブレードをオフにし、反転してダッシュ。
バシュッ――!
影の中から、さらに歪んだ形の怪物たちがぞろぞろと現れる。
壁、床、天井を這い回り、黄色い目をギラギラと光らせながら。
まるでピラミッドそのものが吐き出しているかのようだった。
(どれだけいる? 何百万年も……)
何人、何百人、何千人を飲み込んだ?
旅人、好奇心に駆られた地元民、子供、動物――。
すべて、喰われた。
そして、惑星政府はそれを隠した。
民を守るためじゃない。
壊れやすく、くだらねぇ宗教と、空っぽの信仰を守るために。
デレクは拳を握り締めた。
ミシミシ……とスーツの関節がきしむ。
(できることなら、こんな建物、ぶっ壊してやりてぇ)
だが、《NOVA》の融合炉を爆破したところで、このクソみたいなピラミッドに傷一つつかないかもしれない。
【ヴァンダ】「デレク、左手に通路を検出。数メートル先です。ミニマップにハイライト済み。急いでください。」
迷う暇はなかった。
デレクは一気に加速し、ネオンでマークされた細い通路へ突っ込んだ。
――聖母ヴァンダ、全宇宙ナビ界の女神様だな。
進路を塞ごうとするクリーチャーたちを寸前でかわし、
ギリギリで通路に滑り込んだ。
背後でドガンッと音が鳴り、二体の化け物が天井から落ちてきた。
デレクは脚部アクチュエーターをフル稼働させ、狭い通路を疾走する。
ドガドガドガッ――!
重たいブーツの反響音が壁に轟く。
(全銀河に俺の居場所知らせてんじゃねぇか)
だが今は、何よりもスピードが必要だった。
前方には敵影なし。
ミニマップも、進行方向にクリーチャーはいないと示していた。
追跡者の気配は背後に残っていたが――
足の速さではデレクが勝っていた。
【ヴァンダ】「次の分岐を右折してください。約百メートル先、大広間に到達します。」
デレクは即座に方向転換。
右へ、全速。
(広間、ね。つまり……めんどくせぇのが待ってるってことか)
だが、今さら選り好みはできない。
【デレク】「ヴァンダ、リアクター出力100%に戻せ。今ここで爆発とか、シャレにならん。」
【ヴァンダ】「了解。出力調整、完了しました。」
警告表示が赤ゾーンから抜け、アクチュエーターも安全圏に落ち着いた。
速度は少し落ちたが――
走行中に爆発するよりは、だいぶマシだ。
デレクは走りを続けながら息を整えた。
【デレク】「……このクソ迷路、まだ続くのか?」
【ヴァンダ】「はい。目標アーティファクトは、その広間に存在します。ただし、入手しても、それをピラミッド外へ運び出せる保証はありません。」
【デレク】「……はあ。励まされるわ。」
ため息をつく。
【デレク】「脱出プラン、今んとこ白紙な。コラールノードを引っこ抜いたら、全部シャットダウンしてくれると助かるんだが。」
【ヴァンダ】「もちろんです、デレク。そしてシャットダウンの前に、彼らは紅茶とクッキーを用意してあなたを歓迎するかもしれませんね。」
【デレク】「皮肉は俺の担当だって言っただろ。お前はナビだけしてろ。」
【ヴァンダ】「了解。奇跡は担当外ですが、最善を尽くします。」
【ヴァンダ】「警告。次の広間で、アーティファクト以外にも複数の生命体反応を検出。」
【デレク】「また蟹ゾンビか?」
【ヴァンダ】「いいえ。……もっと大きな何か、です。」
【デレク】「なぁ、俺、もう質問するのやめるわ。お前、ロクなニュース持ってこねぇし。スペックだけ。」
【ヴァンダ】「蟹型クリーチャーと同じ組成。ただし、形状や武装は不明です。ピラミッド内部の干渉がセンサーを阻害しています。」
デレクは眉をひそめ、苦々しく顔をしかめた。
広間にいる「何か」は、どう考えてもアーティファクトを守っている。
こっそり侵入? 無理だ。
正面突破? さらに無理。
しかも後ろからゾロゾロ追っかけてきてる。
(どうすんだよ、これ)
――だが。
【ヴァンダ】「ゴホン。頭の中で、ギーコギーコって音がしてます。……嫌な予感しかしませんね。」
【デレク】「は? 俺の作戦に外れなんてあるわけねーだろ? 見てな。」
【ヴァンダ】「詳細を。」
【デレク】「クローク装置、使う。」
【ヴァンダ】「……あのガラクタですか? 観光警備にすら通用しなかった代物ですが。」
【デレク】「わかってるって。」
【ヴァンダ】「……それが、いいんですか?」
通路の終端が見えてきた。
デレクは急減速し、疾走から歩きへ、そして停止。
【デレク】「いいから、クローク切り離せ。俺の天才的な作戦、拝めるチャンスだぞ。」
素早く周囲を確認。
通路は、静まり返っている。
時間はない。
撒いたとしても、すぐに追いつかれる。
【デレク】「準備できたか?」
【ヴァンダ】「はい。回収可能です。ただし、あなたの計画は理解不能です。」
(まあ、俺も細けぇとこまでは考えてねぇけどな)
心臓がドクンドクン鳴る。
失敗したら――後悔する間もなく終わる。
デレクは胸部プレートをスライドさせ、隠されたコンパートメントを露出。
中では、銀色のライトが心臓のように脈打っていた。
指先で、小さな金属筒をつまみ上げる。
クローク装置――傷だらけ、ロゴも消されているインチキ品。
【デレク】「内蔵バッテリー、どんくらいもつ?」
【ヴァンダ】「約三十分。ただし、すでに劣化が進行中です。」
【デレク】「十分だ。トラブル起こすにはな。」
【ヴァンダ】「その装置、すでに十分な問題児ですが。……で、具体的な作戦は?」
【デレク】「すぐわかる。」
(どうせ説明しても、ヴァンダには理解されねぇしな)
彼は気楽な歩調で広間へ向かった。
クリーチャーたちの追跡は、まだ音沙汰がない。
(上出来だ)
そして――
ずっと飲み込めずにいた言葉を、ようやく口にした。
【デレク】「なあ、ヴァンダ。……一つ、頼みがある。」
【ヴァンダ】「何です?」
喉が引きつる。
【デレク】「もし……もし俺が捕まって、ああなりそうになったら。
迷わず、NOVAのリアクター吹っ飛ばしてくれ。」
短い沈黙。
【ヴァンダ】「……あなたは、あの尊大で生意気なデレクの方が、ずっとマシでしたね。」
デレクは歯を食いしばる。
冗談じゃない。今は。
【デレク】「ヴァンダ、これは命令だ。」
【ヴァンダ】「了解。……必ず。」
デレクは、ゆっくりと頷いた。
これで、腹は決まった。
コラールノードを手に入れるか――
あるいは、ここで哀れな奴らと一緒に吹き飛ぶか。
どっちに転んでも、負けじゃねーよな。
―――
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※本作は英語からの翻訳です。細心の注意を払って翻訳・編集を行っていますが、誤りや不自然な表現が含まれている場合があります。ご了承ください。
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