第35章: ブロンズの試練、鋼鉄の答え
運命は空から落ちてくる。
デレクがそれを止めなければ、ロスメアが炎に包まれるかもしれない――
だが、この試練を仕掛けたのは空ではなく、人だった。
救世主と呼ばれる前に、まず生き残れるかどうか。
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デレクは空を睨みつけた。
小さな光点が、時間とともにじわじわと大きく、明るくなっていく。瞬き一つせずにそれを見つめる彼の視線は、鋭く冷たかった。
――あれは……明らかに、前に見たスフィアよりデカい。
記憶が確かなら、この地域にはなぜかアイアンランクのスフィアしか落ちないと言われていたはずだ。
広場には人が溢れ出し、誰もが頭を仰いで空を見上げていた。
ざわめきと共に、不安のささやきが波紋のように広がっていく。
イザベルの方を見ると、彼女はスフィアを見つめたまま、唇をわずかに開き、眉間にしわを寄せていた。
デレクは咳払いをした。
【デレク】「で? 誰か教えてくれないかね、今このクソみたいな空で何が起きてるのか」
イザベルが答えようとしたその瞬間、広場に女の声が響いた。
「ロスメアの善き人々よ!」
デレクが振り返ると、ユリエラ・ヴァレンが数十メートル先に立っていた。
白いローブには黄金の刺繍が施され、肩から深紅のサッシュがかかり、頭には金のティアラが載っていた。
広場が静まり返り、数百人の視線が彼女に集中する。
【ユリエラ】「恐れることはありません! 皆さんが空にご覧になっているものは、オルビサルの力、そして愛の新たなる証なのです!」
「アーメン!」
【デレク】「……嫌われてたら、何を落としてくるんだろうな」
イザベルは手を組んで祈り、ツンガは地面に杖を打ちつけていた。
群衆は自然とユリエラの周囲に集まり始めた。
【ユリエラ】「皆さん、これは並の出来事ではありません。これは、私たちのナーカラ地方に何世紀も降ってきた、いつものアイアンランクのスフィアではないのです」
ユリエラは群衆を見渡し、間を置いた。
【ユリエラ】「我らの予知者たちは、現在空に見えるスフィアが――ブロンズランクであると断定しました!」
広場がざわめきに包まれる。
デレクはイザベルを見た。彼女は静かに、しかしはっきりと頷いた。
―――
【ユリエラ】「皆さんの中には、例によって〈星界探究者〉たちを送り、スフィアの状態を確認し、無傷であれば回収させるのだろうと考える方もいらっしゃるでしょう」
〈星界探究者〉という単語に、デレクは眉をひそめる。
【ユリエラ】「ですが今回は違います。スフィアを回収するのは〈星界探究者〉ではありません」
群衆に動揺が走る。
「でも、ブロンズランクのスフィアが街の近くで壊れたら、誰が守るのよ!?」
【ユリエラ】「静まりなさい」
手を挙げると、瞬時に広場は静寂に包まれた。
【ユリエラ】「皆さん、オルビサルは信仰を試すためにスフィアをお授けになります。そして今日、私たちに与えられたのは、ブロンズランクのスフィア。これは〈星界探究者〉のための試練ではありません」
【ユリエラ】「今この場所に、もっと大いなる試練に挑むべき者がいるのです!」
デレクの胸がドクンと鳴る。
彼はイザベルを見る。彼女も、すでに彼を見ていた。
【ユリエラ】「皆さんも聞いたでしょう。今ここに〈カシュナル〉が現れたと語る者がいます。だが、それを疑う声もあります。オルビサルは今、この試練を通して、真実を示そうとしているのです!」
彼女は空を指差す。
【ユリエラ】「〈鋼鉄の救世主〉は、オルビサルの御意志により、たった一人でブロンズランクのスフィアを回収し、〈カシュナル〉としての試練に立ち向かいます!」
「オルビサルに栄光あれ! カシュナルに栄光あれ!」
「カシュナルに栄光あれ! 鋼鉄の救世主に栄光あれ!」
【デレク】「クソ女……完全に俺をハメやがったな」
広場を取り囲むように、人々の視線がデレクに集まりつつあった。
【ヴァンダ】「デレク? アドレナリン上昇、心拍数も急激に加速中。叫び声も複数検出。……目を離したらもう祭り?」
【デレク】「ああ。かなり盛り上がってるぞ」
【ヴァンダ】「迎えに行く?」
【デレク】「上空待機。最悪、回収だ」
群衆が彼を囲む前に、せめて逃げ道は確保しておきたかった。
イザベルが近づいてきた。目を伏せ、声は小さい。
【イザベル】「……どうするつもり?」
【デレク】「どうするも何も……お前の上司が、俺に選択肢なんて残してないだろうが」
イザベルは沈黙した。
【イザベル】「もしオルビサルが、あなたが到着したその瞬間に、ブロンズランクのスフィアを――」
【デレク】「偶然だ」
空を指差して言い放つ。
【デレク】「ただの天体現象だ。俺には関係ない。だけどな――ユリエラは誰も送り出さなかった。つまり、俺が行かなきゃ、ロスメアが吹っ飛ぶ」
【ツンガ】「村の女、強い。お前が失敗しても、守る」
【イザベル】「違うわ。デレクの言う通り。もしスフィアが破裂して、誰もそれを封じられなければ、高レベルの魔力で汚染されたクリーチャーがここに現れる。ユリエラが止めるかもしれない。でも、それまでに多くの犠牲が出るわ」
【ツンガ】「それ、お前らが民に力与えぬから。スフィア触らせぬ。戦わせぬ」
【イザベル】「今はその話じゃない!」
デレクは額を押さえ、髪をかき上げた。
【デレク】「ユリエラと直接話す。狂気だって、分からせてやる。俺を一人で行かせれば、都市全体を危機に晒すことになる。あの女にも、それが分かるはずだ」
【イザベル】「……無理よ。あれだけ「神の意志」って言い切って、群衆の前で宣言したのよ? 今さら撤回なんて――」
「見て! あの人だわ! 救世主よ!」
群衆から興奮した声が上がった。
デレクが振り向くと、熱に浮かされた目でこちらに向かってくる人々がいた。
【デレク】「……クソッ」
【ヴァンダ】「真上にいるわ。群衆が集まり出してる。また広場の真ん中で神を侮辱した?」
【デレク】「言おうとしてたとこだ」
沈黙。
【ヴァンダ】「……デレク、それってつまり……」
【デレク】「ああ、回収準備しとけ。今んとこ悪意はないが、信者なんて当てにならん」
イザベルが不安そうな目で彼を見つめていた。
「違うぞ! 騙されるな! そいつの正体を見ろ!」
群衆の中から怒声が響いた。
押し寄せる人波をかき分けて現れたのは、スキンヘッドに長い髭、分厚い胸板を持つ巨漢だった。金のメダリオンが胸で揺れ、そこにはオルビサルの象徴が彫られていた。
【男】「お前はカシュナルじゃない! 救世主でもない! 白状しろ! 人々を欺くな!」
群衆がざわめく。支持する者もいれば、反発する者もいた。
【デレク】(……来たか)
彼は手を挙げて沈黙を促した。信じている者も疑っている者も、なぜか皆、彼の言葉を聞こうとしていた。
【デレク】「ロスメアの皆さん。空のスフィアは、まもなくこの地に落ちてくる。そして君たちの敬愛する大司祭は、俺に処理を任せると決めたらしい」
【デレク】「正直、俺はお前らの宗教戦争に関わる気はない」
【デレク】「でもな、一つだけ忠告しておく。逃げろ。どこでもいい、安全な場所へ行け。俺が戻らなかった場合、スフィアが破裂した時に、ここにいたら終わりだ」
群衆に不安が広がる。
【男】「逃げろだと? それは、自分が救世主じゃないってことじゃないのか!」
【男】「皆さん、聞きましたね! この男は救世主ではないと、自分で言いました!」
【デレク】「俺が救世主だって言ったか? 科学者? まあな。天才? 否定はしない。でも救世主? 冗談じゃない」
男の顔が怒りで真っ赤に染まる。
【男】「じゃあなぜ、カシュナルの鎧を纏って現れた!?」
【デレク】「俺は何も名乗ってない。勝手に幻想を抱いてるのは、お前らだ」
【男】「嘘つきめっ!」
怒声とともに男が殴りかかってきた――
その瞬間、
キィィィィン――!
上空から金属音が響き、突風が広場を駆け抜けた。
砂埃が舞い上がり、光を反射する装甲が天から降下してくる。
NOVAだ。
音を立てて変形し、パワーアーマーの姿へと移行。着地と同時に地面が震え、広場の空気が張り詰めた。
男は凍りついたように動きを止めた。
NOVAの外殻が開き、内部のシートがスライドする。
デレクは迷うことなく中に入り、機械音とともに装甲が彼の身体を包み込んだ。
視界は一瞬暗転し、すぐにインターフェースの光が満ちる。
【ヴァンダ】「……本当に八つ裂きにされかけてたのね」
【デレク】「ギリギリだった」
彼はゆっくりと前進し、男の前に立ちふさがった。
【デレク】「さっき、何か言ってたよな?」
男は何も言えず、ただデレクを見上げる。
群衆は息を呑んだまま固まっていた。
【デレク(小声)】「ヴァンダ、こいつから何か出てるか?」
【ヴァンダ】「エネルギー反応ゼロ。ただの人間。でかいけど、普通。……気をつけて。今の出力なら、ちょっと触れただけでミンチよ」
デレクはため息をついた。
手を軽く振る。
【デレク】「さっさと失せろ」
男は膝をつき、祈り始めた。
赦しを乞う言葉が漏れ聞こえてきたが、デレクは気にも留めず、群衆へと顔を向けた。
【デレク】「よく聞け。俺はブロンズランクのスフィアを回収しに行く」
【デレク】「救世主だからじゃない。だが、他にやるやつがいないらしい」
【デレク】「お前らの宗教にも予言にも興味はない。でも、ここには街がある。女も、子どもも、死なせたくないやつらもいる。それだけだ」
デレクは咳払いを一つ挟んで、続けた。
【デレク】「スフィアが破裂して、エネルギーが漏れたら……たぶん俺は戻ってこられない。そのときに備えておけ」
広場がざわめきに包まれた。誰もが不安げな顔で周囲を見渡す。
【デレク】「時間を無駄にするな。荷物をまとめて、できるだけ遠くに行け」
「オルビサルよ、どうかお守りください……!」
震える声がどこかから漏れ、祈りが連鎖するように広がっていく。
そのときだった。
群衆が左右に割れ、一筋の道が開かれた。
鎧をまとった〈聖なる護衛団〉の兵士が二人、ゆっくりと進み出てくる。武器は鉄のメイスとカイトシールド。鎧は鈍く光を反射していた。
二人はデレクの前で立ち止まった。表情は無機質で、感情を読ませない。
【兵士】「ご同行願います。大司祭ユリエラ・ヴァレン様が、ご面会を希望されています」
デレクは口元を歪めて笑った。
ユリエラが「逃げろ」と言った俺の発言を、気に入ってるとは思えない。
だが、それこそが狙いだった。
少なくとも今、正面から話をつける機会がある。
もしかするとイザベルの言う通り、ユリエラの考えはもう揺るがないのかもしれない。
それでも――試す価値はある。
デレクは静かに頷き、二人の兵士の後に続いて、オルビサルの神殿へと向かった。
はい、デレクはまたしても群衆の真ん中で神を侮辱しかけました。学習能力ゼロ。
でも大丈夫、今回はNOVAが間に合いました。ギリギリで。
次回、鋼鉄の科学者と高位聖職者がついに直接対決!?
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※次週からの更新について※
『Messiah of Steel』は、来週より「週3回更新」(月・木・土の21時)に切り替えさせていただきます。
作品全体の質を上げるための取り組みですので、ご理解いただければ幸いです!
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