第23章: 「メシア」って呼ぶな!
ジャングルを抜けた先に待つ、新たな脅威と予期せぬ贈り物。
――鋼の男に訪れる、新たな覚醒。
デレクはまた自分の足で歩いていた。
思っていたより、悪くない。
ブーツの下でサクサクと鳴る乾いた土。前方に広がる道は、あのジャングルの絡み合った地獄と比べれば、天国みたいなもんだった。
道の両側にはまだ背の高い草木が並んでいたが、先に進むにつれ、森は薄れ、空には時折、フワリと浮かぶ《エネルギー球》が漂っていた。
難民たちの表情も少しずつ和らぎ始めていた。
都市が近い――本物の、安全な場所が。
だが、デレクにとってロスミアはただの未知数だった。
宗教で支配されてる国なんて、犯罪者に支配されてる国と五十歩百歩だ。
……いや、せめてジャングルよりはマシであってくれ。
肩に「トン」と軽い衝撃が走り、振り向くと――そこにあったのは頭蓋骨だった。
ツンガの杖。その先端に据えられた動物の骨が、無言でこちらを見下ろしていた。
シャーマンはじっと目を細め、口を開く。
【ツンガ】「お前の鎧、どこ行った、シャイタニ(悪魔)?」
【デレク】「……その呼び方やめろっての。俺の名前はデレク、人間だ。そっちよりな、今はもうちょっと『人間らしい』かもな。」
彼は上空を指差す。
【デレク】「NOVAは今、ドローンモード中。上空から《スキャン》と《マッピング》をやってる。リペアボットも一緒にな。」
ツンガはまばたき一つし、ぽつりと呟く。
【ツンガ】「……言ってること、わからん。」
【デレク】「だろうな。……まあ、ちょっと遠くに行かせてるだけだ。また必要になったら戻ってくる。」
ツンガは顎をかきながらうなずく。
【ツンガ】「お前の魔法、変わってる。」
【デレク】「あー、だから魔法じゃねぇって。でも、そう見えるならもうそれでいい。」
ツンガの目つきが急に鋭くなる。
【ツンガ】「……カトのこと。まだ礼、言ってない。」
【デレク】「気にすんな。いじめっ子ってのが、昔から大嫌いなんだよ。高校の時からずっとな。」
【ツンガ】「それで鎧、作った?いじめっ子、倒すためか?」
【デレク】「……は?」
意表を突かれて、言葉に詰まる。
だが、思い返してみると――全否定もできなかった。
【デレク】「まあ……一理あるな。だが今の敵は一人だけだ。」
【ツンガ】「誰だ?」
その質問に答える前に、別の声が割り込む。
【イザベル】「宇宙、よ。」
彼女は首を振りながら、まるで疲れ切ったような目で言った。
【デレク】「……俺そんなに読みやすいか?ネタ変えた方がいいかもな。」
彼は話題を切り替えるようにツンガを見る。
【デレク】「ひとつ教えてくれ。どうしてカトは魔獣に乗れた?魔法に汚染された生き物は、みんな狂って化け物になるって聞いたが。」
【ツンガ】「動物、選ぶ。人、好き。オーラ強ければ、力、抑えられる。」
【デレク】「じゃ、殺そうとしないやつ見つけたら飼うだけ?」
ツンガは首を横に振る。
【ツンガ】「違う。狂った獣、見つける。殺さず、飼いならす。オーラ、育てる。感覚、戻ったら、死ぬまで従う。
でも……危険。人も、獣も。時間も、かかる。」
デレクは腕を組み、真剣にうなずいた。
【デレク】(……要するに、扱える程度のやつじゃないと無理ってことか。だが、うまくいけばこっちの戦力になる。)
【デレク】「じゃあ、『獣の精霊』ってのはどうだ?あのゴリラ、どうやって天球を吸収して正気を保ってる?誰がそんなもん飼いならせた?とんでもない力だろ、あれ。」
【イザベル】「あれは……『冒涜』よ。」
その声は低く、唇は軽く引きつっていた。
【イザベル】「オルビサルは、力と試練を等しく与えるために天球を授けてくださるの。私たちは体と魂で、自らを証明しなければならない。あんな巨大猿なんて、神の設計図にはいないわ。」
デレクはちらりとアリラを見る。
少女はボロボロの服で、表情もないまま、ただ道を歩いていた。
【デレク】「この世界のどこに『完璧なバランス』があるってんだよ……。」
ツンガの声は低く、静かだった。
【ツンガ】「どこから来たか、誰も知らん。昔、天球がこの森に落ちた。
人々、終わりだと思った。森、村、全部、消えると。
だが、落ちたその時――奇妙な獣、現れた。
力、広がる前に、その獣が吸い込んだ。」
【デレク】「……でかい猿が、偶然現れて、天球の力を吸い取った。ってわけか。」
【ツンガ】「その時は、小さかった。力、吸って、大きくなった。
俺たち、救った。森も。そいつ、それから見てる。シャーマン通して、語りかける。」
【イザベル】「あれは、森を支配してるのよ。人々の心を惑わせて、オルビサルの光から遠ざけている……それこそ、本当のシャイタニ。」
【ツンガ】「教会、お前を自然から引き離した。
目、曇った。耳、聞こえん。獣の精霊、お前に語らん。」
【イザベル】「それで結構。偽りの声なんて、聞く必要ないもの。」
【デレク】「わかる気がするよ。自分たち以外の『洗脳』が上手くいってると、頭に来るんだろ?
しかも相手が……ただの猿ときた。」
【イザベル】「あなた、私たちのこと何も知らないくせに……」
【デレク】「宗教ってのは、最初は純粋なんだよ。誰かが何かを『本気』で信じるところから始まる。でも、その誰かが死ぬと、
残るのは、ただの《支配の装置》だ。」
【デレク】「で、その『獣の精霊』はお前らに何を言ってくる?」
【ツンガ】「危険、知らせる。
聞く者に、語る。
前、川があふれる前に、教えてくれた。助かった。
敵からも……守ってくれる。」
【イザベル】「教会があなたたちを傷つけようとしてるわけじゃないの。
ちゃんとした家、流れる水、安全な壁、教育。
『文明』を与えたいだけよ。」
【デレク】「それに加えて、教会とオルビサルの信仰もセットで付いてくるんだろ?」
【イザベル】「信仰することで彼らは救われる。オルビサルの意志を果たすことで、未来が拓けるのよ。
それとも……魔法猿を神と呼んだほうがマシだとでも思ってるの?」
【デレク】「うーん、そうだなぁ。
村を洪水から救って、狂信者の侵略も阻止した超知能ゴリラと、
毎日のように人が死ぬほどの天球を空から投げ落としてくる、情緒不安定な神。
……どっちを信じるかって?いやあ、悩むなあ。」
《デレク、周囲に動きがあります》
デレクは周囲を見渡す。
風ひとつないのに、木の枝がザワ…と揺れていた。
【デレク】「止まれ!」
難民たちは一斉に足を止め、彼を見た。
【デレク】「……誰か、いる。」
イザベルが隣に立つ。
【イザベル】「何も見えないわ。」
【デレク】「木の上。囲まれてる。」
【イザベル】「……本気なの?」
【デレク】「ヴァンダは嘘をつかない。」
【イザベル】「その『ヴァンダ』って誰?」
【トーマス】「ウォーデン様!我々が難民を茂みに避難させ、あなたが前に出るべきかと――」
【イザベル】「大丈夫よ。おそらく気のせいだわ。」
【ツンガ】「悪魔、正しい。魔獣、いる。ずっと前から、ついてきてる。でも、まだ襲ってこない。」
その瞬間――
枝から白い影が跳ね、音もなく目の前に着地した。
白い毛、青い縞、光る目。
――あの猿だ。
両手には果物の束を抱えている。
【デレク】「……お前か。何してんだよ、こんなとこで。」
猿は果物を地面に置き、ゆっくりと後ろに下がった。
【デレク】「……俺に?いや、ありがとな。わざわざ持ってこなくてもよかったのに。」
猿はその場でピョンと跳ね、まっすぐデレクを見つめ続けていた。
【ヴァンダ】「まあ、なんて優しいのでしょう!」
ヴァンダが耳元で囁いた。
「ジャングルを離れるあなたに、彼らなりの餞別を贈っているのですね」
デレクは小さな猿に軽く頭を下げた。
「ありがとう。物資はいくらあっても困らないからな」
彼らに自分の言葉が通じるかはわからなかったが、試してみる価値はあると思った。
木々の間から、他の猿たちの鳴き声が響き渡った。
その声はキャノピーに反響し、まるで合唱のようだった。
デレクは微笑んだ。
本当に、友達ができたような気がした。
彼がツンガの方を向くと、シャーマンは口を開けて彼を見つめていた。
「何だ?」
【ツンガ】「お前…彼ら…」
ツンガは小さな猿を指さしながら、言葉を詰まらせた。
【イザベル】「どうやってそれを?」
イザベルが鋭い好奇心を込めて尋ねた。
デレクは肩をすくめた。
「さあな。彼らに聞いてくれ。俺はただ、でかい喋るゴリラを倒しただけだ。先に攻撃してきたのは向こうだ」
ツンガは顎を撫でながら言った。
【ツンガ】「こんな話、聞いたことない」
彼は目を閉じ、何か遠くのものを聞こうとしているかのようだった。
デレクは頭を掻いた。
「もしかしたら、俺が彼らのリーダーを倒したから、ついてくることにしたのかもな」
ツンガは再び目を開けた。
【ツンガ】「いや。お前が倒したのは彼らの長ではない。支配していたが、仲間ではなかった。お前がそれを倒したことで、彼らは自由になったのだ」
デレクは眉をひそめた。
「そうか。だから果物をくれたのかもな。お前、動物の心が読めるのか?」
【ツンガ】「絵が見える。彼らの心からの感情。時々、彼らのことがわかる。でも、こんなことは初めてだ。生まれてからずっとジャングルにいるが、こんなことはなかった」
イザベルは地面の果物を見てから、デレクを見た。
【イザベル】「私たちの聖典には、このような出来事に関する伝説があります。メシアが現れたとき、動物たちが彼を助けるという伝説です」
デレクは目を転がした。
「またか。ただの猿だっての。何度も言ってるが、俺はメシアでもなければ、悪魔でもない。その二つの考えは完全に矛盾してるだろ?どっちかが間違ってるってことだ」
猿が鋭い叫び声を上げ、木々の中へと駆け戻った。
デレクはそれが消えるのを見送り、しゃがんで果物の一つを拾った。
それは小さな黒い棘で覆われた奇妙な紫色の楕円形だった。
彼がそれを軽く握ると、暗い液体が地面に滴った。
食べられるかどうかはわからなかった。後でヴァンダに調べてもらおう。
あの小さな猿たちが彼を毒殺しようとしている可能性も否定できなかった。
彼は地面に残された他の果物を見た。
それぞれ色も形も異なる果物がいくつかあった。
その紫、黄色、オレンジの果物の中に、完全な球体の光る物体があった。
彼は眉をひそめ、それを拾い上げた。
指先に冷たい金属の感触が伝わった。その物体を握った瞬間、彼は気づいた。
それはパワースフィアだった。
「なんてこった…」
【イザベル】「それは…!オルビサルの炎のパワースフィアです!」
難民たちから驚きの声が上がった。
何人かは膝をつき、手を合わせて祈り始めた。
トーマスがイザベルの隣に駆け寄った。
彼はスフィアを見ると、口を開けたまま呆然とした。
【トーマス】「オルビサルよ…信じられない。彼こそが…」
彼は言葉を失い、デレクを見つめた。
デレクは眉をひそめた。
「何だって?」
ツンガが目を見開きながら前に出てきた。
【ツンガ】「こんなこと、ありえない」
デレクは彼ら全員を見渡した。
一体、彼らは何を考えているのか?猿が彼に光るおもちゃを渡しただけで、突然彼を教皇のように扱い始めたのか?
このメシア騒動は最初は軽い迷惑だったが、今や本当に苛立たしいものになっていた。
彼の顔が熱くなった。
「何してるんだ?」
彼は叫んだ。
「そんな目で俺を見るな。膝をついてる奴ら、今すぐ立て!」
まるで見えない糸で操られたかのように、膝をついていた小さな集団が即座に立ち上がり、彼を見つめた。
そして、なぜ彼らは彼の言うことに従うのか?
「お前ら、どうしたんだ?馬鹿な真似はやめろ。猿がただの贈り物をくれただけだ。たぶん、彼らの嫌なボスを倒したからか、食べられない変な果物だと思ったからだろう。ただの猿だ、いい加減にしろ!」
イザベルが一歩前に出て、静かに言った。
【イザベル】「オルビサル…」
デレクはうめいた。
「またかよ。お前らって本当に、神サマがいないと物事判断できないのか?」
【イザベル】「聖典には、救世主が現れるとき、動物たちが神の聖なるスフィアを差し出すと書かれています」
(やれやれ…)
デレクの心臓が一瞬止まる。
本気か?こんな偶然、あるわけが…
いや、そんなのはどうでもいい。
自分がメシアなんて、あるわけない。
神なんていない。――それだけは確かだった。
――はずだった。
イザベルは剣を胸の前で握りしめ、まっすぐデレクを見つめる。
その目には、迷いと信念が入り混じっていた。
【デレク】「やめてくれよ、その目。
お前、自分で言ったよな?俺はメシアじゃないって。
じゃあこれは一体なんなんだ?」
イザベルは視線を落とす。
そして――跪いた。
その瞬間、難民たちも次々と膝をついた。
まるで連鎖反応のように。
【デレク】「……クソが」
残って立っているのは、トーマスだけだった。
彼は黙って、奇妙な表情でデレクを見つめている。
【イザベル】「私は、これまでの疑念を神に詫びます。
その御業は時として私たちの理解を超えますが、
今この瞬間、予兆は現実となりました。
もはや否定する理由はありません。
カシュナール――救世主は、ここにおられます」
デレクは顔をしかめて、ツンガの方を向いた。
【デレク】「なあ…お前は、さすがに信じてないよな?」
【ツンガ】「経典、知らん。
神、信じない。メシア?興味ない」
彼はスフィアを指差す。指が微かに震えている。
【ツンガ】「でも、こんなの初めてだ。
動物、スフィアを怖がる。誰も近づかん。
何十年もこの森にいるが、動物がスフィアに触れたの、見たことない」
デレクは手の中のパワースフィアを見下ろす。
NOVAを通さず、素手でスフィアを持つのはこれが初めてだった。
冷たい金属の感触。
ゆっくりと脈打つような赤い光――
まるで心臓の鼓動みたいだった。
無視できるようなものじゃなかった。
無知な村人の妄想だとしても、
――猿がスフィアを『渡してきた』という事実だけは、どうにも説明がつかない。
科学的な答えが必要だ。
動物学者でも探すか?いや、それより――
この連中が、もう俺を放っておかないってのが、最大の問題だった。
逃げる?ムリだ。船がない。
ワーディライ(古代文明)の遺跡を見つけて、もう一つの《コラール・ノード》を手に入れる必要もある。
救世主のフリをする?バカ言え。
銀河で一番、信仰心の欠片もないこの俺が――宗教の象徴に?
――宇宙はまた俺を笑ってやがるな。
イザベルが剣を高く掲げる。表情は決意に満ちていた。
【イザベル】「カシュナール、救世主は我らのもとに!
カシュナールに栄光あれ!化身の救世主に!」
難民たちが、涙を浮かべながら声をそろえる。
「カシュナールに栄光あれ!」
デレクは一歩後ずさり、彼らを見渡す。
家を焼かれ、家族を失った人々――
その目に宿るのは、希望。信仰。喜び。
そして、全部、俺に向けられている。
……俺に。
ただの、墓泥棒に。
【デレク】「……バカバカしい。今すぐやめろっての」
【イザベル】「いいえ」
イザベルは、まるで神の啓示を受けたかのような声で続ける。
【イザベル】「あなたがオルビサルのご意思をまだ知らずとも、
我々はその兆しを見ています。
カシュナールに、栄光あれ!」
「カシュナールに栄光あれ!」
デレクは頭を抱え、髪をかきむしる。
この惑星が――心底、嫌いだった。
誰も、もう俺の言葉なんて聞いていない。
その時、木々の上で、色とりどりのオウムたちが一斉に飛び立った。
デレクは、心の底からこう願った。
「……俺も、あいつらみたいに飛んで逃げられたらな」
科学と信仰の物語が続く――
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