第22章: ツンガの過去とシャイタニの未来
密林が揺れる。新たな脅威が接近し、デレクたちは再び試練に立ち向かわなければならない。
予想外の出会いが、彼らの信念と絆を揺るがす。
ジャングルが震えた。
ドォォン――!
蔓、枝、葉が揺れ、鮮やかな縞模様の鳥たちが、天蓋のような木々から一斉に飛び立つ。三十メートルほど先、一本の太い幹が――何か巨大なものに押されて――ゴギィ、と曲がった。
【デレク】(……茂みがざわついてやがる)
難民たちの間から叫び声が上がり、皆がイザベルの後ろへと身を寄せる。
【イザベル】「……来ます」
すっと前に出て、剣を抜いた。その刃には電流が走り、チチチ……と火花が弾けた。
【ツンガ】「……」
眉をひそめて、フンッと鼻で息を吐く。
【デレク】(また火球投げられたら最悪だが……味方でいてくれ、頼む)
ミニマップに反応が出て、すごい勢いで近づいてくる。もうすぐ、前方の茂みから姿を現す。
木々の間は蔓や下草が絡みついており、逃げ道にはならない。相手は木ごと押しのけて進めるだろうが、こちらはそうはいかない。
つまり――正面からやるしかない。……規格外の高レベルの化け物じゃないといいが。
【デレク】「ヴァンダ、マイクロミサイル、残りは?」
【ヴァンダ】「残弾は二斉射分です」
足元を固めて構える。撃つなら、敵がまだ遠くにいるうちにだ。近づかれれば、爆風で難民まで巻き込む。
ガサガサッ……!
前方の茂みが揺れた瞬間、ズゥゥン……と地響きとともに、巨大なイノシシの頭が現れた。
その脚だけで、デレクの背丈に匹敵する。牙も爪も鋭く、獰猛な捕食者のようだった。
「キャアアアアッ!!」
後方で難民たちの叫びが上がる。
振り返ると、アリラが呆然と立ち尽くしていた。目を見開き、まるで催眠にかかったかのようにイノシシを見つめている。
【イザベル】「……」
剣を構えたまま、電撃が刃に沿って走り出す。数も速度も、目に見えて増していく。
【デレク】「ロックオン……」
肩のランチャーが展開され、レティクルが獣を捉えた。
《ターゲットロックオン》
ガシッ――
肩に何かが触れた。NOVAのセンサーが「焼けるほどの熱」を検知する。
【デレク】「……何だ、今度は。」(何だよ、野蛮人。今度は何をする気だ)
振り返ると、ツンガがいた。黙って首を横に振っている。
説明もせず、そのまま前へ――獣に向かって歩き出す。
【イザベル】「……!」
目を細め、剣を構えたまま彼の背中を見る。
【ヴァンダ】「デレク?」
【デレク】「取り込み中なんだが、何だよ」
【ヴァンダ】「前方の対象は、レベルもHPバーも表示されていません。また、騎乗者がいます」
【デレク】「……あ?」
イノシシの背に、灰色の肌をした男が乗っていた。肌には、ツンガの部族に似た模様が描かれている。
その男は、一切周囲を見ず、ツンガだけを睨んでいる。
【デレク】「スフィアに汚染された獣は狂うんじゃなかったのか? なんで、あれはあんなに大人しい? しかも……人を乗せてる」
【ヴァンダ】「不明です。……本人に聞かれてはいかがでしょう? いまもロックオン状態ですが」
【デレク(ため息)】「……やれやれ」
ミサイルランチャーを収納。今の状況にはそぐわない。
ツンガが獣の鼻先で立ち止まる。男と目を合わせたまま、両者とも一歩も動かない。
【イザベル】「……?」
【デレク】「ヴァンダ、エネルギー反応は?」
【ヴァンダ】「両者とも、非常に高レベルです。観測値はこれまでで最大です」
【デレク】(また最悪かよ。頼むから放っておいてくれ)
デレクは後ろを確認する。アリラは他の難民と岩陰に身を寄せている。
「ツンガ・ンカタ」
男が低く呼びかけた。
【ツンガ】「カト・ンゴマ……なぜ来た」
カトは部族語で何かを怒鳴る。NOVAの翻訳システムでも解読不能。
【ツンガ】「今、俺は一人じゃない。この者たちにも分かるよう、共通語で話せ。……話せるはずだ」
【カト】「分かった。連れ戻しに来た。戻れ。今すぐだ」
【ツンガ】「戻らん」
ズン、と杖を地面に突き立てる。
【カト】「戻らない、だと?」
【ツンガ】「俺は、獣の精霊から使命を受けた。ここに残る」
【カト】「まだあんなバケモノと喋ってるのか? 頭を乗っ取られるぞ」
【ツンガ】「獣は、この世界の運命を見せた。お前には分からんかもしれんが……俺は見た」
【カト】「そんなの知るか。……で、そいつらは誰だ?」
【ツンガ】「獣が言った。「シャイタニを探せ」と」
(デレクを指差す)
【デレク】(またかよ。お前のせいで面倒が増えたら許さねぇからな)
【カト】「そいつか? あれが「シャイタニ」?」
【ツンガ】「ああ。鉄の殻の中の男……あいつだ」
【カト】「はっ。ゴーレムだろ、あれ。ワーデンの召喚獣か何かにしか見えん」
【ツンガ】「違う。中に人間がいる」
【カト】「おい! お前だ! ヘルメット取れ!」
【デレク】「頼み方ってもんがあるだろ。……まあ、気が向いたら考えてやるよ」
【イザベル】「……っ!」
【ツンガ】(口元がニヤリと歪む)
【カト】「見せろと言ってるんだ!」
【ヴァンダ】「デレク、挑発は避けた方が――」
【デレク】「ヴァンダ、俺が考えてから喋ってるように見えるか?」
ズゥゥゥ……
イノシシが鼻から煙を吐き、目が赤く点滅し始める。
【ヴァンダ】「……」
【デレク】「あー……そいつ、今にも暴れるぞ」
【ヴァンダ】「「お友達」じゃなく、「あんた」だけが標的です」
《【デレク】(この世界、ほんと嫌いだ……)》
【ツンガ】「やめろ、カト。俺、シャイタニと戦わん。お前にも、させん」
【カト】「部族を捨てて……あんなやつの味方をするのか?」
【ツンガ】「獣の導きで来た。理由はまだ分からん。けど、道を進めば分かる。……これは大事なことだ」
【カト】「部族よりもか?」
【ツンガ】「全部族よりも大事。俺が役目果たさなければ、この世界は滅びる」
【カト】(鼻で笑い、翻訳できない何かを呟く)
【カト】「まだ山の猿の言うこと信じてるのか? あんなの、ただの化け物だ」
【ツンガ】「ただの猿じゃない。……天の球の力を宿している」
「俺が狂ってるなら、それでいい。好きに歩かせてくれるなら、それでいい」
【カト】「ダメだ。お前は、俺たちの最後のシャーマンなんだ。狂っていても、必要だ」
「来い。黙ってな」
カトはイノシシを反転させる。
【ツンガ】「嫌だ!」
ズンッ!
杖を地面に叩きつけ、デレクとイザベルの隣に立つ。
【カト】「お前……本気で力づくでも連れて帰れないと思ってるのか?」
イノシシがグオォォッと鼻から火を漏らす。
《【デレク】(NOVA、武装リルート、装甲強化……準備しとくか)》
【イザベル】「あなたは……どうなさるおつもりですか、ツンガ?」
「あなたの部族、あなたの責務が呼んでいるのです」
「……それでもなお、背を向けるのですか?」
【ツンガ】(彼女を一瞥して)「……」
(そして、デレクを見る)
【デレク】(肩をポンと叩きながら)「ツンガ、マジかよ……お前が話してた「獣」って、実はデカい猿だったのか? 俺が前にぶっ倒したやつより遥かにデカそうだな。天球スフィアを丸呑みした巨大猿? しかも……今はそいつと「心で会話」してるって? 頭いかれてんのか?」
【デレク】「てっきり、空想上のペットかと思ってたよ。オルビサルみたいなもんだな」
【ツンガ】「……」
(ため息をつき、カトを黙って睨む)
グッ……!
カトは舌打ちし、顔をしかめてイノシシの背からすっと降りた。音もなく、ジャングルの土に着地する。
ズシン……ズシン……
彼はゆっくりとこちらへ歩いてくる。湿気で光る筋肉を揺らしながら。背後の化け物――イノシシは鼻を鳴らし、地面をかきながらもその場を動かない。騎乗していなくても、合図一つで動きそうだ。
難民たちの間にざわめきが走る。
【難民女】「……オルビサルよ、我らをお守りください……」
【デレク】(アリラは……)
少女は人々のそばに立っていたが、目はどこか遠く、意識はここにない。
隣にいるはずのトーマスは一瞥すらくれず、両手を組んだまま祈りに沈んでいる。
(クソ。せめて手ぐらい握ってやれよ。神とワーデンしか見てねぇのか)
ズッ……!
カトが数歩先で立ち止まり、片手でツンガを示す。
【カト】「来い。今だ」
(その態度はリラックスしていて、「誰をも脅威だと思っていない」ことを全身で示していた)
【デレク】(……気に入らねぇな)
ツンガがどうしようが正直どうでもいい。だが、自分の人生を選べないなんて理屈は、胃の奥をねじられるように不快だった。
あいつは一体、誰のつもりだ?
【イザベル】(ジロリとツンガを睨む)
(……助ける気ゼロか)
―――
カトが手を伸ばした、その瞬間――
ガシィッ!!
NOVAの黒光りする手が、カトの手首を挟み込んだ。鋼のような力で、ピタリと動きを止める。
ウィィィィン……
アクチュエーターが唸りを上げ、ディスプレイに浮かび上がる。
《圧力:7000ニュートン》
《人体耐久限界、超過》
【デレク】(挑発する気はねぇけど……舐められるのはもっと嫌だ)
【ツンガ】「……」
【イザベル】「……!」
カトが睨む。目に宿るのは、殺意すらにじむ静かな怒り。
【カト】「貴様……何をしている、シャイタニ」
その名は、まるで毒を吐くように投げ捨てられた。
【デレク】「ちょっと待てよ。……ほんの一秒でいい」
【カト】「もう十分だ!」
【デレク】「最後に一つだけ。……質問だ」
【カト】「何だ?」
こめかみを汗が一筋伝い、血管が浮き上がる。
【デレク】「ツンガが戻らなかったら……本当はどうなる?」
カトはツンガを見た。「お前が言え」
【ツンガ】「……部族、小さい。スフィア持つの、俺だけ」
「もし獣、襲ってきたら……」
(視線を伏せ)
「でも……シャイタニに従うほうが、大事。たぶん、世界の運命がかかってる」
【イザベル】「あなたの民のことを考えなさい。「獣の精霊」など、倒されるべき異形です」
ギリッ……
ツンガは杖を強く握りしめ、指の関節が白くなるまで力を入れた。
【ツンガ】「……お前、何も知らん。知恵も、見識もなし。恐れて、殺そうとするだけ」
「精霊がいなければ……お前らの「教会」、ジャングルを侵略して、村を奪ってただろう」
【イザベル】「……!」
(言い返そうと口を開いたその瞬間――)
【デレク】「ストップ。ストップ、ストップ」
【デレク】「神様ごっこの議論、嫌いじゃないよ。全員が「自分が正しい」って言い張って、まともに考えてる奴が一人もいないやつ。大好物だ」
「……けどな。今じゃねえだろ」
ゴスッ、とツンガの肩に手を置く。
【デレク】「今、大事なのは――「ツンガが自分の人生を選べるか」。それとも、火を噴くブタに乗って現れた、どこの誰かも分からん男の命令に従うしかないのかって話だ」
(はぁ……ろくでもないことしか起きねぇ)
【ヴァンダ】「デレク、どうするつもりですか? カトの戦闘力は……未知数です」
【デレク】「リラックスしろって、ヴァンダ」
(オーラ強度が実戦でしか測れないなら、あいつにも俺の実力は分からないはずだ。ツンガの「シャイタニ」発言が、少しは効いてるといいが)
【カト】「その口ぶり……よくも俺に!」
「俺はナコリ族の第一戦士だぞ!」
【ツンガ】「第一戦士……? それは、お前が部族から離れてもっと強い獲物だけ追いかけてるからだ」
「……部族の誰も、お前を戦士だなんて思っちゃいない」
――カッ!
NOVAの装甲が音を立てて開き、スチームが噴き出す。
粘りつくようなジャングルの空気に、Tシャツがすぐに湿る。デレクは一歩、装甲の外へ出た。
彼はカトより頭一つ分低く、体格でも見劣りする。
それでも――
【デレク】「初めまして、カト。俺はデレク・スティールだ」
(手を差し出す)
【カト】「……何だ、それは?」
【デレク】「こっちの世界じゃ、知られてないか……?」
「俺の国では、初対面の相手とは「握手」するんだよ。儀式ってやつだな」
(手を引っ込める)
【カト】「友達を作りに来たんじゃない。ツンガを部族に連れ戻すために来た。もう、十分時間を無駄にした」
【デレク】「おう、それには同意する」
【デレク】「で……誰に言われて来た?」
【カト】「……どういう意味だ?」
【デレク】「お前、第一戦士だろ? もっと重要な任務があるはずだ。ツンガ一人を追いかけてくるとか、割に合わなくないか?」
【デレク】「……ってことは、「誰か」にやらされてんだろ?」
カトの眉がピクリと動く。
【デレク】「俺の推測は、二つに一つだ」
(二本の指を立てて)
【デレク】「一、上から命令された」
「二、金だ」
【カト】「……金、だと?」
【デレク】「ああ。ツンガ連れて帰ったら、報酬が出る。そんなとこだろ?」
【カト】「……部族は、彼を連れ戻すために相応の対価を……」
【ツンガ】「何だって!?」
【カト】「……」
(視線を逸らす)
【ツンガ】「何をもらうんだ?」
【カト】「……岩のスフィアだ。その力で、皮膚を強化できる」
(手首をさすりながら、唸るように答える)
【ツンガ】「……」
(ポーチから金属の球体を取り出す)
オレンジ色の光が、かすかに辺りを照らす。
【カト】「こ、これは……岩のスフィア! なぜ、お前がこれを……!」
【ツンガ】「他にもある。最近、多く落ちてきてる。獣の精霊が導く。何かが、空の上で……変わってる」
「……そして、「デレク」と呼ばれる悪魔も、その変化の一部だ」
【イザベル】「……はい。確かに。何かが動き始めている。これはオルビサルの御意志です」
【デレク】(……正直、何言ってるか分かんねぇけど、流れは悪くないな)
(ツンガがスフィアを「持ってる」って情報、今後に使えそうだな)
【カト】「……分かった」
「「見つけられなかった」と伝える。ただし……お前がいないことは、奴らを苦しめる」
【ツンガ】(小さく微笑む)「ありがとう、カト・ンゴマ。俺、すぐ戻る。今は俺がいない分、村にいて守れ」
カトは一瞬ためらったが、うなずき、巨大なイノシシの背へ跳び乗る。
【カト】「ツンガ……お前がこの人間たちと何をしようとしているかは知らんが……うまくはいかんぞ」
【ツンガ】(無言で睨み返す)
カトはため息をつき、デレクとイザベルへ視線を移す。
デレクはひらひらと手を振り、イザベルは礼儀正しく頭を下げた。
カトは何も言わず、獣を操ってジャングルの奥へ消えていった。
ズズン……ズズン……
その背中を、誰も追わなかった。
難民たちがざわめき始める。声は次第に和らぎ、空気の緊張が解けていく。
【デレク】(ふぅ……)
(NOVAの装甲に戻り、冷たい感覚が体を包む)
(正直、無茶だったな……)
(カトがその気なら、俺なんて虫みてぇに潰されてただろう)
(いや、この呪われたジャングルじゃ――虫にだって潰されるかもな)
カチッ……
小さな手が、NOVAの手袋に滑り込んでくる。
システムがそのぬくもりを脳に伝えてくる。まるで、本当に触れられているような感触だった。
【デレク】(ん……?)
見下ろすと、アリラの小さな指が、しっかりと彼の手を握っていた。
彼女は沈黙のまま、カトが去った方向をじっと見ている。
表情は――何もない。
【デレク】「……もう行ったよ。大丈夫だ」
アリラは小さくうなずく。
【デレク】「えーと……腹減ってる? レーションあるし……果物もいっぱい……欲しかったら……」
ギュッ……!
彼女の手が、強く握られる。
ぽろっ……
頬を、静かに二粒の涙が伝った。
……それだけだった。
泣き声も、しゃくりも、言葉すらもない。
【デレク】(……)
(口を開くが、何も言えなかった)
(何を……言えばよかったんだ?)
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次回もお楽しみに!




