第19章: 炎上する密林の牙
ジャングルでの一夜。
仲間たちが眠る中、デレクは一人、NOVAとともに見張りを引き受ける。
だが静寂は長くは続かなかった――忍び寄る「何か」が、難民たちをひとり、またひとりと闇へ引きずっていく。
植物か、罠か、それとも……意志を持つ敵か?
そして、火炎の中から現れたのは、忌まわしき“あの男”。
生存と救出、そして再会。
運命は、まだデレクを休ませてはくれない。
デレクは楽な姿勢で腰を下ろし、NOVAを絹綿の木のような幹にもたれさせながら、村人たちをぼんやりと見つめていた。
皆、長い道のりとこれまでの出来事にすっかり疲れ果てていた。
――まあ、俺にとっちゃただの一日ってとこだ。
デレクは危険な任務や予測不能な敵には慣れていたし、NOVAのおかげでジャングルを歩き回っても体にダメージは一切なし。ちょろいもんだ。
せめてできることは、みんなが眠っている間、夜通し見張ってやることくらいだった。
その提案に異論は出なかった。イザベルも難民たちもすんなり受け入れて、静かに横になった。トーマス・ブランですら不満げな顔を見せただけで、他の者たちの横に座り込んだ。
誰かが「我らを見守る救世主に感謝を」とか、ありがちなことを口にしていたが、それ以外は実に静かだった。
もちろん、デレクの本音はこうだ。
(ヴァンダに見張りを任せて、俺はNOVAの適応型ゲルシートでぐっすり眠るつもりだった)
AIのヴァンダがいるから、何かあればすぐ起こしてくれる。それで十分だ。
夜空には二つの月が浮かんでいた。一つは銀色に明るく輝き、もう一つは赤くて薄暗い。その光がジャングルをやさしく照らし、デレクは木々の輪郭や、数メートル先に不規則に横たわる難民たちの姿をはっきりと確認できた。
彼らは巨大な木のそばに陣を張っていた。幹には、まるで石化したヘビのようなツルが絡みつき、有機的なのにどこか不気味な模様を描いていた。
だが奇妙なことに、その木の周囲だけは虫も雑草もほとんどいなかった。土は柔らかく、今の彼らにとっては最高のベッドと言えた。
広がった樹冠が月明かりを遮り、眠るにはちょうどいい暗さになっていた。ジャングルは生き物の気配で満ちている。
――ガサッ… チチチ… ホゥー……
遠くの茂みが揺れ、虫の鳴き声が響き、時折フクロウのような鳥の鳴き声も混じってくる。風が葉を揺らし、影がゆっくりと動いていく。暗闇の中、小さな光の玉がふわふわと漂い、まるで宙を舞う炭火みたいに明滅していた。
あの光玉の一つが、あの鎖男との戦闘で俺の命を救ってくれたんだよな。
おそらく、高度なテクノロジーでいじられた植物の一種だろう。だとしたら、調べる価値は十分ある。
この惑星は、科学的にはワンダーランドだ。
……まあ、出てくるもの全部が俺を殺そうとしてこなければ、って話だが。
あたりから聞こえるのは、たまに夜鳥の鳴き声が混じる程度で、あとは難民たちの静かな寝息だけだった。
デレクは軽くため息をついて、星空に目をやったに目をやった。ナビゲーションシステムは、上空の天体を一つも認識できず、軌道上にも人工衛星や宇宙船の痕跡は皆無だった。
(……ったく、俺はどこまで飛ばされちまったんだ? 戻るのに何年かかるんだか)
【ヴァンダ】「デレク?」
【デレク】「……なんだよ、ヴァンダ」
【ヴァンダ】「コラール・ノードについて、まだ話し合っていませんね」
【デレク】「あ? もう語ることなんてねぇだろ」
【ヴァンダ】「そんなはずありません。なぜあなたが、あれほどまでに手に入れたがったのか――その理由を、まだ聞いていません」
デレクはあくびを噛み殺しながら目を閉じた。
(……マジでこのAI、どうやって黙らせられるか研究しねえと)
【デレク】「今さら意味あるか? もう手に入れちまったろ」
【ヴァンダ】「意味はあります。あなたがそこまで執着しなければ、今ここにはいませんでした。あなたは命を賭けた。私は全記録を保持しています。あなたのバイタルも、行動も、全部」
【ヴァンダ】「まさか、金や研究のためだけだなんて、言いませんよね?」
【デレク】「……じゃあ言わねぇよ。満足か?」
【ヴァンダ】「いいえ。私は知りたいのです。それは――篠田ユキ教授と関係がありますか?」
その名前を聞いた瞬間、胸に鋭い針を突き立てられたような痛みが走った。
デレクは顎を強く噛み締めたまま、口を開かなかった。
【ヴァンダ】「……セロトニンとドーパミンの数値が低下しました。あなたは、彼女の名前を聞いた瞬間に悲しくなった」
【デレク】「ああ、そうだよ。……愛してた女の名前を聞いて平気なやつがいるなら見てみてぇな」
言葉は皮肉気味だったが、その声には静かな怒りと悲しみが滲んでいた。
まったく、こいつと話すときはいつもこうだ。子ども相手に説明してる気分になる。
【ヴァンダ】「……その女性は、コラール・ノードと何か関係が?」
デレクは深く息を吸い、額に手を当てた。
(……最悪な思い出の蓋、開けちまうか)
【デレク】「ユキとは、何年も付き合ってた。同じ会社で働いてて、あるときコラール・ノードの調査を任されたんだ」
彼はアーマーの中で、身を固くした。
【デレク】「もちろん、当時はそれが何なのかもわかってなかった。名前も知らなかった。ただ一つ、確かだったのは――」
【デレク】「それが、ワーディライ(古代文明)の主要エネルギー源のカギだってこと。そして、とてつもない力と謎を秘めた何かだってことだ」
【ヴァンダ】「あなたの記録と私の演算によれば、当時のあなた方は非常に若かった。普通なら、そんな重要なプロジェクトは任されません」
【デレク】「俺は天才だったし、ユキも一流だった。出会いはプロメテウス英才研究所。俺たちはそれぞれの分野のトップだった」
【デレク】「ワーディライ技術への理解も直感的に優れててな。そのせいで、コラール・ノードの秘密解明っていう、超大役を任されたわけよ」
【ヴァンダ】「企業側は、当然ながら金になる技術を期待していたのでしょう?」
【デレク】「ああ。でも、ユキは違った。会社の思惑なんか興味なかった」
【デレク】「彼女は、宇宙で起こるすべてには意味があると信じてた。あのアーティファクトは、自分たちの運命だって言ってたよ」
【デレク】「発見した技術が世界を変えて、何十億って人を救えるかもしれないって、マジで信じてたんだ」
彼の口元に、かすかな、苦い笑みが浮かんだ。
【ヴァンダ】「彼女は理想主義者でしたね。私は好感を持ちます。そしてあなたは? 同じ考えではなかったのですか?」
【デレク】「ああ、それは違う。むしろ、俺のほうが彼女以上に信じてたかもな」
【ヴァンダ】「……信じがたいですね、デレク」
【デレク】「……俺って、バカだったんだよな」
【ヴァンダ】「それは――」
【デレク】「……待て。おい、なんかおかしくねえか?」
デレクは顔をしかめ、急に立ち上がった。
NOVAのサーボモーターがブゥゥンと唸りを上げ、彼の動作に反応する。
周囲をぐるりと見回し、難民たちの姿を確認――
……おかしいな。あいつら、さっきより離れてねぇか?
【デレク】「ヴァンダ。なんであいつら、動いてるように見えるんだ? さっきまで、もっと近かったよな。起きてんのか?」
【ヴァンダ】「いいえ、デレク。センサーによれば、全員まだ眠っています。しかも、かなり深い眠りです」
【ヴァンダ】「ですが……確かに、直近12分で約4メートルほど移動しています。状況としては、不可解です」
デレクは思考操作でNOVAの前照灯を点灯させた。キャンプ地が明るく照らされる。
イザベル、そして周囲に寝ている男女と子供たち――全員、まだその場に横たわったままだ。
だが――
(……何かがおかしい)
デレクは数歩前に進み、アリラのそばへと近づいた。数時間前に話しかけてきた、あの少女。
ライトを彼女の顔に当てる。目は閉じ、口はほんの少し開いていた。呼吸はゆっくりと安定している。
そしてライトを下に――
彼女のボロボロのドレスの下、脚のあたりで、何かが動いた。
ズルリ……と這うような気配。
【デレク】「……なんだ、こりゃ?」
蛇のような、しなやかな影が、彼女の脚に巻きついていた。
【ヴァンダ】「……それは、植物性の生命体のようです。おそらく、何らかの蔓です」
デレクは即座にプラズマブレードを起動し、一歩踏み出す――
その瞬間、両脚がロックされたように動かなくなった。
NOVAが前のめりに倒れ、顔面から落ちかけたが、咄嗟に両腕で地面を受け止める。
ズズン、と緩い土を踏みつける重たい音。
《 警告:下肢ユニット ロック中。移動不能 》
ディスプレイに赤い警告が点滅していた。
視線を下に――蔓が脚に巻きついており、無数の針がニュートロンスチール装甲に突き刺さろうとしていた。
幸い、今のところは貫通していない。
(マズい……!)
彼はアリラの方へ目を戻す。小柄な体を視認するまで、数秒のロス。
……引きずられてる。他の人間より速い。
【デレク】「イザベル! 起きろ、みんな起きろ! 今すぐだ!」
だが、誰も動かない。
完全に気を失っている。針に麻酔が仕込まれていたのか、それとも単に神経を麻痺させられたのか。
蔓は、次々と人々の体を闇に包まれた茂みの方へと引きずっていく。
最後に捕らえられたのはイザベルだった。白く細い体が静かに滑っていき、長い金髪が金のヴェールのように地面に広がっていた。
全員が、連れて行かれる。
(……クソ、間に合うのか?)
アリラがあの七色の花を恥ずかしそうに差し出してきた姿が、脳裏によみがえる。
あの子が、死ぬ?
胃がねじれ、心臓が装甲を突き破りそうなほどに鳴った。
立ち上がろうとした瞬間、さらに多くの蔓が影から現れ、腕、肩、首に絡みついた。
全身、地面に押し倒される。
【デレク】「チッ……!」
プラズマブレードを強制起動。腕部のアクチュエーターに出力を集中し、拘束に逆らう。
《 関節ストレス:警戒レベル上昇中 》
ねじるようにして一本の蔓を切断するが、即座に新たな二本が巻きつく。無限に湧いてくるのか。
【デレク】「……ヴァンダ、何か案は?」
【ヴァンダ】「マイクロミサイルを使いますか? 難民もろとも吹き飛びますが」
【デレク】「冗談キツいわ……ッ!」
その瞬間――
――グオオオオオッ!!
激しい咆哮とともに、蔓の生えていた茂みから火炎が噴き上がった。
まるで火山の爆発のように、熱風がNOVAの外装を叩きつける。
【デレク】「なっ……なんだ今のは!? まさかあの植物、火まで吐くってのか!?」
【ヴァンダ】「違います。あれは植物ではありません。第三者の介入を感知しました」
蔓が激しく痙攣し、拘束が緩んでいく。
好機だ。プラズマブレードを振るい、次々と切断していく。
熱した刃でバターを切るように、蔓はスパスパと断ち切れた。
新たな拘束は来ない。
(誰だ……? 誰が炎を……)
今は考えている場合じゃない。人々を助けないと。
煙と炎は、すでに辺りに広がっていた。
デレクは突入しながら、赤外線モードを起動。
NOVAのフィルターが空気を浄化し、熱を遮断する――だが、他の人々は無防備だ。
【デレク】「ヴァンダ、生存者をマークしろ。バイタル反応で見分けろ。死者は後回しだ」
【ヴァンダ】「了解しました、デレク」
ディスプレイに女性の輪郭が浮かび上がる。
デレクは彼女を担ぎ、さらに近くで二人を発見。蔓を切って肩に乗せる。
彼らの体はぐったりしているが、ヴァンダのマークがあるということは、まだ生きている。
【デレク】「……ヴァンダ、アリラは見えるか?」
【ヴァンダ】「現在確認できません。優先的に捜索しますか?」
一人のために、他を見捨てるわけにはいかない。
【デレク】「……いや。最寄りの生存者を優先してくれ」
【ヴァンダ】「了解しました」
イザベルを発見。地面に投げ出され、白い腕を広げて倒れている。
その髪が金色の輪のように地面に広がり、まるで天使が横たわっているようだった。
彼女を抱え上げ、他の荷物の上に積み重ねる。
そして――煙に包まれた地獄から、駆け出した。
霧の向こうに、アリラの姿があった。
デレクの口元にわずかな笑みが浮かんだ。だが――すぐに消えた。
彼女は男の肩に担がれていた。顔に煤がついていたが、生きているようだった。
そして、彼女を担ぐその男の顔を見て――デレクの心臓が凍りついた。
坊主頭。灰色の肌に黒い縞模様。獣のような目つきで、こちらをにらんでいる。
【デレク】「……最悪だ」
【謎の男】「再び会ったな、シャイタニ(悪魔)」
炎を吐く杖を握り、その獣じみた男が――狂ったように笑い出した。
読んでくださってありがとうございます!
今回は静かな夜から一転して、急転直下のサバイバル展開になりました。
「安心した瞬間に地獄が来る」――王道だけど、やっぱり燃えるよね
そして、あの“坊主頭の野蛮人”の再登場……!読者の皆さんは覚えていたかな?
デレクにとっては最悪の再会だけど、物語的には最高のタイミングです。
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