第15章: 救世主じゃねえって言ってんだろ
読んでいただきありがとうございます。
今回は、救世主と勘違いされたデレクが、ますます面倒ごとに巻き込まれていく回です。
信仰と現実、科学と神の御心――ぶつかり始めた二つの価値観をお楽しみください。
デレクは微動だにせず立っていた。アクチュエーターが低く唸る中、彼の首元に向けられた血まみれの剣の切っ先を見つめていた。
ディスプレイには警告アイコンが次々と点滅し、獣との戦闘でスーツが受けた損傷と、目前の脅威を示していた。
【デレク】「……はは、マジかよ。命を救ったばかりなのに?正真正銘の本物のイカレ女だな。」
【ヴァンダ】「デレク、あの剣はただの武器じゃありません。強いエネルギー反応が出ています。気をつけて。」
デレクは目を細めて刃先を見た。この世界では、何ひとつ見た目通りじゃないらしい。
すると、ボロをまとった人々が茂みから次々と現れた。ざっと二十人ほど。怯えと疲労の入り混じった目で周囲を見回しながら、慎重に歩を進めてくる。ほとんどが大人で、年配者も混じっていた。顔はやつれ、目の下には深い隈が刻まれていた。その中には、十代の少女や若い男、そして青ざめた年配の女性にしがみつく子どもの姿もあった。
――きっと、さっき悲鳴を上げていたのはこの女だ。
着ているものはどれも汚れにまみれ、油まみれの工具を拭くのにも使いたくないような代物だった。
金髪の女は揺るぎない眼差しで睨みつけてきたが、荒い息づかいと、震える剣先が疲労を物語っていた。
デレクの装甲の腕が素早く伸び、剣をがっちりと掴んだ。
女の目が、自分の武器が動かなくなったことに気づき、顔をしかめる。剣を引こうとしたが――
【デレク】「……無理だな。」
どんな力が剣や女に宿っていたとしても、それはもう使い果たされていた。
デレクは軽く一引きで剣をもぎ取り、スクラップ同然に横へ投げ捨てた。剣は数メートル離れた岩のかたまりにぶつかり、鋭い金属音を響かせた。
彼女は口をぽかんと開け、呆然と剣が飛んでいった先を見つめていた。やがて視線をデレクに戻し、目を見開いたまま叫んだ。
【イザベル】「よくもそんなことを!」
デレクは彼女に装甲の指を向けた。
【デレク】「よく聞け。お前が誰だろうと、オルビサルとかいう奴が何者だろうと、俺には関係ない。悲鳴が聞こえたから来た。それだけだ。」
彼は周囲に集まった群衆を手で示した。
【デレク】「助けは終わった。俺は俺の道を行く。お前はお前の道を行け。それで終わりだ。」
返事を待たずに背を向けた。来た道を戻る。NOVAの重い金属の足が、ジャングルの地面を鈍く踏み鳴らす。
【デレク】(今日はもう十分厄介だ。狂人と口論してる暇はねえ。)
だが、その背に声が飛んできた。威厳すら帯びた響きだった。
【イザベル】「まだ答えていませんね。あなたは何者?なぜ『救世主の鎧』をまとって歩いているのです?冒涜だとは思わないのか?」
その最後の言葉が、デレクの足を止めた。
ゆっくりと振り返る。幸いにも、彼の驚愕の表情はNOVAのヘルメットに隠されていた。
女は腰に手を当て、口を真一文字に結び、じっと彼を見据えていた。
【デレク】(は?……今「救世主」って言ったか?)
胃の奥がきゅっと締めつけられる。聞き間違いだろう。何か大きな誤解に違いない。
咳払いをひとつして、デレクは問う。
【デレク】「今、なんて言った?「救世主」って……聞こえたんだが?」
【イザベル】「あなたがオルビサルの「救世主」に扮している理由を聞いたのです。そんなことで、私たちが騙されるとでも?」
【デレク】「……はぁ。パワーアーマー着てるだけで救世主扱いかよ。信者ってのは思い込みが激しいな。」
避難民たちは、泥にまみれた顔で目を見開きながら、祈るような小声で何かをささやいていた。その瞳は血走り、動揺していた。
【デレク】(……おいおい、マジで祈ってやがるのか?)
突然、一人の老いた男が震えながらひざまずいた。かすれた声でうめき声を上げながら。すると、周囲の人々も次々とその場に跪き始めた。
【イザベル】「何してるの!?立ちなさい!彼は偽物よ!どうしてわからないの!?」
生存者たちの視線が、彼女とデレクを交互にさまよっていた。不信と混乱が入り混じった目だった。
一人の若者が立ち上がりかけたが、隣の年配者が肩にそっと手を置き、それを制した。
女は避難民たちから視線を戻し、顎を固く引き締めた。
【イザベル】「どうなの?黙っていないで、何か答えなさい。」
【デレク】(マズいぞ……本気で救世主だと思い込んでやがる。こんな話、広まったら面倒すぎる。今のうちに潰しておかねぇと、信者の集団を引き連れて歩く羽目になるぞ。)
大きくため息をついた。
【デレク】「みんな、よく聞け。俺が着てるこれは……仕事用の装備だ。ただの道具。」
彼は数歩、群衆に近づいた。
【デレク】「……まあ、「ただの」ってのは語弊があるかもな。こいつはNOVAって名前のパワーアーマーだ。銀河でも最高峰のやつで、設計したのは俺自身だ。」
【ヴァンダ】「デレク!今それを語ってる場合じゃありません!」
デレクは咳払いし、無理やり笑顔を作る。
【デレク】「でも今それは重要じゃない。要点は――俺は「救世主」じゃねぇし、なる気もない。それだけは信じてくれ。」
一人の少女がちらりと彼を見たが、目が合った瞬間、慌ててうつむいた。
【デレク】(まあ、この辺境の連中からすれば、NOVAが神に見えても不思議じゃないか。だったら、現実ってやつを見せてやろう。)
彼はため息をつき、NOVAに解放命令を出した。
【ヴァンダ】「デレク、何をしてるんですか!?あの女はさっきあなたを脅しましたし、この周囲にはまだ危険な生物が――もし、NOVAなしで襲われたら……!」
【デレク】「大丈夫だ、ヴァンダ。ほんの数秒だけだ。」
NOVAの各モジュールがカチリと音を立ててロックを外し、花びらのように展開していく。
デレクは軽く跳ねるように、湿ったジャングルの地面へと降り立った。
耳元では、皮膚に埋め込まれた翻訳機が作動し、NOVAの通訳システムの代わりを務めた。
湿気を含んだ熱い空気が一気にまとわりついてくる。
そして次の瞬間――避難民たちの放つ凄まじい悪臭が鼻腔を襲った。
【デレク】「……うげっ、マジか。フィルターって神機能だったんだな……」
臭いが喉奥にまで突き刺さるように入り込み、思わず咳き込む。
【デレク】「……ほらな。俺もただの人間さ。救世主でもなんでもない。オルビサルとかいう神?知らねえよ。」
彼は後ろのパワーアーマーを指差す。
【デレク】「あれは、「技術」だ。それ以上でも、それ以下でもない。」
金髪の女性が一歩前に出てきて、頭を少し傾けたままNOVAをじっと見つめていた。
【イザベル】「こんな魔法……見たことないわ……」
彼女はゆっくりとNOVAの周囲を歩きながら、慎重に全体を観察した。
そして群衆に向き直ると、声を張った。
【イザベル】「皆さん、お立ちなさい。この方は、私たちの神の名を知らぬと言っています。ならば救世主であるはずがありません。」
すると、ざわめきの中から、ひときわしゃがれた声が響いた。
「だが、そっくりじゃ……ロスメアの書に描かれていた像と、寸分違わぬ姿じゃ……!偶然なんて思えん……!」
群衆のざわめきが大きくなる。人々はおそるおそる立ち上がり始めた。中には、足や腕、頭に汚れた包帯を巻いた者もいた。
みな怯え、混乱しながら、互いに視線を交わしていた。
【デレク】(たった数秒スーツを脱いだだけでこの騒ぎか……。「そっくり」ってなんだよ。どう考えてもありえねぇ。完全にショック状態だな、こりゃ。)
だが、もし彼が介入していなかったら……彼らの末路は想像に難くない。
【デレク】(こいつら、どう見てもこの惑星の原住民……だよな? 他の星の知識なんて一切なさそうだし。)
もしかすると、昔どこかで隔絶された人類の植民地かもしれない。過去にそういった例は実際にあった。
――社会は中世レベルにまで退行し、高度技術の痕跡は皆無。
リスト端末も通信機器もなし。誰ひとりパワーアーマーにすら見覚えがなさそうだ。
つまり――彼らは最初からこの星で生きてきた。デレクのように「来た」わけではない。
女性の冷たい灰色の瞳が、デレクの視線とぶつかる。
NOVAのHUD越しではなく、素顔で彼女を見るのはこれが初めてだった。
かすかに花のような香りが鼻をかすめた。
そして腹の奥で、妙な感覚がひねくれたように動いた。
【デレク】(……誰だよ、お前。なんでこんなに信頼されてる? ただの神官ってレベルじゃねぇな。)
【イザベル】「ご覧のとおりです。偶然だとは、とても思えません。あなたが本当に私たちの救世主であるか、あるいは――それに成りすまそうとしているだけか。そのどちらかです。」
少なくとも、耳元の翻訳装置はちゃんと機能してくれているようだ。
【デレク】「……いいか。何を信じようが勝手だ。俺には関係ない。俺は俺の道を行く。――誰にも止められない。」
彼は再びNOVAに乗り込んだ。
マグネットロックが心地よい音を立てて閉じ、外の景色がディスプレイの映像に切り替わる。
――彼の中に、いつもの「隔たり」が戻ってきた。
【イザベル】「もしかすると……オルビサルが本当に、あなたを私たちのもとへ遣わされたのかもしれません。神の道は常に、理解を超えておりますから。」
彼女は群衆の方へ向き直り、声を張った。
【イザベル】「さあ、旅を続けましょう!恐れることはありません!先ほどご覧になったでしょう――オルビサルは私たちを見守っておられます。何も恐れることなどないのです!」
【デレク】(……バカなのか?村を潰したばかりのそれを、また喜んでんのかよ。信仰ってやつは、本当に理解不能だな。)
デレクは呆れたように彼らを見つめていた。
あのジャングルには、電気猿、酸を吐く蛇、殺人象……
それに、溶岩の怪物をけしかけてきたあのイカれた奴も、まだどこかにいるかもしれない。
視線の先では、幼い少女が年老いた女性と手をつないでいた。
……いや、どちらがどちらを支えているのかも分からない。
このまま進めば――日没までに全滅しても、おかしくはなかった。
わざとらしく咳払いをして、デレクはイザベルに声をかけた。
【デレク】「名前は?」
それまで気づかなかった若者が、イザベルの前に飛び出すように立ちはだかる。
【トーマス】「目の前におられるのは、ナーカーラの守護官、イザベル・ブラックウッド様だぞ!」
痩せた胸を張り、誇らしげに言い放つ。
【デレク】(ふむ……このガキ、他の連中と違ってやけに小綺麗だな。付き人か?下僕か?)
……まあ、ジャングルの奥地まで同行してる時点で、彼女がただの人間じゃないことは確かだ。
だが今さら、形式に付き合ってる余裕はない。
トーマスを無視して、デレクはイザベルへ視線を戻した。
【デレク】「やあ、イザベル。俺はデレク。……で、この人たちは誰だ? なんでわざわざジャングルを突っ切ってる?」
トーマスが何か言いかけたが、イザベルが先に答える。
【イザベル】「私はこの人たちを神聖都市ロスメアへ導いています。オルビサル教会と高司祭ウリエラ・ヴァレンの保護を求めるために。」
彼女は群衆へと手を向けた。
【イザベル】「この方々は、ナレシュという村からの避難民です。《聖なる球体》が空から落ちたとき、その村は壊滅しました。」
【デレク】「……《球体》?」
あの時、プラズマ砲を強化するために使ったやつと同じか?
もっと詳しく聞く必要がある。
【デレク】「その《球体》って……一体どういうものなんだ?」
イザベルはまばたきし、困惑したように眉をひそめた。
【イザベル】「知らないのですか? 《球体》は太古の昔から、空からこの世界に降り注いでいるのです。子供でも知っています。」
【デレク】「……あー……」
ひきつった笑みを浮かべながら、頭の中で言い訳を探す。
――この人たちに、「別の惑星から来た」なんて言っても、絶対通じない。
下手すりゃ、惑星って概念すら知らない可能性もある。
【デレク】「俺は、すごく遠くから来た。お前らの地図にも載ってないくらい遠くだ。そこでは、空から《球体》なんて落ちてこない。」
その言葉に、群衆がざわついた。
イザベルも口を半開きにして彼を見つめていた。
【デレク】(……だろうな。ここから先は慎重に行かないと、火あぶりコースだ。)
イザベルは咳払いをしてから口を開いた。
【イザベル】「……そんな場所があるなんて思いもしませんでした。オルビサルの「恩寵」が届かぬ地など、聖典には一度も記されておりません。」
【デレク】「恩寵、ねぇ……」
眉をひそめながら、皮肉気に答える。
【デレク】「さっきの話だと、その《球体》が村を吹き飛ばしたって聞こえたが?」
イザベルは神妙にうなずき、避難民たちに一瞥を送った。
【イザベル】「確かに。《球体》は時として破壊をもたらしますが、同時に偉大な力も授けてくださるのです。それは、オルビサルの「試練」なのです。ふさわしき者には、神の栄光のために戦う力が与えられます。そうでない者は……さきほどの獣のように、理性を失い、魔に堕ちるのです。」
彼女は手を組み、目を閉じて、独特な祈りの姿勢を取った。
他の者たちも、それに倣うように同じ姿勢をとった。
【デレク】「つまり、《球体》は人間にも、動物にも影響を与えるってことか。力を得られるか、発狂するか、運次第……か?」
【イザベル】「はい。オルビサルの力に、限界などありません。人も、獣も、植物ですら――その力に触れれば変わっていきます。それは天より降る《球体》を通じて現れ、この世界を、神の御心のままに形作るのです。」
【デレク】(つまり……誰かが、長い時間かけて、こいつらの頭上にあの危険な《球体》をバラまいてるってわけか? そんな無駄なこと、普通はしねぇだろ……何の目的で?)
【デレク】「つまり……君はこの人たちを安全な場所に連れて行こうとしてるんだな?」
【イザベル】「はい。オルビサルの導きのもとに。」
【デレク】「で、一番近い町までは?」
彼女は重たく息をついた。
【イザベル】「残念ですが、まだ数日の行程が残っています。」
【デレク】「……数日? マジかよ。どうやって守るつもりだ、この人数を。このジャングル、命のやり取りしかねぇぞ。俺だって数時間で四回殺されかけたぞ? しかも、あの装備着てて、だ。」
【イザベル】「オルビサルの導きがあれば、私は守護官としての責務を果たし、彼らを守り抜くことができます。」
【デレク】「おいおい……どれだけ信心深かろうが、見殺しにはできねぇよな、こいつら。」
――少なくとも、自分には手段がある。
それに、この星についてもっと知る必要があるのも確かだ。
【デレク】(もう後悔し始めてるが……まあ、選択肢が他にあるわけでもないしな。)
【デレク】「……一緒に行く。」
彼はため息まじりに言った。
イザベルの瞳が細められる。
【イザベル】「……なぜ? 自分の道を行くのではなかったのですか?」
【デレク】「気が変わった。お前らの暮らしぶりに興味が湧いてな。」
彼女はしばらくデレクを見つめた後、ようやく口を開いた。
【イザベル】「……わかりました。まもなく出発しましょう。」
―――
デレクは軽くうなずき、傍に身を引いた。
彼女が群衆を整理する様子を、警戒を解かずに見つめる。
【ヴァンダ】「どうするおつもりですか、デレク? 彼らを助けるつもりですか?」
―――
【デレク】「ああ。とりあえず、この狂信者と一緒に哀れな連中を安全な場所まで運ぶ。その間に、この星で何が起きてるのか探る。奇妙なことが次々起きてる。真相を突き止めたいんだ。」
【ヴァンダ】「了解しました。ただし、先ほどの戦闘でNOVAは大きく損傷しています。修理とエネルギー補給が、早急に必要です。」
【デレク】「わかってる。……なんとかするさ。」
―――
――その時だった。
甲高い叫び声が響き、デレクは反射的に振り向いた。
ボロ布をまとった少女が、空を指差していた。
デレクも目を上げた。
空に、まばゆい黄色の光が走っていた。猛烈な速度で落ちてくる。
真昼間に肉眼で確認できるほどだった。
光の物体は頭上を通り過ぎ、遠くのジャングルの向こうへと消えていった。
そして、鈍く低い「ドン」という衝撃音が、森に響いた。
「《球体》じゃ!」年老いた女性が叫ぶ。
「また《球体》が落ちてきたぞ!」
彼女はその場にひざまずき、激しく祈り始める。
他の者たちも、すぐにそれに倣った。
【イザベル】「オルビサルが、またしても御印をお与えになったのです!《聖なる球体》がこの近くに降り注がれた……これは、我らの旅路が神に見守られている証です!」
避難民たちは歓声を上げ、天へ向けて手を伸ばす者もいた。
【デレク】(……おいおい、さっき村を滅ぼしたばかりのものに、また喜んでるのか。狂ってやがる、マジで。)
【デレク】「ヴァンダ、検出できたか?」
【ヴァンダ】「はい。先日ボットが検知したものと、質量・エネルギー反応が類似しています。ただし、距離があり、詳細な分析はできておりません。」
デレクはうなずき、イザベルのもとへと足を進めた。
【デレク】「計画変更だ。」
彼は《球体》が落ちた方角を指しながら言った。
【デレク】「俺があれを回収する。調べたい。終わったら合流する。」
イザベルの表情が固まり、目が鋭くなった。
その手が自然と、剣の柄へと伸びるのをデレクは見逃さなかった。
【イザベル】「それはオルビサルの《聖なる球体》です。あなたのような不信者が触れるなど、断じて許されません。」
【デレク】「へぇ?」
デレクは正面を向き直り、NOVAのアクチュエーターが低く唸る。
足元の地面がわずかに震えた。
【デレク】「じゃあ、お前の空想神と俺は、根本的に意見が食い違ってるみたいだな。」
イザベルの顎が引き締まり、柄を握る手にも力がこもる。
それでも灰色の瞳は、微塵の恐れも見せなかった。
――たとえ、自分の倍はありそうな装甲の巨体を前にしても、だ。
【デレク】(……こいつ、本気で頭のネジ外れてんな。)
彼はうっすらと笑みを浮かべた。
【デレク】「旅を続けろよ。こいつらを安全な場所まで連れて行け。俺はすぐに追いつく。揉める理由なんて、どこにもないだろ?」
もちろん、逃げることもできた。だが念のため、
彼は「殺さずに一撃で気絶させるための打撃力」をすばやく計算した。
画面にはアームの出力、角度、インパクト分布のシミュレーションが浮かぶ。
問題は彼女の盾だったが、もしヴァンダの言う通りなら――エネルギーは尽きかけているはず。
――その時。
イザベルは何も言わず、剣を静かに鞘から抜くと、地面にそっと置いた。
そしてその場に座り、足を組み、手を合わせ、目を閉じる。
デレクはまばたきをした。
【デレク】「ヴァンダ? 何してる?……怪しい呪文でも準備してんのか?」
【ヴァンダ】「いえ、デレク。エネルギー反応は一切ありません。……でも、ようやく魔法の存在を認めましたね?」
【デレク】「認めたわけじゃねぇよ。ただ……」
その時、イザベルを紹介した青年――トーマスが近づいてきた。
眉間にはあからさまな不満。
【トーマス】「守護官様が何をしているか、気になるようですが――今まさに、オルビサルと対話中です。」
【デレク】(都合のいい話だな。……まあ、逃げるなら今がチャンスだが、あいつらの状態じゃ誰も脅威にならねぇ。)
だったら、もう少しここにいて、情報を引き出すのも悪くない。
【デレク】「名前は?」
【トーマス】「ブラン。トーマス・ブランだ。それと、俺は子どもじゃない。もう立派な大人だ。」
デレクは胸に手を置き、あえて丁寧に言った。
【デレク】「よろしく、トーマス・ブラン。俺はデレク・スティール。」
トーマスは拳を握り、顔をしかめた。
【トーマス】「お前の名前なんて、興味ない。」
【デレク】「……俺、なんかしたか?気に障るようなことでも?」
【トーマス】「当然だろ。お前は守護官様に対する敬意がまるで足りない。」
デレクは肩をすくめ、少しあきれたように言う。
【デレク】「……まあ、君と俺とじゃ、「敬意」の定義が違うんだろうな。」
トーマスの目は鋭く、敵意と侮蔑が入り混じっていた。
【ヴァンダ】「そんな態度では、信頼は得られませんよ。宗教も、文化も、全部をバカにしてるように見えるんです。」
【デレク】「そう言われてもな……」
その声には、痛みの欠片もなかった。
――その時、静寂を断ち切るように、イザベルの声が響いた。
【イザベル】「……わかりました。」
デレクは顔を向けた。
【デレク】「「わかりました」?……今度は何を考えてる?」
装甲の拳を握りしめ、警戒を解かずに立つ。
あの綺麗な顔を殴るのは気が進まないが、《球体》を諦める気もさらさらない。
――コラール・ノードを取り逃がしたばかりだったしな。
【イザベル】「もし、あなたが今も「調査のため」に向かうつもりであれば、私も同行します。」
彼女はゆっくり立ち上がり、地面に置いた剣を拾い上げた。
【イザベル】「信仰なき者が《球体》の力を手にするなど、断じて許されません。」
デレクは片眉を上げた。
【デレク】「で、気が変わった理由は?」
【イザベル】「オルビサルです。」
彼女は周囲を見渡すように手を広げた。
【イザベル】「あなたの存在、救世主にそっくりな姿、そしてこの至近距離に落ちた《天の球体》。これらは、神の導きだとしか思えません。今、私たちが直面しているすべて――それは、神の御計画の一部です。だから私は、それに従うつもりです。」
デレクは腕を組み、苦笑しながら首を振った。
【デレク】「つまり、「俺が球体を取りに行くこと」すら、お前の神の意志だってことか?」
【イザベル】「そして、私があなたを護衛することも。」
【デレク】「……好きにしろ。」
イザベルは群衆へ向き直り、命じた。
【イザベル】「私が戻るまで、ここで待機しなさい。」
人々は不安そうに顔を見合わせたが、誰一人として口を開かなかった。
トーマスが一歩前に出る。
【トーマス】「守護官様……本当に、あの不信者と二人きりで行かれるのですか?私も同行したほうが――」
イザベルは彼の肩に手を置き、優しく、しかしはっきりと断った。
【イザベル】「これはオルビサルの御心です。あなたがこの場を預かってください。」
トーマスは短く頭を下げた。
【トーマス】「……承知しました。守護官様。」
デレクはあくびをかみ殺しながら、ぼやく。
【デレク】「……お前ら、何でもかんでも大げさだな。1時間もかからず戻ってくるってのに、なんでそんなに仰々しいんだよ。」
その瞬間、イザベルの視線がこちらに突き刺さる。
その一睨みに、ニュートロンスチールの装甲さえ軋むような錯覚に陥った。
【イザベル】「《球体》が落下の衝撃で損傷している可能性もあります。」
【デレク】「……で、もし壊れてたら?」
【イザベル】「《球体》が破損すると、内部の力が一気に解放され、近くの生物が凶暴な怪物へと変貌します。」
デレクは一瞬、呼吸を忘れた。
それは、さすがに想定外だった。
【デレク】「……それで、村がやられたのか?」
イザベルは深くうなずいた。
【トーマス】「加えて、あなた方が最初にたどり着ける保証はありません。既に他の者たちが、その力を狙って動いている可能性もあります。」
デレクは大きなため息をついた。
【デレク】「……まあ、当然だよな。物事がスムーズに進んだ試しなんて、一度もねぇ。」
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
「俺は救世主じゃねえ」って言ってるのに誰も聞いちゃくれない……そんなデレクに、さらなる試練が待ち受けています。
次回もぜひ読みに来てくださいね!
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