第12章: 火の選択
デレクの前に現れたのは、想像を超える巨大な脅威――。
極限の状況下で、彼は『信じるか、死ぬか』という選択を迫られる。
シューッ――
蛇のうなり声が、鋭利な刃のようにデレクの耳を切り裂く。
【デレク】「……ちっ」
顔をしかめる。
そいつの体長は二十五メートル以上。絡まるような巨体の半分を持ち上げ、デレクの頭上にそびえ立っていた。
妖しく光る紫の目が、獲物を捕らえる捕食者のようにデレクを見下ろしている。催眠術めいた静かな動きで、ずるり――と地を這って近づいてくる。
【デレク】(くそ……全部、ヴァンダのせいだ)
あいつが余計なことさえしなければ。
自分を殺そうとしたクソ猿のために命を張るなんて……これ以上バカな話があるかよ。
ギリ、と歯を食いしばる。デレクは一歩ずつ、慎重に後退しながら洞窟の入り口へと向かう。
手には、修理ボットが届けた謎の小さな球体。
胸部プレートの脇にあるコンパートメントを開き、そっと差し込んだ。
――上空の木々は静まり返っていた。
猿どもは動かない。見てるだけだ。この結末を、ただ黙って観察してる。
【デレク】(恩知らずなクソどもが……)
ヘルメット越しにヴァンダの声が響く。
【ヴァンダ】「デレク。ディスプレイ上に表示された対象ラベルは――《レベル・アイアン4》です」
彼はまた一歩後退し、ゴクリと唾を飲み込んだ。
【デレク】「……で?」
【ヴァンダ】「修理ボットが〈NOVA〉システムを改修した後の新データに基づけば、現在のあなたのオーリックレベルは――《アイアン2》です」
【デレク】「要点だけ言えよ。こっちは今、少し手が離せない」
慎重にもう一歩下がったその時――
バキッ。
〈NOVA〉の重たい脚が太い枝を踏み抜き、甲高い音が森に響いた。
シュウウウ……
蛇が追ってくる。執拗に。
【ヴァンダ】「この個体は、あなたより二段階上のレベルです。もしレベルが相対戦闘力を示しているなら――」
【デレク】「ああ、はいはい、わかってますよ。サイズ見ただけでもう不利だってのは十分理解しましたよっと。ご親切に」
……だが、あながちヴァンダの言ってることも間違っていない。
この世界では『見た目』など全く当てにならない。あの原始野郎の件といい。
けど――今回は、違う。
デレクは深く息を吸い、顎にギリギリと力を込める。
ヘルメット内で心音が響き、思考をかき乱す。
このまま下がり続ければ――背後の洞窟壁に追いつめられて、詰む。
……やるなら、今だ。
ズッ――ベチャッ!!
蛇の口から発射された濃緑の塊が、地面に叩きつけられた。
瞬間、ジュウウウウゥ……と耳を劈くような音が響き、蒸気がモクモクと立ち上る。
倒れたまま、デレクは固まった。
地面が溶けていく――数秒前まで自分が立っていた場所に、白煙を上げるクレーター。
【デレク】「……ちっ、なんだよこれ。強酸じゃねぇか」
〈ニュートロンスチール〉製の装甲は、熱にも弾丸にも爆風にも耐えられるように設計されている。
だが――腐食性の液体?
そんなもん、仕様書にねぇよ。
あのサイズ自体が戦術的には致命的だ。上から叩かれるだけでアウトだ。
優位性を潰すには、早めに何かを仕掛けなきゃならない。
立ち上がる――その瞬間。
ズゥッ!
また飛んでくる酸。
デレクは即座に跳躍し、頭上の極太の枝へ飛び移る。ドスンと着地、枝がメキメキと悲鳴を上げた。
【デレク】(今だ!)
両腕を構え、〈プラズマキャノン〉展開――
ゼロ距離射撃。
ドゴォォン!!
黄金の光線が蛇の頭部を撃ち抜いた――
……はずだった。
【デレク】「は?」
額には、かすかな焦げ跡だけ。
HPゲージ(緑)は、ピクリとも動かない。
【デレク】「……おいおい、冗談だろ。防げる皮膚なんてあるのかよ” o “防げる皮膚ってなんだよ、意味わかんねぇ……」
言い終える前に、蛇の巨大な頭部が振り返り――
ドォン!!
〈NOVA〉の胸部に直撃した。まるで列車にぶつかったような衝撃。
――真っ白になる視界。
……葉が揺れる音だけが遠くで響く。荒れた海のような音――だが、この近くに海なんてあった記憶はない。
あり得ない音と共に、意識が戻る。
目を開けると、視界一面に緑の葉――落下中だと気づいたのは、地面が猛烈な勢いで迫ってきた時だった。
【デレク】「クソ――!」
咄嗟に両腕を前に出し、防御姿勢。
ドガァッ!!
全身に衝撃。反応ゲルが緩衝材の役を果たしてくれるが、それでも痛みは走る。
HUDに赤い警告が次々点灯、〈NOVA〉のあちこちに損傷警報。
起きろ――早く――!
デレクは思考でスラスターを起動。シュウウウッと空気を切って、土と葉を吹き飛ばす。
次の瞬間、〈NOVA〉が地を離れ、彼は立ち上がっていた。
目前、蛇。
口からは緑の液体がボタボタと垂れている。地面に落ちるたび、ジュゥッと音を立てて穴を穿つ。
【デレク】(顔に一滴でもかかったら……終わりだ)
顎を引き締め、左腕を構える。
〈プラズマブレード〉展開――ジュウウッと音を立てながら、光刃が起動。
近くの鱗を狙い、一気に突き刺す!
……が、刃は浅くしか入らなかった。
【デレク】「……内部装甲かよ」
まるで皮膚の内側に、もう一枚バリアがあるかのようだ。
蛇が反応。
ズルン!
尾を引き抜き、体をひねって――
ブンッ!!
一撃。空気を裂くほどのスピード。
だが、今回は見えていた。
【デレク】「跳べっ!」
ドンッ――!
三メートル跳躍、空中でかわし、ザシュッと地面に着地。
ギリギリだった。いや、むしろ運がよかっただけ。
こんな戦い、今の装備じゃ勝てない。
距離を取る。それしかない。
デレクは密林の奥へと走った。
脚部〈アクチュエーター〉が唸り、全開で駆動する。枝、ツル、巨大な葉、木の幹が目の前を次々と迫ってくる。それらを押しのけ、跳び越え、切り裂いて――とにかく速度を落とさないように突き進む。
もし森の中に引き込めれば、撒けるかもしれない。
だが――
ミニマップを見ると、赤点はすぐそこ。
【デレク】「……こいつ、なんでついてこれるんだよ……」
〈NOVA〉の反応速度は強化済み。木々の間を反重力バイク並みのスピードで駆け抜けてるってのに、どうやって……。
その時、背後から――
シュウウウッ!
ドンッ!!
また緑の塊が爆ぜ、熱を帯びた土の塊が飛び散る。
この距離じゃ、ミサイル撃ったらこっちまで巻き込まれる。
【デレク】「ちくしょう……やれることが、もう……」
火力でも、スピードでも、立ち回りでも勝てない。
戦術が機能しない相手――
逃げながら、彼は巨大な枝に飛び乗った。
ドスン。
枝が軋み、〈NOVA〉の足元が揺れる。
精神的な疲労と極限の集中は、肉体の疲労よりもはるかに堪える。息が荒くなる。全身がきしむように重い。
その時――
【デレク】(あの球体……)
理屈は通らない。でも、他に道はない。
胸のコンパートメントからそれを取り出す。HUDに黄色いサークルが点滅。
見慣れない表示。そして、隣にテキストが浮かぶ:
《アイアンレベル・アップグレード ファイア・アップグレード》
【デレク】「なんだそれは……」
【ヴァンダ】「アップグレードです。それが球体の機能です!」
【デレク】「信じろってのかよ、それを!?」
蛇が下から再び酸を吐く――ドシュッ!!
デレクは跳躍し、枝を移動。直前にいた枝が、白煙を上げて瞬時に溶け落ちた。
【デレク】「おいヴァンダ、具体的に何すりゃいいんだ!」
【ヴァンダ】「その球体を使うんです!それが唯一の手段!」
【デレク】「こんなビー玉サイズの金属が?馬鹿言え」
ドンッ!!
蛇の尾が木の根元を叩く。衝撃で木が傾き、彼は枝をつかんで体勢を保つ。
【ヴァンダ】「あなたがアップグレードしなければ、この戦闘に勝てません!」
【デレク】「……はは、今度はRPGごっこかよ」
木が大きく揺れ、枝葉がバラバラと降ってくる。デレクは地面に飛び降り、〈NOVA〉の脚がズシンと着地。
全速力で走り出す。
息が荒れ、心臓が爆発しそうなほど鳴っている。
赤点はますます近づいてきているが――酸の弾はもう撃ってこない。
【デレク】(もう俺を、ただの『エサ』だと思ってやがるな)
彼は走りながら、球体を見つめる。
HUDに、新たなプロンプトが浮かぶ:
《ファイア・アップグレード》
【デレク】(意味が分からねえ……けど……この世界で意味あることなんかあったか?)
胸が締め付けられるような苦しさに襲われる。
こんなものに命を預けるなんて――科学じゃない。
ただの「信仰」だ。なら、存在しない神に救いを乞う連中と、何が違う?みっともなく助けを待つだけの、あの愚か者どもと――。
その瞬間――
足がツルに引っかかり、視界が回転する。
ブワッ!!
土と葉と光が渦を巻く。
アラート音がヘルメット内で鳴り響く。
慣性制御が働き、視界が戻ったその瞬間――
目の前に、蛇の巨大な頭部があった。
終わりだ。
ヌル……と舌が胸の装甲を舐める。ジュウウウと煙が上がる。
――数分で、体も〈NOVA〉も溶けてなくなる。
遅く、苦しい『死』が待っている。
だが、手の中には――まだ、球体。
赤く、わずかに輝いている。
そして、ディスプレイに新たな表示:
《装甲のアップグレードしたい部位に球体を押し当ててください》
……意味は、わからない。
でも、他に道はない。
蛇が近づく。熱気と酸の匂い。
デレクは、左腕に球体を押し当て、目を閉じた。
【デレク】(神頼みじゃねぇか、これじゃ……)
目を開けると、HUDに問いが浮かぶ:
《左腕のプラズマ・パルス・キャノンにファイア強化を適用しますか?Y/N》
【デレク】「……ああ」
ブゥウン――ッ!
赤い光が左腕を包み、熱が肩を通り抜けていく。
一瞬だけ、暖かさ。
球体が光を失い、カラリと地面に転がる。
頭上で蛇が口を開き、その影が太陽を覆い隠した。唾液がポタポタと地面に落ち、ジュゥッと焦げる音。
デレクは、強化された左腕を構える。
【デレク】(俺も、ついに『信仰』側に堕ちたか)
カシャッ!
〈プラズマキャノン〉展開。先端に、赤いエネルギーが不安定に揺れている。
暴発寸前。そんな感じだ。
でも――関係ない。
撃つ。
――ドンッ!!
閃光。眩しさに、思わず目を細める。
どこからか、陽の光が差し込んできた。
……さっきまでなかった『穴』を通って。
蛇の頭部。スイカ大の、空洞。
蛇は硬直した後、全身をのたうち回り――緑の酸と血を撒き散らした。
ジュゥッ!!
NOVAの装甲が焼ける。一本の尾が直撃、呼吸が止まり、全身がしびれる。
視界がチラつき、空と木々が交差する。
ふわりと、地面が背中に触れた。
HUDが、真っ赤に染まる。
彼は手で地面を掘るようにして、どうにか体を起こした。
座ったまま、蛇の方を睨む。
HPバー――20%を切って、真っ赤に点滅していた。
【デレク】(……効いた、のか……?)
球体がくれた、一発。それだけでここまで削れた。
世界が揺れ、頭を抱える。今倒れたら終わりだ。
蛇は、まだ『息をしている』。
だが――終わりは、近い。
呻きながら立ち上がる。全身が痛む。
血と酸の混ざった池の中、蛇はぐったりとしていた。
それでも――生きている。
頭に穴が開いても、まだ生きている。
【デレク】(……この世界、マジで狂ってるな)
果たして、今の一撃は『球体の力』だったのか。
それとも、ただ口の中に撃っただけか?
彼は左腕のキャノンを見つめた。
表面にバチバチとエネルギーが走り、不安定に暴れている。
【デレク】(……そうかもしれない。だが、この現実の仕組みをもっと知る必要がある)
構えていた右のキャノン(未強化)で、もう一度撃つ。
――ピシッ。
光弾は弾かれ、皮膚にかすかな傷が残るだけ。
今度は左腕。再び照準を合わせ、撃つ。
ズドン!!
頭部に新たなクレーターが開く。
蛇の体が、最後の一度だけうねった。
縄のように体を巻き――そして、崩れ落ちた。
HPバーが、スゥッと消える。
《オーリック・レベル上昇:レベル・アイアン3に到達》
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
デレクの『火の選択』、いかがでしたでしょうか?
物語がどんどん加速していきますので、ぜひ【いいね】や【お気に入り登録】して応援していただけると嬉しいです!
引き続き、次回もお楽しみに!




