第10章: バナナのティアラは要らない
「ジャングルでバカンス」って言ってたよな?
新鮮な空気、珍しい野生動物、殺意マシマシの電撃サル――は、予定に入ってなかった。
NOVAなしで命がけのマラソン中。
最高の一日だな。
木々の上から、かすれた叫び声が響く。歪んだような声が幹から幹へと反響し、ジャングルの奥でこだまする。
近づいてくるかと思えば、また遠ざかり、そして――
また戻ってくる。
デレクは全力で走っていた。脚も肺も限界、息はヒューヒューと鳴り、まるで古びた蒸気機関車のようだ。
シャツは汗とジャングルの湿気でべったべた。
いつものようにNOVAのアクチュエーターで走れたらよかったが、今の彼はただの生身。
そのギャップに自分でもイラつく。遅くて、鈍くて……ぶっちゃけ、みっともない。
顔にはツルやラタンの葉がビシバシ当たり、空中にはぼんやりと光る玉が漂っていた。
……まるで熱に浮かされた悪夢の中にいるみたいだ。
バリバリッ――ッ!!!
近くで電撃が炸裂し、木が爆発炎上。
熱風が顔を焼き、髪を後ろに吹き飛ばした。
上空ではサルたちの叫び声が四方から降り注ぐ。容赦のない全方位シャワーだ。
逃げ道なんて、最初から存在しない。
ただ、走るしかない。
あのクソどもは動いてる標的に当てるのが苦手そうだが――
数が多すぎる。
いつか一発が当たる。
その時が終わりってわけだ。
【ヴァンダ】「デレク、しっかり! お願い、持ちこたえて!」
【デレク】「やってるっての、ヴァンダ……!」(ゼェ、ゼェッ)「NOVAさえあれば、こんなの楽勝だったのによ」
彼は上空を飛ぶ三角形のドローン――NOVAの残骸を睨む。ヴァンダが操縦していたが、木々のせいで接近すらできていなかった。
あれがアーマーに戻って、こっちに装着するには……立ち止まらないといけない。
普通なら簡単な動作だ。
でも今止まったら――死ぬ。
【ヴァンダ】「ロックできない。動きすぎ。ウサギでも追ってるの?」
皮肉の一つでも返そうとしたが――
ズバァン!!!
前方の茂みが爆発し、閃光と電流が飛び散った。
デレクは止まろうとしたが、足が濡れた葉に滑る。
ズシャァッ……
あと一歩でクレーターに突っ込むところだった。
体をねじり、新たな方向へ走り出す。
【デレク】「今、止まってる余裕なんかねぇっての!」
【ヴァンダ】「了解。それで? 計画は?」
デレクは木の上を一瞬だけ見た。姿は見えない。
雷撃はブラインドで撃たれている。
――つまり、向こうも見えてない。
なるほど、狙いが下手なわけだ。
【デレク】「ヴァンダ、戦術照準アルゴリズム、起動。俺の軌道を予測して追え」
【ヴァンダ】「……了解。アルゴリズムを再設定して、対象を『あなた』に変更中」
その時、背後で――
ドォンッ!!!
2発の電撃が地面を撃ち抜いた。
爆風で吹っ飛ぶ。地面に叩きつけられ――
ぐっちゃりした泥水が顔面にヒット。
【デレク】「っげ、うえっ……!」
腐った水と一緒に、柔らかい何かが口に入る。
デレクは盛大にしかめっ面で泥を吐き出し、ゴホゴホと咳き込む。
喉が焼ける。
耳の奥で心臓の鼓動がうるさい。
このジャングル、マジで最悪だ。
それでも――
彼は脚を動かし続けた。
木々の間を、蔦をくぐり抜けて、全力で。
【デレク】「ええよ、ヴァンダ。のんびりやってくれ。俺、急いでねぇから」
その瞬間――
ドスンッ!
巨大な影が目の前に落ちた。
数メートル先に、でかいサルが着地していた。
周囲のサルたちの声が、一斉に止む。
雷撃も、止んだ。
デレクは思わず立ち止まり、息を切らしながらサルを見つめる。
服は汗と泥で肌に張りつき、呼吸は荒い。
(何だ……? 何が変わった……?)
唯一の救いは、ヴァンダがロックオンできるようになったこと。
でも、彼女が間に合うかどうかは――完全に運次第だ。
そのサルは明らかに他の連中よりデカい。
目は赤く光り、見るだけで吐き気を催す。
しかも、こいつの登場と同時に周りが退いた。
リーダー格――ってわけか。
デレクは奥歯を噛み締めた。口の中はカラカラに乾いている。
直感が警告する。
――こいつが来たら、今までみたいに避けきれない。
彼は全身を構えた。来るべき一撃に備えて。
【デレク】「……アホみてぇな死に方しそうだな、これ」
「オマエ……!」
低く、ガラガラした声。まるで岩を潰したような響き。
サルが、喋った。
デレクは目を見開き、口を開けたまま固まった。
……何だよこれ? まるで地獄のサーカスじゃねぇか。今度はサルが喋り出すし……次は何だ? ジャングルの動物総出で、感動的なミュージカルでも始めるつもりか?
馬鹿な。絶対ありえない。
でも――イヤーピースの翻訳機は、確かにあの一語をこう訳した。
「オマエ」
……熱で脳ミソやられてんのか、俺。
【デレク】「で……何かご用命でも?」
かすれた声で時間稼ぎ。
呼吸を整えつつ、ヴァンダがアルゴリズムを完成させる時間を稼ぐ。
「動クナ。動ケバ、外ス」
大猿が唸るように言い、指差した先――
頭上の枝には、サルたちが目を光らせて彼を見下ろしていた。
(なるほどな。胸にデカデカと的でも描いといて、あいつらが外さないようにしとくか)
その時――背後から聞き慣れた『ブーン』という電子音。
デレクの口元がニヤリと歪む。
来たな、ヴァンダ。
彼は両手を胸にあて、わざとらしく謝罪のポーズ。
【デレク】「ああ、それだけ? もっと早く言ってくれればよかったのに。ごめんよ。君たちの感電芸を回避しちゃって、ほんと悪気はなかった。今からは完ッ全に静止しとくよ。満足?」
満面のドヤ笑顔。
サルの口が裂け、むき出しになった歯茎とギザギザの牙が見えた。
「……感謝スル」
それだけ言って、叫び声を木々の上へと向けて放つ。
――終わりだ、クソサーカス。
【デレク】「ヴァンダ、今ッ!!」
ブシュゥゥゥッ!!
NOVAが背後から彼に追いつき、冷たい金属の抱擁で彼を包み込む。
パーツが滑るように重なり、磁力でカチカチとロックされていく。
脚部、胴体、腕部――一つずつ、完璧に。
サルが睨み返し、眉間に皺を寄せる。
「ナニヲ……シタ?」
ヘルメットのバイザーが閉じる直前、デレクはウィンクと笑顔を残す。
ピピッ……
視界に、見慣れたHUDが立ち上がる。
けど――そこには、見慣れない表示が混じっていた。
サルの頭上に、黄色い文字が浮かんでいる。
《レベル:アイアン2》
その下には、緑色のバーが一本。
まるで、体力ゲージみたいな表示。
考える時間なんてない。
デレクは腕を振り、プラズマキャノンを展開。
青い照準が、ピタリとサルの胸を捉える。
サルは吠え、掌に赤と白の渦巻くエネルギー球を形成し始めた。
その目――真っ赤に光り、怒りで燃えている。
(へっ、やらせねぇよ)
デレクはトリガーを引いた。
ズドォン!!!
金色の光が放たれ、サルの腕ごとエネルギー球を吹き飛ばす。
ブシャッ!!!
血と焦げた毛皮が空を舞う。
HUDのゲージが一気に減り、赤く点滅した。
《残量:わずか》
サルは絶叫し、ジャングルが再び地獄の混沌と化す。
白い雷撃があちこちから降り注ぎ、彼に集中している。
【デレク】「……お返しだ、クソ猿ども」
彼は脚部アクチュエーターを全開にし、地面を蹴った。
ブォン――!!!
まるでジェット推進のバイクみたいに、デレクは一気に加速する。
笑みを浮かべながら。
今の自分は、ただの人間じゃない。
――『悪魔』だ。
当たらなかった人間を、今のNOVAが止まるわけがない。
デレクは回り込み、苦悶にのたうつ巨大ザルの背後に立った。
血の飛沫が森の地面に弧を描く。
断末魔は弱まり、呼吸はズズッ……と擦れるような音。
まるで倒木を森の奥で引きずるような、鈍い呻きだった。
今にも死にそうだ。
だが――
再生する可能性は、ゼロじゃない。
【デレク】「……生き残ってまた来られても困るしな」
プラズマブレードを抜く。
スゥ……と音を立てて、刃が燃え上がる。
即座に一閃。
ズバッ――!
首が飛ぶ。煙と光を引きながら宙を舞い、
ボチャッ
と鈍く湿った音を立てて地面に落ちる。
胴体は一瞬、カタく固まり――そのまま
ドシャァンッ!
と崩れた。
NOVAの中にまで入り込む、焦げた毛と焼けた肉の臭い。
むわっ……と押し寄せてくる。
吐き気を催す悪臭が、喉の奥にへばりつく。
7000ケルビンのプラズマは、瞬時に傷口を焼き固め、血飛沫を最小限に抑える。
そのおかげで、この『処理』も効率的だった。
《オーリック・レベル上昇:アイアン2 到達》
その瞬間――
サルたちの叫びが、一気に高まり……
ピタッ。
一斉に、沈黙した。
(……は?)
彼は視線を上に走らせるが、何もいない。
トン……
小さな着地音が背後から響いた。
クルッと回り、ブレードを構える。
現れたのは、少し小柄なサル。
目を赤く光らせ、じっとデレクを睨んでいる。
その頭上に、緑の文字が浮かぶ。
《レベル:アイアン1》
その下には、満タンの緑色ゲージ。
……またかよ。
トン……トン……トン……!!
次々に、着地音が響く。
十、いや――十数体が、周囲に降りてきた。
デレクは一回転して、状況を確認。
完全に――囲まれている。
(プラズマキャノンで何体かは倒せる。でも、撃ち切る前にこっちもやられる)
装甲がどこまで持つかは、未知数。
あの火球バカとやり合ったあとだ。
もう無茶はしたくない。
【ヴァンダ】「……デレク?」
【デレク】「ああ?」
【ヴァンダ】「なんで、襲ってこないの?」
彼は辺りを見渡す。
十数体のサルが、無言で――だが鋭い視線で、彼を睨んでいた。
全員、全く動かない。気配すらない。
【デレク】「知らん。お前が直接聞いてみたら?」
その時――一匹のサルが膝をつき、頭を地面に伏せた。
【デレク】「……は?」
【デレク】「なにこれ? 新しい攻撃モーション?」
【ヴァンダ】「違うと思うけど」
次々に、他のサルたちも頭を下げていく。
デレクは目を見開いたまま、その異様な光景を眺めた。
十数体の青白く輝くサルたちが、彼を囲んで――ひざまずいている。
まるで、朝日の中で儀式でも始まりそうな雰囲気だ。
(……やべぇ。これ俺、神扱いされてんのか?)
彼はNOVAの脚部をジャンプモードに切り替え、敵意があればすぐに飛べるように備えた。
虫の羽音が戻り、鳥の鳴き声がジャングルに響く。
ようやく気づいた。
――さっきまで、あまりにも静かすぎたことに。
まるで、ジャングル全体がこの戦いを見守っていたみたいだ。
そして――終わった今、日常が戻っただけ。
サルたちは頭を下げたまま、ピクリとも動かない。
まるで、命令を待っているかのように。
リーダーを倒したことで、群れの『新たな支配者』と見なされたのかもしれない。
【デレク】「……はぁーっ」
短くため息をつく。
表示された心拍数が、ようやく落ち着いてきた。
【ヴァンダ】「おめでとう、デレク。これで君も、『サルの王様』ね」
【デレク】「……黙れ」
【ヴァンダ】「バナナのティアラで、正式に戴冠してもらえるかもね?」
【デレク】「はぁ……」
ふんと鼻を鳴らして、首を振る。
小さく咳払いしながら、彼は疲れた笑みを浮かべた。
【デレク】「えーっと、なあ。通じるか分からねぇけど……」
「別にお前らのボスになる気はねぇし、攻撃するつもりもない。だからよ――これでチャラってことでいいか?」
彼らに通じているのか、分からない。
だが、言ってみる価値はあった。
サルたちは一体ずつ顔を上げ、互いに視線を交わす。
そして、誰も何も言わず――
ヒュンッ、ヒュンッ……
次々と木の上へと跳び、密林の奥へと消えていった。
姿が見えなくなるまで、デレクはじっと見送った。
(……ひとまず、終わったか)
彼は顔をしかめながら、ディスプレイの新たな表示に視線を向けた。
【デレク】「なあヴァンダ。これ、何だ?」
【ヴァンダ】「わからないわ。OSのデータじゃないし、発信元も不明」
【デレク】「仮説は?」
【ヴァンダ】「……ないわね。少なくとも、まともなものは」
【デレク】「……そろそろ、『まともじゃない』可能性も考えるべきかもな」
ディスプレイの隅――小さく表示された一行に、彼の視線が留まる。
《オーリック・レベル:アイアン2 アップグレード可能:1》
それを口に出す気にはなれなかったが。
通知も、ゲージも、レベルも、魔法じみた攻撃も……全部そろっている。
まるで、クソな――
ゲームの中にでも、入り込んじまったみたいだった。
おめでとう、デレク。
これで正式に「ジャングルの王様」だ。
必要だったのは、プラズマブレードでデカいサルの首を飛ばすことだけ。
大したことないよな。
次回の更新は、4月29日(火)21:00を予定しています!
27日と28日はお休みなので、お間違えのないように




