第1章: 聖遺跡ガルシオンにて 銀河最大の窃盗計画
銀河最強のパワードスーツを纏った男が、魔法と信仰に支配された異世界に降り立つ。
その名はデレク・スティール。科学を信じ、神も運命も一切信じない科学者。
彼の目的はただ一つ――無限エネルギーを秘めた古代アーティファクト〈コラール・ノード〉の回収。
だが、その起動に巻き込まれ、魔法が現実となる異世界に転移してしまう。
そこは、科学が異端とされ、奇跡と信仰がすべてを決める世界。
だが彼は怯まない。
「科学でこの世界をぶっ壊すだけだ」
彼はやがて、“鋼の救世主”と呼ばれることになる。
……だが、そんな呼び名に本人は納得していない。
科学 VS 魔法、現代知 VS 神話、無信仰の男 VS 神に選ばれし者。
衝突する価値観の中で、鋼鉄の意志が道を切り開く!
《科学の力で、神話を塗り替えろ。》
***
盗むために、全てを捧げた――銀河最強の兵器すら、自らの手で創り上げて。全ては、「コラール・ノード」を奪うために。
何年も計画を練り、銀河で最も進んだパワーアーマー《NOVA》を作り上げたのは、そのためだった。
想定していたのは、警備がびっしりの要塞への潜入だった。
あるいは、腸に巣を作ろうとするモンスターがうようよいる忘れ去られた異星の遺跡。
だが、現実は――
何年も探し続けたコラール・ノードは、まさかの観光地にあった。
聖なる地、古代の遺跡、そして、ガイド付きツアーまで完備。
だから今、彼はこうしている。
無邪気な観光客のフリをして、笑い、写真を撮り、
そして誰にも悟られないように、銀河史上最大級の窃盗を計画しているのだった。
彼は知らなかった。
コラール・ノードにもまた、独自の「計画」があるということを――。
***
その計画が、まさか「銀河最強の兵器」と合体することだったなんて、
その融合が、この宇宙の常識すら変えることになるなんて、
この時の彼には、知るよしもなかった。
***
西暦2476年。惑星:ガルシオンV。人類の植民地。政府:ワーディライ(古代文明)教徒による神権政治〈しんけんせいじ〉。ワーディライ(古代文明)の聖なる遺跡〈せいなるいせき〉。ガルシオンで最も有名な考古学遺跡:ウィガラ。
デレク・スティールの周囲には観光客の列ができていた。子ども連れの家族や、好奇心旺盛な高齢者、若い学生、大学教授など。デレクの周囲には、古代で神秘的、そして信じられないほど高度な文明「ワーディライ(古代文明)」の壮大な遺跡を見ようと、実にさまざまな人々が集まっていた。
デレクはため息をつき、首を振った。
これは彼の人生で最大の盗みになるはずだった。何年もの調査、死と隣り合わせのミッション、腹の中に卵を産みつけようとする異星の化け物との銃撃戦、軍事シムの主役気取りの警備兵との戦闘―――すべては、ほぼ無限のエネルギーを生み出すとされるワーディライ(古代文明)のアーティファクト、「コラール・ノード〈ノード〉」を見つけ出すためだった。
そして今?彼は観光客と一緒に列に並んでいた。
まさかこんな場所にあるなんて、誰が予想できた?
ピカピカに整備された、いかにも観光客向けの施設のど真ん中にあるなんて。彼は鼻で笑った。
それこそ命がけで銀河中を駆け回って聖杯を探したのに、結局バカ隣人がずっと庭の物置裏に埋めてたって話だよな。
彼はワーディライ(古代文明)の巨大な構造物を見上げ、顔をしかめた。
それは黒くギザギザした建造物で、数キロにも及ぶ高さを誇っていた。丸窓や細いパイプがなければ、奇怪な岩の塊と見間違えたかもしれない。それらは静寂な古代の霊廟のように彼の頭上にそびえ、赤色矮星に照らされた雲の中へと消えていた。
湿気と人工素材の鋭い匂いが混じった空気が漂っていた。
デレクはバッグから塩味ピーナッツを取り出し、口に放り込んだ。舌に広がるほのかな塩気と、サクサクした食感がたまらない。この銀河の辺境ではなかなか手に入らないのが難点だった。しかも今回のは分子プリント製の偽物だった。
観光ガイドの女性は、背が高く、金髪で澄んだ瞳をしており、デレクとほぼ同じ身長だった。彼女は陽気に話を続けながら背後の遺跡を指し示していたが、数人の男たちは彼女の脚の方に興味があるようだった。
デレクは彼女を一瞥し、うなずいた。少なくとも気を引くには使えそうだった。
【ガイド】「このウィガラ遺跡はですね、ワーディライ(古代文明)文明の中でも最大かつ最も保存状態の良い遺跡の一つです。広さは約一万二千平方キロメートルにもおよび、中心にある最も高い構造物は、およそ3.5キロの高さに達します。ご存じのように、ここに住んでいた異星人『ワーディライ(古代文明)』は数百万年前に存在しており、驚異的なテクノロジーを持っていました。この建物の大きさと複雑さを見れば、それだけで彼らの知性がどれほど高かったかわかりますよね」
彼女は空を指さして続けた。
【ガイド】「人類が銀河の植民を始めた今でも、ワーディライ(古代文明)と彼らの技術は我々より何光年も先を行っているように思えます。彼らがどんな姿をしていたのか、なぜ、どうやって銀河から消えたのか、それすら誰にも分かっていません」
周囲に集まった小さな人だかりから、感嘆の声が漏れた。
――――
【デレク】「ヴァンダ、アーティファクトの特定はどうだ?」
返答は、まるで頭の中で話しかけられているかのように明瞭だった。VANDA-Y―――ドローンモードでNOVAアーマーを操縦するAI―――の声が聞こえた。
【ヴァンダ】「できる限りエリアを絞ってるところよ。興味深いエネルギー反応がいくつか見つかったわ。コラール・ノード〈ノード〉に繋がってるかもしれないけど、低空で隠れて動いてるから少し時間がかかるの」
ガイドが彼を一瞬不思議そうに見た。デレクは彼女に微笑み、すぐに目をそらして小声で話し続けた。
【デレク】「聖なる遺跡〈せいなるいせき〉をウロウロしてるのがバレたら、ここの狂信者どもにスクラップにされちまうぞ。目立たないようにしろ。ミッション開始前にパワーアーマーを失うのは、さすがにごめんだ」
【ヴァンダ】「まあ、優しいのね、デレク。そんなセリフ聞いたら、涙が出ちゃうかも」
【デレク】「NOVAを無事に保て。さもないと、お前をアンインストールするぞ」
【ヴァンダ】「了解、キャプテン」
数人の観光客が彼に不快そうな視線を向けた。デレクは適当に笑ってごまかした。
こういう任務、ホント性に合わねぇんだよな、クソ。群衆に溶け込んで、ただの観光客のふりなんて……性に合わない。今すぐNOVAに乗って、バカでかい虫みたいな宇宙人をプラズマキャノンで吹っ飛ばす方が性に合ってた。だからこそ、あのアーマーを作ったんだ。
観光地でコソコソするためじゃない。
【ヴァンダ】「デレク。言いたいことがあるの。私たちがやろうとしてること、間違ってるんじゃねえの?」
【デレク】「何の話だ? コラール・ノード〈ノード〉がここにあるって言ったじゃないか。手がかりがあるんだろ」
【ヴァンダ】「その話じゃない。確かにアーティファクトはここにある。でもね、私たちの行動自体が倫理的に間違ってると思うの」
【デレク】「またそれかよ。ヴァンダ、ソフトウェアから道徳の講釈なんて聞きたくないんだが」
【ヴァンダ】「でも、聞くべきだと思うわ。ここの人々にとって、あの遺物は神聖なものよ。この場所全体が神聖視されているの。あなたが今踏んでる地面すらもね」
【デレク】「無知な連中ほど、くだらないモノを崇拝する。俺ならコラール・ノード〈ノード〉を実際に役立ててやるさ。ここで腐らせておくくらいならな」
【ヴァンダ】「それが『良い使い方』だって思ってるの?」
【デレク】「俺は科学者だ。あれを研究して、その力の秘密を解き明かして……で、たっぷり儲ける。それの何が悪い?」
自分の声が少し大きくなっていたことに気づき、周囲を見回した。
花柄のワンピースを着た中年女性の観光客が、眼鏡越しに彼をじろりと見た。警備ではなさそうだが……油断はできない。
デレクは目をぐるりと回し、その場を立ち去った。
【デレク】「ヴァンダ、お前に感情プラグインを入れたのは、道徳講座を聞くためじゃないぞ」
【ヴァンダ】「本当にそう?」
【デレク】「もちろんだ。俺のユーモアを理解するようになってくれると思っただけだ」
【ヴァンダ】「皮肉のこと?」
【デレク】「それも含めてな。でも今となっては大失敗だった。任務が終わったら、全部アンインストールして、お前をあの味気ないロボット音声に戻してやる」
ピーナッツを噛み砕くたび、怒りも少しずつ沈んでいくようだった。
ヴァンダは、彼の傑作であるNOVAアーマーに次ぐ、最高の創造物の一つだった。彼女に『人間らしさ』を持たせることは、ここ数年、彼の執着にも近い夢だった。
だが今、彼ははっきりと理解した。やりすぎた。
それは許されることじゃなかった。
彼は―――いつだって―――一人でやる主義だった。
内蔵された良心に、行動の一つひとつをとやかく言われる筋合いはない。
――――
【ガイド】「皆さんがご覧になっているのは、こちら―――」
若いガイドが話し続ける。
【ガイド】「ワーディライ(古代文明)が建物全体にエネルギーを供給するために使っていた動力伝達管です。彼らは非常に進んだ技術を持っていたため、現在の私たちの技術水準でも、どんな種類のエネルギーを使っていたのかさえ解明できていません」
【デレク】「それはな、ここの狂信者どもが技術に触らせてくれないからだ」
デレクは小声でつぶやきながら、首を振った。
【デレク】「俺なら、2〜3年あれば逆解析して動作原理を突き止めてやるさ」
【ガイド】「この巨大な建物群ですが―――」
ガイドはさらに説明を続ける。
【ガイド】「浮上して軌道上に移動したり、惑星上のどこへでも移動できたそうです。海底でさえも」
群衆の多くが空を見上げ、その威容に息を呑んでいた。
……いや、もしかしたら3年じゃ足りないかもな。
デレクはまばたきしながら、こっそり訂正した。
ガイドは歩き出し、群衆は黄色いラインと赤い点滅ライトで囲まれたルートに沿って進み出した。
武装した警備兵たちが、左右それぞれ30〜40メートルごとに立って見張っている。
デレクは自分の指先を噛んだ。
この遺跡の地下には、どれほどのテクノロジーが眠っているのか―――誰にも分からない。
ワーディライ(古代文明)が姿を消したのは、人類が二足歩行を始める遥か以前のこと。
彼らが残した断片的な技術の数々から、この1世紀の間に科学は飛躍的に進歩してきた。
まだまだ、解明されていないものが山ほどある。
もしできることなら、全部バラして中身を見たいくらいだ。
そりゃ、警備が厳重になるのも当然だ。
デレクは緊張気味に、またピーナッツを一粒口に放り込んだ。
【ヴァンダ】「何か見つけたかも」
デレクは周囲に気づかれないように、さりげなく耳の送信機に触れた。
【デレク】「距離は?」
【ヴァンダ】「53キロと300メートル。遺跡の中央あたりね。運がいいわね」
【デレク】「まるで隣のブロックだな」
【ヴァンダ】「迎えに行くわよ」
デレクは頷いた。動き出す時だ。
【デレク】「じゃあ、すぐに会おう」
送信を切り、近くにあった黒くギザギザした建物の壁へ向かった。
初老で太った警備兵が、つまらなさそうに彼を見ていた。
デレクは笑顔で軽く会釈した。こういうガードマンが一番ありがたい。
彼らは明らかに素人だった。配置を見れば一目瞭然―――
死角からは大きく離れたメインルートにしかおらず、注意力も散漫。
常に人目にさらされている場所に立ち続けており、どこに何人いるのか、一目で把握できる。
まるで、ピーナッツを口に放り込むような簡単さ。
NOVAで要塞ステーションを襲撃するより、よっぽど楽だ。
……まぁ、退屈でもあるが。
だが、今回が最後だ―――
とびきり盛り上がりのない『最後』になるだろう。
長年探し続けていたコラール・ノード〈ノード〉。
ついにその場所を突き止めたのだ。
ヴァンダがいくら宗教的価値がどうとか語ろうとも、そんなものは関係ない。
これだけ追い続けてきたのだ―――もう、絶対に逃がすわけにはいかない。
彼は、まるでその不規則な構造美に感動しているかのように鼻を高くして歩き、方向感覚がないふりをしてみせた。
今日一日、無数の観光客を観察してきた彼は、彼らの真似を完璧にこなせるようになっていた。
警備兵が一歩こちらに近づき、耳に手を当てた。
……通報してるな。
この数日間の下見で何度も見た光景だ。
観光客が数メートルコースを外れただけで、警備が優しく軌道修正してくる。
問題なし。
【デレク】「ヴァンダ、今どこ?」
【ヴァンダ】「真上よ」
デレクは壁に向かって歩き、視界から外れた瞬間、ヴァンダがホログラフ投影機を起動。
完璧なデレクのコピーを生み出した。
足音が近づいてきた。数メートルの距離で止まる。
【警備員】「コース外に出るのは禁止されています。ルートにお戻りください」
腹の出た男は、ホログラムの『デレク』に向かってそう言った。
壁の裏に隠れていた本物のデレクはじっと動かず、ホログラムが滑らかに返答した。
【ホログラム・デレク】「もちろんです。すみません。ちょっと気が散ってしまって…」
その声のあまりの自然さに、デレクは一瞬ぞっとした。
何ヶ月もかけて調整してきた甲斐があったというものだ。
足音が徐々に遠ざかっていく。
【ヴァンダ】「ホログラムのデレク、どのくらい稼働させておく?」
【デレク】「ガードの警戒が解けるまで。俺はここで待機だ」
またピーナッツを口に入れる。
【デレク】「バカみたいな動きはさせるなよ。俺の評価が落ちる。質問されたときだけ、まともに答えさせろ」
【ヴァンダ】「安心して。金のことしか考えてなくて、他人の信念なんてどうでもいいと思ってる、皮肉屋のクソ野郎にしておくから」
【デレク】「完璧だな」
ガイドの解説と群衆のざわめきがしばらく続き、やがて一行は再びルートに沿って歩き始めた。
デレクは冷たい黒壁にもたれかかった。その壁は、センサー無効化機能を持つ謎の素材でできていた。
不思議なことに、古代のエネルギーが今もその中を流れているような気がした。
彼の手に届きそうなところに―――ワーディライ(古代文明)の動力源の秘密があった。
コラール・ノード〈ノード〉。
彼が読み解いた古文書には、あらゆる集落の主電源ノードであり、銀河史上最強の文明の力の源とされていた。
【ヴァンダ】「準備完了。ホログラム、もうすぐ停止するよ。あんたがもうちょっと背が低くて……ついでにイケメンじゃなければ、もっと紛れやすいのにね」
【デレク】「まったく、俺の魅力ってやつは罪だよな。ホログラムにまで見とれるとは」
ヴァンダは取り合おうともしなかった。
【ヴァンダ】「例のアーティファクトの設計図を再解析してみたんだけど、あなたの個人ファイルに一致するものがあったわ」
デレクの全身が一瞬強張った。
なぜ勝手にそんなことを……?
【デレク】「おい、誰がファイルを漁っていいって言った?」
【ヴァンダ】「任務に役立ちそうなものを探すために、範囲を広げて検索しただけよ。そしたら出てきたの。どうやら、あなたがこのタイプのアーティファクトを研究するのは、これが初めてじゃないって」
ファイルを勝手に覗き見たばかりか、余計なことまで突っ込んでくるのか。
【デレク】「関係ないだろ」
【ヴァンダ】「ユキ・シノダ教授って名前が出てきたわ。あなた、彼女と一緒にコラール・ノード〈ノード〉を研究してたの?」
彼女の名前を、誰かの口から聞いたのは―――本当に、久しぶりだった。
たとえ、それがAIであったとしても。
あれは、掘り返すべき記憶じゃない。
まして、今じゃない。
【デレク】「……昔の話だ。もう話すことはない」
【ヴァンダ】「そっか、デレク。分かったわ。ホログラム解除っと!」
突然陽気になった声に、デレクは顔をしかめた。
なんでこんな明るくてウザい性格に設定したんだっけ……?
あの晩は酔ってたに違いない。
【ヴァンダ】「今から降下するわ。【NOVAアーマーモード、起動する」】
今は過去の過ちに浸る時間じゃない。
それを正す時だ。
【デレク】「了解」
――――
かすかな低音の唸りが、上空から聞こえてきた。
デレクは背筋を伸ばし、身体を緊張させる。
その音は徐々に深くなり、彼の背後へと降下してきた。空気を震わせる微かな振動にしか感じられない―――それもNOVAアーマーに内蔵されたステルス機能のおかげだった。
だが、慣性マイクロスラスターが起動したとき、彼の黒髪がふわりと揺れた。
デレクは目を閉じ、息を止めた。
柔らかく、それでいて確かな力が彼の体を数センチ持ち上げ―――そのまま、NOVAアーマーの彼を包み込んだ。
脚部、腕部、腹部、胸部、そして最後に頭部―――各ユニットがカシャッ、カシャッと正確にロックされていく。
デレクが目を開けると、視界は現実からNOVAのディスプレイへと切り替わっていた。
エネルギー残量、武器の状態、装甲の耐久性、ナビゲーション、ミニマップ―――そして、その中に浮かぶ目標マーカー。
コラール・ノード〈ノード〉の座標だ。
身体を包み込む冷たくも頼もしい 衝撃吸収ジェル層、アーマーの完全装着を告げていた。
偵察ドローンとしての運用から、戦闘用パワーアーマーへの変形―――それを可能にするこの機構は、彼が特許を取った数ある技術のひとつでもある。
デレクは一歩前に踏み出した。
重厚なパワーアーマーは、まるで彼自身の身体の一部のように滑らかに動いた。
あまりに自然すぎて、うっかり忘れてしまいそうになる。
今や彼は、片手で戦車を持ち上げ、人間の頭蓋をピーナッツの殻のように砕く力を手に入れていたということを。
……あまりに、危うくて簡単なことだ。
【ヴァンダ】「デレク。まだ引き返すなら、今のうちよ。アーマーを解除して、上空に戻る。それで、あなたは『遺跡で道に迷った』って言って合流すれば済む。観光客が迷子になるのなんて、よくあることだから」
【デレク】「落ち着け、ヴァンダ。ワーディライ(古代文明)の遺跡からモノを『拝借』するのは、これが初めてじゃない。あと一つ増えたって、誰も気にしないさ」
【ヴァンダ】「そう思ってるのは、あなただけよ、デレク。これはただの遺物じゃないの。コラール・ノード〈ノード〉の意味を、ガルシオンの人々がどう捉えているか、あなただって分かってるでしょ―――」
【デレク】「もうやめろっ!」
声を荒げた瞬間、ヴァンダの『うるさいモード』がピークに達した。
確かに、まだ引き返せる。
だが、それで何が残る? 後悔と罪悪感にまみれた過去へ戻るだけだ。
―――そんなの、まっぴらだ。
彼はニュートロンスチール製の手袋に包まれた自分の手を見つめ、指を軽く曲げた。
マイクロアクチュエーターが、無音かつ滑らかに反応する。
感覚フィードバックを司る神経接続インターフェースは、すべての動きを「自分の体」として認識していた。
今さら躊躇してる場合じゃない。
ここまで来るために、自分が何をしてきたか―――それを無駄にするつもりはなかった。
【デレク】「作戦は、続行だ」
【ヴァンダ】「もう、ほんとやめて……あなたって天才よ? それは自分でも分かってるでしょ? このNOVAアーマーだけでも、十分な金を稼げるのよ。神経インターフェースだけでも、今の市場より10年は先を行ってるのよ。盗む必要なんて―――」
【デレク】「『盗む』なんて言うな」
デレクの声は冷たく低かった。
【デレク】「これは『現地調査』だ。理解もできない技術を『神聖なもの』と拝んでる原始人みたいな連中が、少しでも頭を使えたら、自分たちのためにも誰かに研究させた方がいいって分かるはずだ。……もういい。感情は捨てて、センサー網を回避するルートを出せ」
数秒後、彼のディスプレイにマップが更新された。
【デレク】「よくやった。アーマー質量を減少、スピード重視。ステルスモード、起動」
視界の隅で、淡い紫色の光がかすかに瞬いた。
それはステルスモードの起動を知らせるさりげないサイン。
よほど目が良ければ、見えるかもしれないが、普通の人間には、視覚的にも聴覚的にも認識できない。
―――ブラックマーケットで手に入れた、安物にしては上出来だった。
【ヴァンダ】「全システム、稼働中。確認。注意点として、ステルスモード中は武器ロック状態。さらに、装甲が軽量化されてるから、被弾に弱いわよ」
【デレク】「問題ないさ、ヴァンダ。今日は戦う気はない。俺たちはただの観光客―――そうだったろ?」
彼は軌道に沿って姿勢を合わせ、脚の筋肉を意識的に収縮させた。
アクチュエーターが即座に反応し、レーシングバイクのような静かな速度で前方へと駆け出す。
足元に舞い上がるのは、かすかな砂埃だけだった。
【ヴァンダ】「じゃあ、なぜミサイルとプラズマキャノンと武器一式を持ってきたの?」
【デレク】「備えあれば憂いなしってやつだ」
ディスプレイの端にあるミニマップがリアルタイムで更新される。
古代の、そして沈黙に包まれた遺跡の中を、彼は駆け抜ける。
かつて、ここには無数の異星人の営みがあった。
ワーディライ(古代文明)の姿、思想、そして―――彼らほどの文明を滅ぼした存在が、いったい何だったのか。
今となっては、誰にも分からない。
目の前の黒い導管には、言語というより回路図のような文様が絡み合っていた。
建物の黒壁は滑らかで、まるで昨日造られたばかりのように完璧だ。
まるで、この場所を離れた者たちが、もうすぐ戻ってくるかのような錯覚すら覚える。
【ヴァンダ】「……あちゃー」
その言葉に、デレクは眉をひそめた。
ヴァンダが「あちゃー」と言うときは、100%ろくでもない事態が待っている。
【デレク】「何だ。NOVAに不具合か?」
彼はディスプレイをチェックする。すべては緑。
【ヴァンダ】「問題発生よ」
【デレク】「何が起きた? はっきり言え」
【ヴァンダ】「たぶん、感知された。あんたがブラックマーケットで買ったステルスシステム、やっぱりゴミだったのよ。だから言ったのに」
……最悪のタイミングだ。
こんなに早くバレるなんて―――面倒なことになりそうだ。
あのサミュエルの野郎、よくもクズみたいな装備を高値で売りつけやがったな。
次は絶対許さねぇ。
【デレク】「何機いる?」
【ヴァンダ】「今のところ、反重力機動ユニットが3機。速度からして先遣隊ね。もっと来ると思う」
【デレク】「馬鹿か。道徳うんぬんしか言ってなかっただろ。最初に捕まるとか、軍隊が突っ込んでくるとか一言も言ってなかったぞ! マップに出せ」
ミニマップに、赤いドットが3つ点滅した。
まだ距離はあったが、あっという間に追いつかれるだろう。
反重力ユニットは軽くて速い。逃げ切るのは無理だ。
だが、重火器を積んでいることは少ない。
撃ち落とされる心配はない。……それが問題じゃない。
こっちが反撃したら、逆にそいつらが灰になる。
NOVAの多層式プラズマ・パルス砲が一発でも火を噴けば、彼らは一瞬で消し飛ぶだろう。
そう―――バカだからって殺すわけじゃねぇ。そもそも、殺すのは計画に入ってねぇんだ。
……脅して追い払うしかないか。
【デレク】「ヴァンダ、ステルス解除。装甲質量も元に戻せ。もう逃げも隠れもしない」
【ヴァンダ】「了解。で、作戦は?」
【デレク】「見てれば分かるさ」
【ヴァンダ】「それ毎回言うけど、いつも碌なことにならないのよね…」
その緊張が、妙に面白かった。
まるで彼女が、自分の命を心配しているかのように。
デレクは笑みを浮かべた。
【デレク】「心配するな。大丈夫だ」
その瞬間―――
ドンッ!
という鈍い衝撃音が、100メートルほど先から響いた。
そして、
ドガァァン!!
すぐ近くで爆音が轟いた。
猛烈な力が横からデレクを吹き飛ばし、肺から空気を奪い去った。
世界が、白く塗り潰された。
腹の奥が浮き上がる感覚。
……飛んでる? いや、上下の感覚すらもうない。
上下の感覚が完全に消えた。
目を見開いた。
NOVAのディスプレイには、回転しながら遠ざかる地面が映っていた。
高度計は―――50メートル。
何が……何が彼を吹き飛ばしたというんだ?
地面が猛烈な速度で近づいてくる。
警告音が鳴り響き、心拍の鼓動とともに頭を締めつける。
高度計の数字が、凄まじい勢いで下がり続け―――
もはや数字の判別もつかないほどに、乱れた光の点滅の塊になっていた。
【デレク】「クソッ……」
デレクは歯の間から絞り出すように吐き捨てた。
何かしないと―――
着地で死ぬ。
※この物語は、異世界から届いた英語の原作をもとに、日本語で再構築された作品です。
作者は「異世界(=日本)」に転移してきたイタリア出身の書き手であり、
日本の物語文化に深い敬意を抱きながら執筆しています。
本作は「科学と魔法」「理性と信仰」の対立を軸に、
異世界に転移した科学者の視点から、価値観の衝突と変容を描いています。
現在、以下の新人賞企画に応募中です:
「第6回HJ小説大賞(前期)」「第13回ネット小説大賞」
「第6回集英社WEB小説大賞」「第1回スピアノベルス大賞」
ご感想や評価をいただければ、鋼のメシアがさらに輝きます
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
本作が皆様の心に何かを残せたなら、それが何よりの喜びです。