彼女との間に真実の愛があるとお思いでしたか?
「メラニー・ストラバール、お前との婚約を破棄する!」
私の婚約者のジャック王子殿下が壇上から宣言しました。今は祝賀会の最中。建国記念日を祝う夜会のはずなのに、王族がこれでは国の未来が思いやられます。
周りの方々がこちらを見ていますね。仕方がないので、私はジャック様に問いかけました。
「理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
ジャックで様は鼻息を荒くしながら続けました。
「お前は公爵令嬢という立場を使い、ここにいるリリア・マクギネス男爵令嬢を追い詰めた! 教科書を引き裂いたり、階段から突き飛ばしたり、その上、権力を使って脅しをかけた!」
ジャック様は彼女の腰を抱き寄せていますね。男爵家の財では手の届かない、煌びやかで美しいドレスを着ています。ただ、顔が下を向いているので、ピンクブロンドの髪に隠れてしまっています。
「学園内でのことでしょうか? 彼女とは学年が同じですが、クラスが違うので難しいと思います」
「やりようはいくらでもある! 私はリリアとの間に真実の愛を見つけた! お前はリリアに嫉妬してこのような愚かなことをしたのだ! 婚約破棄だけでは生ぬるいな、国外追放もさせてもらおう!」
国外追放は今思い付きましたよね。とはいえ、私も今まで何もしていなかったわけではありません。
「そこまでおっしゃるのなら、何かしらの証拠はありますよね? 私が王妃教育の間に、わざわざそのようなことをする理由と証拠が」
ジャック様に問いかけると、彼は自身の側近達とリリア嬢の友人を証人として説明させました。
私の友人が教科書を引き裂いたところを見たとか、リリア嬢を突き落とすところを見たとか。あまりにも証拠として弱いです。
「なぜ彼女らを止めなかったのですか? すぐ先生方に相談しなければならないことでしょう?」
確かに学園内においては平等をうたわれていますが、生徒の安全を確保するのは学園としては最低限の役目です。貴族たちが通っているのですから。
「もし、リリアではなく王子殿下が狙われていたら、どうするつもりだったのですか?」
ジャック様は頭の弱い方とはいえ、王族が通われているのです。殿下の身に何かあれば、学園に責任を問われることになるでしょう。
側近の方々が顔を見合わせました。リリアの友人もたじろいでいます。
「私が泳がせておけといったのだ。お前という諸悪の根源をつぶすために!」
元婚約者を諸悪の根源扱いですか。いいでしょう。
私は一度深呼吸をして煮えるような怒りを少しでも抑えてから、話し始めました。
「ジャック様。もし、私がそのようなことをしていたとなれば、護衛の騎士が報告していますわ。王宮から派遣された騎士ですから」
「賄賂でも渡したか、脅したのではないか?」
「では宮廷の行動記録はどうでしょうか? 王家に嫁ぐ身でしたもの、素行調査も随時入っておりますの」
「お前の指示で他人にやらせれば、そのような調査など意味がない!」
「殿下。私を高く評価していただけるのは光栄なことですが、さすがの私でも本職の方を欺くことはできません。素行調査を行うのは密偵です。私の行動、周囲の誰に手紙を送ったかなどは筒抜けですよ」
元々は国家の機密に関わることを扱う人たちですから、彼らの裏をかくとなると、国の威信と安全にかかわることです。さすがのジャック様もご存知だったのか、言葉に詰まりました。
「それに、リリアからは定期的にお手紙や贈り物が届きますのよ。先日はラベンダーティを頂きました。私もお礼にバラの香水をお送りしましたの、本日の夜会につけてくると手紙をいただきましたわ」
ジャック様はリリアを凝視しました。『普段は柑橘系の香水をつけています』と彼女の手紙には書いていたので、本当につけてくれたことに安堵しています。
「あとは、私や周りの方々の行動記録を読んでいただければ、私がリリア嬢を侮辱する理由が無いとわかるはずです」
「お前が全部悪いんだ! 俺とリリアの邪魔ばかりして!」
ジャック様、本当に私と同じ18歳ですか? その駄々のこね方は引きます。
「リリアの件はストラバール公爵とマクギネス男爵の連名で王家に抗議をさせていただきました。私をないがしろにするだけでなく、リリアの婚約も王命で破棄しようとしてましたよね?」
「当たり前だろ! リリアとは真実の愛で結ばれている! 彼女に婚約者がいたところで、私たちの愛は揺らがない」
常々頭が弱い方だとは思っていましたが、ここまでだとは思いませんでした。側近たちが顔を見合わせるのも納得ですね。
「あなたが真実の愛を求めるのは勝手ですが、マクギネス男爵令嬢を巻き込むのはお止めください。リリアも嫌がっております」
ジャック様は一拍置いた後、一番大きな声で言い返そうとしました。
「何を言う!?、リリアは間違いなく私を……」
「……せん」
リリア嬢がつぶやきました。私は聞こえにくかったのですが、リリアは今一度、叫ぶように繰り返しました。
「私はジャック殿下を愛しておりません!」
今度は顔を上げて、はっきりとジャック様に宣言しました。
「私が殿下のおそばにいたのは、不敬を疑われ、何かあったときに家族を巻きこむのが怖かったからです」
リリアの顔色が蒼白になっていて痛々しいです。
「私がリリアから最初にいただいた手紙の内容は『ジャック王子殿下に付きまとわれて、とても困っている』というものでしたわ」
ジャックが顔を真っ青にしていると、国王陛下が壇上に上がってきました。
「マクギネス男爵令嬢からジャックを引き離しなさい」
陛下が命ずると、騎士はすぐに行動に移しました。ジャック様は抵抗することはありませんでした。
保護されたリリア嬢は震えていました。
「マクギネス男爵令嬢を控室に連れて行きなさい」
リリアは騎士の方に連れられて壇上を下りました。すぐに男爵夫妻が彼女のそばにつきました。リリアは安心したようで、少し顔色が戻りました。
「ジャック、お前にはすぐに北の王族領に行ってもらう。卒業に必要な単位は足りていると聞いているので、学園には行かなくてよい」
「父上、急な視察は先方も困るのでは?」
「お前は王にふさわしくない。マクギネス男爵令嬢を追いかけ続け、ストラバール公爵令嬢をないがしろにした。お前の側近たちからも失望の声が上がっているぞ」
どう考えても視察ではないでしょう。ジャック様もようやく気付いたのか、私に助けを求めました。
「メラニー、何とかしろ!」
「私は王命に反することはできませんわ。元々、ジャック様との婚約も王家からの打診でしたもの」
「ストラバール公爵令嬢との婚約も破棄だな。北の領土はもうお前の受け入れ準備ができている。あとは、婚約破棄の手続きを速やかに終わらせるだけだ。ジャック、お前の有責でな」
ジャック様は「待ってくれ」などと言っていましたが、命令を受けた騎士たちに無理やり連れられて、会場を後にしました。
*
次の日にはジャック様との婚約を正式に破棄しました。それに合わせて、侯爵家や伯爵家の次男や三男坊とのお見合いの釣書がたくさん来ています。公爵家にふさわしいかは父上に精査をお願いしますが、出会いに困ることは無いでしょう。
ジャック様は私と会うことなく、速やかに北の王族領に行きました。事実上の追放ですね。かつては鉱山があったそうですが、今は何もなく、冬は雪に閉ざされるそうです。逃亡も難しいでしょうね。もう王都に帰ってくることはありません。
側近の方々もお咎めは無し、と言いたいところですが、王子を止められなかったとして、悪い噂が立っています。そこは噂が収まるのを待つしかありません。まぁ、王子を止めるのは、どれだけ賢い人でも難しいでしょうね。
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後日、私はリリアを公爵家に招き、お茶会をしました。
リリアはシンプルなドレスで参加しました。夜会とのギャップが大きいですが、とても似合っております。
「申し訳ありません。このような服しか準備できなくて」
「構いませんわ。私と2人ですもの。リリアと初めてゆっくり話すことができて嬉しいですわ」
リリアは笑顔で近況を話しました。
「私は半年後に子爵様との結婚が決まりました。ジャック王子殿下の妨害があったのですが、元々は幼馴染だったこともあり、何とかなりました。彼に待ってもらえたのも、メラニー様からの手紙があったおかげです」
「いいえ、私も根回しをしましたが、それだけです。リリアの誠実さを知っていたからこそ、彼はあなたを待てたのでしょう。表立って逆らえば、王子の権限でどうとでもできますから、彼も辛かったと思いますよ」
リリアは家族や婚約者を巻き込まないために、よく頑張ったと思います。
「しかし、最初に手紙をいただいたときは驚きましたわ」
「私も、今となってはどうしてあんなことができたのか、わかりません。好きでもない王子に色香を使って近づいた、と思われるのがすごく嫌だったのでしょうね」
リリアは照れたように答えました。
私は彼女の思い切りの良さに好感を持ったのでした。




