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霧生くんを殺さなければいけない

作者: 響ぴあの

「自殺をするなんてダメだよ。危ないことはしないで」

 ようやく今日言えた。

 ずっと言うべきかどうか悩んでいた。

 もし勘違いだったらどうしようと思って、様子を見ていた。

 霧生(きりゅう)くんが自殺をしようとしていることには気づいていた。

 私はいつも断れない性格で、完璧主義なのが災いしたのか、学級委員をやっていたりする。

 別にやりたかったわけでもないけど、断れなかった。

 正義感が強いせいか、なぜか未来ちゃんしかいないよ、なんて言われて、結局引き受けてしまった。

 実は私の前の席に座っている霧生くんの動向は以前から気になっていた。

 一つ目は『自殺をするためにはどうしたらいいのか』という感じの書籍を読んでいるのが見えた。

 几帳面な性格らしく、一心不乱に読んでいた。

 これだけなら、小説のネタか何かのために読んでいると思ったけど、気になることがあった。

 最近霧生くんの名字が変わった。

 これは親の離婚か再婚なのではないかと推測できた。

 霧生くんは以前の名字は間島くんだった。

 霧生くんはやせ型だけど、最近は更に痩せて顔色も悪い。

 悩みがあったり、ご飯があまり食べられない事情があるのかもしれない。

 昼ご飯はせいぜいおにぎり一個。これは大学生、二十歳の男性にしては少ない。


 私は霧生君の動向を秘密裏に探っていた。

 実は、霧生くんらしきアカウントを見つけた。

 彼は友達がいないし、学部の人とアカウントをつなげていなかった。

 書き込みで彼が読んでいる本は今、霧生くんの鞄の中に入っているものと同じだった。

 ある時、自殺に関する書き込みにうちの大学の付近の景色を写した写真を見つけた。

 『まじきり』という書き込み主は間島と霧生を足して二で割った感じのハンドルネームだ。

 これは、ビンゴかもしれないと、裏アカの方からフォローしてみた。

 友達と繋がっている方だと私だと特定されてしまうということを考慮した。

 私の裏アカのハンドルネームは『雷』と書いてライと読む。

 未来という名前のミライからライだけとったものでもある。

 そして、現実世界では空気を読む優等生の私が、地雷を踏む発言をしてみようと名付けてみたのが由来だったりする。雷のほうでは現実とは違う激しい発言や書き込みをしていた。友達に知られたらドン引きされてしまうだろう。今の優等生という肩書はきっとあっという間に消えてしまうだろう。

 雷のほうで、私は自殺志願者のふりをして近づいた。

【楽に逝ける何かいい方法はない?】

【薬は大量に飲まないと死ねないから、簡単に死ねないよ。今方法を探しているんだ】

 見ず知らずの人と簡単に繋がることができるネットの世界。

 これは現実ではなかなかできないことだ。

 雷として私はまじきりと繋がった。

 ネットの世界で彼を止めたいというのが本音だった。

 いい人ぶっているとか正義感が強いと思われるのはごめんだった。

 でも、書き込みで見てしまった。

【そろそろ実行したいと思う。この世から消えるとどんな感じなんだろう】

 やばいと思った。そんな時、彼が大学の屋上の柵を超えて立っている姿を見つけてしまった。

 ここの屋上は立ち入り禁止なのに、鍵の暗証番号は出回っているので、勝手に入る学生がいることも知っていた。

 もしかして、休憩してる? でも、こんなに危ない場所にいたらやっぱり注意しないと。


「自殺をするなんてダメだよ。危ないことはしないで」

 冒頭の会話に繋がる。

「あんた誰だっけ?」

 同じ学部の私の存在を知らないなんて。ましてや高校時代同じクラスだった時に学級委員だった私の存在を知らないなんて。

 なんだか怒りがこみ上げる。高校時代は大学受験の推薦に有利かもしれないと好きでもない学級委員を頑張って完璧にこなしているのに、この人は私の存在をどうでもいいと思っているのだろう。今気づいた。私はみんなから感謝され存在を認められたいから学級委員なんてしていたのだと。そうでなければ、引き受けることはなかったのかもしれない。

 普通は認識しているはずだ。

 なぜ認識すらしていないのだろうか。

 どちらかというと男子からも人気がある私を冷めた目で見ている霧生くんに私という存在を知ってもらいたいと思ってしまった。承認欲求というやつなのだろうか。


「あんたに俺の人生、責任取れるの? 簡単にきれいごとはいくらでも言えるんだよ」

「たしかに、きれいごとかもしれない。でも、私は霧生くんのことを何も知らない。私のことを霧生くんは高校時代同じクラスで大学の学部が同じなのに知らない。だから、知ってからでも遅くないと思うのよ」

 あまりたいした理由を述べることはできなかった。でも、こういう時は勢いが大事だ。

「同じ高校と大学だったっけ? 止めるなら責任取れよ」

 まさか自殺を止めようとして、こんなことになるとは思わなかった。彼に約束させられる。

「自殺を止めるなら、俺を殺してほしい」

「私が殺人をするってこと?」

「無理だろ。だったら俺に関わるな」

 最初から無理だと思って難題を突き付けたらしい。

「いいよ。だから、今日はとりあえず危ないから、こっちに来て」

 ため息をついて、霧生くんはこちらに来た。

 しばらく、屋上で今更ながら自己紹介と会話をした。

「私は同じ学部の新木未来(あらきみらい)

「あんたは俺を殺す義務ができた。止めた責任取れよ」

 初めて話したけど、どうにも偉そうな態度だ。もっと打ちひしがれているとか悩みがあるのかと思っていた。

 自殺しようとする人も、意外と普通なのかと思う。

 よく見ると前髪が長く、あまり表情が見えないタイプだが、顔立ちは整っている事に気づく。

 おとなしそうなのにちょっと高飛車で一匹狼タイプ。


 自殺を止めるためにとりあえず了解したが、彼はどうやって殺すかを問い詰めてくる。

 私はどうやって彼を殺せばいいのだろう。

「どうせ口だけでみんな自分に不利益なことをしないことくらいわかってるよ。いずれ、俺は自分でいい死に方を考えて実行する。今日は予行練習だったから」

「何それ、自殺に予行練習があるの?」

「当然だろ。いかに迷惑をかけずに時間をかけずに遂行するか。コストパフォーマンスとの闘いだからな」

「霧生くんって案外いい人なのかも。人に迷惑をかけない死に方を考えているなんて、なかなかできることじゃないよ」

「そうなのか? 立つ鳥跡を濁さずの精神は一番の要だと思ってたから、色々調べているんだよ」

「そのうち自殺専門家にでもなっちゃうんじゃない? もし、話したくなったら自殺したい理由を教えてよ」

「遺言みたいな感じだな。遺言の書き方も俺は詳しいからな」

「霧生くんって真面目なんだね」

 いつも自分が言われている言葉だった 

 本当は私は嬉しくない言葉だった。

「俺が真面目だと? いい人という言葉も含めて今日初めて言われたな」

「もっと霧生くんのことを知りたい。本人の口から聞いてから、殺したいかな」 

 殺したいなんて不謹慎な言葉を発してしまった。これは成り行き上仕方がない。

 殺すとしても、犯罪者になってしまうから、完全犯罪とか?

 とにかく、説得して長生きしてもらわないと。


「実は霧生くんのことを知らないから、聞かせてよ。何か困っている事とかあるの?」

「中学から高校時代は、悪いことをたくさんして、問題児だった」

「嘘? そんな風には見えないけど」

「大学に入ってから、俺に病気が見つかって、親が離婚したんだ。大学を中退したら母親が泣くから、大学は真面目に生活することにしたんだ」

「病気なの?」

「手術する予定なんだけど、かなり高額な治療費がかかる。母親は稼ぎが少ないし、父親は行方知れず。迷惑かけたくないだろ」

「大学卒業前に手術すると思うけど、生存率がかなり低いんだ。どうせ成功しないなら、お金もかかるし、事故か何かに見せかけて自殺しようって思ってたんだ」

 ちゃんとした理由があったんだ。もっと軽い理由だと思っていた。

 いじめとか両親の離婚とかもっとありきたりな理由を想像していた。

「やっぱり真面目でいい人だね」

「本当の俺を知っている奴なら言わないと思うぞ。さんざん迷惑をかけたから、これ以上親に迷惑かけないようにひっそり死にたかったんだ」

「ちゃんと周囲の人のことを考えてるのはいい人だと思う」

「中学や高校時代のヤンチャのせいで、迷惑をかけたくないと考えるようになったのかもしれないな」

「実は、同じ高校で同じクラスだったのに、霧生くんのことは全然わかってなかったな。最初から真面目だったらそう思わなかった?」

「おまえは真面目そうだよな。息詰まらない?」

「好きで真面目をやっているわけじゃないよ」

 ずっと真面目そうだと言われるのがコンプレクスだった。

 完璧主義な自分も嫌いだった。


「他人が勝手に評価してくるだけだろ。本当のおまえのことも知らないくせにな」

 私がずっと心の奥で思っていたことを代弁してくれた。霧生くんは意外と性格が合うのかもしれない。

「じゃあ、少しでも楽に死ねるように私も調べてみるよ」

「必ず俺を殺してくれよな。どうせ、俺の手術は成功しないから」

「成功したらどうするの?」

「手術後も投薬治療もあるし、お金がかかるんだよ。だから、生きていても不幸なんだ」

「もし、私と友達になってくれたら、全力で円満死亡の方法を考えるよ」

「俺なんかと友達になりたいのか?」

「霧生くんだから友達になりたいんだよ。なんかという言葉は低く見せる言葉だけど、他にも使い方があるんだよ。なんだかという意味でなんか楽しいとか。今、私はなんか楽しいよ」


「なんか」という言葉はひとく曖昧だ。なんか楽しい、とか、なんか似てるな、とか。なんだかという意味もある。

 つまり言葉は使い方次第だったりする。


「友好的に接したことはあまりないから慣れないな。昔はケンカを吹っ掛けられたり、怖がられたりしてたからな」

「でも、死ぬかもしれないなら、その時まで楽しい思い出をつくらなきゃ」

「あんたは前向きだな」

 苦笑いの中に、少し戸惑いと嬉しさがにじむ。

 彼は病気と闘っている。顔色が悪いのも、食欲がないのも、遅刻や休みがちなのも、病気のせいだった。

 霧生くんへの印象はだいぶ変わっていた。


 私は雷として、霧生くんとコンタクトを取ってみる。

【付き合っている人とかいないの?】

【いない。友達はできたけど】

 友達って私のことかな。ちょっと嬉しい。

【いい方法みつかった?】

【友達が俺を殺してくれるらしい】

 これって私が霧生くんを殺すっていう話? 忘れてほしいのに、霧生くんは忘れてないらしい。

【殺人犯になってもらうということ?】

【殺すにも色々な意味があるから】

 意味深な発言だ。でも、未来だということを知られないようにあまり深い質問はできないでいた。

【俺なんかと友達になってくれたことには感謝だな】

 また俺なんかっていうことを言ってる。

【俺なんかって言ってるけど、結構イケてるのかもしれないよ】

 それに対して特に返事はなかった。

 ネット上のつながりは希薄だ。

 正直病気の元不良は私とは別な世界に生きていて、なんかすごいと思った。

 説明はできないけど、自分にないものを持っていて、実は優しい人。

 それって結構イケてるんだと思うけど。


 何回かまじきりと連絡を取っていた。

【最近、好きかもしれないやつがいる。死にたくないかもしれない。でも、死ぬかもしれない。】


 まさか、好きな人が?

 死ぬかもしれないは、手術が失敗したら、かな。


【私も気になる人がいる】

 霧生くんのことだけど、私が未来だとは気づいてない。


【生きてたら、気になる人と幸せになれるかも】

 本人に言われるけど、霧生くんとどうにかなるとは期待していない。霧生くんを好きだという噂になっている女子がいるから、その人のことなんじゃないかと推測する。


 雷として、未来としても霧生くんと連絡を取るようにしていた。優しさに包まれながら時は流れた。でも、私には任務があった。霧生くんを殺すこと。


 その日は、星が輝く夜空だった。ひんやりした温度が皮膚を覆った。


「手術の日程が決まったんだ。その前に検査もあって入院生活が始まるよ。今更だけどあともう少し生きたくなってしまったな」

「私は霧生くんには生きていてほしい。大学を卒業しても、霧生くんとずっと友達でいたいから」

「初めての友達かもしれない。俺、力で支配してたから友達はいなかったんだ。大学に入ってからは病気があって体調も悪かったし」

「私は約束を実行したよ。霧生くんの死にたいという気持ちを殺したから」

 そう、私は殺すという意味について考えた。その結果、自殺願望を殺すという決断をした。

 殺すには、たくさんの意味がある。日本語には同じ言葉でも意味がたくさんある。

 俺なんかという言葉からそれに気づいた。

 私が、殺人をせずにどうやって彼との約束を果たすか。

 言葉を調べてみた。

 命を取るという以外にも意味はあった。


 息を殺す。感情を殺す。声を殺す。勢いを殺す。才能を殺す。素材のうまみを殺す。社会的に殺す。褒め殺す。

 殺すという意味を調べて、霧生くんとの約束を別な形で果たしたかった。嘘はつきたくなかったから。

 ただ生きてとだけ無責任に言いたくなかったから。


 手術を控えた入院前日の夜、私たちは最後の会話になるかもしれないと思いながら、待ち合わせをしていた。

「せっかく生きたとしても、お金がかかっちゃうな」

「私は友達に死んでほしくない。お母さんも生きてほしいと思ってるよ」

「元気になったらたくさん働いて、生きていかなきゃいけないな」

「生きていたら楽しいことがあるはずだよ。私がいたら絶対に楽しいでしょ」

「真面目な女性大学生に少し不真面目になってもらわないといけないかもな」

「たしかに、私のまわりには真面目な人しかいないから、霧生くんしか不真面目を教えてくれる人はいないよ」

「もし、手術が成功したら、友達を辞めないか?」

 思いもよらぬ発言が。まさか、友達失格? そう来るとは思わなかった。ずっと続くと思っていた。

 一瞬こちらを鋭い瞳で見つめられる。ケンカをしていた時は、この目で睨んでいたのかと思う。


「恋人になれ」

「え? なにそれ? 命令口調だし」

「嫌か?」

「嫌じゃないよ。彼女として待ってるから」


 星がきれいな夜で、公園で会話をしたけど、きっと場所はどこでもよかったんだと思う。

 霧生くんと一緒にいられたら、どこでもよかった。

 最後になるかもしれない夜はやけに寂しいような複雑な気持ちになった。

 この夜があったから、私たちは手術を乗り越えられるような気がした。


 その夜、書き込みがあった。

【生きようと思うことにした。もしかしたら、病気で死ぬ可能性もあるけど、彼女ができたから】

【幸せになってください】

 私はそのアカウントを削除した。

 雷としての活動は終わりにしよう。霧生くんを助けることは終了した。本名のほうで連絡を取れる。だから、もう必要はない。


 あれから、一月が経った。

 冬が近づく少し寒い日だった。

 彼が遠くから歩いてくるのが見える。

 もし、私が自殺を止めようとしなかったら――今はなかったかもしれない。

 生存率の低い手術を乗り切って、彼は健康な体を手に入れた。

 まだ万全ではないけど、病気はいずれ完治する。彼は黒いコートを着て手袋をしていた。

 木枯らしの中で、少し痩せた霧生くんはどこか優しそうな表情をしていた。

 足元にイチョウの葉が躍る。木々の葉はほとんど落ちて、道路の上で風が吹くたびに踊っているかのような動きをしていた。

 恋人として初めて再会する。とても緊張する。


「おかえりなさい」

「ただいま」

 視線が合うと、私たちは頬を赤らめた。

 霧生くんは自殺を考えている人の支援をする仕事に就きたいらしい。法律面なのか医療や心理面なのか教育面なのかはまだわからないらしい。うちの学部は様々な職種に就く人がいる。そういう意味では、これから様々な資格を取ることができるシステムが整っている。一口に人を助ける人の職種、業種はバラバラだなぁと思う。言葉と同じで、仕事は色々な意味や側面を持っている。


 私は多分脱優等生になるかもしれない。真面目からの脱却はいい意味でプラスに働くから。私達は根が真面目な者同士。見た目の雰囲気は違えども、中身は案外似ている。


 私たちはマイナスな気持ちを殺すことによって、正式に付き合うことになった。

 殺すことは悪いことではない。殺す対象によっていい言葉に変わるのだから。

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