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終末の歌  作者: 深溪千尋
1/1

プロローグ

1

 彼はある夢を見た。

 大広間の中央に立ち、周囲の壁は大理石でできており、真っ白に輝いていた。高い壁には窓が並んでいた。窓の外からまぶしい日差しが差し込み、精巧な模様が施されたカーペットの上に金色の光の斑点を残していた。

 目をこすりながら、彼はこの広く高い大広間を不思議そうに見回し、背後にある巨大な物体に気付いた。

 それは巨大で冷ややかな光を放つ透明な彫像だった。彫像は八つの角から成り、それぞれが中心から八方向に伸びており、まるで巨大な星のようだった。彫像の上方の窓から射し込む日差しが彫像の中心を照らし、それはまるで巨大な氷の塊のように冷たく透き通って見えた。その光は、まるで大殿全体の光源であるかのように輝いていた。

 彼はこのような彫像について聞いたことがあった。それは、彼と同年代の、両親と一緒に山に上って行商人と取引をする子供たちから聞いたものだった。

 山の麓には「聖殿」と呼ばれる建物があり、その中心にはこのような星の彫像が置かれているという。毎日、朝、昼、夕方の三度、山の麓の人々は聖殿に行き、この星の彫像の周りにひざまずく。時には、祭司と呼ばれる白ひげの老人が星の下で何かを唱えることもあるそうだ。

 山の麓の人々がなぜそんなことをするのか彼は分からなかった。この星の彫像が氷で彫られているとも聞いたことがなかった。

 もしかしたら、これは氷ではなく水晶かもしれない。彼は水晶を見たことがあった。山の中には多くの場所でこの石を掘り出すことができる。母親の話では、山の北側にはもっと多くの水晶があるらしい。山の下から来る人々は、食べ物や物品と山の北側から来た行商人とこの水晶を交換する。その行商人たちのリーダーには、彼と同じくらいの年齢の息子がいた。その子の名前はヌーアで、長い赤い髪をしていた。ヌーアは彼に水晶をくれたことがあった――そういえば、ヌーアは彼にとって唯一の友達だった。山の中で彼が接触できる同年代の子供はほんの数人しかいなかったからだ。その水晶の質感は、目の前の巨大な彫像と全く同じだった。

 彼はゆっくりと前に進み、彫像に触れようとした。しかし突然、彼の足は止まり、伸ばした手はゆっくりと引っ込んだ。彼は自分がなぜ止まったのか分からなかった。もしかしたら、自分はある声を聞いたからかもしれない。

 その声は時折誰かが話しているようでもあり、時折誰かが山の中で静かに歌っているようでもあり、また時折風が谷を吹き抜けるようでもあった。彼はその声が何なのか分からなかった。その声が彼を呼んでいるのかどうかも分からなかった。なぜ自分がここでその声を聞いて立ち止まっているのかも分からなかった。

 突然、彼の頭は勝手に一方に向いた。目の前には大広間の一側の壁があった。彼はその白い大理石の壁に古びた木の扉が嵌め込まれているのを見た。

 彼の足も勝手に動き始め、その木の扉に向かって進んだ。もうその声は聞こえなかった。

 彼は手を挙げ、その扉をそっと押し開けた。

 彼は中に入った。

 彼は猛火に飲み込まれた。叫び声もなく。苦痛もなく。


 目の前には、谷間で炎のように燃える夕焼けが広がっていた。血のように赤い夕日が、ほとんど干あがった小川の向こう側からゆっくりと地下に沈んでいく。

 今はもう夕方のようだ。

 彼は自分が薪を拾っていたはずだと覚えていた。しかし、いつの間にかこの枯れた草地で眠ってしまったらしい。彼は自分のそばに満杯の薪を載せた籠を見た。薪は十分に集められていた。そろそろ家に帰る時だ。

 山道の両側には急な崖がそびえていた。そして前方の崖は次第に低くなり、小さな丘に集まっていた。彼の家は、その小さな丘のすぐ向こう側にあった。

 彼はその丘を登った。ここから、彼の家がはっきりと見える。丘の下にある自分の家を見つめながら、彼は母親が自分の小さな土の家の扉の前で待っているかどうかを確認する。彼は右手に包帯を巻き、掌の奇妙な模様を隠した。母親はこの模様を外に見せることを許さない。

 彼は扉の前に立つ母親を見た。しかし、母親の前にはもう一人、高身長の男が立っていた。彼はその男を知っていた。それは行商人のリーダー、ヌーアの父親だった。母親は、彼ら行商人が今日、山の北側へ帰る予定だと言っていた。彼は母親がその男に何かを言い、手を差し出しているのを見た。その手には確かに何かがあった。

 彼はそれが小さな水晶であることに気づいた。

 それはヌーアが彼に贈ったものだった。

 不満の気持ちが生まれた。それは自分の唯一の友人からの贈り物で、その友人は今日この場所を去る予定。自分はそれをベッドの下にずっと置いていたのに、母さんはどうやってそれを見つけ出したの?そして、なぜ母さんはそれを他人に渡そうとするの?

 彼は、この許可のない取引を止めなければならないと思った。丘を駆け下り、ヌーアの父親が馬に乗って去る前に彼を呼び止めて水晶を取り戻そうとした。

 全力で走り、息が急に荒くなった。彼はまたヌーアの父親が母親に一袋の物を渡し、自分は水晶を握って馬に飛び乗るのを見た。

 もう間に合わなかった。彼は心臓が突然激しく鼓動し始めるのを感じた。彼は荒い息をつき始め、まるで窒息しそうな感覚を覚えた。

 彼の視界がぼやけ、意識も混乱してきた。彼は右手を伸ばし、ヌアの父親を大声で呼び止め、水晶を手に入れようとした。

 しかし、彼は声を出すことができなかった。なぜなら、何かが彼の体から抜け出していくのを感じたからだ。彼は手の包帯の中からまばゆい光が発せられるのを見た。そしてその光の中で、彼はその馬が突然倒れ込むのをぼんやりと見た。

 その直後、彼も山の斜面に倒れ込んだ。


 2

 彼女は逃げ出した。

 昨夜は、従兄の洗礼の日だった。家長である伯母がティストリア家全員をアヤールにつれてきて、洗礼の儀式に参加させた。彼女と父も当然除外されていなかった。

 昨夜、彼女は従兄の退屈な洗礼に付き合い、このアヤールという町全体が聖殿だらけの小さな町で一晩を過ごした。今朝、彼らはついにアヤールを出発し、ヴェ二エールの首都カロームに戻ることになった。しかし、彼女はどうしても、馬車の進行方向が来たときと同じように感じられた。

 道半ばで、伯母が突然車隊全体を停止させた。父の話によると、この場所はクラウヤミカと呼ばれ、彼女の封地であるらしい――もっとも、彼女はそれまで自分の封地に一度も来たことがなかった。ここはアヤールよりもさらに小さく、荒れ果てており、聖殿のような大きな建物もほとんどなかった。伯母は彼らを町に一時的に停留させ、自分は何か用事を済ませに行ったようだった。誰も彼女が何をしに行ったのかは知らなかった。ここには荒れた土の家屋と、草も生えていない山しかないのだから。

 伯母は彼らを「都市議会」と呼ばれる小さな土の家に押し込み、自分は外出した。一家は埃だらけの小さな家に押し込められ、不満を抱えて愚痴をこぼしていた。従兄は暇を持て余し、聖力を使って壁を這うゴキブリを追い詰めていた。

 チャンスだ。

 彼女はこの家にもううんざりだった。この家族には、伯母以外には彼女を気にかける人はいなかった。家族全員が従兄にばかり目を向けて、彼女の両親でさえそうだった。伯父が生きていたころは彼女を可愛がってくれたが、彼が亡くなってからは、家族で彼女に親切なのは伯母と、使い物にならない古い執事だけだった。父も母も、そして叔父や叔母たちも、当然ながら気難しい従兄も、彼女をいじめることしか考えていなかった。彼らは彼女に夜明け前に大聖殿へ行かせて、『天経』のわけのわからない言葉を唱えさせることしか頭になかった。伯母が家にいるときはまだましだったが、彼女がいないときは彼らはまた彼女をいじめ始めた。彼女はもう耐えられなかった。今こそ、この機会を利用して逃げ出す時だった。

 彼女は父に外の空気を吸いに行くと言ったが、父は彼女に無関心で、伯母への愚痴を続けていた。彼女は周囲を見渡し、誰も自分に注意を払っていないことを確認した――みんな愚痴をこぼすか、ゴキブリを捕まえるのに夢中だった。

 彼女はこっそり外に出て、町の裏山に向かった。なぜ山に登るのかはわからなかったが、山の上には何かが彼女を待っているような気がした。

 彼女は後ろを振り返り、誰も追ってこないことを確認して山に登った。

 途中、彼女は山に向かう牛車を見つけた。彼女は牛車の持ち主に、自分はクラウヤミカ侯爵で、この町の領主だと告げた。しかし牛車の持ち主は、六、七歳の小娘の言うことを信じず、彼女を無視した。だんだんと遠ざかる牛車を見つめながら、彼女は意地になって小走りし、こっそりと干し草で満載の牛車に飛び乗り、干し草の下に隠れた。

 この牛車に乗って山の向こうに行けば、もう誰にも捕まらない。彼女はそう考えながら、干し草の中から夕陽に染まる山々を盗み見ていた。

 突然、彼女は遠くの山頂に、人影が浮かび上がっているのを見つけた。それは彼女と同じ年頃の少年で、燃えるような赤い長髪が夕焼けに溶け込んでいた。

 子供の好奇心に駆られた彼女は牛車から飛び降り、十数分かけて山頂にたどり着いた。少年は崖の端に立っていて、年齢に似合わない鋭い目で山下をじっと見つめていた。

 彼女は彼のそばに寄り、同じように崖下を覗き込んだ。そこには、谷間にある山下の家々よりもさらに荒れ果てた小さな土の家が見え、外には一人の男と女が立っていた。

 彼女は隣の少年に向き直り、軽やかに挨拶した。「わたしはカシャ・ティストリア、この地の領主だよ。あなたのは?」

 「ヌーア・ナビア」と彼は冷たい口調で答え、再び山下を見つめ続けた。彼の紅い瞳はまるで氷のように冷たい。

 彼女が自分の高貴な身分を明かしたのに、少年は相変わらず素っ気ない態度だった。彼女は少し腹を立て、さらに話しかけた。「何を見ているの?」

 「私の父親。あそこにいる男である。隣にいる女性はヌートという。彼女には私と同じくらいの息子がいる」と言いながら、彼は腰を下ろした。彼女もそれに倣い、彼の隣に腰を下ろした。彼は彼女に向き直り、相変わらず鋭い目で見つめた。

 「大地聖霊ティストリア家の次女が、こんな辺鄙な場所に何をしに来た?」

 「私のことを知ってるの?」彼女は尋ねた。彼女は、この荒れ地で出会った見知らぬ少年が自分の詳しい身分を知っていることに驚いた。

 「きみがさっき言っただろう、ここはお前の領地だと――みんなここがティストリア家の次女の領地だって知っているのである。それに、私がまだ小さい頃、父親と一緒にきみとお兄さんに会ったことがある。きみはもう忘れてるだろうが――私の父親は行商人である」

 彼女は当然忘れていた。しかし、彼女は深く追及しないことにした。少年が彼女の身分を認識しているだけで、彼女は十分に満足だったからだ。

 突然、少年は少し前のめりになり、崖下を覗き込んだ。

 「来た」

 彼女も同じ方向を見た。彼女は崖下に少年と同じ年頃の少年が二人の大人に向かって走ってくるのを見た。ヌーアの父親は馬に跨がろうとしていた。

 「あれはヒーア・イサーファ・ヌート、ヌートさんの息子である」

 彼女はヒーアという少年を見つめた。その少年は走りながらヌーアの父親に向かって手を伸ばしたが、馬は突然崩れ落ち、少年も崩れ落ち、坂を転がり落ちていった。

 彼女は二人の大人がその少年に駆け寄るのを見た。小さな土の家の扉が開くのを見た。そしてその中から一人の女性が現れるのを見た。彼女はその女性が自分の伯母であることを認識した。伯母は頭を上げて、彼女の方を見た。

 彼は彼女が旧に立ち上がって後ろへ走り出すのを見た。彼女が石に躓いて倒れるのを見た。崖下にいる先代大地の聖霊、また北カローム公爵であるアン・ティストリアが動き出し、山へ向かってくるのを見た。

 北の空にある一番星がキラッと瞬いた。その時、ヌーア・ナビアがふっと立ち上がり、その目つきも虚ろになった。彼は崖下に倒れた少年を見て、そして振り向いて自分の後ろに倒れた少女を見て、口が不自然に動き出した。

 「主の使者たちよ、終末の日は間も無く来る。あなたがたの純潔な魂で、その終末の世界で朽ちることのない詩を歌えよ」

 

 彼は目覚めた。彼は家のベットに寝ていた。


 彼女が目覚めた。彼女は揺れる馬車の中に寝ていた。


 母さんは彼のそばに座っており、彼が目覚めたのを見て、一枚の水晶の塊を持ち上がり、その水晶が微かな光を放っていた。母さんは彼の右手を掴み、微光の中でその掌を見つめた。 


 父は彼女のそばに座っており、彼女が目覚めたのを見たら、彼女を自分の胸に抱いた。彼女は呆然と向こうの席に座って、顔が厳しくなった伯母を見た。

 

 彼は母さんの後ろにある窓の外の、北の真っ暗な夜空を見つめた。


 彼女は伯母の後ろにある窓の外の、北の真っ暗な夜空を見つめた。


 北の真っ暗な夜空の中に、ある明るい星がキラッと瞬いた。

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