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ありふれた恋すら、あなたとは。  作者: よせなべ
第二章『甘いコーヒーと宇治抹茶入り緑茶』
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09『親友襲来』

09『親友襲来』




「誠太くん。今から友達がうちに来るみたいなんだけど。平気?」


 休日のお昼時。リビングのテレビから流れる梅雨入りのニュースを聞きながら、私は対面に座った男の子に声をかける。

 今日も今日とて、母さんと義父さんは家を空けていて、私と誠太くんは二人だけでお昼ご飯を食べていた。休日でも関係なく会社から呼び出されることが多い母さん達だけど、今日は正真正銘休みの日。

 それなのに家にいないのは、二人が朝からデートに出掛けているから。


「いいんじゃない? 今日は父さん達も出掛けてていないし」

 

 一緒に暮らし始めて数か月が経った今も、二人はずーっと幸せそうで、休みの日に二人で外出することも珍しくない。デートの計画を立てている姿は、とても微笑ましくて、見ているだけでも口角が緩んだ。


 ほんの少し前の私は、こんな生活想像もしていなくて。

 確証のない未来が怖くて。失うことばかり考えていたのに、その恐怖心はいつの間にか小さく縮んで、手の届かない遠くにいる。

 

 今はただ、二人のことを見守っていたい。

 そんな風に思えるようになったのは、間違いなく誠太くんのおかげだった。


 母さん達が、水入らずでお出掛け出来ているのも、彼がお家のことを請け負っているからだし、二人の時間を大切にして欲しいという想いが凄く大きいから。


 本当に優しい人だって思う。

 人のことをよく見ていて、その人のために考えを巡らせられる人。

 それが、この二ヶ月間の生活で芽生えた誠太くんの印象だった。


「誠太くんは平気? 騒がしくしちゃうかもしれないけど……」

「平気平気。僕のことは気にしなくていいよ」


 だから、急遽友達が遊びに来ることになっても、彼は嫌がったりせず、快く了承してくれる。私自身確認はしたものの、誠太くんならそう言ってくれるんじゃないかなって思っていて。予想が的中したことに、小さな笑みが溢れてしまった。


「ありがとう。いきなりでごめんね。さっき急に連絡が来て」

「友達って、この間の優衣さん?」

「ううん。違う子。あの時一緒に映画観に行く予定だったーー」

「あぁー。赤点の子か」

「そ、そうそう。みさきっていう子なんだけどね」


 面識がないのに、不名誉な覚えられ方をされているみさき。

 その責任は、間違いなく私にあるのでちょっとだけ申し訳ない。

 本当にごめん。


「その子は再婚のこととか知ってるんだっけ?」

「みさきには全部話してます。誠太くんのこととかも」

「それじゃ、僕が家に居ても平気なんだね」

「うん。あ。あと、優衣にも問い質されて。全部白状しました……」

「あぁー。まぁ。変に誤解されちゃってたし、それが解消されたんなら良し」


 そう言えばあの時は別のことに必死で気付いていなかったけど、よくよく思い返してみたら、優衣が誠太くんを私の彼氏だと勘違いしていた気がする。

 血の繋がりがない私達は顔も全然似ていないし、兄妹に見えないのは仕方がないと思う。だけど、事情を知らない人にはそんな風に見えるんだなぁ。

 

 私達が恋人みたいに。


「……穂花ちゃん?」

「は、はいっ」


 私の名前を呼ぶ誠太くんの声。

 それが至近距離で聞こえてきた驚きで、思わず背筋がぴんと伸びた。

 ふと我に返って顔を上げると、いつの間にか昼食を食べ終えていた誠太くんが私の傍に立って、心配そうに首を傾げている。

 声は耳元で聞こえたような気がしたけど、思ったよりも彼の顔は遠い。


「えっと、リビングは使う?」

「え? あ。ううん。大丈夫だよ。誠太くんは自由にしてて?」

「そっか。でも、ばったり鉢合わせして、気を遣わせちゃっても悪いし。出来るだけ自分の部屋に引き籠っとくよ。勉強は元々するつもりだったから」


 そんな配慮まで考えて、空になった食器をシンクに持っていく彼。

 そのまま後片付けを始めてしまいそうな雰囲気だったので、たまごサンドの最後の一口を慌ててのみ込み、誠太くんの隣りに並ぶ。


 食器洗いは、私の任せられているお仕事なのだ。

 

「そこまで気を遣ってくれなくても、みさきは人見知りしない人だから。誰とでもすぐに仲良くなれる子なの」


 誠太くんを流し台から追いやって、赤色のスポンジに洗剤を垂らす。

 ぎゅぎゅっと握って泡を立て、その泡で食器洗いを始めたら、誠太くんが隣りに椅子を引いてきて、反対向きに腰を下ろした。

 背もたれの部分に腕を乗せて、そこに顎も乗せている。

 

「それなら挨拶しない方が失礼かな」

「挨拶?」

「今後とも穂花ちゃんと仲良くしてねって言いたい」

「そ、そんなことしなくていいよ。恥ずかしいし」

「えぇー。お兄ちゃんっぽくない?」 

「どちらかというとお母さんとかがすることだと思うけど……」

「おぉ。兄貴を超えて、母親になってしまったか。悪くないな」


 何故かしたり顔で頷く誠太くん。

 どうして若干嬉しそうなんだろう。


「なんかやだぁ」

「な、なんでよ?」


 私が顔を顰めて本音を漏らすと、誠太くんが動揺して身構えている。

 なんでと言われたら、直感的にそう思ったからで。「なんでも」と思いついた言葉を返したら、今度は彼の方が眉間に皺を寄せて悩み始めてしまった。


「言い方がキモかったのか……」

 

 それが何だか可笑しくて、彼に見つからないように笑顔を隠す。

 上機嫌な気分で蛇口を捻り、食器に付いた泡を洗い流していると、そのタイミングでインターフォンのベルが鳴った。


「お。お友達が着いたのかな?」

「あ、あれ。思ってたよりも早い……」

「残りはやっとくから。穂花ちゃんが出てあげな」

「うん。ありがとう。誠太くん」


 素早く立ち上がって、流れるように私との立ち位置を代わってくれる彼。

 その行動があまりにも様になっていて、紳士的な優しさに、何故か私の方が恥ずかしさを感じてしまう。それを意識しないように早足で玄関に向かった。

 

 そのままの勢いで、玄関の扉を開く。

 扉の先には、予想通り、私服姿のみさきが立っていて。

 私と目が合うと、にっこり笑って、右手を大きく空に伸ばした。

 

「やっほー!」


 首元にリボンがあしらわれたブラウスにチェック柄のミニスカート。

 学校の制服をもっと女の子らしく、華やかにした服装はとっても可愛くて、彼女のスタイルの良さを際立たせている。


「もう。突然連絡来てびっくりしたよ」

「ごめーん。今日の朝。ママから外出の許可が出て。穂花と遊びたいなーって」


 学校の補習が終わっても厳重な監視の下、自宅学習を課せられていたみさき。

 中間考査の結果に、みさきのお母さんはそれはもうお怒りだったらしいけど、今日になってようやく許しを貰えたみたい。


「ま、まぁ、今日もママにはお勉強会してくるって言ってるんだけどね……」

「えっ。ほ、本当に大丈夫?」


 あれ。まだ許して貰えてないんじゃ……?


「大丈夫! ちょっとだけ勉強すれば嘘にはならないし、その後でアニメ見よっ」

「いいのかなぁ……。でも、二人で遊ぶの久しぶりだもんね。とりあえず入って」

「わーい。穂花の新しいお家にお邪魔するの初めて! お邪魔しまーす!」

「ふふ。ちょっと懐かしい」


 母さんと二人でマンションに住んでいた時に、母さんの帰りが遅い日なんかは、みさきがよく遊びに来てくれて。遅い時間まで私の相手をしてくれた。

 引っ越しをしてからは、そういう機会もなくなっちゃってたけど、環境が変わっても、変わらず会いに来てくれる友達がいて、心が温かくなっていく。


「みさき……」

「ねぇねぇ! 今、お兄さんっているの!?」

「……え?」


 溢れ出してくる思い出に感情が揺れる私とは全く違った理由で興奮しているみさき。言葉に詰まる私には全然興味なくて、ぐいっと身を乗り出してきた彼女は、爛々と光る瞳をあちこちに向けながら、そんなことを尋ねてくる。


 大切な親友に対してこんなこと言いたくないけど、その反応は凄く嫌。

 折角、感動していたところだったのに、何だか恥ずかしい。


「いるけど……。それが、なに?」

「会いたい会いたい! どんな人かずっと気になってたの!」

「もしかしてそっちが本命じゃないよね? 私と遊びたかったのはおまけ?」

「ち、違うよぉ! 穂花と遊びたかったのはホントだから!」

「うーん……。ほんとかなぁ」


 指摘されて、しどろもどろになってみさきが、気まずそうに視線を逸らす。

 そんな彼女にジトーとした視線で追い打ちをかけると、みさきはいじけるように頬を膨らませた。

    

「だって、優衣だけお兄さんに会ってるのずるいもん。私だってお話したい!」

「ずるいなんて言われても……。たまたま居合わせちゃっただけなのに」

「親友の私には絶対紹介すべきだよ! 減るもんじゃないんだしっ」

「えぇー……。んー……」


 彼女の主張は腑に落ちないけど、どうしても引き合わせたくない訳ではないし、誠太くんも挨拶がしたいと言っていたから、みさきを連れてリビングに戻る。

 リビングでは後片付けを済ませた誠太くんが、冷蔵庫からオレンジジュースの紙パックを取り出しているところで、その背中を見つけたみさきが「あっ」と大きな声を漏らした。

 

「うん?」

「こんにちは! 穂花と大親友の佃みさきですっ!」

「おぉ。元気だね。僕は兄の加持誠太です。妹がいつもお世話になってます」

「えぇ~、お世話だなんてそんなぁー。それ程でもないですよぉ!」

「……むぅ」


 私が仲を取り持つ必要もなく、スマートに挨拶を済ませる二人。

 でも、その会話の中に一つ間違いがあったので、誠太くんが誤解してしまわないようにちゃんと訂正しておかなきゃいけない。


「私の方がみさきのお世話してるからね?」

「穂花のお姉ちゃんは私だと言っても過言じゃないくらいだよ!」

「う、うん……? どっち?」 


 全く正反対の主張をする私達に誠太くんが困惑している。

 みさきとは初対面なんだから、私のことを信じて欲しい。


「……誠太くんはどっちだと思う?」

「この答えでお兄さんが穂花をどれだけ理解してるのか分かっちゃうかも?」

「えっ。急に重い……」

「みさき。適当なこと言わなくていいから」

「シンキングタイムしゅーりょー! それではお兄さん。答えをどうぞ!」


 握り拳をマイクに見立てて、誠太くんに差し出すみさき。

 唐突に言い合いを始めた二人に詰められて、珍しく困り顔を浮かべた彼は、一瞬だけ視線を宙に彷徨わせると、

 

「どっちがとかなくて。気付かない時でも。お互いに支え合っているものだよ」


 私とみさき。両方に配慮した言葉を告げた。

 それは確かにそうだと思うけど、全然耳には入ってこない。

 誠太くん自身実感がなさそうな表情をして顔を背けると、私にしか聞こえないくらいの小さい声で「……たぶん」と漏らしている。


 今日くらいは、私に加勢してくれてもいいのに。 


「わ~お。何か詩的!」


 無言の私とは対照的に、感心した様子でみさきが頷く。

 表情は未だ彼への好奇心で満ちていて。

 今度は、彼女の質問攻めが始まった。


「お兄さんモテそうですね! 彼女とかっているんですか?」

「みさき!? いきなり何聞いてるのっ!?」

「いないよ。全然モテもしないんだ」

「誠太くんも答えなくていいから!」

「いやぁ。質問されたからさ」


 初対面でどうしてそこまで踏み込めるんだろう。

 みさきの胆力に私の方がびっくりしてしまう。


 誠太くんも普通の会話みたいに答えていて、取り乱したりしないところに余裕を感じた。居てもおかしくないと思える雰囲気があって、何だか怪しい。


「いないんだー。よかったら私の友達紹介しましょうか?」

「いやいや。気を遣って貰わなくて大丈夫だよ」

「そうですか。……もしかして片思い中とか?」

「……今は受験で忙しくてね。そういうことに割く時間がないかなぁ」

「あぁー! なるほどです。勉強大変そー」


 合点がいったとばかりにみさきが大袈裟に手を叩く。

 でも、その行動とは裏腹に、みさきの瞳はあんまり笑っていなかった。

 

「初めましてで質問攻めにしないの」


 止めないと喋り続けそうな彼女を制して、私の方に身体を寄せる。

 私に向かって口を尖らせたみさきは、いつも通りの表情をしていた。


「えぇー。まだ聞きたいことあったのにぃー」

「いいから私の部屋に行くよ。早くしないと勉強教えてあげないからね」

「ちぇー。穂花のけちんぼー」

「二階の奥の部屋がそうだから。先に行ってて!」

「はぁーい」


 拗ねるみさきをリビングから追い出して、誠太くんに振り返る。

 私達のやり取りを見ていた彼は、ほっとした笑顔を浮かべていた。

 

「仲良しだね」

「そ、そうかな……?」

「穂花ちゃんの素っ気ない感じが、仲良しの証なのかなって」

「……うん。一番の友達だから」

「いいね。みさきさんはいつもあんな感じなの?」

「今日は特に元気かも。いきなり騒がしくしてごめんね?」

「全然。ああいう明るい子は見てて面白いし」

「……そういう子が好きなんだ」

「え?」

「な、なんでもないっ! 私も部屋行くね」


 みさきの質問が頭に残っていたせいで、無意識に変な質問をしてしまった。

 頭で反芻する前になかったことにしたくて、早足で背中を向けると、私が逃げ出すより寸前に名前を呼ばれて、引き留められる。

  

「これ。飲み物とお菓子持っていきな」

「あ、ありがとう……。そ、それじゃっ」


 まともに目を合わせることもできず、俯き加減にリビングを出て、そそくさと二階に向かう。廊下の奥にある自分の部屋には、先に中に入っていたみさきがベッドに寝転がっていて、勝手に漫画を読んでいた。


「……勉強するんじゃなかったの?」

「先にアニメ見るのも有りなんじゃないかなって」

「楽しいこと先にしたら絶対後で勉強できないでしょ」

「そんなことないよぉ。あ、お菓子っ!」

「せ、誠太くんが食べていいって」

「やったー。……あれ。なんか顔赤くない?」

「……気のせい」


 お菓子の存在に気付いたみさきが、漫画を枕の隣りに置いて、ベッドの上から下りてくる。ふかふかのカーペットに女の子座りで座った彼女は、部屋の中心にある背の低い丸テーブルにお菓子の袋を大胆に開いた。

 サクサクした一口サイズのエビセンを、ぱくぱく頬張る動きは小動物みたいで可愛いらしい。


「お兄さんってあんな感じの人なんだね」

「あんな感じって?」

「優しそうで。紳士的な感じ? 怒ったりすることとかなさそう」

「……うん。へへ」


 誠太くんが褒められたら、不思議と私まで嬉しくなる。

 誠太くんもみさきに良いイメージを持ってくれたみたいだし、よかった。


「でも、まだ分かんないよ?」

「何が?」

「お兄さんは彼女いらないって言ってたけど、私はそんなことないと思うの!」

「誠太くんは見栄なんて張らないと思うけど……」

「いーや! 健全な男の子なら彼女の一人や二人欲しいものだから!」

「二人はやだ……。誠太くんはそんな人じゃありません!」


 ただ、誠太くんに好意を持っている人は学校内にいるかもしれない。

 優しくて、人当たりも良くて、成績優秀。もう辞めちゃったみたいだけど、テニス部に入っていたということは運動も出来る筈で。

 そこに料理上手まで加わってしまう。

 威圧感のない中性的な顔立ちは親しみ易くて、好きな人には凄く刺さりそう。


 欠点として挙げられるのは、朝が弱いことと、地図が読めないことくらい。 

 

 ……もしかして。誠太くんって学校ではモテてるのかな。

 さっきの発言は謙遜で言っただけ?


「あ、そうだっ!」

「な、なに? 急に大きな声出さないで……」

「穂花。私。お手洗いに行きたい!」

「そんな大声で宣言することじゃないでしょ? お手洗いは階段降りた左側」

「行ってきまーす。私のことは探さなくていいからねー?」

「……か、かくれんぼ?」


 明らかにおかしなことを言いながら部屋を出ていくみさき。

 何だろう。凄く嫌な予感がする。


 まさか、誠太くんのところに行った訳じゃないよね?





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