08『三つ目』
08『三つ目』
穂花ちゃんに案内され、ようやく映画館に辿り着けた僕。
座席や時間は予約済みとのことなので、券売機の列に並び、チケットを刷る。
それなりの混雑を予想していたけど、フロア内は然程渋滞しておらず、パンフレットを熱心に読み比べている男性や、ソファに座ってポップコーンを頬張っているカップルと、平日の映画館内は、ゆったりとした空気が満ちていた。
もう少し遅い時間になるとレイトショーが始まるので、ふらっと立ち寄る人も増えてくるんだろう。
「まだもう少し時間あるみたい」
シアターに続く廊下の壁面に用意されたモニターを見て、穂花ちゃんが呟く。
モニターは二台が隣り合って並んでおり、一方には現在上映されている映画の予告映像が、もう片方には各スクリーンの準備状況が表示されていた。
手持ちのチケットに記されているスクリーンの番号は三番。モニターを見て確認すると準備中と書かれているため、まだしばらくは入場できそうにない。
「ほんとだ。時間までどうしようか」
手持無沙汰な時間をどう過ごそうかと、何気なく売店の方に視線を向けようとして、視界の中央にほんのり恥ずかしそうな穂花ちゃんが割り込んでくる。
僕をチラチラ見ながらもじもじしている彼女は、何かを言いたい御様子。
「何かあった?」
「あの。グッズ見に行ってもいい?」
「……ふふっ」
何かと思えばそんなことで。
待ちきれないという彼女の様子に思わず笑ってしまった。
断る理由なんてないので、勿論大きく頷いて見せる。
「そうだね。欲しい物は先に買っとこう」
きっと、何よりも先に見たかった筈だし、僕の方から手で押すようなジェスチャーをして、フロアの隅に作られたグッズコーナーへ彼女を急かす。
そこには当然AllOut以外の商品も並んでいる訳だが、穂花ちゃんはそれらには一切見向きもせず、迷いのない足取りでずんずんと奥の方に進んでいく。
そうして目に入ったAllOutの陳列棚を前にして、彼女は高らかに叫んだ。
「わっ! まだ残ってる!」
それは相当な衝撃だったみたいで、穂花ちゃんの身体が仰け反り、頭頂部が僕の鼻先に迫ってくる。危なく転んでしまいそうだから咄嗟に受け止めようと手を構えるけど、指先が彼女の肩に触れることはなく、どうにか踏み留まってくれた。
体勢を持ち直した穂花ちゃんは光の速さで手を伸ばして、お目当ての物を確保している。隣りに並んで手元を覗くと、東圭吾という、主人公の親友が描かれたミニタオルが大事そうに抱えられていた。どうやら彼女は、東のことが好きらしい。
「……穂花ちゃんは堅実な男が好きなんだね」
「えっ!? ……い、いけない?」
「いや、断然いい。穂花ちゃんは男を見る目がある」
「……えっと。誰目線?」
僕の主張に穂花ちゃんが困惑している。
確かに何様だよと言った感じの物言いだが、彼女との関係を鑑みるとそこまでおかしな発言でもないと思う。何と言ったって僕は彼女の兄貴なのだから。
事実上は疑いようもなく、家族なのである。
「僕は、兄と友達。二つの目線を持ち合わせてる稀有な人間だからね」
「その二つは何か違うの?」
「ううん。一緒。穂花ちゃんが悪い男に騙されないように目を光らせておく係」
「過保護……。そんなことしてもらわなくて大丈夫です」
良い恰好をしようとでかい顔をしてみたけど、穂花ちゃんから向けられる視線は冷たい。人の恋愛観に首を突っ込むのは、野暮だったかもしれないな。
過干渉な兄は嫌われるみたいだから、そういうところも気を付けなけいと。
「そっか……。嫌か」
「……だって、東くんみたいな人を好きになる予定なので」
「お、おぉー。それはもう。絶対にそうした方がいいよ」
「だから、安心してくださいね?」
「問題は、現実にあんな完璧な人がいるかどうかだけど……」
東圭吾という男は優しく、気配りができ、文武両道で甲斐性もある。人として完成された人間だった。しかも、それでいて謙虚で、人の悪口も絶対に言わない。
恋人にするなら理想的だと言っていい。
僕も、友達になりたいくらいである。
「まるで欠点がない。強いて言うならメンタルが弱いくらい?」
「それも欠点じゃないよ! ダメなところは、少しくらいあって欲しいもん」
「……んん? 急にダメ男に引っ掛かりそうな発言してないか?」
「違うよ。何でも卒なく熟せる人のちょっと不器用なところって。良いでしょ?」
「ギャップ萌えってヤツ?」
「そう! 可愛い! ってなる!」
主張激しめに穂花ちゃんが腕を振る。
巷でよく耳にする言葉だが、それが一体どういうプロセスを経て発生するのかは甚だ疑問で。あまりよく分かっていない。きっと、僕にはない感情なんだろう。
「へぇー……。あんまり分かんないんだよな。そういうの」
「さっきの道に迷ってる誠太くんも可愛かったよ?」
「全く嬉しくない……」
「えぇー。褒め言葉なのにー」
「にっこにこだなぁ……。なんか、悪戯心が芽生えてないか?」
「そんなことないよー?」
惚けた表情で視線を逸らして、わざとらしく小首を傾げる。
これは完全に分かっててやっている顔だ。
「くそっ……。許せねぇ。いつか倍返しでやり返してやるからな」
「うわっ! 口悪くなってる!」
「いくら穂花ちゃんでも抑えられねぇよ……」
苛められ、とても歯がゆく悔しい。
今の僕は目付きも相当悪くなっていると筈なのだが、穂花ちゃんはそれすらも楽しんでいて、きゃっきゃっと無邪気にはしゃいでいる。
仲良くなれている感じはあれど、その代償に侮られてしまったかもしれない。
それで困ることがないとはいえ、少々複雑な心情だ。
「ふふふ。まぁまぁ。そう怒らずに。誠太くんは何も買わないの?」
何とも言うことができない僕を宥めながら、彼女がさくっと話題を変える。
その引き際も絶妙で、悪意がないことは伝わってくるので、何だか狡い。
「こういうグッズ買ったことないけど。折角だし。記念に何か買おうかな」
「……お揃いにする?」
「お揃い? ……しようか」
魅力的な提案に、一瞬で機嫌が直ってしまう僕。
もしかしなくても、年下の女の子に手綱を握られてしまっていた。
「それじゃ、一緒に買ってくるね」
「え?」
そう当たり前のように言って、ぷんぷというロイヤルペンギンが描かれたマグカップを二つ手に取る穂花ちゃん。
僕が驚いて動揺を声に出すと、彼女は柔らかい笑顔で微笑んだ。
「今日付き合ってくれたお礼」
「いやいや。流石に悪いよ」
「大丈夫ですっ! これは日頃のお礼もあるから」
「……お礼なんて要らないんだけどなぁ」
日頃の感謝なんて言われても、別に大したことなんてできてない。
そんな僕が、お小遣いかつかつの彼女に支払いを任せるのは気が引けてしまうけど、ありがとうのやり取りを粗末にするべきじゃないのも確かで。
穂花ちゃんから貰った感謝は、また別の形で彼女に返す。
今回は、そう思うことにした方がいいのかもしれない。
「……分かった。有難くプレゼントして貰おうかな」
「うん! それじゃ買ってくるね!」
軽快な足取りでレジに向かい精算を済ませる穂花ちゃん。
更に一つ増えたレジ袋で手荷物が一杯になった彼女は、それでも満足そうに僕の所へ戻ってくる。それを待って、今度は僕の方から売店の方に指を指した。
「飲み物とかも今の内に買っておこうか」
「あ。い、今のでお小遣いがゼロになっちゃったから……」
「そりゃ、僕が買いますよ。お礼のお礼」
「え。あ、うん。……ありがとう。えへへ」
たった今、くれたモノのお返しをしているだけなのに、彼女はとてもくすぐったそうに笑ってくれる。
そんな表情をしてくれるなら、お礼のし甲斐もあるというものだ。
「ポップコーンも食べる? 映画館ならではだし」
「た、食べたい……。けど、晩御飯食べられるかな?」
「小さいのにして分けようか。飲み物は何がいい?」
「えっと、それじゃ。緑茶がいいな」
「緑茶? ジュースとかじゃなくていいの?」
「うん。お茶が一番好きだから」
「へぇ。意外と渋い趣味をしてるんだね」
それは知らなかった。
身の回りにも、こういった場所でお茶を飲みたがる人は見たことない。
「抹茶も好きで。中学の時は抹茶が飲みたくて茶道部入ってたくらい」
「おぉー。味覚が大人なんだね」
「そ、そうかな? 誠太くんは何にするの?」
「僕は、コーヒーにする」
「えっ! それなら誠太くんの方が大人じゃん!」
「僕はシロップとか牛乳とか砂糖でめちゃめちゃに甘くするよ?」
「あ、あぁ……。それなら私でも飲めそう。誠太くんって甘党なんだ?」
「甘いものは大の好物だね」
「それならね。この近くに美味しいパンケーキ屋さんがあるんだよ?」
「そうなんだ。それじゃ、今度教えてもらおうかな」
「うん!」
会話が弾んでいる内にも売店に並ぶ列は進んで、遂に僕らの番が来る。
改めてメニュー表を覗き、ソフトドリンクの欄を確認すると、宇治抹茶入り緑茶と書かれた大人感三倍増しの商品が記されていた。
明日から、穂花ちゃんを見る目が変わりそう。
これがギャップというやつなのか?
口にするのも初めてだった商品名を店員さんに伝え、あとはコーヒーとポップコーンのSサイズを購入。用意されたカップを受け取り、モニターを再度確認すると、準備中だった文字が開場に変わっていた。
タイミング的にも丁度いいので、入場口の方に穂花ちゃんと向かおうとして、
「あっ……」
映画館の入り口に目を向けていた穂花ちゃんがピタッと硬直した。
何かと思ってそっちを見たら、穂花ちゃんと同じ制服を着た女の子が一人。
僕達の方に向かって歩いてきている。
軽く手を振っている様子を見るに、その子は穂花ちゃんを知っているみたいだ。
「友達?」
「う、うん。そうなんだけど、ここで会うのはちょっと……」
「どうして? あぁ。僕のこと言ってないからか」
「誠太くんのことも言ってない……。でも、それは嫌だからじゃないよ? 元々片親だってことも本当に親しい人にしか言ってなくて。それで……」
「あはは。分かってるよ。僕も再婚のこと知ってるのは学校で二人ぐらいだし」
「そ、そっか。よかった」
「まぁ、適当に合わせるしかないかなぁ」
「……あともう一つあってね。アニメが好きってことも言ってないの」
「あぁー、なるほどね……」
彼女にとって、アニメ好きを人に話すのは抵抗感のあることらしい。
僕を映画に誘ってくれる時も酷く気にしていた様子があったし、所謂オタク趣味と呼ばれる文化が、受け入れられない環境に触れたことがあったのだろう。
僕自身、これまでの学校生活でそういった場面は何度も見てきたし、隠したくなる気持ちは分からなくもない。でも、それだって、馬鹿にする方が悪いと百年以上も前から決まっているのだ。
「穂花じゃん。やっほー」
「や、やっほー」
「あんた彼氏いたんだ?」
スカートの丈を短く、若干化粧もしている風貌の彼女は色恋沙汰に興味津々と言った様子で穂花ちゃんの肩を叩く。
僕達は、そんな華やかな関係ではないけれど、放課後男女で一緒に居たら、そういう風に見えてしまうものなんだんだと思う。
「ち、違うよ。この人は恋人とかじゃなくて、えっと……」
誤解を訂正しようと口を開いても、それっぽい嘘が出て来ない穂花ちゃん。
友達に嘘を吐くのは好んでしたくないだろうし、ここは僕が請け負おう。
「僕は穂花ちゃんの親戚で、加持誠太と言います」
「親戚ぃ? 彼氏じゃないんだ」
「彼氏ではないね」
「なーんだ。つまんないなー。あ。うちは新城優衣っす」
親戚と語るのが、突っ込まれ難い良い塩梅だったと思う。
下手に友達だと言ったら、何処で知り合ったのかとか、友達と言いつつ親密な仲ではないかとか、そういった好奇心に繋がりかねない。
こういう時は、面白味のない関係を提示した方が、何かと都合が良さそうだ。
「君は穂花ちゃんの友達なのかな? いつも穂花がお世話になってます」
「え。社会人? めっちゃちゃんとしてんね? 同じぐらいの歳でしょ?」
「僕は穂花ちゃんの兄みたいなもんだからね。挨拶はちゃんとしておかないと」
「真面目なんすね。その制服青山のだし、進学校に通う優等生ってやつ?」
「それは関係ないと思うよ? あ。ごめん。そろそろ時間だから。僕達はこれで」
しれっと視線だけ動かして、既に知っていたことを確認したように見せる。
これであっさり引いてくれれば、穂花ちゃんの秘密を隠し通せそうだったんだけど、優衣さんの好奇心はまだ尽きていないらしく、簡単には離してくれない。
「何の映画観るの?」
だから、そんな当然の質問も飛んでくる訳で。
「AllOutっていう映画だよ」
ここは正直に本当のことを話すしかなかった。
適当に別のタイトルを言えば、事故が起きる可能性があって。
後日内容を尋ねられた時に穂花ちゃんが苦労しかねない。
彼女がアニメが好きということに理解を示してくれる可能性にも賭けたのだが、残念ながらそれは叶いそうにないみたいだ。
「オールアウト? それって、今予告が流れてるやつ?」
「え? あー、そうだねぇ……」
タイミングが良いのか悪いのか。
モニターの画面には、AllOutの映像が流れている。
穂花ちゃんを一瞥すると明らかに表情が強張っていて、緊張しているのが直接伝わってきた。僕と目が合うと自分の顔付きがどうなっているのか自覚したのか、動揺を隠すように顔を俯かせてしまう。
もう誤魔化すのは無理だから正直に話してしまおうと、そんな風に腹を括れたら楽だったかもしれないけど、そんなことなら頭を悩ませることもない。
「アニメじゃん」
その端的な言葉にどんな意味が含まれるのか。
少なくても関心のない声色に、好意的な解釈は期待できそうになかった。
「お兄さんってオタクなん?」
続く問いに、僕は自分の人生を振り返ってみる。
考えてみると、これまでの人生で若輩者ながら色んなことをやってきた。
水泳に陸上。漫画や料理。テニスと勉強。
あとは将棋。筋トレ。手品。エトセトラ。エトセトラ。
「……我ながらやり過ぎだなぁ」
「は?」
「ううん。なんでもない」
多種多様な趣味にのめり込んで、周りを引かせたことも少なくはなく。
掛けた熱量のことを考えたら、僕も充分にオタクの素質があると言える。
「そうだね。僕はオタクだよ」
軽く胸を張って肯定すると、優衣さんは長い髪を揺らして、顔を顰めた。
「じゃ、穂花はお兄さんの趣味に付き合わされてんだ。かわいそ」
その口振りはアニメ趣味を馬鹿にしているというよりかは、よく知らない世界に友達を巻き込むなという風に僕には聞こえた。
アニメに対しての理解はないけれど、この子に悪意は感じられない。
穂花ちゃんを案じて、その言葉が出てくるのであれば、寧ろ温かみを感じる。
「ごめんね。これきりにするから」
「別に。穂花がいいならいいんだけどさ」
こんなにも優しい子になら、穂花ちゃんもいつか打ち明けられる日がくるかもしれない。でも、今日のところはこれでよかった。
『映画には僕から誘った』、この筋書きで何事もなく終われる筈だ。
「それじゃ。今度こそ僕らは失礼するね」
微かに明るい展望も感じられたことだし、一仕事終えた気持ちでもって、穂花の方に振り返る。不安気だった表情を少しでも拭えていたらいいなと、彼女の顔色を窺おうとして、僕とすれ違うように、穂花ちゃんが一歩前に飛び出した。
「あのね。優衣。……今のは、違うの」
胸に手を当て、地面に向かって投げかけられる声は細く、小さい。
それでも何かを決心した彼女は、伏せた顔を持ち上げた。
その腕の中には、マグカップの入った紙袋が握られている。
「なに? 何のこと?」
「映画に誘ったのは、私なの」
やり直しはできない言葉を、彼女自身が口に出す。
対面した優衣さんは、驚きよりも疑問が勝った表情で穂花ちゃんを訝しむ。
「……穂花にこんな趣味あったっけ?」
「黙っててごめんなさい。笑われると思って。ずっと言えなかった」
「なんそれ……。言えよ」
「……ごめん」
突き放すような冷たい口調。つり上がる切れ長の瞳。
ダウナーな雰囲気から放たれる凄みは、かなりの圧迫感があって、対峙する穂花ちゃんだけでなく、後ろにいた僕まで委縮してしまう。
「うちが馬鹿にすると思ってたって訳?」
「そ、そうじゃないけど。優衣はこういうの興味なさそうだったから……」
言葉尻に向かうほど弱弱しくなっていく言葉。
必死になって取り繕う友達の姿を目の当たりにして、見限るみたいに視線を逸らした優衣さんは、追い打ちをかけるように、殊更強く声を荒げる。
「うちはアニメとか全然見たことないけどさ。友達が好きなら気になるじゃん」
「……え?」
何処かで仲裁しなければいけないかと。
そんな心配をしていたけれど、それは僕の杞憂だったらしい。
口を衝くように零れた言葉は、年相応の、女の子らしいもので。
どこをどう見たって、友達を傷つける形なんてしていない。
「今、なんて……?」
でも、そんな言葉を掛けられるなんて想像もしていなかったから。
噛み砕く迄にしばしの時間が必要で。
瞬きを繰り返して、戸惑うばかりの穂花ちゃんを一先ず宥める。
なんて、時間は存在しない。
優衣さんは彼女を置いてけぼりにしたまま、今度は不満げに唇を尖らせた。
「偶にみさきとこそこそ話してたのそれだろ。二人だけで共有してなんなの?」
「え? え?」
「次からはうちも混ぜてよ」
「……」
「ちょっと! 聞いてんの?」
「う、うん。聞いてる。聞いてるよ」
それは怒りには程遠い、拗ねるという言葉がとても似合う反応で。
勝手に引かれていた線引きに対して、子供のような不満を漏らしている。
「だから、今度おすすめのアニメ教えて」
「っ! うん、分かったっ」
「次は。みさきも呼んで三人で鑑賞会だからね」
「……約束する。すっごく楽しみ」
「ん」
機嫌の直り方も幼い子供のそれだ。
一見冷たい印象を受ける彼女は、友達を想う熱い心があって、仲間外れにされたら寂しいと感じる。普通の女の子だった。
「じゃ、うちはこれで。邪魔したね。彼氏さん」
「あ、あぁ……。って。僕は穂花ちゃんの彼氏ではないんだけど……」
「嘘吐いてたじゃん。うちはまだ信用してないから」
「……」
「穂花には、また学校で追及しとくんで。ほんじゃ、ばいばーい」
そう一方的に言い残し、左手をひらひら振りながら、窓口の方に歩いていく優衣さん。その遠ざかっていく背中が格好良く見えるのは、この短い時間の中で、僕が彼女の人間性に感化されてしまったからかな。
「凄い子だったなぁ……」
何にせよ。パワフルな子だったことには間違いない。
「き、緊張したぁ……」
僕の隣りでは、穂花ちゃんが大きなため息を吐き出していた。
秘密を打ち明けることは、かなりの勇気が必要だっただろうし無理もない。
その疲労感は、彼女が頑張った証だ。
「お疲れさま。僕の出る幕じゃなかったみたいだね」
「ううん。私が話せたのは誠太くんのおかげ。初め何も言えなくてごめんなさい」
「全く問題ないよ。それにしても、どうして打ち明けることにしたんだ?」
それは、ひょっとすると優衣さんの優しさに触発されたからかと思ったが、
「誠太くんが悪く言われるのが辛くて。申し訳なくて」
彼女はもっと。ずっと。優しい心を持っている。
「……君って子は。僕はそんな柔じゃない。無理しなくたってよかったんだよ?」
「うん。でも……、うじうじしてるところを誠太くんに見られたくなくて」
「その気持ちは……。分からなくはないけどさ」
穂花ちゃんの想いは、僕みたいな格好付けの精神ではないと思う。
でも、仲良くなりたい人に情けない姿は見せたくないのは、僕も同じだ。
「よく頑張ったね」
「……うん」
緊張が収まってきたのか、彼女の声は少し掠れていた。
それでも力強くて、嬉しそうで。
もっと力強い称賛を、彼女に贈りたいと考えてしまう。
だけど、それは言葉で伝えるしかないから。
想いが漏れなく伝わり切るように言葉を尽くそうと、そう思った。