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ありふれた恋すら、あなたとは。  作者: よせなべ
最終章『あなたとサヨナラするまでの日々を』
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47『3月14日 AM 11:00』

47『3月14日 AM 11:00』




「シーボルトは、1796年にドイツで生まれた。大学で医学に加え、解剖学、植物学、薬学などを学んだ彼は、1822年にオランダ領東インド陸軍外科軍医少佐に任じられ……」


 世界史の教科書と参考書を見比べながら、問題集を解いていく。

 朝から勉強を始めて、もう少しで二時間。

 今日はこの後予定もあるし、勉強はひと区切りして、出掛ける準備をしようかなって思っていると、丁度タイミングを見計らったみたいに、傍に置いていた携帯が着信音を鳴らし始めた。


「誠太かな?」

 

 少し前に受験の合格報告を、お世話になった人達に伝えに行くと言って家を出た彼。そのまま待ち合わせ場所に向かうって言ってたけど、何かあったのかな。

 ずっと楽しみにしていた日だから、トラブルに巻き込まれていないといいけど。


「……」


 期待が膨らんじゃっているせいで、些細なことでも不安になる。

 それでも、無視は出来ないから、恐る恐る携帯を手に取って確認してみると、電話の相手は誠太ではなくて、昨日も学校で一緒だったみさきだった。


「みさき……? もしもし。聞こえる?」


 突然の連絡に首を傾げつつ、通話ボタンを押す。

 その瞬間から、ざわざわした物音が電話越しに聞こえてきて、みさきが何処かに出掛けているのが何となく想像できた。


『穂花!? 今平気?』

「うん。大丈夫だけど……?」

『今ね。優衣とカラオケ来てるんだっ! 穂花も来てよー』

「え? あ、えっと……。い、今からはちょっと無理かな……」

『今からはだめ? それじゃ、何時からなら来れる?』

「ご、ごめんっ。今からというか。今日は無理っていうか……」

『えぇー!? なぁんでー!!』

「わっ」


 通話越しにみさきの叫び声が大音量で響いて、私の頭を大きく揺らす。

 思わず携帯を耳から離すと、彼女の恨み言の後ろから、一緒に居るらしい優衣の声も聞こえてきた。


『だから言ったっしょ。穂花は忙しいんだって』

『やだぁ。冬休みくらいから穂花の付き合いが悪いよー』

『それだけ本気ってことじゃん。親友のあんたが分かってあげなくてどうすんの』


 私の代わりになって、みさきを宥めてくれている優衣。

 それでも、みさきが膨れっ面をしている姿は鮮明に想像できて。

 彼女の誘いを断ったのは今回が初めてじゃないから、申し訳なくなってしまう。


「ご、ごめんね。みさき」

『むぅー』

「また今度。私から誘うから。ね?」

『すぐがいい』

「うん。もうすぐ春休みだもん。沢山遊ぼ?」

『でも、春休みは家族旅行行くって。穂花言ってた……』

「三泊四日だから! それ以外の日は予定ないから!」


 悲しそうな口調で拗ねられると罪悪感で胸が苦しかったけど、みさきも何とか納得してくれたみたいで、凄く遠くに感じる声量で、小さく頷いてくれた。


『……分かった』

「ありがとう。ありがとう。この埋め合わせはちゃんとするね」


 姿は見えていないのに頭を下げて、精一杯に感謝の気持ちを伝える。

 そうしたら、私の言葉を聞いて、優衣が通話口に近付いてきたのが分かった。


『穂花さ。最近誰かさんの口癖が移ってるよね?」

「え……?」

『そうやって二回繰り返すの。アニメの影響とかじゃないでしょ?』

「え? え?」

『絶対。お兄さんの影響受けてると思うんだけど」

「そ、そうかな。気のせいじゃない……?」


 突然。そんなことを言われて、ドキッとする。

 でも、特別意識とかしてないし、真似しようとも思ってない。

 あ、あれ? それって無意識ってことで……。

 私の癖にもなっちゃったってことで……。

 

 多分。私の顔。真っ赤になっちゃってると思う。


『まぁ、毎日話してるから仕方ないかー』

「う、うぅ……」


 優衣のクスっと笑うような言い方が、私の羞恥心を刺激する。

 そういうことを言われたら、ますます体温が上がっちゃうのに。


『そう言えば、今日の予定はなんなの?』

「……きょ、今日の予定?」


 まだ寒い日が続いているのに、汗を掻きそうな私。

 そこへ追い打ちをかけてくるみさきの質問が、この流れだと凄く言い辛いけど、ここで変に誤魔化すのは良くないし、みさきには正直に伝えなきゃダメだ。

 

 絶対。揶揄われると思うけど……。


「えっと……。今日は誠太とお出掛けします」

『なっ、なんだってぇ!』

『ふーん。何だかんだで上手くやってんじゃん。……ふふっ』


 再び大きな声で叫ぶみさきに、微笑みを溢す優衣。

 その優しく笑う声がもどかしくって、椅子に座った体勢のまま身体を捩る。

 

『勉強頑張って。好きな人とデートして。充実してますなぁ。ねぇ。みさき』

『ホントだよねー。羨ましくなっちゃうよー』

「あうぅ……」


 ジトッとした言い方に背中がむずむずしてしまう。

 こういう時どう振舞えばいいのか。未だに全然分からない。


『それなのに、まだ伝えてないんでしょ?』

「……うん」

『受験も終わったんだから。ちゃんと言ったら?』


 大学受験に合格した彼は、四月から大学生で。

 今だけは、ゆったりした時間を過ごしているように見えるけど、四月から始まる新生活のために準備しなきゃいけないことは、きっと沢山残っている筈で。


 伝えていいのか。凄く迷う。

 何日か前に、父さん達と真剣に話し合いをしている姿も見てしまったから尚更。

 私がリビングに入ったら慌てていたけど、あの時は何の話をしていたんだろ。 


 引っ越しとか、物件探しのことだったのかな。

 もしかしたら、旅行の時に契約を結ぶつもりなのかも。


『ちゃんと伝えとかないと、大学で彼女作っちゃうかもよ?』

「……いいよ。別に」

『絶対嘘じゃん』

「一年間だけなら」

『なにその都合の良い条件……?』

『え。でも、それってさっ。一年後は私が奪うよってことでしょ? きゃー!』

『あぁ。そういうこと? へぇー。それなら。穂花にしては逞しいじゃん』

「恥ずかしい……」


 勢いで見栄を張っちゃったけど、取り返す自信なんて全然ない。

 もし誠太に彼女ができたら、絶対二人に泣きつくと思う。


『うわぁー。恋バナしたくなってきちゃった』

「私はしたくないかな……」

『なんでそんなこと言うの!』


 二人に悪気はないのかもしれないけど、さっきからずっと息苦しいんだもん。


『カラオケ来てよー。恋バナしよーよ』

「今日はダメだって」

『息抜きも大事なんだよ?』

『それを今からしにいくんでしょ。今日のところは我慢しな』

『むぅ……。今日は何する予定なの?』

「駅前の喫茶店でランチして。映画見て。旅行に着ていく服も見たい……、かな」

『お兄さんに選んで貰うつもりなんだっ』

「そ、そういう訳じゃ……、あるけど」


 全然その通り。

 勢いで嘘吐こうとして、ごめんなさい。


『デートって感じだ~』

「そ、そう? デートっぽい?」

『ふふっ。デートなのは否定しないんだー』

「だって、私は……。そのつもりで服とか選ぶし」

『ふへへっ。素直な穂花は可愛いなぁ!」

「うるさい。……誠太がどう思ってるかは知らないけどね」

『大丈夫だよ。きっと、お兄さんも特別な一日にしようって思ってくれてる』

「……うん」


 そうだったら、本当に嬉しいな。


『一緒に出掛けるの?』

「ううん。誠太は他に用事があって。駅前で待ち合わせ」

『そろそろ出発しなきゃいけない時間?』

「そうだね。十二時に待ち合わせしてるから……」

『それじゃ。可愛くおめかししなきゃだ』

「うん! 頑張るっ」


 髪を編み込んで。

 昨日おやすみする前に、部屋を散らかしながら選んだ服を着て。

 ちょっとだけお化粧もして。


 あれ。まだ全然何も出来てないけど、待ち合わせの時間に間に合うかな。

 急いで準備しないと遅刻しちゃうかも!

 

『じゃ、今日はばいばーい』

「ばいばい。また学校で!」


 お別れの挨拶をして、プチっと通話が切れる。

 賑やかな二人の声が途切れてしまうとちょっとだけ寂しい。

 みさきと優衣とも一杯遊びたいな。

 最近は勉強ばっかりしていたし、沢山構ってもらおう。

 

「よーし。頑張るぞー」

 

 二人が支えてくれるから、もう少しだけ欲張れる。

 そして、いつか。

 あなたが恋をしたいって思える女の子になれたらいいな。


 家族旅行。

 それは、家族四人で過ごすために父さんと母さんが考えてくれたことだけど。


 ーーちょっとだけ。私の我儘を取り入れて貰うんだ。





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