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ありふれた恋すら、あなたとは。  作者: よせなべ
最終章『あなたとサヨナラするまでの日々を』
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46『3月14日 AM 10:15』

最終章『あなたとサヨナラするまでの日々を』

46『3月14日 AM 10:15』




「ほれ。何でも頼んでいいぞ。今日は俺が奢ってやる!」

「そうは言うけどな……。本当にいいのか?」

「合格祝いだよ。遠慮せずに受け取っとけ」

「……分かった。それじゃ、フライドポテトとアイスコーヒーで」

「他は? それだけでいいのか?」

「朝飯食べてきてるからな。気持ちだけで充分なくらいだよ」

「いーや。食っていけ。向こうじゃ気軽に食べられないかもしれないぞ?」

「ポテトは何処でも食べられるだろうけどな。でも……、この店はないかも」


 大学受験の合格発表を受けた五日後の土曜日。

 目先の心配事からも解放され、ようやく羽を伸ばせる時間を手にした僕は、高校生活最後の春休みを思う存分謳歌していた。

 

 今後暫くは朝早くに起きる必要もなく、勉強だってしなくていい。

 ベッドから出るのは昼前で、適当に昼食を食べてから散歩をして、漫画を読んで。テレビを見ながら惰眠を貪っていても許されてしまう。


 そんな夢みたいな生活を過ごしている訳なのだが、今日は朝の九時には目を覚まして、昼食には少し早い時間に、二年間お世話になったバイト先までやってきていた。目的は勿論。ご飯を頂くことではなく、受験結果の報告だ。


 ここで働いている人達には応援もしてもらったし、挨拶するのが礼儀だろう。

 司には先に連絡していたけど、卒業後顔を合わせるのは初めてなので、生のリアクションはさっき見せてもらった。


 店に入った僕の姿を見つけて、すぐに真白い歯を見せてきた司の表情は、思わず釣られてしまう程に溌溂としていて。

 当然嬉しさの方が大きいけれど、照れくさくって敵わない。

 

 僕の出来事を自分のことのように喜んでくれる人ばかりで……、面映ゆいな。


 今は、司に端のテーブル席まで案内されて、二人で向かい合って座っている。


 今日は休日だけど、時間帯もあってか店内はそれ程混み合っておらず、仕事も落ち着いているらしい。だからと言ってサボっていい訳ではないのだが、司は相変わらずの自由人で、三年間クビになっていないのが本当に不思議だった。

 

 まぁ。きっと、何処かで帳尻を合わせているんだろう。

 何だかんだで、マメなところもある奴だ。


「司は、これからもここでバイト続けるのか?」

「おう。今のところ辞めようとは思ってないな」

「そっか。バイトの中では中堅になるからって。あまり迷惑かけるなよ?」

「……なんで俺が煙たがられてるって発想なんだ?」


 県内大学の教育学部に進んだ司は、去年の内に合格が決まっていて。

 卒業後もこうしてバイトを続けている。

 それはどうやら四月になってからも変わらないみたいだ。

 

「違うのか?」

「店長はめっちゃ感謝してくれたって!」

「ほぉーん。……ホントに?」

「あくまでも本人談です。私は辞めてもらってもよかったんですけどね」


 こっちに歩いてくる人の気配を感じて、顔を通路側に向ける。

 僕らが座るテーブル席の前で立ち止まった少女は、バイトの制服に身を包んだ、お仕事中のすーちゃんだった。手にはトレンチが持たれていて、平皿の上に盛られた山盛りのフライドポテトが、その存在を主張している。


「だってさ」

「ったく。当たりが強ぇーんだから」


 すーちゃんからの信頼も相変わらずである司。

 辛辣な言葉を容赦なく浴びせられて可哀想ではあるけれど、実際に司が堪えたようには見えないので、同情する必要はやはりないのかもしれない。


「大学生になるんですから、もう少し真面目に働いて欲しいですね」


 そう小言を漏らしつつ、配膳を済ませた彼女が、司の隣りに腰を下ろす。

 もっと奥に詰めろという睨みを利かせ、先輩を端まで押し込んでしまうすーちゃんと、そんな年下の横暴をへらへらと受け入れる司。


 一見険悪そうに見える二人の関係も、二年続けば流石に堂に入ったもので。

 見慣れたやりとりには、安心感すら覚えてしまう。

 僕の目がおかしくなっていないのなら、二人の口元は笑っているように見えた。

 

「おつかれ。すーちゃん」

「お疲れ様です。冷めない内に食べて下さい」

「ありがとう。頂くよ」


 司が奢ってくれたポテトをつまみつつ、すーちゃんも仲間に加えて話が進む。

 いや、僕はいいんだけど、二人は後で怒られたりしないのだろうか?

 フロアスタッフが二人もここでサボっているけど。


「誠太は一人暮らしの物件見つかったのか?」

「いや? まだ全然。どうしようか悩んでるところ」

「そうだよなぁ。俺もこれを機に家出ようかと思ってたけど、色々欲張ったら中々いいとこが見つかんないんだよなぁー」


 初めての一人暮らし。

 何もかも自由になる生活は一つの夢でもあり、少なくない幻想を抱いてしまう訳だが、そう都合良く条件が揃う筈もなく。

 バイトだけで生計を立てられる訳でもない僕達は、当然選択肢も狭くなる。

 その中で、好条件の物件を探すというのは、中々に骨の折れる作業だろう。


 部屋の広さや間取り。

 風呂とトイレが別かどうか。

 交通アクセスが整っているか。

 日当たりは良好か。

 周辺のお店は。騒音は。治安は。


 考え出したらキリがなくて、実際に現地で見てみないと分からないことも多い。

 県外に引っ越すとなると、それは一層大変さを増す訳で。

 初めての一人暮らしで失敗したくないけど、時間もないというジレンマだ。

 

「これだけは外せない条件ってあるんですか?」

「俺は断然遊び場所が近くに欲しいな」

「僕は大学の近くがいい」

「おまえ……。大学でもまた始業ギリギリまで寝ようとしてるだろ」

「本当に相変わらずですね。それで一人暮らしって大丈夫なんですか?」


 僕の短い言葉で全てを汲み取ってしまう二人。

 呆れた溜息を吐かれると、肩身が狭くて仕方ない。

 そうなると分かっていたからぼやかしたのに。

 

「人生を左右する大事な受験当日も起こしてもらったんでしたっけ?」

「え? ど、どうしてそれを……?」

「どうしてって。当事者の穂花が教えてくれましたよ」

「えっと……。いつの間に連絡先を交換し合う仲になったのか教えてくれる?」


 僕の知る限りだと、二人の面識は一回限りだった筈なのだが。


「あれ。あの子から聞かされてないんですね」

「……」

「ドンマイです」

「くっ……」

 

 何故か勝ち誇った表情をして、僕を挑発してくるすーちゃん。

 ふっと鼻で笑う感じが、何だか非常に腹立たしい。


「ははは! そこ二人で仲良くなってんだ。面白いこともあるもんだなぁ」

「全然面白くねぇよ……」


 自分には関係がないからって、司が吹き出し、露骨に面白がっている。

 この間穂花からすーちゃんの話題が出てきた時の、ハトが豆鉄砲を喰らったような僕の顔を見たら、更に大笑いしていたことだろう。

 

 本当に吃驚して、気が気ではなかった。

 いや。別に。疚しいことはないんだけど。


「……二人はいったい。どんな話をしてるんだ?」


 僕が知らない間に、仲良くなったらしい二人。

 そのことに口出しするつもりはないけれど、僕の把握できない所で話題にされていると分かれば、どうしたって気にはなり、イヤな汗を掻いてしまう。


「女の子の内緒話を聞きたいんですか? 先輩って意外と……」

「ごめんごめん。僕が悪かったよ。言わなくて大丈夫だから」


 こうして探りを入れてみてもはぐらかされる始末で。

 趣味の悪い詮索だと言われたら、追及することも叶わない。

 僕にできるのは、これ以上不甲斐ない話が漏れないよう祈ることだけだ。

 

「今日もこれから二人で出掛ける予定なんでしょ?」

「なにぃ!? そうなのか誠太!?」

「……はぁ」

「デートか!? デートなのか!?」


 これはもうダダ漏れなんだろうなぁ。

 厄介な後輩に弱みを握られてしまったかもしれない。

 あと、司は騒がしいから喋るな。


「目的の半分は買い出しだぞ」

「買い出し? 一人暮らしの?」

「いや、今月家族旅行に行くから。それの」

「家族旅行……。いいじゃん。楽しんで来いよ?」


 僕の家庭事情を知る司は、途端に落ち着きを取り戻して、感慨深く首を振る。

 再婚してから初めての遠出だ。僕も素直に待ち遠しい。


「何処行くんだ?」

「東京」

「東京? 誠太はこの前行ったばかりだろ?」 

「行きはしたけど、観光はしてないからな」


 東京らしいことは何一つとしてしていない。

 穂花は何処かに出掛けていたけど、遊んでいた訳ではないだろうし、東京旅行の話を聞いてからは、何処を観光しようかで、遅くまで母さんと話し込んでいる姿をよく見かける。彼女がはしゃいでいる姿は、何よりも微笑ましかった。


 家族旅行の話は、両親の間で前々から計画されていたことらしい。

 家族四人で過ごす団欒も、中々取れていなかったし、四人での思い出が作れるように、忙しい仕事の合間を縫って、考えてくれていたんだと思う。


「それに、僕が暮らすことになる場所を見たいんだってさ」

「そうか。良い旅行になりそうだな」

「ああ。そのために今日は色々と買い揃えておかなきゃいけないんだ」

「でも、旅行の買い出しは目的の半分なんですよね?」

「……へ?」

「ん? あぁ。確かにそう言ってたな」

「じゃ。もう半分はなんですか?」

「おぉー。それは俺も気になるなぁ」


 話が纏まりかけていたのに、すーちゃんが追加の薪をくべてくる。

 それを聞いた司も、再び揶揄いモードになってしまった。


「……日頃のお礼をするだけだよ」

「ほへぇー」

「ふぅーん」

「うぜぇ……」


 あまりにも露骨な冷やかしが鬱陶しい。

 僕の本音を分かっているなら、わざと明言させようとしないでくれ。


「意識しちゃってるところがもうなぁ」

「煮え切らないのが実に先輩らしいです」

「その単語すらも言えないとか」

「お可愛いらしいことですねー」

「本気でうるせぇ……」


 ここまで言いたい放題なことがあっていいのか。

 ただ、まぁ……、図星であることも事実で。

 言い訳を晒したら、自分の情けなさを体現することになりそうだった。

 そうなる前に撤退したいところではあるけれど、それでは今までと変わらない。


「いいだろ。買い出しでも、デートでも」

「ああ。どっちでも構わないさ。それで? おまえにとってはどっちなんだ?」

「………………デートだよ」


 今日は、遠いホテルで交わした約束を果たす日だ。

 特別な一日だ。

 

「……」

「……」

「急に黙るなよ……」


 覚悟を決めて絞り出したのに反応が少しも返ってこない。

 長い沈黙に晒されると、冷やかされるよりも居た堪れない空気が満ちて、身体中の穴という穴から、蒸気が吹き出しそうになってしまう。


「変わったな。誠太」


 そして、ようやくもたらされた言葉は、生暖かく、微かな痒みが生じるもので。

 耐え難い気まずさに目を逸らせば、小さく微笑むすーちゃんと目が合った。

  

 彼女に笑いかけられると、折り曲げた背筋も自然と伸びる。

 

 半端なままでいてはいけない。


「……まだ変わる途中さ」


 その先を目指すために、もっと頑張らなければいけなくて。

 明確に僕に足りていないのは、想いを伝える言葉だろう。


「それじゃ行くよ。長居しても悪いし」


 待ち合わせの時間にはまだ早く、この時間を自ら手放すのは名残惜しい。

 許されるのならここでいつまでも駄弁っていたいところだけど、厨房から顔を覗かせている店長に、そろそろ怒られてしまいそうだから。


 報告したかったこと以上の気持ちまで伝えることができたし、お邪魔するのはここまでにしておこう。


 今生の別れじゃない。

 会いたいと思えば、また会える。


「達者でな」

「ああ。二人も」

 

 そう言ってから席を立ち、店を出る。

 穂花と待ち合わせしている商店街へ向かうために、駅の方へと歩き始めて、


「誠太先輩!」


 僕の背中に、すーちゃんの声が投げかけられた。


「……すーちゃん」

「さっき言い忘れていたので」


 振り返れば、胸に手を当てた彼女がいて、蹴上の低い階段を一歩ずつ下りてくる。そうして、僕の正面に立ったすーちゃんは、控えめに頭を下げてから、噛み締めるように言葉を紡いだ。

 

「合格おめでとうございます」


 普段から希薄な表情を更に硬く強張らせた彼女は、僅かな緊張感を纏っていて。

 今だけは、何も取り繕うべきではないと、そう思った。


「ありがとう。……すーちゃんにも色々迷惑かけたな」

「あなたに自覚があったとは思いませんでした」

「ははっ……。耳が痛いよ」


 色んなことがあって。

 想いが足りないことも。言葉が足りなかったこともあった。


 僕が彼女に与えた影響が良いものだったとは自信を持って言えない。

 

「ごめんなさい。最後まで意地悪をしてしまって」

「……」

「でも、これからの先輩の旅路を、私は応援していますから」


 それでも、彼女は笑ってくれた。

 その笑顔が淡く輝いて、目が眩む。


「頑張るよ。その期待に応えられるように」

「はい。だから、穂花のこと。泣かせないでくださいね」

「……うん」


 いったいこの子は、どこまで知っているんだろう。

 僕の気持ちも。穂花の気持ちも。全て知っているのだとしたら。


「僕に出来ることは全部するって決めてるから」

「……そう、ですか。それなら。あなたの言葉を信じます」


 いつか。君の心も話してくれないだろうか。


 今度こそ聞き逃したりしないから。

 

「さようなら。あなたのこと。誰よりも尊敬してました」


 痛みに耐える表情をして、それを隠すようにはにかむ君と、別れを済ます。


「また沢山話をしよう。穂花も司も一緒に。語り切れなかった色んなことを」


 かけがえのない。未来の約束を交わして。


「穂花。宮上さんのこと嫌ってますけど大丈夫ですか?」

「えっ? そうなの?」





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