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ありふれた恋すら、あなたとは。  作者: よせなべ
第四章『祭りの始まり』
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26『季節を終えて』

26『季節を終えて』




 炎の爆ぜる音が聞こえる。


 グランドに準備されたキャンプファイヤーは轟轟と燃え上がり、その周辺を沢山の学生達が囲んでいた。殆どの生徒は制服に着替えているけど、一部の生徒は文化祭の衣装のまま顔を出していて、お化けの姿も見えるし、小奇麗な執事もいる。


 執事は恐らく、うちのクラスメイトだな。

 後夜祭に参加するのは構わないが、後始末は終わらせているのだろうか。

 執事服は借り物だから、文化祭が終わった後はすぐに着替えて、一か所にまとめておくという話が出ていた筈だけど。後で怒られても知らないぞ。


「……まぁ、僕が人のことを言える立場じゃないな」


 僕も今は仕事をサボっているところだし、今回は見なかったことにしておこう。

 注意するにしても、ここから声を飛ばすのは骨が折れる。


 姿は見えても、誰であるかまでは判別できない。

 旧校舎の屋上からでは、相当声を張り上げないと気付いてもらえないだろう。

 どうせ、その内クラスの誰かに見つかって強制的に連れ戻される。


 文化祭は、様々な準備の甲斐あって、大きなトラブルもなく閉会式を迎えることができた。僕の実行委員としての仕事も、旧校舎の見回りを終えればお役御免。

 一か月ほど続いた忙しい日々も、ようやく落ち着いてくれる。


 この一か月間は、時間の流れも随分早く感じた。


 実行委員に推薦された当初は、受験との二足の草鞋に勘弁してくれと思っていたけど、グランドに広がる笑顔を見たら、やり切ってよかったと素直に思う。


「みんな楽しそうだ」

 

 その内、グランドのスピーカーから子気味の良い音楽が流れ始めた。

 有名なフォークダンスの代表曲は、聞き馴染みがあって、空気を和やかに変えてくれる。

 

 そうすると、とある者は好きな人の手を引いて、出鱈目なステップを踏み。

 またある者は、申し訳程度に用意されたお立ち台の上に立って、大切な人への思いの丈を、僕の所にまで届くほどの大声で叫んでいた。


 あの中に、お茶会の後に声を掛けてきた女の子もいるんだろう。

 告白したいクラスメイトの友達がいると、そう言っていたから。


「……うん」


 想いと想いが結ばれていく。

 きっと、そうなるばかりではないだろうけど、どんな結果になろうと、誰かを想う気持ちは、人工光にも負けない星のように輝いている筈だ。


「綺麗だなぁ」


 視界に収まる景色に、思わずそう呟いた。


 空に浮かぶ寂しそうな三日月も。

 それに寄り添う数え切れない星々も。

 高く高く何処までも昇ろうとする真っ赤な炎も。


 浮世離れした格好の生徒達がステップを踏む姿は、何処か幻想的で。

 全部引っ括めて、その光景は演劇のワンシーンみたいだった。


「穂花ちゃんにも見せてあげたかったな」


 彼女が同じ高校に通っていたら。

 そう想うのは、今日で何度目のことだろう。


「……さむ」


 障害物のない旧校舎の屋上には、酷く冷たい風が吹き抜けていて、吐き出す息を白く染める。指先も悴む程に冷えているから、ここに留まって、かなりの時間が経っていたらしい。


 旧校舎の見回りは、既に終わっている。

 だから、こんな所に残る理由なんて何もないけど。

 目の前で広がる幸せな空間には、とても混ざれそうにないから。


 もうしばらくここにいよう。

 ここで眺めているだけでも、僕にとっては充分だ。

 そんな風に考えて、手のひらに息を吹きかけようとした、その時。


「うわっ。さみぃーな」


 唐突に屋上の扉が開かれて、よく見知った旧友が姿を現した。

 呼び出してもいないのに。


「……おい。何処から入ってきた」


 旧校舎の昇降口や渡り廊下の扉は施錠を確認している。

 各階の見回りもして、生徒が入り込んでいないことは確認済みだ。

 なのにも関わらず、司は平然と屋上にやってきて、僕の存在に驚くこともない。


 どうやら、何処かの教室に取りつけの悪い窓でもあるらしい。


「おぉー、いい景色だなー」


 学ラン姿の司が、ナイター照明の光が当たる屋上の端まで歩いてくる。

 僕の質問に対しては、無視を決め込むつもりのようだ。

 

「一般の生徒が入ってきていい場所じゃないんだが?」

「こんなとこ誰も見ねぇよ。平気平気」

「はぁ……。見つかって怒られるのは僕なんだぞ」


 暢気に手摺りから身を乗り出す司に溜息を吐きながら、僕も校庭に視線を戻す。

 司の言う通り、キャンプファイヤーを囲む学生達は、炎に、或いは想い人に魅せられていて、誰も寂れた旧校舎の屋上なんて見てやしない。

 こんな所に隠れる物好きがいるなんて、誰も想像できないだろう。

 

「……何か。僕に用があるんじゃないのか?」


 そんなもう一人の物好きに声をかける。

 好き好んで、こんな場所までやってきた理由を。


 どうして、僕の居場所が分かったのかは、聞く必要もない。

 僕がどういう人間であるかは、この男が一番よく分かっている。


「たまには誠太と恋バナでも楽しもうかと思ってさ」

「……あまりにも脈絡のない話だな」

「そうか? そんなことはないだろ?」


 僕の取るに足らない抵抗に、司が小さくほくそ笑む。

 視線を向けてみると、彼の瞳は光を強く吸い込んで、ギラギラと輝いていた。


「みんな。幸せそうじゃんか」

「……そうだな」

「誠太は、あの輪には入らないのか?」

「ああ。ここでいい」

「そうか。でも、あの中には、おまえを探してる子がいるかもしれないぞ」

「いや……。なんでそうなる」

「おまえが可愛い女の子と文化祭を回ってたからさ」

「……」


 人の目というモノは、何処に居てもついて回るもので。

 それは、学校という小さなコミュニティであろうと変わらない。

 

「うちのクラスの奴が言ってたよ」

「なんて?」

「そういうの興味ない奴だと思ってたって」

「……僕のことを何だと思ってるんだ」

「間違ってたのか?」

「ああ。二つ間違えてる」

「ほう。二つとは?」


 僕の主張に司が目を合わせてから首を傾げる。

 その表情が楽し気で、分かっている癖に明言させようとする魂胆が腹立たしい。


「僕は恋愛事に興味がない訳じゃないし、あの子は僕の妹だ」

「ほーん。じゃ、作法室で押し倒してたっていう噂は嘘だったのか」

「ぐはぁっ……。だ、誰から聞いた? 話を広めてる奴は何処のどいつだ」


 幾ら何でも、拡散されるのが早過ぎやしないだろうか。

 

「はっはっは。俺が知らない間に随分大胆になったもんだなぁ。誠太よぉ」

「馬鹿なこと言うな。僕が人前で、そんなこと仕出かす訳ないだろ」

「それじゃ。噂は事実無根の嘘なんだな? 茶道部の子から聞いたんだけど」

「………………足が痺れて転んだだけだ」

「だっせ」

「うるさい。ぶん殴るぞ」


 癇に障る司に握り拳を作って見せる。

 それでも、こいつに懲りた様子は微塵もなく、けらけらと笑っていた。


「戻ったら色々聞かれるのか。……面倒だな」

「いいじゃん。彼女って答えれば」

「……躊躇いもなく嘘を勧めるな」

「誰も疑わないだろうし、女避けにも使えると思うぞ」

「僕は司と違って複数の女子に迫られて、身の危険を感じたりはしてない」

「でも、面倒臭いだろ。気のない女子に言い寄られるのも」

「……おまえの中で僕は、そんなに評価が高いのか?」


 認識が突飛過ぎて、話が嚙み合っている気がしない。

 司が自分の自慢話をしているのかという錯覚さえ芽生えてきた。


「告白なんて、されたこともない」


 脱線していく話を軽くいなして、司から視線を外す。

 僕は、そのまま淡白に話を打ち切ろうとして、

 

「それは、誠太が距離取るからじゃねーの?」

 

 そうはさせまいとした司が、僕の懐に大きく一歩踏み込んできた。


「……」


 その認識は誤解だと。

 一言で否定することができない僕は、冷たい人間なんだろう。


「いい加減。あの輪に入る覚悟を決めろ」

「そんなのは……」

「傷付く覚悟も。傷付ける覚悟も。おまえは持たなきゃいけないんだ」

「……。司は馬鹿だな。それが出来ないから。こんな馬鹿みたいに冷たい場所で、逃げ隠れているんだろ」


 旧校舎の見回りなんて厄介事を自分から引き受けて。

 息を殺している理由など他にない。


「こんな苦行に耐えるよりもずっと簡単なことだろうが」

「おまえとは何もかも違う僕に、勝手な常識を当て嵌めるな」

「ううわっ。言い訳の仕方が滅茶苦茶うぜぇ」

「……頼んでもない説教をしてくる方がよっぽど腹立つ」


 耳が痛くなってしまうから、少しは手加減をしてくれ。


「はぁー。昔からホントに変わんねぇなぁ。何にも変わってない」

「失望したような声を出すな。……今は、効くから」

「その痛みに向き合えよ。尻尾巻いて逃げるんじゃねえ」


 それでも、司は止まらない。

 今日こそ仕留めるという気迫を持って、僕の喉元に鋭利なナイフを突き立てる。


「……傷付けた相手に。何をすればいいんだよ」

 

 僕が向き合わなくちゃいけない相手は、きっと、一人だけではないんだろう。

 これまでにも、僕に信頼や好感を寄せてくれた人はいて。

 僕は、その想いを決して受け入れることはしなかった。


 そんな僕に、言い知れない怒りや悲しみを覚えた人も。

 あまりに面倒で、見限った人もいた筈だ。


 それは、僕が受け入れなければいけない当然の責任で。

 僕が、誰かに認められてはいけない何よりの証明だった。


 手を繋ぐ勇気もない僕に、誰かを幸せにすることなど出来やしない。


「何をするべきかは、誠太が自分で考えなくちゃいけないことだ」

「考えて考えて。……諦めるって選択をしてきたんだけどな」

「そんなもんは考えてるなんて言わねーよ。烏滸がましいわ」

「……そうかい」


 近付けば近付く程に、僕はその関係が恐ろしくなる。

 だから、付かず離れずの関係が楽で。

 その関わり方が、一番傷を生み出さない方法だと思って生きてきた。


 この傷口が癒えるまで。

 あの日を忘れさせてくれるまで。


 一人で生きて行こうと。そう決めていたのに。

 何の拍子で、こんなにも近付いてしまったのか。


「でも。僕もさ。……あの子には、いつも笑っていて欲しいと思うんだ」


 それは、きっと、ありふれた出会い方をしなかったから。

 

 僕達は、血の繋がりを持たない兄妹として出会って。

 重ねてきた思い出も、家族だからと思い合う愛着すらもなく、進み始めた。

 そんな異質な関係性の、適切な距離感なんか分かる訳がなくて。


 だから、見誤ってしまった。

 あの子が笑いかけてくれる場所にいたいと思ってしまった。

 

 温かくて、優しい君との時間を、手放したくなかったんだ。


「それは、兄貴だからか?」

「……僕自身が。そうしたいって思ってるよ」


 惹かれ続ける心は、唸り声を上げている。

 犯した過去の決断に突き刺さった牙は、焼けるような痛みを放っていた。


「格好付けてたら、あの子にはちゃんと伝わらないぞ」

「もう目も当てられないくらい醜態晒してる」


 間違えたまま始まった僕の物語。

 取り返すことは出来ないと諦めていた僕が、もう一度だけ未来を想う。

 複雑な関係の下、面倒な考え方で持って。

 見つけよう。この気持ちの、後悔しない終着点を。


「泣かしたら、俺が貰いにいくからな」

「近付くんじゃない。おまえにだけは絶対にやらん」

「置いていく癖によく言うぜ。あぁ。その頃が狙い目なのかもなぁー」

「……分かり易い挑発をしてくんな。鬱陶しい」

「なら、さっさと答えを出すこった。のろのろしてっからケツ叩いてやってんだ」


 亀よりも遅い歩幅で進む僕の背中を、司が思い切り突き飛ばす。

 それぐらいの勢いを付けなきゃ、すぐに立ち止まってしまうから。


「本当に情けない奴だぜ。まったくよぉ」


 口元をニヤリと歪め、最後までヒール役に徹した司が、僕を煽る。

 不甲斐ない僕は、勿論その言葉を否定することはできない。


 だが、それはそれとして、どうしてこいつはこんなにもしてやったりな顔をしているんだろう。自分を棚に上げる訳ではないけど、毎日が忙殺される程の仕事量を押し付けてきたのは、間違いなくこいつである。


「この一月間は、どっかの馬鹿に押し付けられた実行委員の仕事で忙しくてな」

「お、おー……。ま、まったくしっかりしてくれよな! 親友!」

 

 途端に取り乱し始める司は、素早く手摺りから手を離して、僕との距離を開く。

 その危機管理能力があるから、未だに刺されていないんだろう。

 

「あんまり好き勝手言うなよ?」

「やっべ。怒らせちった」


 くぐもった声を出せば、司は一直線に屋上から退散して行き、その姿が完全に見えなくなる。階段を駆け下りていく慌ただしい音も、時期に遠ざかっていった。


「ふぅー」


 再び一人きりになった屋上で、身体の緊張を解すように息を吐く。

 そこで、自分の手が震えていることに気が付いた。


「……あと五か月か」


 改めて見下ろした、グランドの光景は、やはり綺麗で。

 澄んだ空気を目一杯に吸い込むと、一層寒さを痛感する。


 もうすぐ冬が訪れる。

 高校生活最後の、長い長い季節だ。





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