表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ありふれた恋すら、あなたとは。  作者: よせなべ
第四章『祭りの始まり』
25/54

25『告白』

25『告白』




 夕方になると太陽は遠退いて、私の手のひらよりもずっと小さくなっている。

 オレンジ色の優しい光は、雲一つない高い空を、淡い色合いに染め上げていた。

 その景色がとても穏やかで。綺麗で。

 無心になって、見惚れてしまうけど、十月の空模様は瞬きをする度に変わっていき、私の歩くスピードよりも早く、暗い夜空が夕焼けの色を上書きしていく。

 

 足元を通り抜けていく風は冷たさを増して、私の身体を芯から冷やした。

 早くお家に帰って、お風呂で温まりたい。

 そう心から思うのに、どうして私は徒歩で帰ることにしたんだろう。


 ううん。違うね。

 そんなことは、たった今意識し始めただけで。

 この道を歩いていることに特別な理由なんてない。

 

 空っぽの頭で、人混みを避けて歩いていたら。

 気付くと、大きな川を跨ぐ、長い長い道路橋の上にいた。


 この先に進めば、ひっそりと建てられた、ファミリーレストランがある。


 電車で帰るよりは断然時間が掛かってしまうけど、このまま真っ直ぐに歩いていたら、いつか家に着くし、引き返さなくてもいっか。ゆっくり。帰ろう。


 自動車に乗った文化祭帰りの人達が、のろのろ歩く私を一瞬で追い越していく。

 正面からすれ違ったトラックは、一人で歩く私のことを、目が眩むようなライトで照らしてから何処かに行って。真っ白になった視界を閉じると、車の排気音に紛れて、道路橋の足元で流れる川のせせらぎが聞こえたような気がした。

 

 どの存在も、私より大きく感じる。

 改めて目を開いたら、夜の色は一段と濃くなっていて。

 道路橋を渡った先に見える背の高いマンションや、スーパーマーケットには、暗闇を照らし出すような灯りが灯っていた。


 この光が、お家までの道標だ。


 今更だけど、お家がある方向と反対に向かっていなくてよかった。

 これが帰巣本能って呼ばれるものだったとしたら、少しだけくすぐったいな。

 私は意識しなくても、誠太くんとお義父さんが暮らしてきたあの場所を、自分の帰るべき所だって、思えるようになったんだ。


 それくらい。この七か月間は、私にとって大切な毎日だった。


 本当の父親と縁を切って、母さんが仕事に追われるようになってから。

 マンションの狭いリビングで、独りぼっちで過ごす日々を何日も繰り返して。

 凄く凄く。長い時間が経ったと思う。

 

 小学生の時に転校することになって。

 新しい環境に慣れるのはとっても大変で。

 元々引っ込み思案な性格だったから、友達なんて殆どできなくて。

 休みの日も、アニメばかり見ていたっけ。


 格好良いヒーローが、困っている人に手を差し伸べる。

 そんなお話が大好きで。


 私にもそんな人が現れないかなって期待して。

 理想と現実の差が嫌になって、夢見ることを諦めて。


 立ち止まった私を置き去りに、時間だけはどんどん進んで。

 

 最低限に徹して生ようと思ってた。

 周りの空気に合わせて、人の話ばかり聞いて。

 嫌われないように、行儀よく振舞って。

 傷付きたくないから、期待はしないように言い聞かせていた。


 そうやって、自分に呪いをかけて、生きてきたのに。

 それでよかった筈なのに。


 たった一人の男の子のことで、こんなにも胸が苦しくなってしまう。

 涙が溢れそうになってしまう。

 

 心が滅茶苦茶に乱されて、閉じ込めていた感情が、私の全てを蝕んでいく。


 ーー寂しい。


 そんな気持ちを思い出してしまったのは、全部あなたのせいだ。

 

 どんなお話でも会話が弾む人で。

 誰かのため行動ができる人。

 手先が器用だから何でもそつなく熟せて。ご飯は毎日美味しくて。


 尊敬できる所ばかりなのに、何故か地図だけは読めなくて。

 自信満々な表情で道を間違える姿が可愛くて。


 料理の好みが子供っぽかったり。苦いコーヒーを飲めなかったり。

 意外な一面に、彼らしさを感じて。

 優しくて。真面目で。誠実で。

 弱音も吐かずに、目標に向かってひたすら努力できる人。


 だから、沢山の人に慕われるのは仕方ないというか。当然のことで。

 そうじゃなきゃ、周りにいる人の感性を疑ってしまう。

 彼に好意を持つ人が十人や二十人いたって全然驚いたりしない。


 そんな人が私のお兄ちゃんになってくれて、妹の私としては凄く鼻が高い。

 自慢のお兄ちゃんができてよかった。

 なんて、出会った頃だったら、そんな風に思えたのかな。


 今はもう、そんな風には考えられないや。


 何度別の言葉に言い換えても、まったく嵌らない。

 兄妹も。家族も。友達も違う。まして、親戚なんか候補にも出てこない。

 そもそも親戚ってなに? そんな嘘吐くなら、せめて友達でいいじゃんか。


「……っ」


 嘘なんて。そんな方法で誤魔化さなくてもいいじゃん……。


 きっと、この想いは間違ってる。

 あなたとの関係をはき違えた、私の勘違い。

 だから、ずっと目を背けてきて、知らない振りをしてきたけど。


 こんなにも想いが膨らんで、熱くなって。

 爆発してしまいそうになっちゃうのは、あなたのことだけから。


 嬉しいのに、恥ずかしくて。

 悲しいのに、心が落ち着いて。

 苦しいのに、一緒に居たいと思ってしまう。

 

 そんな人は、あなたしかいないから。


 この気持ちは“恋”なんだって、言ってもいいよね。


 遠くに旅立つあなたに。

 お兄ちゃんのあなたに。


「ぁ……、うぁ……ぃ。……っ」


 私は、生まれて初めての恋をした。

 

 どうして、こんな出会い方をしてしまったんだろう。

 好きになっちゃダメなんて、誰からも教えてもらってない。


 私はもっと、ありふれた出会い方をしたかった。


 家が隣り同士の幼馴染でも。

 成績を競い合うクラスメイトでも。

 バイト先で一緒になった先輩でも。


 大学で出会うかもしれない運命の人でも。


 どれでもよかった。


 アニメみたいにキラキラしてなくたっていい。

 最悪な第一印象だったとしてもいい。


 だって、どんな出会い方をしたとしても。


 最後には絶対。あなたのことを好きになるから。


「うぅ……ぁぁ……。……ぁああ」


 太陽は完全に沈み、道路橋の上に、私は一人。

 ぽつりぽつりと灯った街灯は、立ち尽くす私を寂しげに見下ろしている。


 このまま歩いて帰ったら、一時間くらいはかかるのかな。

 それでもいっか。きっと、今日も。彼の帰りは遅いだろうから。

 

 家に着いたら、目一杯喚いて、沢山泣こう。

 貯まっていた涙が、ちゃんと枯れ果てるように。

 報われないこの気持ちが、手の届かない遠くに流れていくように。


「……すんっ」


 風が痛いくらいに冷たくて、手が寂しい。


 もうすぐ冬がやってくる。


 今年の冬は、あの人にとって忙しくて、大変なことばかりだと思うから。

 去年よりも暖かかったら。いいなぁ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ