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ありふれた恋すら、あなたとは。  作者: よせなべ
第四章『祭りの始まり』
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23『嘘の関係』

23『嘘の関係』




「恥ずかしかった……っ!」


 お茶会が終わって、作法室を出た私は、誠太くんを廊下の隅に追いやり、絞り出した声で不満を告げる。私が受けた恥ずかしさが、きちんと彼にも伝わるように、うんと目を細めて怖い顔を作ってみるけど、羞恥心はまだ全然消えていなくて。

 

 誠太くんの真後ろにある窓ガラスには、言葉では説明できない。

 もにょもにょした私の顔が、はっきりと写り込んでいた。


「ご、ごめん……。だけど、責任は半々だと思うんだ……」


 真っ赤になって、しわしわになった私の顔は、どう見ても怒っているようには見えなかったけど、誠太くんは気付いていない様子だったから、肩を落として反省している彼にはバレないように、梅干しみたいになっちゃった自分の顔を揉み解す。


 そんなことに必死になっていたら、聞き逃してしまいそうになったけど。

 今。責任は半分って言った? 私も半分は悪いってこと?

 

「誠太くんがふざけてたのに……」

「ふざけちゃない! 至って真面目だったって!」

「嘘だ。私のこと笑わせようとしてたもん」


 私にも罪を被せようとしてくる誠太くんを咎める。

 私は普通にしていただけで、おかしなことは何もしてない。

 それなのにじっーと見てきて、凄く不自然だった。


「……別に変な顔はしてなかっただろ」


 訂正の言葉にも覇気がなくて。

 滅多に見せてくれない素の雰囲気が、口調の中に現れていた。

 声もどんどん小さくなり、私じゃない遠いところを困り顔で見つめている。


 歯切れが悪いのは、図星だからに違いない。


「じゃ、どうして。私のこと。ずっと見てたの? ちゃんと説明してよ」

「それは、自信がなかったからさ。穂花ちゃんの所作を参考にしたくって」

「本当に?」

「いや、ホントに……」

「その成果が出てるようには見えなかったけど?」

「そ、それとこれとはまた話が別なんだ……」

「そうかなぁ」

「動揺さえしなかったら。あ、いや。くっ」


 その言葉と表情で、たった今起きた出来事が、頭の中で再現される。

 

 畳の上に倒れ込んだ私に、彼の大きな身体が覆い被さって。

 綺麗な瞳が、私のことを見つめていて。

 徐々に赤くなっていく、誠太くんの表情を。


「ぐぬぅ」

「うぅー」

 

 思い出しちゃったら、また恥ずかしくなってきた。

 それは誠太くんも同じみたいで、さっきの私と同じ顔で、苦しそうにしている。


「誠太くんのせいで。……抹茶の味。よく分かんなかった」

「それは僕もそうだから。あの後の記憶がこれっぽっちも残ってない」

「誠太くんが抹茶飲んでみたいって言ったんだよ?」

「もう……。頭の中真っ白になったわ」


 言葉を詰まらせながら、ぽりぽり頬を掻く誠太くん。


「楽しみしてたのは、本当だったんだけどなぁ……」


 その目が、本当に落ち込んでいるように見えたから。


「……お家に道具はあるよ?」


 思い付いた言葉を、自然と声に出してしまった。


「え? そうなの?」

「部活で使ってた時の取ってあるから。だから……」

「それって、浴衣も持ってるってこと?」

「浴衣は持ってたけど、引っ越しの時に捨てちゃった」

「えぇっ!? 取って置かなかったんだ?」

「荷物になってかさばるし、もうあんまり着る機会もないかなって」

「夏祭りの時とかに着るとかさ」

「うーん? 動き辛いから着ないかなぁ」

「それは……。まぁ、そうか。そうだよな」


 私が言う理由に、誠太くんが渋々といった感じで頷く。

 共感してくれてはいるけど、何か言いた気な雰囲気があって、それが何か気になった。


「どうかした?」

「なんか。勿体ない気がしちゃって」

「勿体ないかな? 最近だったら着物もレンタルできるし」

「でも、その着物にだけある思い出とかあるでしょ?」

「写真はちゃんと残してるよ?」

「うん。……うーん」

「え……?」


 彼の言いたいことが分からなくて、首を傾げる。

 そんな私に、誠太くんは何かを言い掛けて、言い辛そうに口元を隠した。


「いや……。茶道部の人達。凄く似合ってたから」


 手のひらで表情を隠して、独り言みたいにそう呟く。

 それでも、ちゃんと分かってない私に、彼は恥ずかしそうに付け足してくれた。

  

「穂花ちゃんも綺麗だったんだろうなぁと思ったら。……勿体ない気がしない?」 


 そう言われて、私はーー。


「……着物がなくても、抹茶は点て方は覚えてるから」

 

 褒められてる自信がなくて、冷たい返事になってしまう。

 だって、勘違いだった時に悲しいから。

 

「そっか……。それなら。何の問題もないね」


 もっと、分かり易い言葉で言ってくれたらいいのに。

 なんて、我儘なことを思うけど。でも、それは私も一緒で。


ーー誠太くんがよかったら、お家で抹茶点てられるよ。


 そう言葉にするのを躊躇っている間に、


「あ、あの!」


 先に誰かの声が響いて、私のか細い声は床に向かって落ちていく。


 声を掛けてきた女の子は、いつの間にか視線の先に立っていた。

 青山高校の制服を着て、肩の辺りで三つ編みを作っているその人は、お茶会の時に私の左隣りに座っていた人だ。


 私とその人の間には誠太くんしかいないから、きっと、彼に用件があるのかな。

 

 彼女に背を向けている誠太くんは、声を掛けられたことに気が付いていなくて、私だけが名前も知らない女の子を見ている。だから、その人が胸の前で手のひらをぎゅっと握る仕草も、息を呑んで近付いてくる様子もはっきり見えて。

 

「すいません。加持先輩ですよね」


 誠太くんが振り返るのと同時に、その人は深く頭を下げていた。

 彼女の周りには、お茶会の時に話していた友達も一緒にいる。


「あれ? 君はさっきの……」

「一年の篠宮です。突然すいません。先輩に教えて欲しいことがあって」

「……なんだろう。文化祭のこと?」

「私達。初めての文化祭でっ。後夜祭の時に何をするのか気になっててっ」


 文化祭の実行委員である彼は、どんな時でも仕事をしなくちゃいけない。

 これで二回目だなぁ。なんて。そんなことは考えちゃダメ。

 大変な思いをしているのは、誠太くんなんだから。


「後夜祭は校庭にキャンプファイヤー準備して、歌ったり踊ったりすると思うよ」

「そのっ……。大声コンテストがあるって聞いたんですけど!」

「大声コンテストはないけど、お立ち台みたいな物は用意されるんじゃないかな」


 でも、学年も違うこの人が、誠太くんを知っていたのはどうしてだろう。

 赤い腕章はとても目立つし、学内の人ならそれを付けている人が文化祭の実行委員だって知っているとは思うけど、名前までは分からない筈なのに。


 誠太くんは、下級生にも認知されているくらい。交友関係が広いのかな。


「そこで、告白に成功したら。ずっと結ばれるってジンクスがあるんですよね!」

「へぇー。そうだったんだ」

「えぇ!? なんで先輩が知らないんですか! 一年の私達でも知ってるのに!」

「そ、そんなに有名な話しなの……? 今初めて聞いたけどなぁ」


 女の子達が恋愛話で盛り上がって、それに誠太くんは全然ついていけてない。

 腕組みをして、不思議そうに首を傾げている姿は凄く彼らしい。


「でも、告白する人達は沢山見てますよね? その確率ってどれくらいですか?」

「こ、告白の成功確率……? ご、ごめん。それも全く分からないや」

「え? えっと……、三年間。この高校に通ってたんですよね?」

「……あんまり。その現場にいたことがなくってさ。あははは……」


 不信感を募らせる一年生と質問に答えられなくて気まずそうな三年生。

 ……そして、手持無沙汰で蚊帳の外の他校の二年生。


 関りのない私が会話に混じることなんてできる筈なくて。

 話が終わるのを、誠太くんの背中に隠れて待っていることしかできない。


「そういう話は僕じゃ力になれそうにないから。申し訳ないんだけど、他の人に聞いてみてくれるかい? それこそ三年生の女子なら、よく知ってると思うから」


 そんな私を察してくれた訳ではないと思うけど、進展のなさそうな話を、誠太くんが足速にまとめ始める。それなのに、この人達は中々諦めてくれない。


「私達……。部活にも入っていないので。気軽に声を掛けられる人がいなくて」

「う、うん……? 僕も一応先輩ではあるんだけど?」

「加持先輩は、実行委員の友達が優しい先輩だって言ってたので」

「実行委員に友達が……。それで僕のことを知ってるのか。なるほど」

「そうなんです。凄く話し易いって褒めてて」

「怖がられてないならよかった。その人の名前は?」

「え? あ、そ、それは……、今は秘密です」

「秘密?」


 篠宮さんが急に真顔になって、焦った様子で口を噤む。

 その行動の意味が理解できなかった誠太くんは、また小さく首を傾げていた。


「あの……、加持先輩にもう一つ質問してもいいですか?」


 解決できなかったこととは、また別の違った質問。

 それは、たぶん、私に関係することで。

 

 存在感を消して、一言も発しない。

 大きな背中に隠れているだけの私に、彼女達は不安気な視線を向けてくる。


「その人は、加持先輩の彼女ですか?」


 今までもあった。何度目かの勘違い。

 回数が増える毎に、不思議と胸の奥の痛みが大きくなる勘違い。


「この子は。僕の……」


 彼が口にする言葉の続きは、何よりも簡単に予想することができて。


「……親戚だよ」


 優衣の時に使った誤魔化し方をするんだって、ちゃんと分かってる。

 それが一番難しいことを考えなくて済む。簡単な躱し方なんだから。


「えぇー。本当ですか?」


 義理の兄妹とも。本当の家族とも。

 友達とも違う。嘘の関係。


 でも、同じことを聞かれたら、私もその答えを真似すると思う。

 それなのに私は、彼を冷たい人だって、自分勝手なことを考えてしまった。


「……誠太くん」


 こんなこと考えちゃいけない。

 私がおかしい。でも、ここに居たら止められなくなっちゃう気がするから。

 

「私。お手洗いに行ってくるよ」


 私がいきなり声を出したせいで、誠太くんの肩がびくっと震えた。

 ゆっくりと振り返る彼の瞳は、大きく見開かれて、揺れている。


「……大丈夫?」

「うん。すぐ戻るから」

「いや、そうじゃーー」

「だから、待ってて」


 たぶん、私の返事は食い違っていて、誠太くんが何かを言い掛けるけど、その時にはもう歩き始めてしまったから分からない。


 なんで私達は、こんなにも難しい関係になっちゃたんだろう。





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