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ありふれた恋すら、あなたとは。  作者: よせなべ
第四章『祭りの始まり』
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20『理想像』

20『理想像』




 人波を掻き分けて、誠太くんが校舎の中に消えていく。

 その後姿が完全に見えなくなっても、知らない人が行き交う廊下の方を眺めていたら、椅子を引くガタっという音が聞こえてきた。


「おいおい。このたこ焼きとっくに冷めてんじゃねーか」


 正面に向き直ったら、誠太くんが座っていた場所に宮上さんが座っていて、いつの間にか冷めちゃってたたこ焼きを、物足りなさそうな表情で頬張っている。


 燕尾服に清潔感のある白い手袋を嵌めた執事さんが、豪快にたこ焼きを食べている光景は、服装とのバランスが全然取れていなくて、ちぐはぐな感じが凄い。


 そのまま残りのたこ焼きも全て完食した彼は、私の手元に視線を落とすと、しなしなになったフライドポテトを指差して、口元を拭う。

 たこ焼きのソースで手袋が汚れちゃっているけど、大丈夫なのかな。


「それ食べないの?」

「あ、えっと……。よかったらどうぞ」

「おぉー。ありがてぇー」


 自分のお金で買った物ではないから私に決定権なんてないけど、誠太くんが帰ってくる頃には塩気も飛んで、美味しく食べることはできないと思うから。

 ここに残らせちゃった申し訳なさもあるし、フライドポテトも宮上さんに食べてもらおう。


「やっぱり、これも冷めてるなぁ。ったく。こんなになるまで放っておいて」

「ご、ごめんなさい……?」

「飯が手につかなくなるくらい楽しい話をしてたのか?」

「……いえ。そういう訳ではないです」


 宮上さんの疑問に、曖昧な返事を返す。

 心が弾むような会話は、もう何日も出来てない。

 

「ほーん。違うのかぁ」


 口がもごもご動いて、喉からゴクンと音が鳴る。

 その間も視線はまっすぐ私を捉えていて。

 観察されているみたいな気配には、居心地の悪さを感じた。


「あの……。ここにいて大丈夫なんですか?」

「まぁ、大丈夫なんじゃねーかな。多少バタついてたとしても何とかなるさ」


 私の心配に、あくまでも楽観的な様子で答える宮上さん。

 後でクラスの人に怒られてしまわないか不安だけど、当事者の彼はあまりに堂々としていて、フライドポテトを手掴みに口に運んでいた。


「私は一人でも問題ないので、気にせずに戻ってくださいね」

「うんー。勝手に戻ると、後で誠太にどやされそうだな」

「迷惑はかけたくないです。誠太くんには私から伝えるので」


 中庭に宮上さんが残っているのは誠太くんの指示で、私の意思じゃない。

 私は、そんなお願いしていない。

 それなのに傍から見たら、私の我儘で迷惑を掛けているみたいだから、凄く嫌。

 実行委員の仕事の方に、私も連れて行ってくれたらよかったのに……。


「……むぅ」


 そんな誰よりも自分勝手な考えを浮かべて、唸る。

 それを見た宮上さんは、白い歯を見せてにかっと笑った。


「怒られたとしても誠太の名前出せばどうにかなるから。へーき。へーき」

「で、でも……」

「妹ちゃんは気にすんな。これは正当なサボりなのだよ。はっはっはっ」

「……」


 宮上さんにまで、気を遣わせている。

 その優しさの配慮が、今は、私の心にさざ波を立てた。


 誠太くんも。宮上さんも。

 みさきも。優衣も。

 みんなみんな。私のことを心配してくれる。

 

 ……私は、そんなに頼りないのかな。

 

「私って……。危なっかしく見えますか?」

 

 過剰な優しさに、不安が掻き立てられる。

 一人では何にもできないと思われているみたいで。

 いつか知らない間に置いていかれそうで。

 

「さぁ? 俺にはあんまり分かんないけど、あいつはそう感じてんじゃない?」


 口を衝いて零れた言葉に、素っ気なく答える宮上さん。

 

 頭の中に浮かんでいるのは同じ人で。

 その人は、私のことを誰よりも子ども扱いしてくる人。


 頭の中に彼の顔が思い浮かんだら、本人の前では言えなかった気持ちが、喉の奥の方に引っ掛かっていたことを自覚してしまう。 


「……私は、子供じゃないです」

「あれは確かに、親バカみたいな感じではあるよな」

「それに。同年代の中では落ち着いてる方だと思いますっ」


 ただ、年相応に扱って欲しい。

 そんな子供っぽい主張に、宮上さんは困った表情を浮かべていた。

 

「うーん。俺も過保護馬鹿だとは思うけど、今日は特に色んな奴が来てるからさ。そういう目的で来てる連中も中にはいるだろうし」

「私は一人でも撃退できますから」

「ええぇー? その言葉は流石に信用できないなぁ」

「な、なんでですかっ!」


 私が強い気持ちで答えたのに、くすくすと笑われてしまう。

 その反応に納得がいかなくて私が不満を訴えたら、宮上さんは私達が初めて出会った時の話を持ち出した。

 

「だって。あの時は声も上げられてなかったじゃん」

「あ、あの時は、突然だったから吃驚して……」

「なんだそりゃ。言い訳にもなってねぇ」

「ううっ……」


 根拠の伴ってない主張は簡単に覆されて。

 誠太くんを論破する仲間が欲しいのに、宮上さんは正論ばかり言ってくる。

  

「とにかく! 私はもっと信用して欲しいんです」

「女の子なんだし、妹でもあるんだから存分に守ってもらえば?」

「嫌です。耐えられません」

「おお。言い切った。あいつは頼りになる奴だぞ?」

「分かってます。でも、頼ってばかりじゃ駄目だって思うから」


 そうじゃなきゃおかしい。

 私は誠太くんの家族なのに、


 進路のことも。

 将来のことも。

 過去のことも。


 何一つ知らなかった。


 もっと対等な関係にならなきゃ、大切なことを教えてもらえない。


「宮上さんは……、誠太くんが東京の大学に行くことを知ってたんですよね」

「……ああ。知ってたよ。“あいつとは長い付き合いだから”」

「そう、ですか……」

「あいつが君と知り合う、何か月も前の話さ」 


 だったらーー。

 私と出会う前に決まっていたなら、いつでも私に話すことは出来た筈で。


「どうして……。私には教えてくれなかったんですかね……」


 本当だったら直接そう聞きたいけど、答えを想像すると怖くて。

 誠太くんを前にしたら、何も言えなくなってしまう。


「なんでだと思う?」


 その質問に、すぐ答えを用意することはできなかった。


 家族って関係性じゃ足りなかった。

 妹でも、友達でも足りなかった。

 

 それってもう、私だから?


「誠太くんは……。私に心配かけないようにーー」


 苦し紛れに、そんなことを言った私の希望は、


「あいつは、そんな聖人染みた人間じゃないよ」


 バッサリと切り捨てられてしまう。


「誠太は。もっと冷たくて、ちゃんと狡い奴だ」


 私よりもあの人に近い人が、口を揃えて吐き出す言葉。

 そんな人じゃないって、否定したかった。


 だけど、今ならほんの少しだけ分かるような気がする。


 そう思えることが、彼に近付けたのか、遠退いたのかは分からないけど。

 今もやっぱり、信じたくない想いの方が強くて。


「誠太くんは……、優しくて、真面目で。沢山の人から慕われてて。将来のことをちゃんと見据えてる。……凄い人なんです」


 サンタさんの存在を信じるみたいに、意固地になって、淡い願望を溢した。

 身勝手な理想像は、誰にも受け取って貰えずに、地面に向かって落ちていく。


「あいつは見たくないモノには目を背けるし、都合が悪けりゃ嘘も吐く」

「そんなことない。私はこの目で、誠実なあの人のことを見てきたんです」

「俺も見てきたよ。君よりもずっと長い時間。何処の誰よりも臆病な姿を」


 私も同じだけの時間を過ごしていたら、同じ気持ちを持てたのかな。

 もっと違う出会い方が出来てたら、何でも代弁できる関係になれたのかな。

 

「私の見てきた今までを。嘘みたいに言わないで下さい……」


 だって、主人公みたいだった。

 

 人付き合いが苦手で、戸惑ってばかりの私に優しく手を差し伸べてくれて。

 期待しないように、夢を見ないように生きてきた私を変えようとしてくれた。

 どんな時だって、私のことを優先して考えてくれた。


「長所ばかり見て、美化して、理想を押し付ける。それはもう虚と変わらない」


 素敵な人。尊敬できる人。

 それを疑わない。そう在って欲しい。

 

「どんなに文句を言ったって。君もあいつのことを理解してないのさ。だから、あいつは言い出せなかった。どうやっても理想を壊してしまうから」


 私が押し付けた。

 私のせいで。

 私が。 


「あいつが口にした言葉も。行動も。嘘じゃない。君が見てきたあいつの一面は嘘じゃない。……でもな、人の想いに一貫性があるだなんて思わない方がいい」


 理想が違った時に、私は何を思うんだろう。

 あの日。私はなんて思っただろう。


 ーー嘘吐き。


「あいつの心はかさぶただらけで。失うことを何よりも怖がってる弱い奴なんだ」


 嘘吐きは、私だった。


「……何処に行くつもりかな?」


 ここにいたくなくて、椅子から立ち上がる。


「誠太くんの所に行きます」


 何処にいるのかも知らない癖に、そんな言葉を言い訳に使って。


「まだ仕事中だと思うけど」

「近くで、待ちます」


 この場に残ってくれた宮上さんに対して、あまりにも失礼な態度。

 だけど、もう耐えられそうにないから。


「まぁ、良しとしようか……。このまま帰ったりは」

「しません。誠太くんに心配をかけたくはないので」

「そうかい……。それじゃ、またね」


 私を引き留めることはせず、ひらひらと手を振る宮上さん。

 そんな彼に頭を下げて、背中を向ける。

 

「あ。そうだ。最後に一つ」


 そのまま数歩進んだところで呼び止められて、肩越しに振り返ったら、宮上さんは困ったような、何かを求めるような、複雑な表情を浮かべていた。


「その内誠太が体調崩すと思うから。見ててやってね」


 その言葉が示す意味は、私にはやっぱり分からない。

 曖昧に頷き返し、重たい足を動かして、前に。前に。

 きっと、この先が前進に繋がっていると信じて。


 これから。どうしようかな。





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