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ありふれた恋すら、あなたとは。  作者: よせなべ
第一章『友達から始まる義理の生活』
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02『頼れる兄貴になるために』

02『頼れる兄貴になるために』




 電車を降りて、閑静な住宅地を抜けた先に僕の通う高校の校舎が見えてきた。

 県内では有名な進学校として知られている青山高等学校は、今年で創立百周年を迎え、つい先日新校舎の建設も完了した伝統のある私立高校だ。

 一新された校舎の雰囲気は三年生の僕にとっても目新しく、進級、進学して間もない新鮮な空気感と合わさって、学校全体に活力が満ちているように感じる。


 遠くに見えるグラウンドから響く金属バットの打球音や、校舎三階の音楽室で奏でられる吹奏楽部の演奏も、溌溂とした活気に追い風を吹かせていた。


 掛け声を交わしながらランニングを行う陸上部の脇を通り抜けて、昇降口に向かい、外靴から上履きに履き替えてから新校舎一階の南端にある自分の教室へ。


 時刻は八時五分。普段より二十分も早く登校しているけれど、僕が一番乗りなんてことはなく、教室には既に何人かのクラスメイトが楽しそうに談笑している。

 入り口近くで集まっていた彼らと軽く挨拶を交わし、廊下側最後列に割り当てられた自分の席に荷物を置く。途中何人かのクラスメイトに「今日は早いね」と驚かれて、思わず苦笑が漏れてしまった。


 いつも遅刻ギリギリで登校しているという認識のされ方は何だか情けない。

 日直だからと答えると「真面目だなぁ」と揶揄われたので、宣言通り大真面目に仕事を熟すことにしよう。僕がやらなければ他の誰かが困ってしまう。


 日直の仕事も決して多い訳ではない。

 まずは黒板に記された日付や授業の日程を更新しようと壇上に向かう。

 昨日の内に誰かが書き残した落書きも消しておかなくてはいけなくて、スケッチブックにされている黒板を元の状態に戻していく。


 そこで、黒板の端っこに描かれた二頭身のペンギンを見つけた。


 愛嬌のある丸っこいフォルムは、デフォルメされていてもロイヤルペンギンだと分かる冠羽があって、とあるスポーツ漫画のマスコットキャラクターに酷似している。


「おぉ。そっくりだ」


 消してしまうのが惜しくなる程の完成度だが、これを残したままにしていると僕が怒られるので黒板消しを使って、その存在を亡き者に。

 恙なく日付と日直当番の名前を変更した後は、ロッカーの上に飾られているアネモネが挿された花瓶の水を入れ替えるために外廊下へ。


 外廊下はテニスコートにも面しており、防風ネットで隔てられた敷地の中では、テニス部の面々が朝の練習に励んでいる。僕も進級する前は彼等と一緒に練習に励んでいて、そこに自分がいないことが何だか物寂しい。

 まぁ、朝練に参加したのは数えられる程度しかなかったと思うけど……。

 

 顧問の方針で朝練は自由参加だったので、幸いにも角が立つことはなかったが、唯一、ダブルスを組んでいた相方からはぼやかれていたっけ。


 僕が引退した後は、後輩とペアを組んだらしいから、上手くやれているのか探してみるけど、何処にもその姿が見当たらない。さては遅刻か欠席か。

 そのどちらかだろうと考えていると、姿はないのに本人の声が聞こえてきた。


「よう。誠太。今日は珍しく早いじゃん」


 外廊下に併設されている手洗い場。

 僕が花瓶の水を入れ替えようとしていた場所で、頭から水を被り、水浴び後の大型犬のように頭を左右に振っているのは、僕のクラスメイトであり、中学から付き合いのある友人だ。


「日直だからな。渋々早く起きた」

「相変わらず真面目だなぁ。日直の仕事なんて始業前の五分で足りないか?」

「それはそうだけど、気を利かせてくれた誰かに迷惑をかけるのが嫌だ」

「はは。誠太らしい。よ! 俺らの学級委員長!」

「……僕が委員長になったのはおまえが消しかけてきたせいなんだが」


 僕をテニス部に誘い、ダブルスを組んでいた彼の名前は宮上司みやかみつかさ

 僕よりも頭一つ分高い背丈に、体操服から覗く筋肉質な手足。

 活発な雰囲気を漂わせる日に焼けた肌と、短く切り揃えた髪型は逞しくも清潔感があって、傍目には如何にも好青年といった印象を受ける。

 実際、容姿は非常に整っていて、女子生徒からの人気も高いが、軽薄な振舞いの多さで、よく男女のいざこざに巻き込まれている罪多き男でもあった。


「そう睨むなよー。性には合ってるだろ?」

「人前に立つのは好きじゃない」

「でも、人の世話を焼くのは得意じゃんか」

「……好んで焼いてる訳ではないんだけどな」

「いーや。おまえと知り合って五年。誠太がどれだけ俺に尽くしてくれたか」

「ぞっとする言い方はやめてくれ……。全部。おまえが押し付けてくるんだ」


 語弊しかない口振りで、ニカっと白い歯を見せてくる司。

 勿論、故意に紛らわしい言い方をしているのは分かっているが、迷惑をかけているという自覚だけは本当に持っていて欲しい。


「俺以外の奴にも誠太の面倒見が良いってことは知られてる。それは、誠太の三年間の積み重ねがあるからだ。違うか?」


 どうしたって、司は僕を良い奴として仕立て上げたいらしい。

 朝っぱらから胃もたれする話題で、辟易としてしまう。


「……だとして。味を占めてるのはおまえだけだ」

「てへっ!」

「腹立つ……。まぁ、これからは少なくなるか。部活もバイトも辞めたから」

「それなぁー。マジで困ってるんだよ。俺の尻拭いしてくれる奴がいなくって」

「俺がいないからって後輩達に迷惑かけるなよ。嫌われるぞ?」

「……なんかさー」

「うん?」

「誠太の影響受けてるのか知らんけど、皆俺に厳しいんだよ」

「甘やかすとダメだってバレてるのさ」

「褒められて伸びるタイプだって何回も言ってるんだけどなー」


 普段自由奔放に周りを振り回している司が不満を漏らしているのは気分が良い。ただ、彼も本気で不貞腐れている訳ではなく、口元に微かな微笑みを讃えていた。


「おまえは悔しさをバネに強くなるタイプだよ」


 その部分だけは素直に賞賛していて、素気無く言いながら彼の脇を通り抜ける。

 話はこれで終わりだと思っていたけど、花瓶の水を入れ替えている間も司はその場に残っていて。朝練に戻っていく素振りがないから、まだ何か話があるのかと視線で問うと、司は手洗い場の壁に背中を預けて、この場に残る姿勢を見せる。


「どうした? サボり?」

「んーや。最近部活にバイトと忙しくて誠太の近況を知らないと思ってな」

「僕の彼女なのかおまえは」

「これでも心配してんだよ。この一ヶ月で色々と変わっただろ?」

「……。そうだな。最近は身体よりも頭動かしてることの方が多いよ」


 この一ヶ月で僕の生活は大きく変わった。

 高校生活最後の年。最上級生に進級したタイミングで部活を早期に引退し、二年間続けていたバイトも辞めた。それは、全て大学受験に備えるための選択で。

 少し大袈裟な決断だったかもしれないけれど、その先に得られるモノがあると思ったから。後悔はしていない。


 きっと、間違っていないと信じて。

 ひたすらに進んでいくだけだ。


「受験勉強はコツコツやっていくしかないし、無理のない程度に頑張るよ」

「そうか。因みにそっちの心配は一切してないぞ」

「なんでだよ。しろ」

「だって、おまえなら受かると思ってるし」

「……一応。成績的には背伸びしたところを受けるんだけどな」

「ほーん」

「あのなぁ……」


 僕の進路については一切の興味がなさそうな司。

 大きな人生の分岐点を鼻を鳴らすだけで聞き流すのは止めて欲しい。


「そんなことより。義理の妹ちゃんとは上手くやれてるのか?」

 

 進路とは別にもう一つ。僕の生活に変化をもたらした分岐点。

 それは男手一つでここまで育ててくれた父さんが再婚したことで。


 十七歳の僕に、突如として一つ年下の妹がいきなりできた。

 司はどうにもそちらの方が気になるらしいが、特筆して伝えられるようなことはあまりない。


 僕達は、一か月の時間では“兄妹”になれずにいた。

 

「……まだ敬語の距離感だよ」

「はぁ。誠太。おまえちゃんとコミュニケーション取ってんのか?」

「それなりにはしてる。とは思う……」


 自信を持って宣言することはできないけど、顔を合わせた時は積極的に話かけている。それでも彼女の遠慮がなくなる気配はなくて、距離感が縮まることもないまま。家族未満、他人以上の空気の中で寝食を共にする生活が続いていた。


「人当たり良い癖に。全然進展がないじゃないか」

「何だよ進展って……」

「そりゃ。家族以上の気持ちが芽生えたり……」

「家族になるのも難航してるところだよ。漫画みたいにはいかないさ」


 つい先日知り合った関係値で家族になる。

 そんなことは難関大学の受験よりも余程難しい。


「もしかしたら警戒されてるのかもな。スケベな男だって思われてたり?」

「おまえじゃあるまいし、そんな誤解は生んでないと思うけど……。いや。でも、中学からずっと女子高だって言ってたから在り得ない話じゃないのか……?」


 同年代の男子との接し方に戸惑っているというのは確かにあり得る。

 もしそうだとするなら。その内慣れてくれるだろうか。

 それを大人しく待つことが、穂花ちゃんにとって一番負担がないのかな。


「不名誉な誤解があれば弁明したいけど、無理に干渉するのはよくない。仲良くなりたいのは俺が思っているだけで、それを強制するのは可哀想だからな」


 僕らは兄妹になることを望まれている。

 それは幸せそうな父さんや義母さんを見ていれば自然と思うことで。

 二人がそうでなくても、世間はそう在るべきだと求める筈で。


 僕自身。この縁を寂しいもので終わらせたくはない。

 無関係ではいたくないし、無関心にもなれそうにはないから。

 

 いつか。くだらない話を笑って言い合えるような関係になりたいな。


「ゆっくりでいいと思うんだ。“本物”の兄妹になるのは」

「そんな悠長なこと言ってられるのか? 一年後にはまた色々と変わるぞ?」

「そうだな。……もう少し考えてみるよ。僕も頼れる兄貴になりたいから」


 ただの予想でしかないけど、彼女は沢山の我慢をしてきたんじゃないだろうか。

 少なくとも母子家庭で、簡単に我儘が言えるような環境ではなかったと思う。

 だから、せめてこれからは遠慮なくしたいことを言えるようになって欲しい。


 そんな関係を築きたいのであれば、成り行きに身を任せているだけでは駄目だ。

 

「まずは敬語を失くすところからだな」


 目指す目標を唱えて、言い訳ができないように司と共有する。

 そうすると、何故か司がやれやれと濡れた髪を払い、白い歯を見せてきた。


「よーし。分かった。仕方なく俺が妹ちゃんとの間を取り持ってやるよ」

「いや、結構だ。言っておくけど仲良くなってもおまえにだけは会わせない」

「えぇー! なんでだよぅ!」

「可愛い妹に手は出させん」

「あん? もう患っちゃってんのか。シスコン」 


 僕の発言に司が若干引いている。

 半分は冗談だけど、もう半分は結構本気だ。


「シスコンじゃない。ただの家族愛だよ」


 家族愛だなんて穂花ちゃん本人には、気を遣わせてしまいそうで言えないけど、言葉にすれば曖昧な想いの形に輪郭が芽生えていくような気がするから。


 恥ずかしげもなく、声に発する。


「あの子が自慢できる兄貴になるよ」


 それは証明するのは、僕の努力次第だろう。



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