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ありふれた恋すら、あなたとは。  作者: よせなべ
第四章『祭りの始まり』
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18『ペンギンのイリュージョン』

第四章『祭りの始まり』

18『ペンギンのイリュージョン』




「わぁ! 人いっぱいだねぇ」

「はえー。垂れ幕すんごっ」


 隣りから聞こえてきた弾んだ声にハッとして、俯いていた視線を持ち上げる。

 開けた視界の中には、いつの間にか青山高校の校舎があって、ミルク色の壁面に掛けられた沢山の垂れ幕には、各クラスの意気込みとか、楽しそうな出し物の名前がポップなタッチで描かれていた。


 校舎の中から聞こえてくる歓声は、文化祭の盛り上がりを教えてくれて。

 通りすがった人達が自然と足を止めてしまうくらいに楽しそうに響いている。


 今日は、一年に一度しかないお祭りが開催される日で。

 誠太くんにとっては、高校生活最後の文化祭。 

 そこに私は、みさきと優衣の三人で遊びに来ていた。


 私を挟んで歩く二人は、いつもよりテンション高めで、何から見て回ろうみたいな作戦会議を始めている。その話し合いの邪魔をしないように、私は少しだけ歩く速さを緩めようとして、


「穂花は、何から観に行きたい!?」


 開きかけた距離を、みさきが勢い良く追いかけてきた。

 タイミングが重なったことに吃驚して、びくっと肩が跳ねてしまうけど、二人はそれを揶揄ったりせずに、私の返事を静かに待ってくれている。

 少しの間ぼーとしちゃってたから、気を遣わせてしまったのかな。

 

「私は……、どこからでもいいよ」

「もー! さっきからそればっかりじゃん!」

「二人に全部お任せします」

「積極性が足りてないよ! 折角遊びに来たんだからもっと楽しまなきゃ!」

「……けど、私から誘った訳じゃないし」

「なにおぅ! それじゃ、お化け屋敷でもいいってことだね!?」

「それはやだ」

「わがままっ!」


 文化祭の空気感に溶け込めていない私に、みさきがぷくっと頬を膨らませる。

 元々参加するつもりじゃなかった私を、強引に連れ出したのは彼女なのに注文が多い。私も人のことは言えないのかもしれないけど……。


「喧嘩しない。穂花も適当に見て回りながら考えたら?」

「うん……」

「……むぅ」


 私達の子供みたいな言い合いを、優衣が優しく仲裁してくれる。


 そのまま三人で校門を潜った所で、青山高校の学生さんが自作のパンフレットを手渡してくれた。優衣が早速表紙を捲っていて、私も横から内容を覗く。


 勉強ノートサイズのパンフレットには、各クラスの出し物とクラスの雰囲気が短い文章で紹介されていて。お化け屋敷に演劇、写真展に科学実験など、演目の種類が凄く多い。高校の文化祭でそんなことできるんだって感心してしまう。

 

「穂花の兄ちゃんって何組?」

「……四組だったと思う」

「えーっと? 三年四組は……。ん? なんこれ? 執事喫茶?」

「えっ!? お兄さん執事喫茶やってるの!? 行きたい行きたい行きたい!」

「圧怖っ」

「みさきに押されたぁー」


 執事喫茶という言葉を聞いて、むくれていたみさきが私のことを押しのける。

 パンフレットを覗き込む瞳はキラキラ輝いているし、ちょっとだけ息遣いも荒くなっていた。


「絶対美形の女の子が男装してるよ!」

「そっちが気になるんだ……。友達の兄貴のことも気にしてやりなよ」

「え? お兄さんって執事役なの?」

「さぁ? どうなん?」


 そう首を傾げて、二人が同時に私の方へと振り返る。

 そんな風に聞かれても、私は首を傾げることしかできない。

 執事喫茶をやるなんて、私も今知ったんだから。


「聞いてないから。分かんない」

「聞いてないんだ。へぇー。なんで?」 

「なんでって……。なに?」

「お家で文化祭の話にならなかったのかなーって」

「……最近はずっと忙しそうで。あんまり話せてないから」

「ふーん。それなら仕方ないかぁ」


 全然納得してなさそうなみさきの相槌。

 私自身。嘘みたいな言い訳だって思うけど、誓って嘘は言ってない。


 文化祭の準備期間に入ったこの一か月間は、誠太くんの帰りが普段よりもずっと遅くなってて、私が学校から帰ってきた時に、夕飯を作ってくれている彼の後ろ姿は何処にもなかった。


 誠太くんの負担を考えたら無理はさせられないから、夕飯の準備を母さんがすることが増えて。ご飯の時間帯に彼がいないことも沢山あって。

 文化祭の仕事が早く終わっても、誠太くんは受験勉強をしないといけなくて。


 二人で話す時間なんて全然なかった。本当に。


「やっぱり、お兄さんとなんかあった?」

「ううん。何にもないよ」


 みさきの疑うような視線がチクっと痛い。

 目を逸らして、反対側に顔を向けると、今度は優衣の顔が目の前にあって、まっすぐな眼差しが私のことを貫いていた。

 凛とした、何かも見透かしてしまいそうな瞳に射抜かれると、足が竦む。


「我慢は身体に毒だから」

「え?」

「話したくなったらいつでも言いなね」

「……うん」


 二人には全部お見通しなのかな。

 私はいつも通りに過ごしているつもりなのに。


「あっ! フォトブースがあるよ!」

「あれは……、カップル用じゃない?」


 沈んだ空気を変えるように声を上げて、昇降口に向かって歩いていく二人。

 入口横にあるスペースには、紙の造花で作られたハート型のアーチが用意されていた。


「……」


 優衣だけじゃなくて、みさきも私のことを気に掛けてくれている。

 きっと、今日連れ出してくれたのも私のためなんだろうな。


 誠太くんが東京の大学を受験することは、二人にはまだ話していない。

 それなのにこんなにも伝わってしまうのは、私がシャキッとしていないから。

 

 心配かけてごめんね。

 私自身が、きちんと整理できたら。

 いつか、ちゃんと話すから。

 

 遠くに行ってしまうことが寂しい。

 そんな言葉だけじゃ全然足りない。

 自分でも触れたことのない。


 この気持ちに、答えを出せたら。


「……早く二人を追いかけないと」


 改めて周りを見渡した時に、初めて人の多さを実感する。

 年齢も服装も違う、色んな人が沢山歩いているけど、その中でも視界の端で忙しなく動き回っている学生さんが印象的で、その姿を自然と目で追いかけてしまう。


 十月になって肌寒い日が増えてきたけど、今日は天気も良くて暖かいから、学ランだと少し暑そう。


 この人混みの何処かに誠太くんもいて、自分のお仕事を頑張っているのかな。

 最後の文化祭だと思うから、ずっと記憶に残る思い出を作って欲しい。

 我儘を言ってもいいなら。その中に私もいたいけどーー。


「……ううん。どうせ言えないもんね」


 言葉にできなかったから、誠太くんが何処にいるかも分からない。

 叶えられない想いは振り払って、二人を見失っちゃう前に歩き出す。

 そのタイミングで、地面に伸びている私の影に大きな何かが重なった。


 え……?


 俯きかけた視界の端に、黄色いはんぺんみたいな物が見える。

 ペンキで塗られたような重たい色味をしたヒトデみたいな物は、明らかに不気味な気配を放っていて怖い。顔を伏せたまま固まって、その何かが通り過ぎるのを待ってみるけど、離れてくれる気配はなくて。

 

 何となく意味があって私の正面で立ち止まっている気がした。


 な、なんだろう。

 私に何か用件があるのかな。


 沢山の人で混雑していても、すれ違えないくらいぎゅうぎゅうって訳じゃないし、奥に進みたいなら、私の横を通り越してくれたらいいだけなのに。


 しかも、心なしか近付いてきているような……。


「えっと……」


 このままじっとしているのも怖くなってきて、恐怖心を我慢しながら、ゆっくり顔を上げていく。そうしたら、頭頂部で纏めていたお団子に、軽い感触の何かが当たった。


「ひゃっ!?」


 もう耐えられなくて、大きく身体を仰け反らせる。

 一気に開けた視界の中には、三角形のとんがりが迫っていてーー。


 見上げるくらいに大きなペンギンが、感情を感じさせない真っ黒い瞳で、私のことを見下ろしていた。


「ひぇっ」


 喉が詰まって、短い悲鳴が溢れ出す。

 圧し潰されそうな迫力に、そのままへたり込んでしまいそうになるけど、よく見たらそれはペンギンの着ぐるみで。身振り手振りで焦った様子を伝えてくれるペンギンさんは、頭を大きく振りながら、呆然とする私の顔を覗き込んでくれていた。


 私の頭がぶつかった何かは、この子のくちばしだったみたい。


 もっと可愛いらしくデフォルメされたキャラクターを知っているから、恐怖心の方が強いけど、特に何かされたりはしない。

 頭を下げた拍子に、もう一度黄色のくちばしが私の髪に触れると、機敏な動きで私から離れて、左右の羽を胸の前で擦り合わせている。


「な、なに……?」

 

 どうしたいのか全然分からないけど、もしかすると謝っているのかな?

 着ぐるみの中の視界が悪くて、距離感が掴み辛いのかも。


「……大丈夫です。痛くはなかったので」


 私が想像で答えると、ペンギンさんは肩を落として、胸を撫で下ろした。

 表情は変わらないのに何を考えているのかは分かって、不思議な感じがする。

 よく分からないけど、悪い人じゃなさそう。人? ペンギン?


 でも、私の目の前で立ち止まってた理由についてはよく分からない。

 お喋りはしてくれないペンギンさんは、羽を動かすと校舎の方を指差す。

 そこは体育館と校舎を繋ぐ渡り廊下がある場所で、まばらに人が行き来している廊下の端っこに、大きめの机が一つだけぽつりと置かれていた。


 そこに向かってよちよち歩いていくペンギンさん。 

 ついてこいと言っている気がしたから、そのまま後を追いかけると、ペンギンさんはどすんと小さな椅子に座って、足元をごそごそと漁り始める。


 その動きがとても人間らしくって、違和感が凄い。


 私の方からでは、黒い布で足元が隠されていて、何をしようとしているのかは分からなかった。


 それでも何かしてくれそうな雰囲気があるから、向かいに用意された椅子に座って静かに待っていると、机の端っこにチラシが積み上げられていて。

 何枚も印刷されているプリントを確認して見ると、『三年四組! 執事喫茶開催中!』という丁寧な文字が書き綴られていた。


「執事喫茶……?」


 ペンギンさんには聞こえないように、小さな声でそう呟く。

 執事とペンギンさんの関連性は思い付かなくて、私が頭を捻っていると、ペンギンさんが机の上に三つの紙コップとくしゃくしゃに丸めた紙切れを並べ始めた。


「えっと……?」 


 まだ何をしてくれるのか分かってない。

 大きく首を傾げてみせると、ペンギンさんが紙コップを一つ器用に掴んで、紙切れの上に被せる。その左右には何も入ってない状態の紙コップが一つずつ置かれていて、それ以上のことは何もしない。


 ペンギンさんは、それから羽をぐるぐると水平に回して、一番最後に自分の大きな瞳を羽の先端で隠してしまった。


「……シャッフルしろってこと?」


 何だか手品をしてくれそうな雰囲気。

 目隠しをした状態で丸めた紙の入ったコップを当てる。

 たぶん。そんな感じなのかな。


 意図を汲み取って、真ん中に置かれた紙コップから丸めた紙が落ちないように机の上をスライドさせて、右端に置かれていた紙コップと入れ替える。


 私が動かしている間も、ペンギンさんはずっと目を抑えていて、かわいい。


「入れ替えました」


 私の声で、目隠しを外したペンギンさんは、紙コップをこれでもかと凝視する。

 真ん中を見て、右を見て、最後に左も見て。

 そうして一度大きく頷くと、一切の迷いなく、左端の紙コップに羽を伸ばした。

 そのまま真上に持ち上げるけど、勿論そこに丸めた紙は入っていない。


「へ……?」


 ま、間違ってる……。

 どうしよう。すっごく気まずい。


 マジックの失敗現場に立ち会っちゃった。

 ううん。もしかしたら、私の手順が何か悪かったのかも。

 もしそうだったらごめんなさいっ。

  

 口に出すと気まずい空気が際立ってしまいそうで、心の中だけで謝っていると、ペンギンさんがリベンジとばかりにもう一度、別の紙コップに羽を伸ばす。

 今度こそ当てて欲しいけど、ペンギンさんは二分の一のチャンスも外して、何も入っていない真ん中の紙コップを持ち上げていた。

 

「う、うぅー」


 もう居た堪れない。何だか私の方が恥ずかしくなってきて、目を合わせることも躊躇いがちに、薄目でペンギンさんの表情を確認すると、顎の下に羽を当てて、なんでだろうと不思議そうに青い空を見上げていた。


 悲しいかもしれないけど、頑張って結果を受け止めて欲しい。

 そうすることが、きっと、上達に繋がる近道だと思うから。


 そんな私の考えとは裏腹に、それでも諦めきれないペンギンさんは最後。

 右端の紙コップの方に羽を伸ばしていく。


 さ、流石に三回目は反則なんじゃ……?


 でも、頑張っているペンギンさんを咎めることなんて出来ない。

 静かに見守ることを決めた私の視線の先。

 ゆっくりと持ち上げられた紙コップの中に、小さな紙切れは“入ってなかった”。


「え?」


 確かにそこに入れた筈なのに、机の上には何も残っていない。

 私が無意識に声を漏らすと、今度は最初に確認した左端の紙コップを持ち上げ始めて。そこにくしゃくしゃに丸められた紙切れが入っていた。


「え? あれ?」


 私はそこに入れてないし、一回目に確認した時は何もなかった筈。

 だけど、今は確かにそこに移動していて……。

 種は分からないけど、失敗だと思っていたマジックは確かに成功していた。


「すごいっ……」


 予想外の結果に唖然としていると、ペンギンさんが満足そうにチラシを取って、私の目の前に一枚置く。


 今の一連の流れが、執事喫茶の宣伝だったみたい。


「……ふふっ」


 あんまりも不思議な空間過ぎて、思わず小さく吹き出してしまう。

 そもそもどうしてペンギンの着ぐるみなんか着て、手先の動きが大切な手品をしているんだろう。明らかに不自然で、指摘するところが一杯あり過ぎて。

 

 それに気付いたら、どんどん可笑しくなってきちゃう。

 口元を両手で隠しても、肩が揺れてしまうのは止められない。

 

 そのまましばらくツボに入って、不意にペンギンさんに視線を向けたら、また私のことをじぃーと眺めていた。その無表情な瞳の奥にささやかな温もりを感じて、


「あー! こんな所にいた!」


 すぐ真後ろから、みさきの声が聞こえてくる。

 振り返ってみると、顔をムッと顰めた二人が、私のことを見下ろしていた。


「あ……」

「こら! 何も言わずに一人で何してるの! はぐれちゃったのかと思ったよ!」

「ご、ごめん。すぐ追いかけるつもりだったんだけど……。気になって」

「なにがぁー!」

「えーっと……。手品が?」

「は? あんた何言ってんの? てか、このペンギンは?」

「手先が器用なペンギンさんだよ。二人も見せてもらう?」


 険しい表情の二人を宥めたくて、ペンギンさんに助けを求める。

 でも、ペンギンさんは、慌てた様子で机の上の物を片付け始めていた。


「え。あれ……?」 


 机の上にはもう何も残ってなくて、素知らぬ顔のペンギンさんがそっぽを向く。

 いや、表情は最初から何一つ変わっていないんだけど、自分は何も関係ありませんって雰囲気が、私には伝わってきた。


 どうしてしてくれないんだろう? 

 さっきは自分から披露してくれたのに。


「なに? 着ぐるみで油断させてナンパ?」

「んんー? よくないなぁ。穂花がいくら引っ掛け易そうだからって!」

「え……?」


 間違った誤解と、予想外の悪口が聞こえて、全然理解が追いつかない。 

 二人とも、私のことをそんな風に思ってたんだ……。


「穂花の兄ちゃんに突き出してやろ」

「よーし。大人しくしろー!」


 私が呆然としている間に、ペンギンさんが二人に取り囲まれて大変そう。

 優衣に至っては、マスクを脱がそうと頭に手を掛けていて、必死に抵抗を試みているペンギンさんの腕に、みさきが笑顔でしがみついている。


「ちょ、ちょっと二人とも迷惑だから」


 少し遅れて、二人を止めようと立ち上がろうとして、


「そおりゃ!」


 間に合わせることができずに、私の目の前でペンギンのマスクが外された。

 

「え?」


 着ぐるみの中に入っていたのは、頭をグラグラ揺らされて、目を回している誠太くんで。着ぐるみの中が暑かったのか、みさきと優衣のせいで疲れちゃったのか、彼はおでこに汗を滲ませながら、ふらつく頭を支えている。


「あっ」


 私と目が合うと、誠太くんはぎこちない表情をして、僅かに口を動かしていた。


「まずい……」


 まずいってどういう意味かな。

 私と顔を合わせたくなかったってこと?


「えぇ!? お兄さんだ!」

「どーゆーこと? 穂花をナンパしてたのが兄貴だった訳?」

「違う違う……。言い掛かりです」

「えー? じゃ、どうして穂花にだけ声掛けたんですかー?」

「僕が見つけた時には、穂花ちゃんしかいなかったから」

「ほんとかなぁー」


 みさきと優衣に両隣りを固められて、身動きの取れない誠太くん。

 私も含めると女子三人に周りを囲まれていて、とても居心地が悪そう。


「穂花も吃驚したでしょ?」

「……え?」

「え?」

「う、うん! びっくりした……」


 突然声を掛けられ、言葉が詰まる。

 そのせいで不自然な沈黙ができて、二人の視線が私に向いた。


「なにその感じ?」

「な、なにが?」

「実は分かってましたみたいな」

「わ、分かる訳ないよ。顔も見えないし、声も聞いてないんだから」

「ほーん」

「ほーん。やめて……」


 ただ。ほんの少しそうかなって思っただけ。

 顔も見えなくて、声も聞いてない人に、彼の空気を感じたから。

 まさか、本当に誠太くんだなんて思わない。


「……お兄さんはペンギンの着ぐるみなんて着て何やってるんです?」

「クラスの宣伝だよ。二人にもチラシをあげよう」

「お兄さんのクラスって執事喫茶ですよね? なんでペンギン?」

「さぁ……。僕のクラスに無類のペンギン好きがいるみたいなんだ」

「ご主人様のペット?」

「使い走りにされてるって意味じゃペットっていうのは当たってるかも」


 みさきの解釈に、誠太くんの疲労感が増す。

 何となくだけど、誰かに押し付けられたのかなって感想が生まれた。


「お兄さんは執事役じゃなかったんですねー」

「実行委員の仕事もあったから。接客の練習する時間がなくて」

「いやいや。手品の方が習得するのに時間かかるでしょ」

「これは、昔手品にハマってた時に覚えた奴だから」

「昔手品にハマってた時……?」


 当たり前みたいに出てくる不思議な言葉に、優衣が首を傾げている。

 私も同じ気持ちだったけど、誠太くんが相手なら仕方ない。

 この人は、本当に色々なことが出来る人だから。


「お兄さんお兄さん」

「はいはい。なんでしょう?」

「今日はずっとお仕事なんですか?」

「午後からは委員会の呼び出しさえなければ、後夜祭の準備まで自由だね」

「もう誰かと回る予定決まってますー?」

「当てがないから、一人で見て回る予定かな」

「へっ?」

「はぁ?」

「ん……?」


 彼の何気ない発言に、二人が目を見開いて驚愕している。

 理解が追いついていない表情に、誠太くんの理解も追いついていない。

 三人で首を傾げている様子は、少し可笑しかった。


 誠太くんは一人で何かをすることに、抵抗がないんだと思う。 


「さみしっ」

「そ、そう?」

「高校最後の文化祭を、一人で過ごしていいんですか?」

「駄目なのかな……?」


 信じられないというテンションで、みさきと優衣が絶句する。

 何ともなさそうに口にしていた誠太くんも、二人から責められると、不安そうにたじろいでいた。


「一人でも充分楽しめるのが青山文化祭の売りだよ」

「でも、高校生活最後の文化祭なんですよ?」

「それは……、そうだけど。みんな相手がいるらしくてさ」

「うわっ。可哀想なお兄さん」

「そ、そこまで憐れんで見られると、流石に気になってきちゃうな……」


 大袈裟に特定の言葉を強調するみさきに、誠太くんが困ったように頭を掻く。

 

 文化祭の過ごし方は人それぞれだと思うから。

 部外者の私達がとやかく言うことじゃない。

 誠太くんがそれでいいのなら。私はそれでいいって……。

 

「でも、大丈夫! 安心してください! お兄さんは一人じゃないのです!」

「え? え? な、なに……?」


 みさきが大袈裟にパフォーマンスして、彼の隣りから離れる。

 何か企んでいる顔をしているから、嫌な予感を感じていると、満面の笑みを浮かべたみさきがぐるっと移動してきて、私の肩に手を乗せた。

 

「なんて言ったって、お兄さんには穂花がいるんですから!」


 手のひらを広げて、私の強く揺らすみさき。

 皆の視線が私に向けられ、誠太くんともう一度目が合った。

 みさきが勝手に話を進めていく流れに、どうしたらいいか分からなくて、鼓動が早くなっていく。息苦しさを感じて、胸の奥の方が苦しい。


「さぁさぁ。連れてちゃって下さい。妹なんだからお兄ちゃんの力にならなきゃ」

「いやいやっ。三人で来てるんだから僕のことは気にせずに三人で遊びな?」

「いいえ! 私達は大丈夫なんで! ほら、早くぅ!」

 

 困惑している彼を、滅茶苦茶な主張でみさきが急かす。

 強引な彼女を止めたいけど、何も言葉は浮かんできてくれない。

 中途半端に開いた口から声は出せなくて、困り顔の誠太くんと見つめ合っていると、胸が締め付けられそうになる。


「みさき。やめな」

「えー。だって……」

「強制することに意味なんてないでしょ」

「……はーい」


 諭すような言葉は、私の中にも染み込んでいく。

 私がどうしたいか。

 それは、言葉にしなきゃ絶対に伝わらない。

 

 ふと、私の髪に誰かの手が触れた。

 肩越しに振り返ると、優衣がにかっと太陽みたいな笑顔を見せてくれる。


「穂花はどうしたいの?」


 私の望むことが、何も怖くないことだって教えてくれるみたいに。


「私は……」


 最後の文化祭。

 そして、最後の一年。

 ううん。もう半年もない限られた時間。


 そのほんの一瞬を。


「誠太くんが……。私でもいいなら」


 一緒に居たい。


「本当にいいのか?」

「誠太くんこそ。一人がいいなら断ってくれていいよ」

「……断る理由はないかな……。穂花ちゃんが付き合ってくれるなら。是非」


 そう答えてくれた誠太くんは、何処か安心したように微笑んでいた。





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