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ありふれた恋すら、あなたとは。  作者: よせなべ
第三章『芽生え』
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16『アイシテルの正体は?』

16『アイシテルの正体は?』




 誠太くんの通う高校は八街女子高等学校よりも授業時間が長くて、私が最寄りの駅に到着した頃に、授業終わりのチャイムが聞こえてきた。


 みさきに煽られるままこんな所まで来てしまったけど、よくないことをしている気がして落ち着かない。家に帰ってから、直接誠太くんに話を聞くだけでもよかったのに、私はどうしてこの駅で降りちゃったんだろう。

 

 疑い深くて。けど、意気地なしで。回りくどい自分が嫌になる。

 私の弱い心は、言葉だけを信じることはできなくて、自分の目で確認しないと、お腹の底に積もった不安を消すことはできないみたい。


「不安ってなんなの……?」


 自分の中にある見たことのない蕾に首を傾げる。 

 私をこれだけ突き動かすあなたは何処から来たの?


「……私は。誠太くんをーー」


 みさきの質問。

 答えられなかった言葉の続きを考えながら静かな住宅地を進んでいく。


 誠太くんは、私のたった一人のお兄ちゃんで。

 趣味の話もできる貴重なお友達で。かけがえのない家族で。


 もっと仲良くなりたいと思う。私の特別な人だった。


 私は、その想いを、彼に強要しているのかな。

 私のことも特別だと思って欲しいから。

 だから、こんなにもツカサさんのことが気になるのかな。


 そんなの。私が勝手に思っているだけなのに。

  

 ああ。本当にイヤ。

 誠太くんのことを考えると胸が苦しい。


 何もかも私の思い込みだったら、いつもの私に戻れるのかな。


 そんなことを繰り返し考えている間も、学校との距離は確実に縮まって行って、正面から青山高校の制服を着た学生さん達が歩いてくる。

 すれ違う人達の中に誠太くんの姿を探してみるけど見つからず、しきりに顔を動かしていたら、隣りを通り過ぎていく女の子に冷たい視線を向けられてしまった。


 心臓がキュッと小さくなって、恥ずかしさと怖さから目線を逸らす。

 早歩きでその場を移動して、次に顔を上げた時には、目の前に青山高校の綺麗な校舎が見えていた。


「どうしよう。着いちゃった……」


 結局下校中の誠太くんに遭遇することはなく、校門の前で足を止める。

 ここで待っていたら絶対に誠太くんと出会うことができるし、その隣りにいる誰かのことも知ることができる。けど、その時は、私がここにいる理由も説明しなくちゃいけなくてーー。


 なんて答えるかは考えないまま、ここまできちゃってた。

 な、なんで……?


「私のばかぁ」


 うぅー。やっぱり、みさき達にお願いしてついてきて貰えばよかった。

 一人だと心細くて、全部難しく考えてしまう。


 誠太くんが彼女と一緒にいた時は、挨拶してもいいのかな。

 彼も、私と一緒で家族のことを学校の人には、あまり話してないって言ってたけど、特別な人には打ち明けているのかも。


「……っ」


 制限時間が迫るような感覚に、心臓の音が大きく鳴り出す。

 緊張を自覚しても落ち着くことはできなくて、意識を遠くに感じた時に、


「ねぇねぇ。そこの君」


 知らない人の声が、すぐ近くから聞こえてきた。


 顔を上げると、私の目の前に制服姿の男の人が二人いて。

 お面みたいな笑顔で笑って、私のことを見下ろしている。

 

「君。八街の子だよね? 誰か待ってるの?」

「え。は、はい。……友達を」


 誠太くん以外の人に声を掛けられる想像はしていなかったから吃驚した。

 違う制服を着た私は異質で目立っていたと思うし、俯いて浅く息をする私は傍から見ても変だった筈。もしかしたら、本当に不審者だと思われてしまったのかもしれない。


「その友達も女の子?」

「……はい?」


 そう最初は考えたけど。 


「俺達さ。これから遊びに行くんだけど、よかったら一緒にどう?」

「い、いえ、私は結構です……」


 何だか様子がおかしくて。

 よく分からないお誘いに混乱する。


 歯の浮くような喋り方と笑顔が何だか不気味で。

 すぐに断った私の声が、聞こえていないみたいに言葉が続く。


「あ。お金は出すから心配しなくていいよ」

「もう先に行こっか? 友達には後で連絡すればいいし」

「い、行きません。待ってる人がいるので……」


 漠然と感じていた嫌悪感が明確な怖さになって、無意識に後退りしたら、校門と繋がった白い塀に背中がぶつかった。

 

 それがきっかけになって、全身が動かせなくなる。

 走って逃げ出すことも、周りにいる人に助けを求めることもできない。


「そんな怖がらないでよ。きっと、楽しいと思うからさぁ」

「や、やめて……」


 知らない人の手が、私に向かって伸びてくる。

 触れられたくなくて。その瞬間を見たくなくて。

 固く瞳を瞑って、心の中で叫ぶ。


 ーー誠太くん。助けて……。

 

「おまえら何してんだ」


 祈るように願った想いは、別の人に届いて。

 恐る恐る目を開くと、私達の間に背の高い大柄な男の人が立っていた。


「な、なんだよ宮上!」

「おまえのツレじゃねぇだろ」


 髪を短く切り揃え、肌の焼けたその人を私は誰か分からない。

 宮上と呼ばれた人は、うんざりした雰囲気で、しっしと手を払っている。


「怖がってんのが分かんねぇから。おまえらはいつまで経ってもモテねぇんだよ」

「う、うるせぇよ。くそっ。もう行こうぜ! しらけたわ」

「たくっ……。どうしようもねぇ奴らだな。うちの生徒が迷惑かけてごめんね」


 ほんの少し会話しただけで二人を追い払って、私に振り返ったその人の顔は、少しだけ強面で。一瞬圧倒されちゃいそうになるけど、助けてくれた人を怖がるなんて失礼だから、勢い任せに頭を下げて、感謝の気持ちを伝える。


「た、助けて頂いてありがとうございますっ」

「いーよいーよ。俺も八街の子に興味があったからさ」

「え……?」

「君って八街の二年だよね?」

「は、はい。……どうして分かるんですか?」

「ネクタイの色が、今の代は三年が緑で、二年が赤。一年が青色でしょ?」

「えっ? えっ?」


 あ、あれ。もしかして。この人も危ない人……?

 

「助けたお礼ってことで。俺の質問に答えてよ」

「な、なんでしょうか……」

「君と同じ学年に俺の友達の妹がいるらしくて。その子を一目見てみたいんだ」

「は、はぁ……」

「その子のこと知らない?」


 助けてくれたと思ったら、怪しい感じの話に巻き込まれてしまった。

 何だか悪ふざけの延長みたいな雰囲気で、協力したいとは思えなかったけど、妹という単語が引っ掛かって、ほんの少し興味が惹かれる。

 

 ただ、私の友達にお兄さんがいる子はそもそもいなくて。

 力にはなれないかなって思っていたら、


「その兄妹は、なんと血が繋がってなくて」


 滅多にないことなのに、私には心当たりしかない言葉が聞こえてきた。


「へ?」

 

 私の友達にお兄さんがいる子はいないけど、私には優しいお兄ちゃんがいる。


「今年の四月から一緒に暮らし始めた。なりたてほやほやの兄妹なんだ」


 すごい。聞けば聞くほど私達の関係と同じ。

 これだけ一致していて、私達のことじゃなかったらどうしよう。

 この人は、事情を聞いてる誠太くんのお友達なのかな。


「そんな面白い状況なのにさ? 俺には全然進展を教えてくれないんだよぉ」

「あの。えっと……。そのお兄さんって。とっても真面目な人ですか?」

「お? んん?」


 直接答え合わせすることを避けて、遠回しな言い方をしてしまう。 

 でも、私の反応を見て、宮上さんは目の色を変えて食いついていた。


「真面目で。何でもできて。努力家で……」

「そう! ばか真面目で。小器用で。何かしてないと死ぬマグロみたいな奴」

「そんな言い方はしてないですっ!?」


 似てそうで全然似ていない言葉に変換されて、背筋がひやっと冷たくなる。

 殆ど悪口にしか聞こえなかったけど、本当にお友達なんだよね……?


「へぇー。そっかそっか。君が誠太の妹なんだ」

「あ、え。は、初めまして……」

「会えて光栄だよ」


 宮上さんは、誠太くんのことを呼び捨てで呼んでいる。

 やっぱり、この人は私達の事情を知っているみたい。

 もしかして。時々話に出てくる誠太くんと正反対の印象がある人が宮上さん?


「名前はなんて言うの?」

「ほ、穂花です……」

「穂花かっ。名前の響き可愛いね」

「あ、ありがとうございます」

「誠太から俺の話出てくることある?」

「は、はい。時々話してくれます」

「なんだよあいつ~。俺のこと大好きじゃんかぁー」

「……お二人は中学の時から仲良しなんですか?」

「中学の時はライバルだったけど。今は親友なんだ」

「へぇっ!?」


 アニメで描かれるような同性同士の熱い関係に、思わず変な声が漏れてしまう。

 胸のドキドキが鳴り止まないから、もっともっと詳しい話を教えて欲しい。


 私は、誠太くんの交友関係にそれほど詳しくないけど、この人には軽口を言ったりするのかな。私の時よりも気さくだったり、乱暴だったりするのかな。

 

「あ。そうだ。誠太を待ってるなら、もうしばらく掛かると思うよ」

「どうしてですか?」

「あいつ。文化祭の実行委員に選ばれたから。今は絶賛会議中なんだ」

「文化祭の実行委員……。なんだか忙しそうですね」

「そういえば八街に文化祭はないんだっけ? 展示会みたいなのはあるけど」

「や、やっぱり、詳し過ぎると思うんですけど……」


 宮上さんの言う通り八街高校に文化祭という行事は存在しない。

 その代わりに文化展があるけど、個人で静物画を描いたり、工芸品を作って展示したりする場だから、クラスメイトと仲良く物作りをしたりとか、意見が合わずに衝突したりとか、そういうドラマチックなイベントは全くなくて。


 昔から文化祭のある学校が羨ましかった。

 その言葉を聞くだけでも、青春って感じがする。


「誠太くんは、自分から実行委員に立候補したんですか?」

「ううん。俺が押し付けてやった」

「えっ……?」

「あいつは学級委員長もやってるから。秒で決まったんだよ」

「せ、誠太くん。今頃怒ってるんじゃ」

「へーき。へーき。あくまでもクラスの投票で決めてるから。文句は言えまい」

「……誠太くんは、クラスの人からも慕われてるんですね」


 誠太くんが学級委員長を任されていることは知らなかった。

 彼はあまり自分語りをしない人だから、もっと自慢話もして欲しい。

 私が人のことを言える立場ではないかもしれないけど……。


「急用なら無理やり連れ出してくるけど?」

「あ、いえっ。急いではないので。大丈夫です」

「……それなら家で待ってればいいんじゃ? 一緒に住んでんでしょ?」

「そ、それは、そうなんですけど……。これには深い事情がありまして……」

「深い事情ぉ……?」


 迷惑は掛けられないと思って、うっかり失言をしてしまった私に、宮上さんが目を細める。精悍な顔付きが顰められると物凄く威圧感があって、言い訳ができなくなる私に、彼は何かを察した様子で、手をポンと叩いた。


 それから口元に手のひらを寄せると、私にしか聞こえない声量で、


「……もしかして誠太と付き合い始めた?」

「んなっ!? ち、違いますっ!」


 全然間違っている憶測に、自分でも吃驚するくらいの大声で否定する。

 そのせいで周りの人からも視線が集まってきて、本当に恥ずかしい。


「な、なんでそうなるんですかっ」


 声を抑えて抗議すると、何故か宮上さんの方が不服そうに首を傾げていた。


「早く会いたくて。待ちきれずに迎えにきたのかと思ったけど。違った?」

「そ、そんな理由じゃありませんっ。……私達は兄妹ですから!」

「ふーん。兄妹ねぇ……」


 そんな風に揶揄われることがないから、どうしていいのか分からない。

 私の真っ当な訂正に宮上さんは鼻を小さく鳴らすだけで、その後に呟いていた言葉は、私の耳に嫌にこびりついた。

 

「な、なんですか……?」

「いや。何も? 俺の推理が違うなら、ここにいるのはなんでなの?」

「それは……。知りたいことがありまして」

「誠太のことで? ほぉー。なに? 俺が代わりに答えてあげよう」

「……あなたに聞いても仕方ないような?」

「誠太のことでしょ? それなら本人よりも知ってる自信あるぞ」

「どういう自信なんですか……」

「それはだって、ほら。あいつは、自分のことを顧みないじゃん?」


 宮上さんの大雑把な言い方。

 それは一見投げやりにも見えるけど、纏う空気が一瞬重くなった気がして。

 そこには私の知らない。大きな実感が含まれていた。


「そういうところがあるって知ってる?」


 そう尋ねられても、私は頷くことができない。

 でも、正直に口に出すのは不思議と嫌で。

 曖昧に首を傾げてみせたら、宮上さんが小さく笑った。


「誠太って何考えてんのか分かり辛いでしょ。表情にあんまり出ないし。自分のやんなきゃいけないことに他人を巻き込もうとしないから」


 付き合いの長い親友のことを、何処か自慢げに語る宮上さん。

 そこに口を挟むことができない私は、彼と過ごしてきた時間が短いから。

 私は今の時点で、どれくらい誠太くんのことを知れたんだろう。


「……でも、優しい人です」


 まるで見栄を張るみたいに、分かり切ったことで対抗する私。

 そんな薄い言葉で、宮上さんの言葉を覆すことはできなくて。

 揶揄うような笑顔で笑われてしまった。


「確かに優しいよな。だから、誰からも好かれるんだろうさ」

「え?」

「ん?」

「……誠太くんってモテるんですか?」

「さぁー?」

「さぁって……。今誰からも好かれるって言ったじゃないですかっ」

「恋愛関係はどうだろうねぇ。本人から告白されたって話は聞かないから」

「じゃ、じゃ……。少なくとも今は、誠太くんに彼女はいない……?」

「まぁ。告白されても言い触らすタイプではないだろうけど」

「うぅ……。直感でいいですから! どっちか教えてください!」


 私の縋るような質問に宮上さんが目を丸くして、瞬きを何度も繰り返す。

 その後周囲の人達に視線を向けてから顎に手を当て、私に一歩近付いた。

 突然詰め寄られて身構えるけど、さっきの人達みたいな怖さは感じない。


 鞄だけ胸の前で抱きしめ、背の高い彼を見上げたら、


「それが学校にまで押しかけて。誠太に確認したいこと?」


 さっきの一言のせいで、私の思惑がバレてしまってた。


「いや、そういう訳じゃ……」

「えぇー!? マジかぁ!?」

「否定してますからっ!」


 動揺を見透かされて、取り繕おうとしても取り合ってくれない。

 うんうんと大きく頷く表情は、今日見た中で一番楽しそう。


「なるほどねぇ。あいつも仲良くやってんだ」

「……少なくとも私は、仲良くなれてるって思ってます」

「そっか……。君がそう言ってくれるんだったら。特別に教えてあげよう」

「え? なにを……?」

「あいつに彼女はいないよ。今も。昔も」

「そう、なんですか? それじゃ……」


 ツカサという人は、いったい誰だったんだろう。

 その人のことも、宮上さんに聞いたら分かるかもしれない。


「まぁ。その内しれっとできてる可能性はあるけどね」

「えっ!? どういう意味ですか?」

「俺達は高校三年生で。卒業まではもう半年だ。ということは? つまり?」

「つ、つまり……?」

「残りの限られた時間を恋人と過ごしたいって奴も多いってことなんだよ。これからの季節は文化祭にクリスマスとイベント尽くしだし、その辺を意識してる子達は、誰と残りの高校生活を過ごすか考えてんじゃないかな」

「な、なるほど……」


 そういう考え方は、異性との接点がない私にはピンと来なかったけど、共学の人達は普通に意識していることなのかな。イベントのために恋人を作るのは、私の感覚とは違くて、少し不思議な感覚がする。 


 好きになった人だから一緒にいたい。

 なんて言ったら、笑われてしまうのかも。


「誠太くんも。そういう風に考えてるんですかね……」

「誠太は……、今は参考書が恋人なんじゃない? 暇さえあれば見つめてるし」

「そ、そうですよねっ。夏休みも受験勉強頑張ってました!」

「ただ、結構評判は良いんだよなぁ。うちの誠太って」

「うちの誠太……?」

「えぇっ? 先にそっちが気になった?」

「あ、ごめんなさいっ。つ、続きをどうぞ」

「あいつは成績優秀で。人当たりも良くて。面倒事を押し付けられても真面目に取り組む責任感もあって。そういう一面を、二年半経った今。周りが知り始めてる。これから告白ラッシュが始まったっておかしくないぞー?」

「せ、誠太くんがモテモテ……」


 女の子に囲まれた誠太くんを想像して息が止まる。

 彼の良さが伝わることは良いことなのに、私は全然嬉しくない。


「告白されて。なし崩し的に交際が始まって……」

「わっ。わっ。それっぽい!」

「なー? 普通はそうなると思うんだけどさぁ。あいつはそうならないんだよ」

「えっと。受験勉強で忙しいからですか?」

 

 私の何気ない質問に、宮上さんの表情が初めて曇った。

 彼は言葉を濁して、顔の色を隠すように空を仰ぐ。


「誠太はまだ。トラウマが治ってないんだよ」

「トラウマ……?」

「俺の口から言えるのはここまで! 真相は……、誠太からも聞けないかもな」

「……モヤモヤします」


 私の知らない彼のことを、宮上さんは知っている。

 とても明るい話題には聞こえなかったけど、宮上さんは豪快に笑っていた。

 本当にそれ以上のことは教えてくれないみたい。


「あいつは面倒臭いよ? 見た目通りの爽やかな男じゃないもんだから」


 私が見ている誠太くんと。宮上さんが見てきた誠太くん。

 私には教えてくれない過去のことまで知っている彼は、全然違う印象を抱いていて。実感の持てない言葉を鵜呑みにすることはできなかった。

 

 私も、もっと長い時間を一緒に過ごしていたら。

 宮上さんと同じことを言うのかな。


「あれ。まだ帰ってなかったのか?」


 そして。今度こそ。聞き慣れた誠太くんの声が聞こえてきた。


「バイトあるって言ってた……。えっ?」


 校門の前で立ち止まっている宮上さんに気付いた彼は、会議で疲れたのかくわぁと大きな欠伸をしていて。薄く開いた瞳に私が映ったら、一瞬の間があった後に、機械みたいなガクガクの動きで首がグリンと回転した。


「穂花ちゃん!? どうして学校に……。ってか、何でこいつといるんだ?」

「こいつ呼ばわりマジか。誠太は俺に感謝して然るべきなのに」

「は……? 何かあったのか?」

「おまえの大切な妹ちゃんを長瀬と溝渕がナンパしてた」

「……あいつら」


 宮上さんの説明に、誠太くんの表情が険しくなる。

 私に話し掛けてきた人達を、彼も知っているんだ。


「一旦シメるか」


 普段の声から数段低い声色で、独り言のように呟く誠太くん。

 パキッと音が鳴るから、視線をゆっくり下げてみると、血管の浮き出た握り拳が一瞬にして出来上がっていた。


「な、何もされてないから大丈夫だよ。宮上さんが声掛けてくれて」 

「……それはそれで不満なんだよな」

「なんでだよ。素直にありがとうって言え」

「実は。おまえのこともあんまり信用してないんだ」

「ひどいっ。私達親友なのにっ!」

「なんだその口調……」


 しかめっ面で唇をへの字に曲げる誠太くんと、おどけた調子で笑う宮上さん。

 その短いやり取りだけで、二人の普段の空気感が分かった気がする。


「でも、穂花ちゃんに何事もなくてよかった。ありがとう」

「いいってことよ。あとは、妹ちゃんの疑問も解消しておいたから」

「疑問?」

「み、宮上さん! それ以上は……」


 二人の会話を覗き見していたら突然前に引っ張り出されて、心臓が跳ねる。

 さっきの話は秘密にして欲しいから慌てて話に割り込むと、その不自然なやり取りを見て、誠太くんが首を傾げてしまった。


「え? なにそのやり取り。僕には秘密のやつ?」

「う、うん。秘密……」

「じゃ、なんでここに?」

「それはっ……。誠太くんと一緒に帰りたくって!」

「へ?」

「ち、ちがっ。嘘ですっ!」

「うぐぁっ。訳も分からず傷付けられた。どうしてっ……」

「あぁっ! そんなつもりじゃっ!?」


 私の支離滅裂な発言のせいで誠太くんが胸を抑えて苦しみ始める。

 そんなぎこちないやり取りを見て、宮上さんは大爆笑中だった。


「あっははははは! おもしれぇー」


 甲高い笑い声が響くと、余計に居た堪れない気持ちが増していく。


「……笑うな」


 誠太くんも耐えられなくなって、梅干を食べたような顔で抗議していた。

 たぶん、私も彼と同じ顔をしていると思う。


「いやいや。仲睦まじい様子が微笑ましくてさ」

「……司が何か吹き込んだんじゃないだろうな」

「いやいや。すぐに俺を悪役にするのやめろ?」

「じゃ、日頃の行いを直せ」


 言い合いを始めちゃった二人。

 私はその間に、気持ちを切り替えようと深く息を吸い込もうとして。


 今の会話に違和感があった。


 誠太くんは、宮上さんのことを名前で呼んでいてーー。


「今……。ツカサって言った?」

「ああ。俺の名前が司って言うんだ。妹ちゃんは呼び捨てで呼んでくれていいよ」

「やめろ。変な提案をするんじゃない」


 あれ? ということは。

 それってつまり。もしかすると……。

 

「誠太くんのお友達にツカサって人。他にいないよね?」

「うん? 司はこいつしかいないかな。それがどうかした?」

「そっか……。そ、っか……」


 私が気になっていたツカサさんは、誠太くんの恋人ではなくて。

 そもそも女の人でもなくて。

 誠太くんよりも背の高い、ムキムキな男の人だった。


「ま、紛らわしいですっ!」

「何がっ!?」


 うぅ……。こんなのって。こんなのって……。

 あんまりにも恥ずかしくて。顔も体も凄く熱い。

 探していた人とずっと話をしていたなんて考えもしなかった。


 みさきの言っていた。友達の悪ふざけという予想が正しかったみたい。


 ……やっぱり、ぶちゅって送るのはおかしいんだ。


「今日の穂花ちゃんは様子が変だな……」

「反応が素直で可愛いじゃん」

「……おまえはさっさとバイトに行け」

「誠太も久しぶりに顔出せよ。夏休みの課題写させて貰った礼に今日は奢るぞ」

「どうした? そんな太っ腹なこと言って」

「はっはっは。今日の俺は機嫌が良いんだよ」

「よく分からん……」

「誠太くんの働いてたところ行くの?」

「普通のファミレスなんだけど、今日の夕飯はそこでもいい?」

「うん! あんまり外食する機会なかったし。行ってみたい!」

「決まりだな。それじゃ行くか」

「よし。それじゃ、道案内を頼む」

「二年通った道を、たったの半年そこらで忘れるな」

「あ、あはは……」


 ここでも方向音痴を存分に発揮している誠太くん。

 おどけた調子の人だけど、この人も色々と苦労しているのかもしれない。


 そう思って彼を見たら、こっちを見ていた視線とぶつかる。


「誠太が学校でどんな様子なのか分かるよ」

 

 私にだけ聞こえる声でそう言って、歩き始める宮上さん。


 学校での誠太くんの様子。

 それを知って、私は何を思うんだろう。





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