14『犯人はヤツ』
14『犯人はヤツ』
「誠太くんの部屋って凄く荷物が多いよね」
夏休みも熱心に勉強している彼が、根を詰め過ぎているような気がして、コーヒーを差し入れするようになってから一週間。今日は、夏休み最後の日。
長かった休みもあと数時間で終わってしまい、明日からは新学期が始まる。
そんな日に、私は今日も誠太くんの部屋にお邪魔していた。
今は誠太くんも休憩中で、冷蔵庫にあったチョコのクッキーを美味しそうに頬張っている。
「実は物が捨てられない性格でさ。散らかっててごめん」
「ううん。整頓はされてると思うけど。ちょっと意外で」
「うーん……。なんでだろう。中学の時の物とかも残ってる気がするな」
「断捨離とかできない人だ」
「やんなきゃとは思ってるんだけどね」
最後の一口を咀嚼しながら、誠太くんがぐるっと首を回して部屋を見渡す。
決して散らかっている訳ではないけど、彼の部屋は私の部屋より狭く感じる。
そう思うのは、部屋の至る所に誠太くんの歴史が積み上げられているからかな。
「それとか。中学の水泳部の時に使ってた防寒着だよ」
そう言って彼が指を差すのは、ハンガーラックに吊るされているジャージで。
私は着たことないけど、運動部の子が冬場に来ているデザインとよく似ていた。
ナイロン素材で作られた運動着は動き易そうで、寒さからも守ってくれそう。
「身長伸びたからもう着れないのに。残しちゃってるんだよな」
「部活動で使ってた物には思い出ができるから。取っておきたくなるのかもね」
勉強机の傍に立てかけられたテニスのラケットも、きっと、そう。
「机の上に並んでるぬいぐるみは?」
「それはゲーセンで取ったやつ。一時期クレーンゲームにハマってて」
「へぇー。本棚もぎゅうぎゅうだね」
「ほとんどは漫画だけど、小説とか。高校受験の参考書とかも入ってるかな?」
「本棚の上にあるのは……、将棋の台? 誠太くんって将棋できるんだ?」
「ちょっと齧った程度だけね。父さんが好きで教えてもらって」
「……小さなダンベルもある」
「勉強が行き詰まった時の気分転換にね。手間なく筋トレできたらいいかなって」
「そ、そうなんだ」
出会った時から分かっていたことだけど、やっぱり、彼は常に何かをしていて。
それは、ずっと昔からそうだったみたい。
誠太くんの部屋に荷物が多い理由が、少しだけ分かった気がする。
「誠太くんも。ちゃんとおかしいところがあるよね」
「え? そうかな?」
「ちゃんと寝てる?」
「めちゃくちゃ寝てるよ。毎日七時間は確実に寝れる」
「それは疲れてるからだよー」
去年は部活に加えて、バイトもしていた筈だから本当に体力が凄い。
私なら限界が来て、何度か倒れていると思う。
「じっとしてるのが苦手だからなぁ」
「……もしかして飽き性?」
「興味が湧いたら、すぐに手を出してみたくなるところはあるかも」
「えっ。すぐに手を出しちゃうんだ……。取っ替え引っ替えなんだ……」
「……なんで嫌そうなの?」
また新しい誠太くんの一面を知ってしまった。
彼はそんな人じゃないと思っていたのに。
「穂花ちゃんはこの夏休み何してたん? 宿題は終わってる?」
「終わったよー。八月の初めには終わってたかな」
「おぉー。優秀だぁ。友達からは救援要請こなかった?」
「今日の朝。みさきから泣いてる絵文字が送られてきたね」
「ははは。助けに行ってあげなくて平気?」
「お母さんの監視があるみたいだから。大丈夫じゃないけど大丈夫だと思う」
「あぁー……。明日学校で会った時にやつれちゃってるかも」
「ふふっ。想像つくなぁ」
今回も遊んでばかりで、計画的に課題をやっていなかったみさきの自業自得ではあるけど、本当に泣いていたら可哀想だし、また後で連絡してあげよう。
「あいつにもなぁ。厳しくしてくれる人がいてくれたら」
「……? どうかしたの?」
「僕の友達にも悲鳴上げてる奴がいるからさ。似た友達を持ってるなぁと思って」
「……たまに出てくる人だ。ホントに誠太くんとは正反対の人なんだね」
時折話題に出てくる友達さんは、どんな人なんだろう。
誠太くんのお話を聞く限りだと、彼とは似ても似つかない人みたいだけど、付き合いは長いみたいだし、その人の前では口が悪くなってしまうと言っていたから、気心の知れた関係性なのかなって思う。
誠太くんが信頼している人がどういう雰囲気の人なのか。
ほんの少し気になった。
「友達とは沢山遊べた?」
「カラオケ行ったり。優衣の家でアニメ観賞したり。あとは夏祭りで花火見たっ」
「満喫できたならいいね。来年の今頃は嫌でも忙しくなっちゃうだろうから」
「誠太くんは全然遊べてないよね。……受験勉強はやっぱり大変?」
「中々手強くはあるかな。穂花ちゃんは大学に進むの?」
「うん。だから、私も他人事じゃないんだよね」
「……希望は県内?」
「その予定かな。家から通えるところがいいかなって」
「なるほど……。そっか」
私の答えに、誠太くんが一瞬だけ目を細める。
でも、瞬きの後には、すぐにいつもの表情に戻っていた。
「少しだけ先輩面をさせて貰うと、勉強は早めに始めないと後で泣くことになる」
「誠太くんは泣いてる?」
「……呼吸が苦しくはあるかな」
「えっと……。大丈夫?」
今度は、分かり易いリアクションで遠くを見る誠太くん。
さっきの悲し気な瞳は、受験勉強の疲れが出てしまったのかな。
「誠太くんの助言を無駄にしないように頑張るね」
「僕も来年は穂花ちゃんがしてくれたみたいにサポート出来たらいいんだけど」
「……え?」
「凄く助かってるからさ。差し入れとか。気に掛けてくれてること」
背筋を伸ばして、彼がまっすぐな言葉を届けてくれる。
改まった空気でお礼を言われると恥ずかしくて、顔が熱い。
「勉強しかしてなかった夏休みの。大事な思い出になったから」
「う、うん……」
胸の辺りが温かくなって、口元が弛む。
それが何だか凄く恥ずかしくて、表情を隠すために俯いたら、返事が素っ気なくなってしまって。どういたしましてと言いたいのに、今口を開いたら、絶対に声が裏返ってしまうから上手に喋れない。
「……」
「……」
エアコンの音しか聞こえない沈黙は気まずくて。
伏せていた視界を恐る恐る上に向け、彼の表情を盗み見る。
それから、頭の中にあった物が全部何処かに吹き飛んでいった。
「……ぐっ」
誠太くんが照れている。
くすぐられたみたいに顔をもにょもにょさせて、黒髪から覗く耳たぶが赤い。
「……うぅっ」
そんな表情を見てしまったら、彼の羞恥心まで私に伝染して、エアコンが効いている筈なのに汗を掻くくらい暑くて、顔の火照りを冷ますために手で扇ぐ。
視線なんて勿論合わせられず、顔は意味もなく本棚に向けたまま数分間の沈黙が続いて、耐えきれなくなったように、誠太くんが勢いよく立ち上がった。
「よ、よーし……。そろそろ勉強再開しようかなー」
「あっ。はいっ。私は、邪魔にならないように部屋に帰ります……」
「いやっ。邪魔だなんて、そんなことは思わないけど……」
「そ、そっか……。それじゃ、もう少しここにいようかな」
「……へ?」
「……え?」
言葉じゃ言い表せない微妙な空気が私のことを焦らせる。
だけど、誠太くんを見てみたら、彼もきょとんと首を傾げていた。
たぶん、お互いに自分が何を言っているのか分かってない。
このままだと恥ずかしさのせいで顔も合わせられなくなりそうで。
視界に入ったモノに助けて貰って、勢い任せに言葉を繋げる。
「お邪魔じゃなかったら……。ここで漫画読んでてもいいかな?」
「いやーもう。どうぞどうぞ。幾らでも読んでいきなさい」
「あ、ありがとう……」
テンションがおかしい誠太くんが私を本棚の方に促す。
咄嗟に口を衝いて出た言葉だったけど、実は気になるタイトルがあった。
『君色アイボリー』
その可愛らしい響きに惹かれてコミックを取ると、表紙には学ランを着た背の低い男の子とモデルみたいな体型をした女の子が描かれている。
本棚に並ぶ他のスポーツやバトル系の漫画とは明らかに違った雰囲気で、一目見た印象はラブコメディーっぽい。恋愛の話を全然しない誠太くんがそういうジャンルも読んでいるのがちょっと意外で、少し前からずっと気になっていた。
私が本を選んでいる間に誠太くんは勉強机に向かって、参考書とにらめっこしている。さっきの空気をすぐに切り替えられているのが凄い。声を掛けたら邪魔になりそうだから、物音を発てないように移動して、ベッドを背にして体育座り。
立てた膝の上で頁を捲り、ゆっくり読み進めていくと、やっぱり、お話の内容は表紙にいた男の子と女の子の、初恋の様子を描いた物語だった。
口が悪くて。人当たりも悪くて。だけど、実は優しい心を持っている主人公と、天真爛漫だけど、不器用で。人との距離の測り方が苦手なヒロイン。
初めは嚙み合わずにすれ違ってばかりの二人が、時間をかけて、少しずつ心を交わしていく。ぎこちなく、でも、相手を傷付けないように手探りで、慎重に。
その描写が丁寧で、二人が可愛くて、両片思いの関係がいじらしくて。
夢中で一巻、二巻、三巻と読み進めていき、クリスマスに二人で出掛ける約束をする、とっても良いシーンで三巻が終わってしまう。
すぐに続きが読みたくて本棚に手を伸ばしたけど、君色アイボリーの四巻は見付けられない。別の段を探しても何処にもなくて、まだ出版されていないのかなと携帯で検索してみたら、すぐに既刊六巻という表記が目に入った。
今年の十月には七巻の発売も決まっているのに、誠太くんの部屋には三巻までしか見当たらない。こんなに面白いところで続きを買わなくなるなんてありえない。
もしかすると、友達に貸しているのかな。
「むぅ……」
どうしよう。
続きが気になってむずむずする。
今すぐ誠太くんに確認を取りたい。
そう思って顔を上げたら、受験勉強中の彼の背中が変わらずあって、シャーペンがノートを擦る微かな音だけが聞こえてくる。
その時にどうしてか、彼が料理をしている時と同じ既視感を覚えた。
自分の知らない。出来ないことを披露されている遠い感覚。
それは、友達が私の知らないバラエティの話で盛り上がっている時と似ていて。
根拠もなく芽生えた疎外感に胸の奥の方がキュッと締まった。
その時。私は初めて、誠太くんが何処の大学を受験するのかという疑問に至る。
考えてみたら、一度も尋ねたことはなかったし、誠太くんからも語られたこともない。
「……」
成績の良い彼が、夏休みを返上して挑戦しなくちゃいけない程の大学。
気になって、静かに立ち上がる。
後ろから彼の手元を覗いてみると、今は英語の勉強をしているみたいだった。
私も一緒になって問題を解こうと身を乗り出してみるけど、誠太くんは全然気付いた様子がない。それくらい集中してるんだって横顔に視線を移したら、普段は消して見せない、目を細めたシャープな思案顔がすぐそこにあった。
少し冷たい印象を感じる表情は、普段の彼よりずっと刺々しくて。かと思えば、目を一文字に引き伸ばしてうーんと唸ったり。コロコロと変わっていく顔色が可笑しくて、可愛くて。彼らしくない表情に左胸の辺りがドクンと鳴った。
彼を見つめた状態で呆然として、ふと気付く。
私がしていることは、とても怪しい行動なのでは?
そう思った瞬間、
「うぅーんぎゃー」
突然野太い唸り声を発しながら、誠太くんが身体を仰け反って、伸びをする。
そのせいで、さっきまで見ろしていた彼の顔がグッと私に近付いた。
「あっ」
「……ん?」
天井を見上げた大きな瞳と視線が重なり、誤魔化すような声が漏れる。
誠太くんは目を見開いた状態で固まって、それきり動かなくなっちゃった。
「……み、見守ってたよ」
その隙を突いて、不審な行動を良いことみたいに擦り込もうとしてみたけど、全くの逆効果で、耐えられないくらいの張り詰めた空気が完成してしまった。
「……あ、ありがとう? って言うべきなのかな……?」
一回目の瞬きと同時に誠太くんが喋り出す。
その声が震えているように感じるのは気のせいだよね……。
「い、いいの。気にしないで」
「えと……。とにかく、ちょっと離れてもらっていい? 首が折れそう」
「ご、ごめん」
取り繕うことで必死になっていた頭の中が、彼の苦しそうな声で晴れて、改めて誠太くんとの距離を認識する。息が掛かりそうな距離感で固まっていたのは私も同じだと気付いて、大慌てで後ろに下がると、ベッドの足に踵がぶつかり、そのままの体勢で後ろ向きに倒れてしまった。
幸い掛け布団がクッションになって痛くはなかったけど、すっごく恥ずかしい。
「だ、大丈夫……?」
「う、うん……。平気……」
「それでさっきのは……?」
椅子を動かしてこっちに振り返った誠太くんは、全然納得してくれていなくて、私の行動に理由を求める。ただ見ていただけだけど、それを直接伝えるのは抵抗があって、誤魔化し方に迷った時、手に持っていた漫画のことを思い出した。
「こ、この漫画の続きないのかなって」
「え? あ、あぁ。そういうことか……。ちょっと待ってね」
ベッドの上から君色アイボリー三巻をぶんぶん振って見せると、彼は脱力したように肩を落として、勉強机の上に無造作に置かれていたスマホに手を伸ばす。
それから何かの操作を続けて、大人しく待っていた私の目の前に、「はい」とそれだけ付け添えられて、彼のスマホが差し出された。
「……え?」
「本棚が一杯だから続きは電子書籍で買ってるんだ。それで読んでくれる?」
「誠太くんの携帯だけど……。使っていいの?」
「別に構わないよ。勉強中は触らないし」
「そ、そっか……」
プライベートな情報が沢山入っている筈なのに、これっぽちも気にした様子がない誠太くん。見られて困るものとか入っていないのかな……。
何故か私の方が心配になって表情を窺ってしまうけど、彼は寧ろ、携帯を受け取らない私を不思議がるように首を捻っていた。
そこまで平然としていられるなら本当に気にしてないんだと思うので、本当に続きも気になっているし、素直に貸してもらおう。
「あ、ありがとう……」
携帯を受け取って画面を覗くと、既に四巻の表紙が表示されている。
私もスマホで漫画を読むことはよくあるから、使い方に問題はなし。
何だか変に緊張しちゃうけど、気を取り直し、ベッドの下に座り直してから、読書を再開しようとして、
「あ」
誠太くんが受験する大学名を聞けていないことを思い出す。
今ならまだ声も掛け易いかなと思って顔を上げたら、誠太くんはコーヒーの入ったマグカップに口を付けているところで。
その背中に声を掛けようと口を動かし、今度は携帯の通知音がピロンと鳴った。
それは私の携帯の通知音とは違ったけど、反射的に視線を落として、画面に表示されている通知を目で追ってしまい、一瞬にして頭の中が真っ白になった。
そこに書かれていたメッセージは、
≪ツカサ 愛してるよっ。ぶちゅっ。≫
え?
え?




