11『少しずつ。一歩ずつ』
11『少しずつ。一歩ずつ』
「みさきはそこに座って! 部屋の奥!」
嘘吐きの友達を連れ帰って、入り口から一番遠くの壁際に押し込む。
特に指定した訳ではないけど、正座で座り込んだみさきは、肩を落として俯いていて。少しは反省してくれたのかなと顔を覗き込んだら、吃驚するくらい口角が弛んでいた。すっごくニヤニヤした表情は、この状況が楽しくて仕方ないみたい。
私は一人で放ったらかしにされて全然楽しくなかったけど。嘘も吐かれたし。
「笑ってないで。誠太くんと何を話してたか教えて」
少しでも威圧感が出るように腕を組んで、みさきのつむじに視線を注ぐ。
友達を放置してどんな楽しい時間を過ごしていたのか。是非教えて頂きたい。
今の私はお説教モード。
わざとらしく鼻だって鳴らし、みさきをジト目で睨みつける。
「えー。そんなに聞きたいのー?」
うーん。どうして、彼女はこんなにもいつも通りなんだろう。
頑張って圧を出しているんだから、もう少し怖がってくれてもいいのに。
「……勿体ぶらなくていいから。早く言って」
「えっとねー。私とお兄さんは、穂花の話をしてたんだよ?」
「え? 私の話……?」
上機嫌なみさきから返ってきた答えは予想外で、一瞬動きが止まってしまう。
自分が居ない所で私の話をされているのは恥ずかしいし、ちょっと怖い。
みさきは、どんな話を誠太くんにしたのか。
それで、誠太くんはどんな反応をしていたのか。
そればっかり気になって、お説教どころじゃなくなってきたけど、廊下に聞こえてきていた二人の会話は、私のことじゃなかったような?
「でも、なんか。……お兄ちゃんになって欲しいみたいなこと言ってたよね?」
「あー! それも話したよ! あと少しだったのになぁ」
「あ、あれはなんだったの?」
「お兄さんの考えてることを教えてもらって、穂花のことをすっごく大切にしてくれてるんだって知れてね。私も二人の関係が羨ましくなっちゃったの!」
「誠太くんが私のことを……? そ、そうなんだ……」
誠太くんは、どんな時でも丁寧に接してくれる。
彼の表情はいつだって優しくて、気遣いは痛いくらいに伝わってきて。
だから、大事にされているのは分かっていた筈なのに。
言葉にしてくれたって事実が、言葉に出来ないくらい嬉しい。
でも、それと同時に頭の中が凄くうるさくなって。
全身がむず痒くなって、力が抜けて。みさきの目の前にへたり込んでしまった。
「……誠太くんは、私のことなんて言ってたの?」
知りたいという欲求が風船みたいに膨らんで、気付いたら言葉になって溢れる。
「お兄さんが言ってたのはねぇー」
「う、うんっ」
そんな風に期待しちゃった私を、みさきは一瞬で後悔させてくれた。
「全然女の子として見てないって言ってた!」
「……………………………へー」
彼女はとっても元気の良い素直な子で。
誰かを傷付けるような嘘を吐く子ではないことを、本当は知っているから。
今の言葉が、実際に誠太くんが言ったことなんだって信じることができた。
誠太くんは、間違いなくそういう意味合いで、みさきに伝えたんだと思う。
ふーん。
ふーーーん。
「他にはなんて言ってたか覚えてる?」
「あとはー、家族として以外の感情は全くないだって」
「そんなこと言ってたんだぁー。うんうん」
「あれ? なんだか穂花。怒ってない?」
「そんなことないよ。どうして、そう思うの?」
「え。だってーー」
「誠太くんは初めて会った時からそうだったからね。家族とか、妹として接してくれてた。私はそれで救われたし、もし誠太くんがそういう人じゃなかったら、今みたいに仲良くなれてないもん!」
「すっごい早口っ!」
彼の言動に触れていたら、そんなの言われなくたって充分に伝わってくる。
粘着さとか、しつこさのない関わり方は、見守られているみたいな温かさがあって、疚しさとは正反対のところに誠太くんの想いを感じる。
彼が誠実でいてくれたおかげで、私達の距離は近付いたから。
異性として見られていなくても別に全然構わない。気にしてなんかない。
「あ、でも、穂花のこと可愛いって。それも言ってた」
「……ふぅーん」
今更そんなこと付け足されたって……、嬉しいな。
誠太くんがどうとかじゃなくて、女の子は可愛いって褒められたら喜んじゃう生き物だから。きっと、みんなそう。矛盾とかじゃない。
「ふふっ。嬉しそう」
「そんなことないケド……」
「よかったね。お兄さんがお兄ちゃんで」
「……うん」
私が今よりずっと幼い時に押し付けられた理不尽は、今でも納得することはできないけど、悲劇があったから私は誠太くんと出会うことができた。
彼の手で、期待してなかった毎日に、鮮やかな色が差し込まれて。
それが凄く心地良くて、いつの間にか無意識に考えてしまっている。
こんな毎日がずっと続いて欲しいって。
「でも、そっかぁー。穂花がなぁー」
少し前の私なら抱かなかった淡い期待。
そこにはやっぱり不安もあって、顔を上げると、みさきも悩まし気にうんうんと首を縦に振っていた。私の事情を知っている彼女は、声に出していない想いにも気付いてくれたのかな。
「どうしたの……?」
もしそうだったら嬉しいので、欲張りな言葉を求めてみたら、
「んー? 穂花ってなんでいつも同じ髪型なの?」
全然関係のないことを考えていた。
私の早とちりかもしれないけど、ひどい。
どうして今のタイミングで気になったんだろう。
「なんでって……。私の髪短いから」
「短くても色んなアレンジできるよ。やってあげようか?」
「きゅ、急にどうしたの?」
「たまにはいいんじゃないかなーって」
「……そろそろ勉強もしようよ」
「もっと可愛くなるためのお勉強もしたくない?」
「それは……」
可愛くなりたいのは、誰かの心を惹き付けたいから。
私にはまだそんな人……。
「はーい。座って座って」
咄嗟に言い淀むと、問答無用でみさきの手が伸びてきて、髪をわしゃわしゃかき混ぜられる。髪をボサボサにされそうだからすぐに後ろに下がろうとすると、彼女の柔らかい笑顔が目の前にあって、キラキラの瞳が私のことを真っ直ぐに貫く。
五秒も目を合わせていられず、私は逃げるように視線を逸らした。
「まだ何も言ってないのに」
「顔に書いてあったもん。もっと、可愛く思われたいって」
「日本語ちょっと変じゃない……?」
「可愛くなりたいのは否定しないでしょ?」
「……うるさい」
「はいはい。やり辛いから前向いてねー」
ほっぺたに手を添えられて、強制的に正面を向かされる私。
絶対、みさきは悪い顔をしていると思っていたけど、彼女はいつにも増して真剣な表情をしていて、私の目をまっすぐ見つめてくる。
それはそれで、ちょっと緊張するから直視できない。
今度は視線だけ下げてみると、窮屈そうな胸元が視界に入った。
……やっぱり、大きい。
私もそれぐらいあったら、なんて。羞恥心が嫉妬に変わっていく間に、みさきはいそいそと何か準備をしていて、私の髪の毛を細くしなやかな指で梳いていく。
「穂花の髪さらさら~」
「くすぐったいよ」
「良い匂いもするねぇー」
「や、やだ。鼻くっつけないで」
「すぅー。はぁー」
「……さいあく」
「あはは! 冗談だって。良い匂いっていうのはホントだけど」
「もう何も言わなくていいから。やるなら早くして」
「もぉ~。ちょっとしたスキンシップなのにぃー」
少しだけ語気を強めて、みさきを上目遣いに睨む。
その反応で満足してくれたみたいで、ようやく取り掛かるつもりにはなってくれたみさきが、私の髪の毛を集めて、一か所に纏めていく。
匂いを嗅がれるのは絶対嫌だけど、髪を触られるのはちょっと気持ちいい。
そのまま鏡もないから、どうなっているのかも分からず、されるがまま大人しく待っていると、あっという間にセットは終わって、みさきが鞄の中から手鏡を取り出し、私の手元に渡してくれた。
「できたっ!」
「できた?」
「ほら。どぉ? いつもよりもっと可愛くなったでしょ?」
「……」
鏡に反射した自分の姿を確認すると、頭の上に小さなお団子が乗っている。
触れると小さく萎んで、反発して元に戻って。
ちょこんとささやかに主張する、まん丸なそれは凄く愛らしい。
サッと纏められた髪型は、ラフな雰囲気もあって、ほんの少しだけだけど、普段の自分よりも大人っぽいような気がする。
「……あ、ありがとう。良い感じ、だと思う」
「ふふっ。お兄さんにも可愛いって言って貰えるといいね」
「な、なんで……。別に気にしてなんかいないからっ」
「あーもう。穂花は可愛いなぁ」
そう言って揶揄うようにみさきが笑う。
それを叱りたいと思うのに、その笑顔に悪意は感じられなくて。
今のみさきは、迷子の子供を正しい道に導いてくれる、大人のお姉さんみたいだった。




