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ありふれた恋すら、あなたとは。  作者: よせなべ
第二章『甘いコーヒーと宇治抹茶入り緑茶』
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11『少しずつ。一歩ずつ』

11『少しずつ。一歩ずつ』




「みさきはそこに座って! 部屋の奥!」


 嘘吐きの友達を連れ帰って、入り口から一番遠くの壁際に押し込む。

 特に指定した訳ではないけど、正座で座り込んだみさきは、肩を落として俯いていて。少しは反省してくれたのかなと顔を覗き込んだら、吃驚するくらい口角が弛んでいた。すっごくニヤニヤした表情は、この状況が楽しくて仕方ないみたい。

 

 私は一人で放ったらかしにされて全然楽しくなかったけど。嘘も吐かれたし。

 

「笑ってないで。誠太くんと何を話してたか教えて」


 少しでも威圧感が出るように腕を組んで、みさきのつむじに視線を注ぐ。

 友達を放置してどんな楽しい時間を過ごしていたのか。是非教えて頂きたい。 

 今の私はお説教モード。

 わざとらしく鼻だって鳴らし、みさきをジト目で睨みつける。


「えー。そんなに聞きたいのー?」


 うーん。どうして、彼女はこんなにもいつも通りなんだろう。

 頑張って圧を出しているんだから、もう少し怖がってくれてもいいのに。


「……勿体ぶらなくていいから。早く言って」

「えっとねー。私とお兄さんは、穂花の話をしてたんだよ?」

「え? 私の話……?」


 上機嫌なみさきから返ってきた答えは予想外で、一瞬動きが止まってしまう。

 自分が居ない所で私の話をされているのは恥ずかしいし、ちょっと怖い。


 みさきは、どんな話を誠太くんにしたのか。

 それで、誠太くんはどんな反応をしていたのか。


 そればっかり気になって、お説教どころじゃなくなってきたけど、廊下に聞こえてきていた二人の会話は、私のことじゃなかったような?


「でも、なんか。……お兄ちゃんになって欲しいみたいなこと言ってたよね?」

「あー! それも話したよ! あと少しだったのになぁ」

「あ、あれはなんだったの?」

「お兄さんの考えてることを教えてもらって、穂花のことをすっごく大切にしてくれてるんだって知れてね。私も二人の関係が羨ましくなっちゃったの!」

「誠太くんが私のことを……? そ、そうなんだ……」


 誠太くんは、どんな時でも丁寧に接してくれる。

 彼の表情はいつだって優しくて、気遣いは痛いくらいに伝わってきて。

 だから、大事にされているのは分かっていた筈なのに。


 言葉にしてくれたって事実が、言葉に出来ないくらい嬉しい。

 でも、それと同時に頭の中が凄くうるさくなって。

 全身がむず痒くなって、力が抜けて。みさきの目の前にへたり込んでしまった。


「……誠太くんは、私のことなんて言ってたの?」 


 知りたいという欲求が風船みたいに膨らんで、気付いたら言葉になって溢れる。


「お兄さんが言ってたのはねぇー」

「う、うんっ」

 

 そんな風に期待しちゃった私を、みさきは一瞬で後悔させてくれた。


「全然女の子として見てないって言ってた!」

「……………………………へー」

 

 彼女はとっても元気の良い素直な子で。

 誰かを傷付けるような嘘を吐く子ではないことを、本当は知っているから。

 今の言葉が、実際に誠太くんが言ったことなんだって信じることができた。


 誠太くんは、間違いなくそういう意味合いで、みさきに伝えたんだと思う。


 ふーん。

 ふーーーん。


「他にはなんて言ってたか覚えてる?」

「あとはー、家族として以外の感情は全くないだって」

「そんなこと言ってたんだぁー。うんうん」

「あれ? なんだか穂花。怒ってない?」

「そんなことないよ。どうして、そう思うの?」

「え。だってーー」

「誠太くんは初めて会った時からそうだったからね。家族とか、妹として接してくれてた。私はそれで救われたし、もし誠太くんがそういう人じゃなかったら、今みたいに仲良くなれてないもん!」

「すっごい早口っ!」


 彼の言動に触れていたら、そんなの言われなくたって充分に伝わってくる。

 粘着さとか、しつこさのない関わり方は、見守られているみたいな温かさがあって、疚しさとは正反対のところに誠太くんの想いを感じる。

 彼が誠実でいてくれたおかげで、私達の距離は近付いたから。

 異性として見られていなくても別に全然構わない。気にしてなんかない。


「あ、でも、穂花のこと可愛いって。それも言ってた」

「……ふぅーん」


 今更そんなこと付け足されたって……、嬉しいな。

 誠太くんがどうとかじゃなくて、女の子は可愛いって褒められたら喜んじゃう生き物だから。きっと、みんなそう。矛盾とかじゃない。


「ふふっ。嬉しそう」

「そんなことないケド……」

「よかったね。お兄さんがお兄ちゃんで」

「……うん」


 私が今よりずっと幼い時に押し付けられた理不尽は、今でも納得することはできないけど、悲劇があったから私は誠太くんと出会うことができた。

 彼の手で、期待してなかった毎日に、鮮やかな色が差し込まれて。

 それが凄く心地良くて、いつの間にか無意識に考えてしまっている。


 こんな毎日がずっと続いて欲しいって。


「でも、そっかぁー。穂花がなぁー」


 少し前の私なら抱かなかった淡い期待。

 そこにはやっぱり不安もあって、顔を上げると、みさきも悩まし気にうんうんと首を縦に振っていた。私の事情を知っている彼女は、声に出していない想いにも気付いてくれたのかな。


「どうしたの……?」


 もしそうだったら嬉しいので、欲張りな言葉を求めてみたら、


「んー? 穂花ってなんでいつも同じ髪型なの?」


 全然関係のないことを考えていた。

 私の早とちりかもしれないけど、ひどい。

 どうして今のタイミングで気になったんだろう。

 

「なんでって……。私の髪短いから」

「短くても色んなアレンジできるよ。やってあげようか?」

「きゅ、急にどうしたの?」

「たまにはいいんじゃないかなーって」

「……そろそろ勉強もしようよ」

「もっと可愛くなるためのお勉強もしたくない?」

「それは……」


 可愛くなりたいのは、誰かの心を惹き付けたいから。

 私にはまだそんな人……。


「はーい。座って座って」


 咄嗟に言い淀むと、問答無用でみさきの手が伸びてきて、髪をわしゃわしゃかき混ぜられる。髪をボサボサにされそうだからすぐに後ろに下がろうとすると、彼女の柔らかい笑顔が目の前にあって、キラキラの瞳が私のことを真っ直ぐに貫く。


 五秒も目を合わせていられず、私は逃げるように視線を逸らした。

 

「まだ何も言ってないのに」

「顔に書いてあったもん。もっと、可愛く思われたいって」

「日本語ちょっと変じゃない……?」

「可愛くなりたいのは否定しないでしょ?」

「……うるさい」

「はいはい。やり辛いから前向いてねー」


 ほっぺたに手を添えられて、強制的に正面を向かされる私。

 絶対、みさきは悪い顔をしていると思っていたけど、彼女はいつにも増して真剣な表情をしていて、私の目をまっすぐ見つめてくる。

 

 それはそれで、ちょっと緊張するから直視できない。

 今度は視線だけ下げてみると、窮屈そうな胸元が視界に入った。

 

 ……やっぱり、大きい。


 私もそれぐらいあったら、なんて。羞恥心が嫉妬に変わっていく間に、みさきはいそいそと何か準備をしていて、私の髪の毛を細くしなやかな指で梳いていく。


「穂花の髪さらさら~」

「くすぐったいよ」

「良い匂いもするねぇー」

「や、やだ。鼻くっつけないで」

「すぅー。はぁー」

「……さいあく」

「あはは! 冗談だって。良い匂いっていうのはホントだけど」

「もう何も言わなくていいから。やるなら早くして」

「もぉ~。ちょっとしたスキンシップなのにぃー」


 少しだけ語気を強めて、みさきを上目遣いに睨む。

 その反応で満足してくれたみたいで、ようやく取り掛かるつもりにはなってくれたみさきが、私の髪の毛を集めて、一か所に纏めていく。

 匂いを嗅がれるのは絶対嫌だけど、髪を触られるのはちょっと気持ちいい。


 そのまま鏡もないから、どうなっているのかも分からず、されるがまま大人しく待っていると、あっという間にセットは終わって、みさきが鞄の中から手鏡を取り出し、私の手元に渡してくれた。


「できたっ!」

「できた?」

「ほら。どぉ? いつもよりもっと可愛くなったでしょ?」

「……」


 鏡に反射した自分の姿を確認すると、頭の上に小さなお団子が乗っている。

 触れると小さく萎んで、反発して元に戻って。

 ちょこんとささやかに主張する、まん丸なそれは凄く愛らしい。

 サッと纏められた髪型は、ラフな雰囲気もあって、ほんの少しだけだけど、普段の自分よりも大人っぽいような気がする。


「……あ、ありがとう。良い感じ、だと思う」

「ふふっ。お兄さんにも可愛いって言って貰えるといいね」

「な、なんで……。別に気にしてなんかいないからっ」

「あーもう。穂花は可愛いなぁ」


 そう言って揶揄うようにみさきが笑う。

 それを叱りたいと思うのに、その笑顔に悪意は感じられなくて。

 今のみさきは、迷子の子供を正しい道に導いてくれる、大人のお姉さんみたいだった。





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