第68話 両軍布陣
「陛下、ニーナ国務尚書、ついにグレア帝国が軍隊を動員したようです」
伝令さんがそう伝える。
「ついに来たね」
「はい」
私たちは諸外国との交渉資料に目を通していたわ。すでに、ヴォルフスブルクは私たちの公国を承認してくれた。大陸最強の国家が公国を認めてくれたという事実は、とても大きいわ。グレアの同盟国以外は、なし崩し的に私たちを承認してくれるはず。
ヴォルフスブルクとの潜在的な同盟関係というものはとても大きいもの。
お父様とフランツ様の人脈も大活躍しているわ。ふたりとも、もしもの時に備えていたのね。じゃなければ、国際社会がこんなに早く動くことができるはずがないもの。
フランツ様、お父様、そして、チャーチル将軍。
この3名が国家の中枢にいることが大きいのね。
すでに、3人とも国際的な信用が高い人物だもの。グレア帝国の3英傑が、そろってグレアを見限ったというのも大きいわね。皇帝陛下は、世界屈指の指導者だけど、その跡継ぎの皇太子様ははっきり言って信用されていない。
外交や魔獣騒動の失敗は、すでに諸外国に伝わっているはず。あと、婚約者の評価もね。外国もバカじゃない。諜報員を通じて、彼らの評価はすでにみんな知っているはず。あえて、知らないように振る舞っているだけ。
グレア帝国の中で一番怖いのは、ルーゴ将軍ね。
帝国の宿将であり、ヴォルフスブルク帝国すら恐れるほどの猛将。
「指揮官は、誰だ? やはり、ルーゴ将軍か?」
フランツ様は伝令に聞く。
「いえ、皇太子と子爵の両名のようです。ルーゴ将軍は帝都の守りに回っているようです」
「そうか、ありがとう」
彼は、少しだけ余裕を持って答えた。よかった、ルーゴ将軍ではなく、皇太子が指揮官なら……
いえ、敵を過小評価するのはよくないわね。私も歴史の愚将になりたくないもの。
「ニーナ、計画通りに領外で迎え撃つよ。行ってくるから、後方は任せたよ!」
「はい、ご武運を……」
「もちろんさ。後方支援をよろしく頼む」
私たちは、そう言って笑顔で別れた。
ついに、戦争が始まる。
※
―グレア帝国領内・アムリット―
ついにこの時が来たわ。あのムカつくフランツを倒すために、私たちはアムリットに布陣したわ。
私たちの兵力は、8万人。
後顧の憂いがないから、もてる限りの戦力をここに投入したわ。
それに対して、フランツ率いる賊軍は6万人という情報をつかんでいるわ。さすがに、魔獣対策に兵を割かなくちゃいけないから、私たちよりも少なくなるわね。
「メアリ、ここは戦場だ。キミは後ろに下がっていた方がいいんじゃないか?」
私のフィアンセ様は優しく心配してくれる。
「いえ、殿下。私たちの大勝利をこの目に焼き付けておきたいのです。今日、この日、この場所で私たちの新しい歴史が始まるんですもの!」
「ああ、ならばキミにこの勝利をささげよう。すでに、数では我らの方が有利だ。あとは、前線を崩して包囲殲滅するだけだよ。なに造作もない戦いさ」
「さすがは皇太子様です! さあ、あとは勝つだけですわ」
中央には我ら皇太子様の軍がいて、右翼にはコンス尚書、左翼にはお父様が布陣しているの。
鳥が翼を広げるような陣形ね。これは敵を包囲するのに適している陣形だと殿下が言っていたわ。
数で有利な私たちは基本に忠実に、パワーで押せばいい。
懸念していた食料も、途中途中の村で《《分けてもらった》》から大丈夫よ。少し強引な手法を使ってしまったけどね。
私たちはまだ日が出ないうちに布陣したわ。我が領域に進軍していたあいつらを待ち伏せした形よ。
圧倒的有利な地形に私たちは陣取っている。
ついに日が出てきたわ。開戦よ。ついに、私たちは雌雄を決する時間になったの。
「さあ、殿下。号令を!」
「ああ、全軍と……えっ!?」
朝の陽ざしがアムリットの土地を照らすと、逆賊たちの陣地が鮮明に浮かび上がったの。
そこにはあるはずのないものが翻っていたわ。
赤く塗られた双頭の鷹の旗。
グレア帝国皇帝のみが使用を許された専用の軍旗が、フランツの本陣に置かれていた!!




