第57話 決戦準備&動き出す悪女
「皆さんは、避難民です。ですから、無理せずに、避難してください。あなた方を守るために、私たち貴族や軍が存在するのです。ここはもうすぐ戦場になります!」
私は、避難民にそう説明して、後方に下がるようにお願いする。
「いえ、ニーナ様! 我らは、栄光あるグレア帝国オーラリア辺境伯領の住民です。我らは、先祖代々、この戦乱の多い土地を守ってきたんです。負傷兵が頑張っているのに、我らが逃げるわけにはいきません。後方支援でもなんでもできることはやらせてください。自分たちの家や農地や職場を守るのに、理由なんていりません。私達にも戦わせてください!」
少し前に、ヴォルフスブルクの鉱山技術についての本を一緒に翻訳した青年だった。彼もここに避難していたのね。
「そうだ、ニーナ様のような高貴な人が、俺たちを守るために勇気を見せてくれるんだ。俺たちが、いつまでも守られる側にいるなんて、もうこりごりだぜ!」
「病人や老人、子供、女を後ろに下げるのは、仕方がありませんが、俺たちは農業で鍛えてるんです。戦えますよ!」
「フランツ様やニーナ様、兵士の皆は、俺たちを守るために戦ってくれているんだ。みんな武器を持て! 大事な家族を守るぞぉ!」
避難民たちは、次々に協力を申し込んでくれた。
「ですが……」
これは厳しい戦いになる。私達は、言い方を悪く言えば、"時間稼ぎ"みたいなものよ。犠牲者がたくさん出るのは、避けることができないの……
そんな危ない道に、守るべき人たちを巻き込んではいけない。
私が、断ろうとしたとき、「ニーナ様」と大佐が私の肩を優しく叩いた。
「いけません。ニーナ様……彼らは、彼らなりの信念と覚悟があるのです。ニーナ様の覚悟があるように、民の覚悟を尊重するのも、為政者の大事なことですよ」
「そうです! フランツ様とニーナ様は、常に私たちのために、仕事をしてくれていた。皇太子様が、俺たちのことを見ていなかった分、それが本当に嬉しいんです。どうか、お手伝いをさせてください」
鉱山技師の青年は、大きな声で叫んだ。
それに呼応して、たくさんの声が私を包む。
「ニーナ様!」
「戦わせてください」
「帝国とか、皇太子様とかそんなんじゃない。俺たちは、あなたや自分の家族を守るために戦いたいんだ!!」
私たちの仕事を見ていてくれた人たちがこんなにいたんだ。
胸が熱くなって苦しい。
皇太子様から不要と言われて、婚約破棄された私を見ていてくれる人がこんなにたくさんいる。その事実が、私にはたまらなく嬉しい。
「よろしくお願いします、みなさん……」
私は、涙ぐみながら、彼らの好意に甘える。
「みんないくぞー」
「「「おう!!!」」」
砦の中は、一体感と熱に包まれるわ。
これなら奇跡が起こせるかもしれない。
「だが、皆さん、魔獣は強いです。厳しい戦いになるのは、覚悟してくださいね」
大佐がそう言って強く注意する。やはり、ベテランの軍人さんはメリハリがあるわね。
「いい方法はないよな……なにか、素人の俺達でも強い魔獣を倒せる秘策があればいんだけど……」
鉱山技師さんは、そう言って悩む。
何かいいものはないかしら……
負傷兵や素人でも魔獣を倒せるような方法。
今まで読んできたたくさんの本の内容を思い出す。私は昔から読書が好きだった。読書のおかげでヴォルフスブルク語もうまくなったのよ。
そして、悩んだ時に、私は技師さんの顔を見て、ひとつのことを思いついた。
「そうだわ、あの鉱山技術の本で読んだあの方法を試してみてはどうかしら!」
ここにあるものと、魔力を使えばきっとできるはずよ。
※
私たちは、魔獣撃退の作戦の準備を慌ててする。今ある戦力では、私たちは劣勢。でも、ここが最前線のための物資庫という役割も持っているから、使えるものはたくさんあるわ。
「風魔法は、私ができるから、あとは結界魔法と火炎魔法か……火炎魔法は、技師さんたちが持ってきてくれた火薬で代用するとして――そうだわ、神官様なら結界魔法が使えるはず! 頼んでみましょう!!」
「はい!」
国境から、この砦までは1時間くらい。前線の守備兵が、引きつけつつ遅延させて撤退をしているので、1時間半くらいね。
さっきの伝令さんが馬を使って速報を教えてくれたの。それにもろもろの連絡や非戦闘民の撤退などでかなり時間を使ってしまったから――おそらく、あと30分くらいで魔獣が来てしまうはず。
「ニーナ様、隊長と鉱山技師さんが、無事に火薬で落とし穴を掘ることに成功したみたいです!!」
「よかった。その近くに例のものをみんなで運んでください!」
「わかりました!」
限られた時間で、私たちはベストを尽くす。
※
―領都軍病院―
「落ち着いてください、メアリ様。こちらは病院です」
皇太子様が重傷を負ったと連絡があって、私はいそいで辺境伯領の軍病院に駆け込んだ。
ありえない、ありえない。
どうして、私の大事な皇太子様が……
そもそも、最前線なんかいくはずがない指揮官がどうして、一番の大けがを……
「うるさいわねぇ! 私は、皇太子様の婚約者であるメアリ子爵令嬢。あんたみたいな平民に指図されるおぼえはないわ」
「っく……」
うるさいのがやっと黙ったわ。
皇太子様が、功を焦って突撃なんて、誰が信じられるのよ!
これは間違いなく、フランツとニーナの陰謀ね。私に恨みを持つ、あいつらが何かを仕掛けてきたんだわ。
そして、皇太子様を追い落とそうと画策しているのかしら。もしかしたら、魔獣騒ぎが、私たちの陰謀だと気がついたのかしら?
なら、もう時間的な猶予は残されていないはず。
予定を早めなくちゃ……
「ボニー、急いでお父様に伝えて」
私の長年のボディーガードであるボニーに用事を頼むわ。
「約束の時が来たわ」
「お嬢様、それでは……」
「ええ、皇帝陛下には、ご退場いただくわ。あと、数日で、私は皇后陛下よ?」




