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第44話 愛

 そして、馬車は屋敷に到着した。まるで魔法が解けてしまったみたいに、私たちのプライベートの時間も終わってしまったわ。


 この時間が終わって欲しくはなかった。仕事終わりのデート。お互いの気持ちをよく知り、感情を深めるためのスキンシップ。他の人から見れば、大したことはないかもしれないわ。


 私たちは、恋人同士だし、いい年齢だもの。マリアが聞けば、「手を握るくらいで、大げさね」とからかわれるに決まっている。


 でも、私たちにとっては、大切な時間だったわ。

 間違いなく大切な時間だったのよ。


 その時間が失われることに、寂しさをおぼえたっていいじゃない。


 私たちは、できる限りゆっくりと手をはなしていく。少しずつ彼のぬくもりが、私の手から失われていく。なんでだろう。さっきまでは、手に触れることだけでもたくさんの勇気が必要だったのに……


 今では、手をはなすことに勇気が必要になっているわ。もしかしたら、さっきの短い時間で、手を握ることが普通のことになったのかもしれないわね。


 これからは彼と触れ合うのが普通になっていく。


 そうに決まっている。


 今は手を握るだけでドキドキしたり、勇気が必要になっているけど、それが当たり前になれば、さらに深いものを求めていく。


 深淵しんえんをのぞいてしまったのかもしれないわ。その恋愛感情というものは、とどまることを知らずに深く、そして底がない。


 だからこそ、人間はそれに狂わされるわ。


 深淵から生まれる嫉妬しっとの感情は、愛と表裏ひょうり一体。

 皇太子さまの嫉妬心は、愛から生まれたのかもしれないわ。そして、愛があるからこそ、その愛を壊してしまった。


 自分で言うのも、なぜか他人ごとになってしまうのはなぜかしら?

 たぶん、皇太子様の婚約者だったことが、少しずつ過去のものになって、風化しているのかもしれないわ。


 私は、この関係を壊したくない。だからこそ、彼に真摯に愛を伝えていかなければいけないのよね……


 彼は、いつも私に対して誠実だった。私に対して、常に優しく、寄り添い、そして素直に気持ちを伝えてくれたもの……


 私はまだ、彼が向けてくれる好意に値する人間ではないと思うけど、理想に近づきたい。彼の好意をそそがれることにふさわしい女になりたい。


 さっきの馬車で、はっきりわかったわ。


「(私は彼を――《《フランツ様を愛している》》)」


 だって、そうでしょう。好きじゃなければ、彼のことを四六時中見たり考えたりしない。手を握りたいとも考えるわけがない。手を握るくらいのことに勇気を振り絞ったりしない。意識して、話せなくなったりしない。彼にふさわしい人になろうなんて思うわけがない。


 私は、フランツ様が好き!!

 愛してる!


 どうして、そのことから目をそむけてきたのかしら……


 いままで、世間体せけんていばかりにとらわれて、自分の気持ちをないがしろにしてきたわ。でも、今はそれを本当に嫌悪している。


 だって、さっきまでのように、私は彼との時間を永遠に過ごしたいと思ってしまっているから。


 だからこそ、彼の役に立てるように仕事も頑張れるし、彼を支えたいと本気で思っているわ。


 私を失脚に追い込んだメアリ男爵令嬢のことも気がかり……

 彼女と婚約した後、皇太子さまの名声はどんどん落ちてきている。どうにか挽回ばんかいしたいと思っているはずよ。


 それに、自分と皇太子様の顔に泥をったフランツ様を逆恨みしているかもしれない。彼女の暴走と思い込みは、狂気に似た怖さがある。私をもっとドン底に突き落としたかったはずだし、それができなかったことをたぶん、そうとう恨んでいるはず。


 婚約破棄の時のように、手段を問わずに暴走して、今度はフランツ様に危害が及ぶようなことが起きたら――


 今度は、絶対にあらがうわ。もう運命から逃げたりしない。


 ※


 もうすべてが終わり。このまま死んでしまいたい。私の居場所なんてどこにもないのだから……


 ※


 フランツ様が助けてくれる寸前まで、私は絶望し何もすることができなかった。何も言い返すことができなかった。


 あの時の私は完全にあきらめていたのよ。絶望を受け入れていた。


 そんな私を救ってくれた彼に、今度は私が何かをする番。

 私は、今まで自分の立場を守るために戦おうとはしてこなかった。でも、守られるだけの立場なんてもういやなのよ。


 皇太子様の婚約者というのは、いかに奇麗なおにんぎょうになることができるかだけを求められていた。だから、私も戦うなんて気持ちにはならなかった。そこにいるだけで価値があると錯覚さっかくしていたから。


 だからこそ、今はもっと実務を学びたいわ。

 立場だけの自分なんて嫌。そんな自分じゃ、フランツ様の隣にはいられない。守ってもらってばかりの私に戻ってしまう。


 私は馬車の扉をゆっくり開く。

 でも、そこには先に降りたフランツ様が笑顔で待っていてくれた。


「さぁ、ニーナ」

 今度は、彼が手を差し伸べてくれる。


 馬車から降りる私を優しくエスコートしてくれる彼を見て、私はこの手をずっと離さないことを決めた。


 たぶん、これが愛というものだから……

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