第37話 辺境伯兄妹(用語解説あり)
「それでは、お兄様。私は、今週末には学園に帰りますわ」
私は兄に出発の挨拶をする。彼は、少しだけ寂しそうな様子ね。
「そうか、寂しくなるね。気を付けて行ってきてくれ」
「はい! でも、お兄様的には少しうれしいんじゃないんですか?」
「どういうことかな?」
「どういうこともなにも、私は気がついていましたから……あんまり隠さなくてもいいんですよ?」
私の発言に、お兄様は観念したようだ。
「そうか、まったくマリアにはかなわないな。この前の王都からの帰りに、ニーナに結婚を申し込んだ。すでに、皇帝陛下や公爵にはお許しをもらっている」
「結果は、聞かなくてもわかっております。ニーナ様はずっとお兄様のことを見ていましたから。それにしても、相変わらず根回しがうまいですよね、お兄様?」
「政治は根回しが一番大事だからね。そうか、ニーナはずっと僕のことを見ていたのか……」
まったく政治力はあるのに、どうして恋愛に関してはこんなに鈍感なのかな? あと嬉しそうにしている様子を見ると、まるで子供のようね。もし、お兄様が皇太子様の立場だったら、根回しを完璧にして、相手を完全に失脚させているはずよ。そう考えると、皇太子様とお兄様のふたりの立場が逆で本当に良かったわ。
「じゃあ、マリア。学園に到着したら、よろしく頼むよ」
ここからは、浮ついた話じゃなくて、真面目な話ね。
わかってるわ。私だって、辺境伯家当主の妹なんだからね。もし、お兄様になにかあったら、当主代行は私。だから、しっかりしないとね。
「はい、学園生活で、新興貴族連合の情報を集めてみますわ。子息や令嬢なら、当主たちよりも口が軽いですからね」
ニーナ様を屋敷に招いたことで、今後は貴族間の権力闘争が激しくなることは間違いないわ。
だからこそ、私が王都で情報を集めて、ふたりを支えるのよ。
もう誰も、ニーナ様を傷つけるのは許さない!
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※登場人物も増えてきたので、ここで一度整理します。
<登場人物紹介>
ニーナ……主人公。18歳。公爵令嬢。幼少期にグレア帝国皇太子の婚約者となる。しかし、ここ数年、彼とはうまくいっておらず、卒業パーティーの日に婚約破棄を言い渡される。危うく国外追放されかけるが、幼なじみのフランツに救われて、彼の辺境伯領で保護される。かなり、まじめな性格で面倒見がよく語学や勉学が得意。
フランツ……オーラリア辺境伯兼グレア帝国筆頭選帝侯。19歳。まだ若いものの、両親の死後、名門・オーラリア辺境伯家の当主となる。政治、軍事、どちらにも才能を見せ、周囲からもとても期待されている。ニーナよりも1歳年上で、公爵家と辺境伯家は親同士が親友だったため家族ぐるみの付き合いで、幼なじみ。ニーナを辺境伯領に保護する。
皇太子……グレア帝国皇太子。18歳。ニーナの元・婚約者。社交性が高く、異性にもよくモテる。嫉妬心が強く、才能を認められているフランツやニーナにコンプレックスを抱いている。浮気相手のメアリ男爵令嬢に唆されて、ニーナとの婚約を破棄する。
メアリ……男爵令嬢。18歳。父は新興貴族連合の中心。成金で、爵位を金で買った新興貴族で、マナーや勉強は苦手。しかし、ずる賢い性格で、裏工作などは得意。地位や名誉に異常な執着を見せる。
マリア……オーラリア辺境伯令嬢(フランツの妹)。17歳。両親を亡くした後は、フランツとともに辺境伯家を切り盛りしている。同性の幼なじみであるニーナとは、親友のような間柄で、お互いに姉妹のように思っている。誠実な性格で、友達が多く、情報収集が得意。兄に比べると、才能こそ劣るが、決断力や判断力に優る。
公爵……ニーナの父親。選帝侯の一人。質実剛健で、皇帝への忠誠心が強い。権謀術数渦巻く貴族の社交界でも、誠実な行動によって信頼されている。その性格から慕う者も多く、中央政界での発言力も強い。フランツ・マリア兄妹の父親とは、学生時代からの親友で、兄妹の後見人も務めている。今は隠居しているが、現役時代は、国務省尚書(外務大臣)兼海軍大将だった。
皇帝……皇太子の父親。本名・リチャード九世。グレア帝国史上でも屈指の名君とされる。周囲の列強と比べると、国力が劣る帝国を巧みな外交戦略で大国の地位まで押し上げた。
クランベール……辺境伯領都にあるカフェのオーナー。辺境伯領の元貴族で優秀な財務官僚だったが、先代の辺境伯が亡くなったのを契機に、職を辞した。
<用語解説>
グレア帝国……物語の舞台。人口や食料生産力、陸軍力ではヴォルフスブルク帝国に劣るものの強力な海軍力を持ち、外交と交易の分野では強い。
ヴォルフスブルク帝国……グレア帝国に隣接する大国。巨大な陸軍力を持つが、グレア帝国の巧みな外交力で包囲網を構築されて簡単にはその力を発揮できない。
オーラリア辺境伯領……ヴォルフスブルク帝国に隣接するグレア帝国の東にある領地。その地理的な要因から、独自の軍備の保持が認められており、その軍事力は帝国全体の20パーセントを占めるほど巨大。
オーラリア辺境伯家……現当主はフランツ。グレア帝国建国の父グレア1世の弟オーラリア1世をルーツに持ち、独自の軍事力・選帝侯筆頭の地位・皇位継承権を有するなど数多くの特権を持つ。帝国内の席次では、皇族の次席に位置し、その権威は強大。
選帝侯……皇帝が崩御もしくは執務が不能となったとき、次期皇帝を選ぶことができる7人の大貴族。筆頭はオーラリア辺境伯家であり、選帝侯会議の議長を兼ねる。ニーナの実家の公爵家もそれに名を連ねている。法制度的には、皇位継承権を有する貴族であれば、誰でも皇帝に選任させることはできるが、慣例的に皇太子の即位を追認する状況が続いている。
新興貴族連合……新しく爵位を得た貴族たちの派閥。商人出身者が多く、従来からの貴族たちが高位の爵位を独占していることに不満を感じている。そのため、いろんな策謀を張り巡らせて自分たちの立場を上げようと画策している。




