第25話 本当の家族
「どういうことだ、ニーナ? キミは我が領土でくすぶっているような人材じゃないよ。王都で、華々しく活躍する道の方がキミには似合っている」
フランツ様は、驚いた様子ね。
自分でも、突然こぼれてしまった言葉に驚いているわ。
「ですが……」
「皇帝陛下もおっしゃってくれたじゃないか。キミは被害者なんだ。たしかに、社交界では変な噂がたてられるかもしれないよ。でもね、そんなやり方が汚い人たちのことなんて気にしてはいけないよ。キミは立派な女性だ。普通にしていればいいよ。そうすれば、自然とキミの周りには、笑顔があふれてくる。キミはそういう人なんだよ」
フランツ様は、情熱的に私の発言を撤回するようにうながしてくれる。私のことを思っての精一杯の発言ね。とても、嬉しい。褒められすぎて、顔が熱くなるくらいよ。
「フランツ辺境伯。ニーナ公爵令嬢の言い分も聞こうじゃないか。彼女は、聡明な女性なのは、卿もわかっているはずじゃないか……卿の領土に残りたいというからには、なにかしらの理由があるんだろう? 聞かせてくれるな、ニーナ?」
皇帝陛下は、私のことを優しく見つめて頷いた。
「はい、陛下。私は、謹慎中に、フランツ様のお仕事を手伝っていたのです」
「ああ、そのことは聞いているよ。ヴォルフスブルク語の専門家として大活躍してくれたらしいじゃないか!」
「はい、ありがとうございます。通訳のお仕事や事務のお手伝いをさせていただきました」
「そうか、そうか」
「そして、私はそのお仕事が大好きになってしまったんです。私は王都にいた時は、皇太子さまの婚約者であり、公爵令嬢のニーナでした。身分や立場が先に来るなにもない人間でした。実際に、皇太子様との婚約が破棄された瞬間に、私はすべてを失ってしまったんです。なにも持たない人間になってしまった」
「……」
「……」
ふたりは黙ってしまったわ。
でも、この前置きは、私の本当の気持ちを伝えるために、必要なことなのよ。
「だから、辺境伯領での生活で、私は救われたんです。フランツ様、マリア、街や役所の人たち、陳情に来る民の方々。彼らは、私を皇太子さまの婚約者であり、公爵令嬢のニーナとは《《見ていなかったんです》》。私は、ひとりの人間として、単なるニーナとして生きていけたんです。私は、あの土地の生活で、ひとりの人間として生まれ変わったんです。そして、その生活をもっと続けていきたいんです!!」
陛下は優しく笑って首肯してくれた。
「そうか。さらに、成長したようだね、ニーナ。私が言うべき立場ではないことはわかっている。だが、最後になるかもしれないから、ちゃんと言っておきたいと思う。聞いてくれるね?」
「はい、陛下」
「私は、幼い時からキミのことを見ていた。ニーナのことは、本当の娘も同然だと今でも思っている。だからこそ、さっきの言葉は、キミの本心だとよくわかったよ」
陛下は、優しく私の頭を撫でた。
「娘のワガママを聞かない父親がどこにいると思う? フランツ辺境伯、娘のことをよろしく頼むよ」
「かしこまりました」
そして、陛下は私の耳元でつぶやいた。
「(そうか、居場所を見つけたんだな、ニーナ。キミと本当の家族になれなくて、残念だが、《《フランツと幸せになってくれ》》。そこまでは、責任を持てないからな。欲しいものは、自力で勝ち取るんだよ?)」
私は、ずっと支えてきてくれたもうひとりの父の言葉をゆっくりと受け取った。




