第14話 クランベール
そして、私たちは馬車で街まで移動したの。
一応、護衛は伴うけれども、こんな気軽な外出は、はじめてかもしれないわ。もう、私は皇太子様の婚約者じゃなくなっているから、正直に言えば狙われる心配はほとんどないし……
盗賊によるひとさらいは少し怖いけど、護身用の魔術を使えば、どうとでもなるわ。
「ここですわ。ここが私がよく使うカフェですわ!!」
マリアが案内してくれたカフェは、アンティーク調のオシャレな家具がたくさんあるお店だったわ。とても落ち着いた雰囲気ですてきね。
「これはこれは、マリア様じゃないですか。言ってくだされば、お席を用意しておきましたのに……」
「久しぶりね、クランベール! 今日はお忍びデートだから、気遣い不要よ。気負わずに美味しいご飯とケーキを食べたいだけだからね」
マリアは、初老の店主さんと楽しそうに話をしているわ。
「こちらが、私の学校の先輩のニーナ様よ。今日はふたりで、街に遊びに来たのよ」
「そうでしたか、はじめまして、ニーナ様! 私は、このカフェの店主・クランベールと申します。今日はゆっくりしていってくださいね」
「はじめまして、ニーナと申します」
私は緊張しながら、あいさつした。
「では、2階の窓際の席へどうぞ。景色がよく見えて、人気なんですよ」
店主は、私のことをあえて深く追求しないようにしてくれているみたいね。さすがは、マリアの行きつけのお店。私と皇太子様の婚約破棄問題は、帝国中のうわさになっているから、あえて、目立たない2階の席を用意してくれたんだろうな。
「カチョエペペを2つと、ベリーのタルトをお願いね」
「お飲み物はいかがいたしましょうか?」
「今日は、紅茶の気分ね。ニーナ様はいかがしますか?」
「私も同じものを」
「かしこまりました!」
※
「クランベールは元々、辺境伯領の官僚だったんですよ。貴族階級出身だったのに、しがらみに嫌気がさして、職を辞して、カフェを開いたの」
「すごい経歴ね」
「だから、一応、爵位もあるんですけど、皆に内緒にして生きている変わり者なんですよ」
「もちろん、私のことも気づいていたわよね」
「たぶん、そうだと思います。彼は、いろいろと空気を読んで、配慮してくれるので、このカフェはとても落ち着くんですよ」
「素敵なお店ね。さすが、マリア。センスがあるわ」
「ここのベリータルトは最高なんですよ。クランベールの人脈を駆使して、最高級の素材で作っていますの」
「それは楽しみだわ。私も、タルト大好きだから」
カジュアルなカフェのランチということで、コースではなく、料理が一斉に供される。
カチョエペペって、パスタのことなのね。ショートパスタに、粉チーズと黒コショウを絡めている料理。
それに、セットのオニオンスープがついているわ。
私は、オニオンスープに最初に手を付ける。
とても丁寧に下ごしらえされたことがよくわかるわ。野菜の甘みをひきたてるために、しっかりと火が通った玉ねぎ。そして、じっくり煮込んで肉のうまみが溶け出しているスープ。
スープを飲めば、料理人の性格もよくわかるわ。
クランベールさんは、本当に優しい人なのね。こんなに丁寧に料理を作っているのだから……
パスタもシンプルだから、料理人の腕がよくわかる逸品だったわ。
チーズも濃厚で、パスタによく合うものだ。
「全部、美味しいわ。ありがとう、マリア。素敵なお店に連れてきてくれて!」
「いいえ、ニーナ様!! 普通の料理も最高ですが、タルトはもっとすごいですからね! まだ、感動するのは、早いですわ!」
私の年下の大親友は、そう言って素敵な笑顔になった。




