第10話 兄妹の会話
夜。私はお兄様の部屋をノックする。
「お兄様。夜分遅くに失礼いたします。マリアです」
「鍵は開いているよ」
「失礼します」
私たち兄妹は、ニーナ様には内緒で密会する。
お兄様は、ランプの灯りを頼りに書類仕事をしていたわ。
仕事中のお兄様は冷たい政治家のような顔になっている。
「お兄様。頼まれていたニーナ様とメアリ男爵令嬢のレポートですわ」
「ありがとう、マリア。随分と早かったね」
「こういうものは、スピードが第一ですからね」
私は、頼まれていた学校でのニーナ様とメアリ男爵令嬢のいざこざを、お友達の証言を基にまとめて、お兄様に渡す。
「なるほど、かなりいろいろとあるね」
「はい、メアリ男爵令嬢は、事あるごとに皇太子様にアプローチをかけていたようですわ。殿下も、まんざらでもない様子で、ニーナ様をないがしろにするような行動をとっていました」
「ふむ」
「特にひどいのが、社交パーティーの出来事です。殿下とメアリ男爵令嬢は、まるで婚約者のように振舞ってふたりでパーティーに参加しました。帝都ではかなり噂になっていたようです。ニーナ様は、メアリ男爵令嬢に『あなたが殿下と仲がいいのは構いません。しかし、婚約者のように振舞うのは、国が乱れる原因にもなりますので、控えてください』と注意したそうです」
「至極当然の意見だね。傾国の美女という昔話もあるくらいだから」
傾国の美女。
それは、東大陸の大国で、王様が側室に熱を上げすぎたために、国が傾く原因となり、反乱によって処刑されるまでを描く昔話。
「ええ、私のお友達のエリーがそれを聞いていて、もっともなことだと思っていたそうです。でも……」
「男爵令嬢は、そうは思わなかった」
「はい。どうも、ニーナ様のおっしゃったことを、より深刻に言われたかのように、皇太子殿下に告げ口したようですわ」
「……殿下の周囲の者は、注意しなかったのか……」
「それとなく、注意する人もいたそうなんですが……それに、ニーナ様の同級生には、皇太子殿下の婚約者という立場に嫉妬するグループも多くいるようで……『男爵令嬢のような身分の低い女に婚約者を取られてしまうのは、彼女が意地悪だからよ』という悪意ある噂も流れていたようです」
「噂に尾ひれがついて、それが殿下のもとにも届いていたんだね、きっと」
「その噂のせいで、殿下も男爵令嬢の甘言を信じて、さらにきつくニーナ様に接するようになってしまったようです」
「貴族社会は、本当に伏魔殿だ」
お兄様は、お手上げのようなジェスチャーをしている。
ニーナ様も、将来の皇后陛下として教育を受けてきたから誰にも弱みを見せられなかったのよね、きっと……
恵まれている立場だから、ライバル視する人も多いし……
私たち後輩には、本当に優しい面倒見がよい先輩として人気があるのだけど。
「しかし、本当に皇太子さまは大丈夫なのだろうか……こんなうわさに翻弄されて、長年一緒に歩んできた婚約者の本質も見抜けずに、甘言ばかりしてくる男爵令嬢にうつつをぬかす。これでは、将来、本当にどうなるのか。僕は恐怖すら感じているよ」
お兄様が珍しく怒気をこめている。私以外の者が聞いたら、不敬罪にもなりかねない問題発言よね。でも、お兄様の気持ちは痛いほどわかるわ。
この状況に焦らない方が無理。
そして、私は思うのよ。
「(このままでは、帝国が滅びてしまうわ。なら……お兄様が……皇室と最も近いオーラリア辺境伯現当主で、選帝侯筆頭のお兄様が皇帝になってしまえばきっと……この国はもっと良くなる)」




