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サイ

 道は開かれる。

 茎に鈴なりに重なり合う夕日色の花に、花田の主は息を吹きかけた。細やかな吐息は風の中に紛れ込んで、花を取り囲む垣根を跨いで越えてゆく。すぐにあちらこちらで橙色の花が咲きだすだろう。食まれ、愛でられ――そうして、人に見出されればその土地土地で名がつけられ広がっていく。そう時を要さずとも、馴染みのものとして世の景色の一部に溶け込んでいく。

 ふいに、花田の主は顔を上げた。立ち上がり、耳をそばだてる。

 二つの甲高い悲鳴が近づいてくる。どこか、からかいを含んだそれは、飛び跳ねるような足取りでこちらへ向かってくるようだった。その後を、荒々しい足取りが続く。

 紛れこんでしまったのだろう。開かれている間に誤って人が紛れこんでしまうことは、そう珍しいことではない。特に子どもの場合は、隙間をすり抜けやすいようだった。

 間もなく垣根から現れ出た二人の少女は容姿がとてもよく似通っていた。同じ亜麻色の髪、レース飾りがついた白い衣服をなびかせて、花田の周りを軽やかに走り抜ける。

 二人に続いて、垣根から転がり出てきたのは線の細い少年だった。


「待て」


 肩を大きく揺らした少年は、暗く灰色の瞳をよどませて二人の少女を睨みつける。少女らは立ち止まった。にこりと微笑みを頬に含ませて、互いに首を傾げる。少年は二人に向かって無造作に腕を伸ばした。


「きゃあっ!!」

「きゃあっ!!」


 少年の指先は少女たちの合間をすり抜けて宙を切る。少女たちは顔を見合わせると、細やかに喉を震わせ笑いながら身を翻した。


「返せ」


 少年は唸りながら、無理に垣根を越える。ばきばきと枝は音を立てて折れた。

 返せ、返せ、と繰り返しながら、少年はよろめきながら二人を追う。少女は二手に分かれて、花の合間の小道をかけた。


「こっちよ」


 一人が手招く。ようやく一方に追い付いた少年は、後方から背を突き飛ばされて、花田の中に倒れ込んだ。

 砂を噛みしめた少年は花を引きちぎって、少女たちに怒りのままに投げつける。だが、軽い茎葉は、愉快気に少年を見下ろす少女らの元へは到底届かず、少年の前でぱらぱらと意味もなく散った。

 かっと顔を赤くした少年は、次々に花を引き千切り、衝動に任せて二人に向かって投げつける。


「返せ。姉さんを返せ!」


 するりと地面から伸びた蔦は、無造作に振るわれる少年の腕に巻きついた。少年は構わずに二人の少女だけを睨みつけて、蔦を引きちぎる。それでも少年の身体に巻きつく蔦の速度の方が、蔦をちぎる彼の動作よりも、いくらも速かった。

 顔を残して、蔦に絡みとられた少年は、ようやく身動きの取れなくなった自分の現状に気付いたのか、一瞬悲鳴を上げかける。だが、あえぐように開かれた口は、引き結ばれた。青褪めながらも、彼は自分のことよりも少女らを睨むことを選んだようだった。


「助けて」

「恐いわ」


 容姿のよく似た少女は、現れた花田の主の背後に隠れた。器用に身体を震わせた彼女らは、ついと引っ張った花田の主の濃茶色の袖から、少年に向かって顔を覗かせる。


「追われていたの」

「追いかけられていたのよ」

「私たち何もしていないのに」

「そうよ。私たち何もしていないのよ」


 花田の主は口を開かなかった。憎悪を込めて睨みあげてくる少年の顔をひたと見据え――踵を返す。

 途端、するりと、それまで動きを止めていた蔦が動き始めた。緑の蔦は少年の首筋を這い、頬を這って、顔までも埋め尽くしていく。


「返せ。姉さん」


 とうとう残すは二つの灰色の眼まなこだけとなった時、二人の少女は「まあ!」とそろって口元に手をあてて顔を見合わせた。


「ねぇ、サイはどうなるの?」

「ねぇ、サイはどうなるの?」


 ぱちくりと二人は目を瞬かせて、もう遠くなりつつある紺髪の男の方を振り返る。少年に引きちぎられた花と蔦が、風で巻き飛んだ。身体に変調をきたしそうなほどの花の香があたり一帯を覆い尽くす。

 少女二人は、蔦に呑みこまれた少年に目を戻した。


「ねぇ。私たちは悪くないわ」

「えぇ。私たちは何もしてないもの」

「この子がいけなかったのよ」

「そうね、この子がいけなかった」

「私たち、ちょっと首飾りを借りただけでしょう?」

「勝手に階段を落っこちたのは、あの女だものねぇ」

「足を踏み外すなんて運が悪かったわ」

「屋敷に来たばかりでおかわいそうだったけど」

「私たち仲よくしてあげようと思ったのに、怒るのだもの」

「怒るばかりで、私たちのせいにするのだもの」

「でも、きっとサイはこれでよかったのね」

「そうね。これで亡くなったお父様とお姉様に会えるものね」

「だから許してあげる」

「えぇ。許してあげましょう」


 少女らは顔を見合わせて微笑むと、頷く。手を取り合って、蔦に沈んだ少年の頬へ彼女たちはそれぞれ口付けた。


「許してあげるわ、私たちの大切な義弟サイ

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