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前編

 私が、前世の記憶をとりもどしたのは、今世の両親と長兄を馬車の事故で喪った葬儀の夜、13歳の時だった。


 今世の両親は、長兄をとても大切にしていた。伯爵家の後継なのだから、当然のことと、それはわかっている。年の離れた私と双子の兄は、蔑ろにされたり、放置されることはなかったが、ただ長兄が両親にとって、今世のこの身分社会において、私たちより数倍も大事だっただけのこと。使用人も職務として、私たちにつかえてくれた。

 しかし、私と兄は子供だったゆえに、やはり寂しく、お互いを愛し愛されることで、その寂しさをうめて育った。


 兄は私にとって、なくしては飛べない翼のようなもの。大切な片羽根のごとき存在なのに、前世の記憶が、私に兄の死を告げるのだ。


 ここは、前世で流行っていた乙女ゲームの世界らしく、私は攻略対象の一人である伯爵令息ライアン・ロイベルトの婚約者セリア・ハイン。

 ライアンは、第一の攻略対象者と呼ばれ、どのルートに入るにせよ、まずライアンが入口、足掛かりとなる。もちろん、そのままライアンルートに進むこともでき、この場合、ハイン家に不幸がふりかかるのだ。

 両親をなくし、ハイン伯爵家当主となった兄は、まだ13歳だったゆえに、親戚であり隣の領主であったライアンの父が後見人となる。そして、ライアンとセリアが婚約して、3年後、ハイン領とロイベルト領の領地境で、金鉱山が発見させるのだ。

 この時、兄は、ライアンの父の政治力もあったとは思うが、いずれ妹の嫁ぎ先との思いから、争うことなく、鉱山の自領の権利を譲渡するのだが。その直後、ヒロインに真実の愛を誓ったライアンに、セリアは婚約破棄をされ、追いうちをかけるようにハイン領は水害に見舞われ、兄は、その時に死亡してしまう。


 たった16歳で愛する兄が、死んでしまうなんて、許せない。


 自分が、転生者であったことより、悪役令嬢であったことより、兄の死がショックだった。


 私は、走った。

 兄をもとめて。

 兄の、あたたかい温もりをもとめて。


 兄の部屋に駆け込み、生きている兄の体温に安心して、ひたすら泣いた。すがりついて泣き続ける私に、催眠術をかけるように、兄はやさしく原因をききだした。


 未来の兄の死に混乱していた私は、兄に誘導されるままに、記憶のすべてを打ち明けた。

 兄は、信じてくれた。

 荒唐無稽な話だと笑いもせず、毛ほども疑わず、私の話をすべてきいてくれた。


 兄は、笑っていた。笑顔なのに、ちっとも笑っていない、ゾッとするような顔で。

 「そのゲーム?とやらの僕は、本当に愚かだ。セリアを一人で残すなんて」

 私の手をとり、兄は私の指にキスをした。

 「安心して、セリア。まず、話の流れを変えてしまおう。ロイベルト伯爵から後見人の話がきているが、母上の実家キルツォーク公爵家に後見人をお願いしよう。狡猾なキルツォークの叔父上がお気に召すような情報を、今、セリアがたくさんくれたから、喜んで引き受けてくれるだろう」


 数日後、ハイン伯爵家の後見人が決まった。キルツォーク公爵家に。


 だが、ロイベルト伯爵は、どうしてもハイン伯爵家とつながりを結びたいようで、ゲーム通り、ライアンとの婚約を申し込んできた。


 「セリアは、優良物件だからね。母上は、何度も王女が降嫁したキルツォーク公爵家の末姫で、血筋はバツグンにいい。何より、ロイベルト領の河川の水源は、ハイン領にある。婚約を断ってもいいが、そうすると僕の暗殺に走りそうなんだよね、ロイベルト伯爵は。一人になったセリアを領地ごと、取り込もうとするだろう、ちょっと過激な人だから」

 「だったら、婚約するわ。そして、ライアンとヒロインが愛しあうのは、確定しているのだから、15歳の時に、ライアンの浮気を原因として、破棄をするわ。16歳になってからだと、ライアンルートならば、私は悪役令嬢として断罪されるし、ヒロインが他のルートに入っているのなら、浮気していたライアンとそのまま結婚することに。そんなの、イヤ」

 「そうだね。とりあえず、婚約だけしてロイベルト伯爵を安心させるとしよう。それに、ロイベルト伯爵は是非とも婚約を成立させたいみたいだから、今なら、こちらが強気の条件をねじ込んでも渋々のむだろう。例の金鉱山も、ここにぶちこもう」


 神童と誉れ高い兄は、この機会にロイベルト伯爵家から、色々むしりとるつもりのようだ。何しろ未来がわかっているのだから、計画もたてやすい。結果(ライアンの浮気)ありきで、準備をすればいいのだから。


 「この世界は、乙女ゲームと同じ世界と思うけれど、万が一、ヒロインがあらわれず、ライアンが浮気をしなかったら?」

 「大丈夫だよ、セリア。その時は、ハニートラップをしかけるから。ライアンは、貴族としての自尊心は高いくせに、劣等感がひときわ強い。身近な僕と、よく比べられるから。そこをついて、ちょっとおだてればコロッといく性格をしている。優秀なセリアのことも、女のくせに、ってひがんでいるぐらいだからね」


 私は、顔をしかめた。

 先日の婚約式で会ったライアンは、兄の言う通りの少年で、よくもわるくも典型的な貴族の箱入りご令息様だった。攻略対象者なので顔だけはよかったが、どこまでも自己中心的で、政略結婚の意味すら理解しようとせず、ひたすら自分を優位にたたせようと、傲慢に振る舞っていた。

 私の持参金が、兄が発見したと公表されたばかりの金鉱山の権利を含む、莫大なものであったため、百枚にもおよぶ細かい契約を記した書類も、そのための神前契約も、ライアンはおそらくわかっていない。

 その中に潜んでいる、浮気を許さぬ一文も読んでいないだろう。

 兄がねりにねった、専門家でも匙をなげたくなるような、わざとややこしく書かれた書類の一枚目から、ライアンは投げ出していたのだから。


 「それに、一番大事なことは、もうロイベルト伯爵は僕たちを暗殺できない、ってことだ。神前契約は、ものすごく高額だけど、その価値はある。契約者を守ってくれるから。ロイベルト伯爵は、セリアの莫大な持参金に目がくらんで、契約書にサインをした。だから、これからは、もし僕たちを暗殺しようとしても、それはロイベルト伯爵に跳ね返る。一種の呪い返しのようなものらしいけど、神の目は、ごまかせない」

 私は、兄に抱きついた。

 一番心配していたこと、兄の死が回避できた。


 ゲームの中の兄の死は、実は、ロイベルト伯爵による事故にみせかけた暗殺だった。息子の、一方的な婚約破棄に怒った父親は、セリアの兄を殺し、ハイン領をセリアごと、以前兄が言っていたように、手に入れようと画策するのだ。セリアには、危ない橋を渡る価値があったから。

 しかし、金鉱山に注目していた王家の手が入り、兄の死の真相が暴かれ、ロイベルト伯爵は処刑、領地は没収、ライアンとヒロインは国外追放となる。 

 また、王家の使者として事件を解明した第三王子は、ハイン家唯一の相続人となったセリアにプロポーズ。

 二人は幸せな結婚をして、ハッピーエンドで終わる。

 実は、セリアは裏ヒロインだったのだ。


 ふざけるな。


 正ヒロインのハッピーエンドにみせかけて、本当は裏ヒロインのハッピーエンドルートと話題になったが、兄の死の上に成り立つ幸福など、いらない。


 私は、お互いの境目がわからなくなるほど、ギュッとくっつき兄の胸に顔をよせていたので、その時、兄が、どのような顔をしていたのか知らなかった。兄がうれしそうに、暗く笑う顔を。

 「可愛いセリア。僕の唯一。僕だけのもの」

 幼い頃から、何百、何千ときいてきた、その囁きの本当の意味を。

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