第99話 到着
「あれ? いつの間に眠ってたんだろう」
馬車がガタンと停まったため、目を覚ましてしまった。
ただそのときの揺れにより、オレの頭は何かにぶつかっていた。
この柔らかな弾力はなんだ?
えっ、これって……嘘だろ。
胸か? 胸だ! 胸だよな? 誰の胸だ!
顔をゆっくりあげてみる。
なぬぅーーーーーーーーーっ。
イリガじゃないか!
大きすぎず小さすぎないイリガの胸だった。
ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい。
イリガに怒られる。
イリガに斬られる。
イリガに殺される。
「ごめんなさい。これは不可抗力です」
ところが彼女は無反応。
頭がぶつかったのに、気づいてない?
目は覚ましているのに……。
それどころじゃない、といったようすだ。
これは命拾いした……てか、どうしたんだ。
彼女はボーっと自分の手を眺めている。
「あ、あのー。イリガさん?」
やっと声に反応し、こっちを向いた。
そして両手を突きだしてきた。
はあ?
彼女に問う。
「な、何をしてるのかな?」
「見て、これ。わたしの手」
「手だねえ」
それがどうしたのだ?
「さっきまで居眠りしてたけど、ちゃんと左手があった」
「左手ってあれだよな……」
厳密には彼女の手ではない。特殊スキル『千手剣』で具現化した手のうちの一本だ。それがちゃんとあったということは?
「眠っていても、力尽きて消えることはなかったわ。持続時間の最長記録を更新」
「その手、ほとんどイリガの手になってきたってことじゃん!」
「そうよ。わたしの本当の左手に、かなり近づいてきた」
なんと、これには驚いた。
思わず彼女の両手を握る。
「やったな、イリガ……」
「ラング……」
オレたちは笑顔で見つめ合い、この事実を二人で喜んだ。
コホンと咳払いが聞こえた。
ルアンナだ。
「ちょっとちょっと。目的地に着いたのよ」
「えっ、ここが目的地?」
ついに到着したのか。
「いまから荷物をおろすの。そんなところでイチャイチャしてないで、こっちを手伝ってくれるかなあー」
イリガが赤面する。かっ、可愛いぞ……。
しかし横を向き、髪で顔を隠してしまった。
もっと見ていたかったのに。
「師匠ぉーーーーーーー!」
蹴りが飛んできた。
「いきなり痛いじゃないか、チャオプ」
「この忙しいときに、イ、イ、イ、イ……イチャイチャしてたのか!」
「誤解だ。イチャイチャなんて誰もしてない。ルアンナがからかっただけだ」
「そうだったか。とにかく早く来てくれ。馬車から樽をおろすところなんだ」
オレはチャオプに手を引かれた。
とりあえず長旅は終わったようだ。
*
さっそく皆を手伝う。
いまからおろす樽は一つ。
三つあるうち、最も大きな樽だ。
持ちあげようとするとズシンときた。
地面におろすのに、ひと苦労だった。
いったい何が入っているのだろう?
「その樽から離れて」とムアン。
彼女のかざした手から光が発する。
樽の上蓋が開いた。そこから人の顔が出てくる。
なにーーーーーーーーーっ!
彼は前校長ではないか。
いままで樽の中で何を?
「起きなさい」
ムアンの声に、前校長が目を覚ます。
「こ、ここはいったい……。俺はどうしてしまったんだ?」
「わたしの力で仮死状態にしておいたの。ここへ運ぶためよ」
そんなムアンを指差しながら、前校長が驚愕する。
「アンタは……。わっ、俺の足が動かないぞ!!!」
「ここですべてを見届けなさい。そのために連れてきた」
前校長は手をバタバタさせて、何をやっているのだろう。
「校ちょ……大佐?」
「ラ、ラング君っ」
「どうして樽に入ってるんですか」
「知らん、拉致されただけだ」
「えっ、拉致?」意味がわからない。
キョロキョロする前校長。
「ラング君、ところでここは?」
「さあ」
オレだって起きたばかりなのだ。場所なんて知るものか。
前校長とともに周囲を見渡した。
この景色に見覚えがあるような。
遠くに見える山の形。流れている川のようす。
あっ、思いだした。ここは……。
「「ビエン村!!」」
オレと前校長の声が重なった。
そうだ。故郷のビエン村に間違いない。
前校長もここに来たことがあったのか。
あそこが神殿で、そっちが鐘の塔。あの辺が市場、オレの家はそこか。
だがいまはほとんど何もない。生い茂る草木に一面が覆われている。
闇の王に滅ぼされたビエン村。この変わり果てた故郷の風景に、ほんのり残念な気持ちはあるものの、寂しい気持ちとはまた少し違っていた。
なんだろう。この冷めた気持ちは……。
「闇の王を滅ぼしたんだから、この故郷にいい報告ができるわけね」
ルアンナが笑顔を見せてくれた。
故郷に報告かあ……。
普通ならばそんな気持ちになって当たり前だ。
しかし実際には、そんな気は起こらなかった。
何故だろう?
「闇の王は生きているわ」
小柄なムアンがぽつりと言った。
はあ? 馬鹿な。闇の王が生きてるなんて。
「まさか忘れたのかよ、ムアン。いっしょに『枯れた泉の谷』で、闇の王を倒してきたんじゃないか」
だけどあのときのムアンは、ムタの姿だった。
いまの姿になったため、もう覚えていないのか?
「忘れたわけじゃないわ。その逆。思いだしたの」
思いだしたって?
「えーと、何を」
「あの谷にいたのは、本当の闇の王じゃない」
「じゃあ、闇の王はどこにいるって言うんだ」
ムアンはムタに目配せした。
ムタが無言で首肯する。
あらためてムアンがオレに答える。
「闇の王は、いまあなたたちの前にいる」
はあ?
意味がわからなかった。しばらくの間、頭の中がフリーズした。
ムアンとムタと前校長を除き、この場の全員がポカンとなった。
そんなオレたちを見て、ムアンはあらためて言うのだった。
「わたしが闇の王よ」
えーーーーーーーーっ!
「待った待った。嘘だろ? 闇の王って」
しかしムアンは首を横に振った。
両手を広げて繰り返す。
「わたしが闇の王。闇の王がここにいる。あなたにとってのカタキ」
「そんな……」
いまだに信じられない。
「さあ。わたしをこの地で殺しなさい、ラング」
「なんだよ、ワケわかんねえよ」
「わたしは人を殺しすぎた。この村を滅ぼしたのもわたし」
「そんなこと言われたって……」
「罪深きわたしを殺しなさいと言っているの!」
どうしてそんな怖い顔をするんだ、ムアン……。
「このパーティー『白龍』はムアンといっしょに作ったんだよな? 白龍はとても居心地がいい。ムアンもそうじゃないのか? オレはこのメンバーだからこそ冒険に頑張ってこられたし、このメンバーだからこそ毎日楽しくやってこられた。何があろうと仲間を殺せるわけがないだろ」
それでもムアンは言う。
「わたしは多くの国や町や村を滅ぼした。多くの人々の命を奪った。わたしは闇の王。最悪の化け物。ああ、こんな酷い能力を持っていたばかりに……。もう誰も殺したくなかった。もうどこも滅ぼしたくなかった。だから自爆したはずだった。自分に罰を与えたはずだった」
「自爆って!!!!!」
「その際、不覚にもご主人を巻き込んでしまった。しかも最悪なことに、わたしは生き延びてしまった。死ねなかったなんて……。お願い。殺して。あなたの力でなければ、わたしを殺せないの!!」
「やだよ。そんなこと言わないでくれ」
風が吹いた。大地が揺れる。辺りは白い霧に包まれた。
これって、何が起きてるんだ?
奇妙な声も聞こえてきた。
少なくともオレたちの誰の声でもない。
大地から聞こえてくるような感じだった。
「我が村の子よ……」
「誰だ? 誰かいるのか?」
周りを見てみるが、オレたち以外には誰もいない。
その声が答える。
「我は村の意思」
へ? 意味がわからなかった。
ガヤガヤと小さな声が増えていく。
白い霧の中に多くの人影がぼんやり映った。
次第に霧が晴れていく。
そこに大勢の人間の姿があった。
村が復活したのか? 村人たちが蘇ったのか?
人々がオレの方へと集まってくる。それぞれが言う。
「おかえりなさい、村の子ラング」
「よくぞ帰ってきてくれたね、村の子ラング」
「大きくなったものだ、村の子ラング」
「え……。皆、殺されたんじゃ?」
そしてふたたび大地からの声。
「そう。確かに皆、最悪の化け物に殺された。いま見えているのも聞こえているのも、殺された村人たちが見せている幻だ。そして我はこの地に保存された村人たちの意思」
そんな馬鹿な。
「死んだ人々の意思を保存?」
「我らの偉大な魔導が集まれば容易いこと。我が村の子の帰りを待っていたのだ」
「信じられない……」
やがて村人たちの幻や声は消えていった。
それでも“大地からの声”がオレに言う。
「村の子よ。その最悪の化け物を殺しなさい」
殺しなさい 殺しなさい 殺しなさい 殺しなさい
その言葉が頭の中に繰り返し響いた。
「できるわけがない!」
「何を言うのだ、村の子よ。このビエン村のカタキだぞ」
「でも彼女はオレの大切な仲間だ」
しかしムアンがオレに言う。
「いいの。殺して」
すると今度はムタ。
「殺さないで。殺しちゃ駄目。悪いのはあの人……。あの人がここを滅ぼせって」
彼女の指は前校長に向けられた。
えっ、前校長が?
「そんな……」
当時の校長がビエン村を滅ぼせと指示していたのか?
でも彼は闇の王がビエン村を滅ぼしたって……。
ムタが話を続ける。
「すべてあの人の指示だった。世界平和のためだと聞かされて、悪しき国や町村を滅ぼしていった。あの人の言葉がすべて『嘘』だと気づいたのは十三歳になってから。それまで人々の命をずっと奪い続けてきたの」
「考えられないよ。だって大佐になんの得が?」
「得ならあるわ。なぜならここは魔導村。世界の覇者を目指すソンクラム軍にとって、この村ほど邪魔な存在はなかった。ここが他国との結束を始める前に、叩いておくのは当然のこと。わたしを利用すればそれが可能だった。わたしにはムアンがいるから」
人見知りとは思えないような激しい口調だった。
ふたたび大地からの声。
「さあ、村の子よ。最悪の化け物を殺しなさい。何があろうとも、我々に手をかけたものを許してはならない」
ムアンの前に立ちはだかるムタ。
「ムアンを殺すのならば、代わりにわたしを殺して。ムアンはわたしの忠実な召喚魔獣。わたしの命令に従っていただけ。ムアンは何も悪くない。悪いのはわたし。わたしを殺せばいいわ」
「早く殺すのだ、村の子よ!!!」
ここでオレは、めーいっぱい息を吸った。
「やーだよっ」




