第94話 廃墟の都市国家
「ムアン。ほら、持ってきた。とにかくたくさん飲んでくれ」
「もう、ラングったら~。お姉さんにまだ飲ませる気ぃー? こんなに酔わせてどうしたいのよ。いやらしい弟ね」
「いやいや、これ水だから。たくさん飲んで早くアルコールを抜かなきゃ」
「どーして、お水なのよ。お酒を持ってきてよ-」
「言ってることが違うじゃん! だいたいムアンは飲むと次の日、頭痛いって必ず言うじゃないか。わわわわぁーっ、重たい! こらこら、のしかからないでくれ」
「あらまあ、ラングの甘えん坊さん。お姉さんとオネンネしたいの?」
「アンタが押し倒してきたんじゃないか!」
一人称が『お姉さん』になったときのムアンは危険で厄介だ。
もう手に負えなくなってしまう……。
誰か助けてくれ。
ちなみにシェムは隅で丸くなって眠っている。
気持ちよさそうだ。いま起こしては可哀想だ。
十五に達しないはずのチャオプも、ぐっすり酔眠中だ。
コイツ、いくら法律のない国外だからって、ガンガン鯨飲しやがって……。
イリガと目が合った。
オレは彼女に頼みがある。
そんなゴミを見るような目はやめてくれないか。
この体勢は……ムアンが絡んできただけなんだ。
てか、見てないで助けてくれ。絡みついてるムアンを剥がしてくれー。
いまオレたちは軍馬車の中。
大仕事を無事に終え、『枯れた泉の谷』から帰国の途についている。
なんと、あの『闇の王』をついに滅ぼしたのだ!!!!
前校長の率いる部隊の総攻撃は凄まじかった。さすがは精鋭部隊。
だけど、敵に最もダメージを与えたのは、なんといってもオレだ。
雨ネズミがあれば味方の攻撃など要らなかった、と言っても過言ではなかろう。
昨晩の打ち上げで、オレはまた大英雄に仕立てあげられてしまった。
有翼人撃退のときとは違い、今回は明らかにオレの活躍があった。
だから居心地の悪さのようなものはなく、堂々としていられた。
誰よりも嬉しそうなのは前校長の顔だった。オレたちはその本当のワケを知らなかった。そしてオレたちの滅ぼしたものが『闇の王』であることに、いっさいの疑問を抱かなかった。
ソンクラムに向かう軍馬車は八台。どの車両においても、昨晩のお祭りムードは消えていない。隣を走る軍馬車からは、陽気な歌声も聞こえてくる。多くの者がまだ酔っているようだ。
揺れる軍馬車の中で、やけに冷静な自分がいた。
この冷めた気持ちはなんだろう?
故郷のカタキが討てたら、大喜びでソンクラムに帰国するはずだったのに。
だけど何かが引っかかっているような……。
もしかしてこれはある種の喪失感だろうか。厳しい授業や訓練に頑張って堪えてこれたのは、『闇の王』を倒すという目標があったからだ。目標というものは、達成と同時に喪失ともなる。だからこんな気持ちになるのだろうか。
そう考えることで一応の納得をした。
*
夜が明けた。陽が高くなった。
ようやくソンクラムが見えてきた。といってもまだ遙かに遠い。
だんだん近づくにつれ、ようすがおかしいことに気づいてきた。
アレはなんだ……。
有翼人、ナロック・ナーガ、それからギガースもいるぞ?
おいおい、いったい何があった。どうなっているんだ。
魔物の襲撃か!
嘘だろ。信じられない。
もしかして有翼人が報復にきたのか。
これはソンクラムの危機だ。
魔物が国の北部から侵入している。国の上空では魔物が旋回。
人々が南側から国を脱出しているのが見える。
全員がどうにか無事に逃げてほしいが……。
とにかくソンクラムに急がないと!
車両から顔を出し、前校長のいる軍馬車に向かって叫ぶ。
「大佐、ソンクラムの一大事です。急ぎましょう」
「わかっているよ、ラング君。皆も同じ気持ちだ。さあ、行くぞ!」
*
巨人が次々と国境を越えていく。
もう、ただ眺めているだけなんてできない。
「こうなったら、雨ネズミを降らせるしかない……。でもまだ遠すぎるか」
「いいえ、我が主の実力はかなりアップしています。じゅうぶん届くでしょう」
「本当かっ、シェム」
「我が主でしたらできます」
よし、なんとしてでも届かせてみせる。届かないと困るんだ。
これ以上、ヤツらをあの地に侵入させてはならない。
いくぞ、雨ネズミ!!
国境の北方に白い雨が降った。
みるみるうちにギガースの巨体が削られていく。
やったぜ。オレの必殺技、あんな遠いところまで届いてくれたんだ。
ほーら、見てくれ。魔物らの慌てぶりを!
ギガースの集団はいっせいに撤退を始めた。
有翼人もナロック・ナーガもソンクラムの上空から離れていった。
「さすがは我が主です。我が主に敵う者は、もはやどこにもいません!」
「師匠、もう無敵じゃないかっ。やっぱりわたしの師匠のことだけはある」
「もうこの子ったらどこまでスゴいの? お姉さんがギュッてしてあげるわ」
「……………………。(目を見開いてガン見)」
各軍馬車からも、大きな拍手と歓声が湧き起こった。
オレだってビックリだ。雨ネズミって本当に最強だな。
一台の軍馬車がすぐ隣に並んできた。
その車両から顔を出したのは前校長だ。
「いやあ、ラング君! つくづくキミのワザには驚かされたよ。『闇の王』壊滅に大貢献したばかりじゃなく、ここでも魔物の大群を一瞬で撃退しちゃったんだからね」
「大佐からのお褒めの言葉、嬉しいです」
「ラング君を見ていると、かつてのムタ君を思いだすなあ。実力は彼女に負けてないよ。もしかすると……追い越しているかもしれない」
ムタ……。
ルアンナの妹、あの大天才のことか。
オレと同じ車両にいた兵士が首肯する。
「まったく大佐の言うとおりだ。ムタちゃんは神がかってたけど、キミも偉大だ」
「ありがとうございます」
「そうそう、話は聞いているよ。わけのわからない誤解があって、冒険者スクールがキミを除籍にしたようだね。間違いなく冒険者スクールとしては大損失だ。ハハハハハ。何しろキミは、いまソンクラムを救った大英雄になったんだからね」
「はあ、そうでしょうか」
などと適当に答えておいたが、ぜんぜん救っちゃいない。
さっきの魔物の集団のせいで、ソンクラムはボロボロのはずだ。
オレたちは戻ってくるのが遅すぎた。
もっと早く帰れていたら……。
*
遠くに見えていたソンクラム東部の国境までやってきた。
国境を越える。同時に絶望した。国内のあちこちが滅茶苦茶だった。
建物や道路の大半が崩壊している。当然ながら繁華街でさえ人はいない。
ソンクラムを脱出していった人々は、また戻ってくるだろうか。
オレ個人として、最も気がかりなのはルアンナのことだ。
もちろん心配なのは彼女だけではない。ソンクラムは第二の故郷でもあり、たくさんの人々の世話になってきたのだ。皆、無事に逃げてくれていればいいのだが。
八台の軍馬車が停止した。
軍馬車の車両からおりる。
「ラングっ」
誰かが声をかけてきた。
「ソードマスターじゃないか。まだ逃げずに残っていたのか」
「残ってちゃ悪いの? あなたはいままで何してたのよ」
ご立腹のごようすだ。
「ずっと西にある谷に行ってたんだ。ここ、悲惨な風景になっちゃったな」
「そうよ! あなたがいないから、あなたが遅いから……。タンクが……」
ソードマスターの目から涙が流れる。
どうしたのだろう。
「タンクって、あのハーフギガースのことか」
「ええ。彼がわたしを守るために死んだの……」
えっ? 死んだだと?
「アイツ、お前を守って……。そうか、そんなことがあったのか」
本当に残念だ。
早く帰ってこれなくて申しわけない。
ヤツはオレを目のカタキにしていた。
だがオレはヤツが悪者ではないことを知っていた。
純粋な心の持ち主だということを知っていた。
だから残念という気持ちに、偽りはなかった。
心から冥福を祈りたい。
叫び声をあげる男がいた。
停止した軍馬車の間を駆け回っている。
「どなたか、回復薬を持っていませんかぁー」
マスターと呼ばれている男だった。
逃げ遅れたケガ人が大勢いるとのことだ。オレたちが国境に到着するまでの間、ソードマスターと二人で救助や世話などをしていたらしい。
「ラング、こんなところにいる場合じゃないわ……」
ソードマスターは涙を拭い、オレの腕を掴んできた。
どこか焦っているようにも見える。
「どうした? 落ち着いて話してくれ」
「ルアンナもいるの。ケガをしてるわ」
えっ、ルアンナがケガを?
「どこだっ」
「こっちよ」
ケガ人たちは一ヶ所に集められているそうだ。
いまさら気づいたことだが、ソードマスターもマスターもケガを負っている。
二人はそんな苦しい状態で、他のケガ人たちのために頑張っていたのだ。
オレはソードマスターに連れられていった。
軍馬車も再発進。オレたちの後ろからついてくる。
各車両には回復薬が潤沢に積まれているのだ。
*
「ラング!」
ルアンナがいた。走ってきてオレに飛びつく。
オレは彼女をしっかりと受け止めた。
「ルアンナ、ケガは?」
「あの子が言ったのね。ケガなんて大袈裟よ。わたしのは単なる掠り傷だから」
「それを聞いてホッとしたよ」
「だけど……」
彼女の浮かない表情――察しはついている。
妹のムタのことが心配なのだろう。
「病院、行ってみたいんだろ?」
「うん……」




