第90話 <現校長視点⑤>
司令官に呼ばれた。
運が悪かった。逃げだしたい……。
仕方なく司令官室に連れられていく。
バタンっ。勢いよく閉められるドアの音。
ビックリして身を縮めた。ああ、心臓に悪い。
司令官は机に向かっていった。
ドン、ドン、ドンと、いちいち足音が大きい。
俺を立たせたままドカッと椅子に座る。
「まったく! どいつもこいつも役に立たないヤツばかりだ。ノロマでグズな部下たちのせいで、きょう俺は機嫌が悪いんだ……」
機嫌が悪いのは知っている。さっき廊下で耳にしたからだ。
だいたい、そんなことを口に出してどうするつもりだ?
ジロッと俺を見あげる司令官。
「……しかし大佐から何か朗報でも聞けば、すぐに気分も晴れるだろう……」
朗報などあるものか。
俺はひたすら黙ったままだった。
「……それで、ラングという生徒のことだが……」
やはりその話が来たか。
といっても、わかっていたことだ。
司令官は早く聞きたくて堪らないらしい。
だからここには呼ばれたくなかった。
よりによって司令官の機嫌が悪い日に。
だが、こうしてビクビクしていても仕方がない。
遅かれ早かれ、結局はどうせ厳しく怒られるのだ。
ならば覚悟を決め、いますぐ正直に話してしまおう。
思いきって口を開きかかったときだった――。
ふと、あるものが視界に入ってしまった。それは司令官の机上の書類だった。
そこのメモ書きを見て、サーッと血の気が引いていった。
元生徒の『ラング』という名前が、メモの中に散りばめられているのだ。
メモには『将来』『今後』『育成』『待遇』などという言葉もあった。
元生徒がスクールに復帰するものだと、すっかり信じ込んでいるようだ。
アイツは復帰する気などないのに……。
司令官が俺の視線の先を確認する。その途端、彼の表情が一変した。
先程までずっと不機嫌だったはずなのに、もう顔をほころばせている。
「ん? メモを見られてしまったか。アハハハハ。ラング君のスクール復帰後についてだ。実は数日前からずっと考えていたのだ。彼が学生としてスクールに通う傍ら、プロの冒険者として頑張ってもらうのはもちろんのこと、軍においての役職を与えてやりたいとも考えている」
「な、なんと」
司令官はまだ何も知らない。
そんな顔されては余計に事実を話しにくい。
この空気の中、どう打ちあげるべきか……。
ああ、何もかも終わりだ。もうすべておしまいだ。
「では大佐。話を戻そうか。焦らさずに聞かせてほしい。彼のスクール復帰の報告があるのだろ? ちゃんと冒険と学業とに励んでいるのかね?」
人喰い鬼の笑った目だ。
背筋がゾクゾクッとした。
「はい」と、思わず相槌を打ってしまった。
わっ、わっ、わっ、しまったーーーーーーー!!!
俺はどうして「いいえ」と答えなかったのだ……。
本当にヤバい。これ、もう取り返しがつかなくなるぞ。
「そうかそうか。彼はちゃんと復帰できたのだな。ホッとしたぞ」
このままじゃ駄目だ! 早く否定せねば。
勇気を出して、いますぐ訂正するのだ。
「あ、あのう、閣下……」
「なんだか気分が良くなってきたぞ。大佐のおかげだ」
「い、いえ……それは……」
「そうだ! この功績を認めよう。大佐も将官に昇格させないとなるまい」
やめてくれぇーーーーーーーっ。
冗談抜きでそれはやめてほしい。
全身からイヤな汗が噴きだしてきた。
通常、昇格と言われれば大喜びするところだが、この状況下だ。
あとが怖くて怖くて堪らない。いま正直に話さなければダメだ。
「ちっ、違うのです。実は……」
「アハハハハ。そうだろう、そうだろう。言わずともわかっている」
「えっ? 言わずとも?」
何をわかっているというのだ。
オレは首をかしげた。
「さっきの学業の話だ。彼はスクール復帰後も冒険が忙しくて、授業に顔を出していないのだろ?」
頭の中が真っ白になった。
「え……? あっ!」
「おや、違うのか?」
ジロリと睨む司令官の目。
恐怖で心臓が止まるかと思った。
「は……はい。そのとおりです。彼は冒険に忙しいようで……」
「アハハハハ。やっぱりかぁー。元気が良すぎて困ったものだな」
「ハハハハハ。本当に元気が良すぎましてぇー」
ああああああ、もうこれ、どうしたらいい!?
これ以上、誤魔化すのは絶対に無理だ。
早急にあの元生徒を説得し、スクールに戻さなくては。
教頭では頼りにならない。
俺が自ら彼を説得に行くしかない。
කුකු කුකු කුකු කුකු
最近、ラングという元生徒はひっきりなしに宿を替えているようだ。
教頭の訪問にうんざりしてのことなのか。
多くの部下たちに彼の居場所を探させた。
ソンクラムじゅうの宿を虱潰しに当たらせたのだ。
そしてある部下が彼の宿を突き止めた。
さっそくオレ自身で、彼に会いにいく。
宿に到着。中に入ってみた。
フロントで軍のカードを見せる。
「こ、これはソンクラム軍大佐の……」
「ラングという若者が、ここに泊まってると思うんだが」
宿の従業員は台帳をとりだした。
指先で宿泊者名を順になぞっていく。
「はい、大佐殿。確かに宿泊しております」
「悪いが、部屋まで案内してくれないだろうか」
「はい、大佐殿。喜んで案内させていただきます」
彼の泊まる部屋まで案内させた。
従業員がノックで元生徒を呼ぶ。
ドアが開いた。出てきたのは少女だ。
彼女は誰だろう?
睨むような目でこっちを見ているが何故だ。
えーと……以前にどこかで会っただろうか?
少なくとも俺のことを知っているようすだ。
とりあえず従業員をフロントに帰らせた。
部屋の前に立つ少女に、笑顔で名乗って挨拶する。
しかし彼女の反応はすこぶる悪い。
「だから何?」
「ラング君に話があって来たんだ」
「手ぶらで?」
このオンナ……。
「えっ、すまん。すまん。急いでいたもので」
「我が主は留守だ」
なんだ、留守だったか。ああ、ついてない。
すぐにでも話がしたかったのに。
では夕方、また来てみよう。
ちょうどそのとき、部屋の奥にあるドアが開いた。
そこはトイレのようだ。
ドアから探し求めていた元生徒が出てきた。
おい、留守ではなかったじゃないか!
チッと舌打ちするオンナ。
元生徒が俺を見咎める。
「あれ? 校長先生がいる……」
「やあ、ラング君。ご無沙汰だったねえ」
彼は溜息を吐きやがった。
くそっ、生意気な。




