第89話 <現校長視点④>
කුකුකුකුකුකු 現校長視点 කුකුකුකුකුකු
有翼人討伐の日。
北西の森に向かった兵士数は、全ソンクラム軍の約七割。
当然ながら、全兵士が討伐に向かったわけではない。
国の防衛のために、ある程度の兵士を残しておく必要があった。
俺は防衛のために残された側だった。
ゆっくり留守番ができるってことだ。
しかし寛いでいるところに、思わぬ連絡が入った。
早くもソンクラム軍が戻ってくるというのだ。
いくら軍が強かろうが、まさか日帰りになるとは。
有翼人はそれほど軟弱なヤツらだったか。
とりあえず国の北門へと急いだ。司令官を出迎えるためだ。
ところで今回、凱旋のセレモニーはないようだ。
何故だろう……?
理由がわかった。
ソンクラム軍が有翼人を制圧したわけではなかったからだ。
なんと、敗北しての帰国だというではないか。
まったく信じられない。
北門で司令官に会った。そのまま軍本部まで同行する。
ちなみに司令官は大将の階級であり、軍のナンバー2だ。
俺はどうもこの男が苦手だ。
本部に到着後、司令官から話があった。
「大佐は冒険者スクールの校長を兼務してたな?」
「はい、司令官閣下。兼務させていただいております」
「最近、優秀な生徒を除籍にしたらしいではないか」
優秀な生徒を除籍した? ああ、あのキメラとなった『ムスコ』のことか。数十年に一度の逸材とか言われていた回復魔導士だったが……。
その元生徒は、ほぼ全教員たちから将来を期待されていた。確かにきちんと育ててやれば、国を代表するような特級の神官や僧侶になれたことだろう。すなわちソンクラム軍にとっても貴重な人的財産だったはずだ。
しかし俺は生徒のことにも、軍のことにも興味がない。ソンクラムという都市国家がどうなろうと知ったことではない。冒険者スクールなどなくなってほしいとさえ思っている。俺はただ『山羊の左目』のために働いているだけだ。
「はい、閣下。除籍にしたのは事実です」
「では大佐、除籍にしたのはどんな理由だ?」
マズいぞ。司令官も『ムスコ』のことを気にかけていたとは。
さて、どうしよう。除籍とした理由ときたか……。
きっかけはなんであれ、あの親子の所属する『賊』が、俺には不要になったからだ。これ以上、支配下に置くメリットを感じられなくなったのだ。したがってあの教頭も不要だ。近々、消してしまおうか。
もちろん、そんな素直な回答などできるわけがない。
司令官は俺が『山羊の左目』の一員であることを知らないのだ。
「はい、閣下。彼は生活態度等に大きな問題がありました。以前から授業の無断欠席も多く、他生徒に悪影響を及ぼしかねないと愚考しました」
無断欠席が多かったのは嘘ではない。
そう、嘘ではないが……。
他にいい理由が見つからなかった。
「生活態度等に問題が? そんな人物にはまったく見えなかったぞ。本当に除籍とするほど酷かったのか。仮にそうだとしても、スクール内で更生すれば済む話だ。あれほどの人物を手放すなんて、理解に苦しむことだぞ。わかっているのか!」
司令官の口調が徐々に荒れてきた。
かなり憤慨しているようすだ。
「も、申し訳ございません。閣下」
ドンっと、司令官が机を叩く。
俺は驚いて冷や汗を垂らした。
寿命が縮まる思いだ。
このあと司令官は元生徒の絶賛を始めてしまい、俺はただ延々と聞かされた。
有翼人の猛追撃から逃れられたのは、元生徒の大活躍によるものだとか。
いやいや、まさか。あの馬鹿ムスコが大活躍なんて……。
ヤツはいま廃人同然だぞ? キメラ生成の失敗作だ。
いったいどういうことだ。
たださっきから、どうも司令官とは話が噛み合っていない。
もしかしてあの回復魔導士のことではなかったのか?
ならば女剣士の方か。いいや、あれは自主退学だったはず。
では弓使いの話なのか。あまり目立つ生徒ではなかったが……。
「さすがは閣下。慧眼でいらしゃいます。彼は稀代の弓使いでした」
俺の話に一貫性がなかろうとも、気にしている場合ではなかった。
この場で司令官の機嫌さえとれればいいのだ。
「弓使い? 誰のことを言っている? ラングという魔導士の話だぞ」
「えーーーーーーーーーーーーーーっ」
司令官の前で思わず大声をあげてしまった。
ラングと言ったら、落ちこぼれの生徒だったはず……。
特殊スキルを得られなかったうえに、初級魔導しか使えないと聞いていたが。
何故だ、何故だ、何故だ、何故だ。
あり得ない。ヤツに何があった?
これは絶対におかしい。何かの間違いだ。
「かっ、閣下……。本当にラングという元生徒ですか。彼にそんな実力が?」
「大佐の目は節穴かっ。我が軍を救ったのは彼だ。彼は国の至宝だ。将来は国のために頑張ってもらわなくてはならない。だから決して彼を手放してはならない。どんな手を使ってでも、必ずスクールに復帰させるのだ。絶対だぞ。わかったか!」
「はいっ、閣下。ただちに彼をスクールへ戻します」
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スクールに帰る前に、本部でやるべきことがあった。
元生徒に関する情報集めだ。
有翼人討伐から帰還した部下たちに、戦時の話を聞いてみた。
元生徒がドラゴンに乗って敵を追い払ったらしい。
どうやら大活躍というのは、事実だったようだ。
スクール到着後、さっそく教頭を呼びつけて、命令した。
あの落ちこぼれ元生徒を、必ずスクールに呼び戻せと。
教頭は自信満々に引き受けたのだが……。
翌日、手ぶらで帰ってきた。
ラングという元生徒を連れてこなかったのだ。
俺は溜息が出てきた。なんとも使えない教頭だ。
やはりヘッポコ組織の頭というだけのことはある。
これでもかっ、と言うくらい教頭を罵倒した。
あとから思えば八つ当たりだったかもしれない。
しかし困った。どうしよう。
司令官にはどう説明すべきか。
ただラングという元生徒……。
本当に司令官が褒めるほどの実力があるのだろうか。
スクール内の教員にも話を聞いてみることにした。
まずは学年主任を校長室に呼んだ。
「何っ! ヤツは第二闘技場で土人形を八体も倒しただと?」
「以前、教頭先生に報告させていただいたことですが……」
「おい、教頭。なんで黙ってたんだ!」
「きちんと校長に報告したではありませんか」
はて、そうだったか? 覚えてない。
スクールの生徒のことなど興味なかったからなあ。
除籍の決まった生徒ならば尚更だ。
やはりドラゴンに乗るだけのことはあったのか。
こうなると本格的に調べてみなければなるまい。
軍の大佐の立場を利用し、部下たちに情報収集させた。
「何っ! ポイズンベアやファイアリザードを倒しただと?」
「はい、大佐。彼は優秀な冒険者であることに相違ございません」
これが部下たちの調査結果だった。
特殊スキルも身につけられなかった凡人が……何故だ?
初級魔導しか使えなかった落ちこぼれが……何故だ?
こんなのおかしいだろ。司令官が彼を欲しがるのは当然だ。
ああ、早く彼をスクールに復帰させなければ。
さもないと司令官から厳しい罰を受けてしまう。
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何日もの間、司令官と顔を合わせることを避けていた。
元生徒の復帰が決まるまでは、軍の本部を訪れたくなかった。
しかしそれでは大佐としての仕事に支障がでてしまう。
だから司令官に遭うことに怯えつつも、そこへ行かざるを得なかった。
そしてこの日も本部に出かけた……。
やつれた顔で歩いてくる兵士がいる。
その兵士は別の兵士とすれ違った。
二人の会話が聞こえてくる。
「どうした。そんなしょんぼりして」
「司令官から大目玉を喰らったよ」
「そりゃ、お気の毒さまだな」
「きょうの司令官、めちゃめちゃ機嫌が悪かった」
「本当か。だったら気をつけないと……」
何ぃー! 司令官の機嫌が悪い?
背筋がぞくぞくっとした。
きょうは絶対に会ってはならない。
出くわしたら地獄だ。
グズグズしている場合ではない。
すぐに迂回せねば。引き返そう。
ところが廊下の先のドアが開くのだった。
そこは司令官室だ。誰かが出てくる……。
ああ、もう間に合わない。
出てくるのが司令官でありませんように!
司令官でありませんように。
司令官でありませんように。
司令官でありませんように。
世の中そんなに甘くはなかった。やはり司令官だった。
不自然にならないように下を向き、司令官と目が合わないようにする。
「おや? ちょうどいいところに大佐がいるではないか。来るがいい」
やはり捕まってしまったか。
ああ、俺、おしまいだ……。
司令官室に連れられていく。