第88話 やってきた美女
ハーフギガースに会いにいった翌日――。
オレは気分が悪かった。
朝っぱらから冒険者スクールの現校長が宿に訪ねてきたからだ。
教頭といい、今朝の現校長といい……最近、勧誘が激しすぎる。
冒険者スクールに復帰するつもりなど微塵もないのに。
さて、パーティー仲間と昼メシを食べに出かける途中だった。
シェムもいっしょだ。いま彼女は人間の姿になっている。
ん? なんだ……この気配。
違和感を抱いたその直後、前方に魔法陣が浮かびあがった。
歩道がぐにゃりとねじ曲がる。空間全体が歪んだ。
「わっわっわぁーー」と、悲鳴をあげるチャオプ。
「な、何かしら……」と、不安そうなムアン。
「……………………」と、真っ青な顔のイリガ。
だがオレの場合、慌てることはなかった。
以前にも同じようなことを経験していたからだ。
「あのー。あなたは大佐ですよね?」
眼前が闇に包まれたのち、ふたたび光を取り戻す。
オレたちの前に立っていたのは、思ったとおり前校長だった。
前校長が笑顔を向けている。
「いやあ、驚かせて悪かったね」
皆も落ち着いたようだ。
「こんな現れ方をするっていうのは、また内緒話でしょうか?」
「そうなんだ。キミたちのパーティーに依頼したいことがあってね」
オレたちは前校長の依頼を聞いてみることにした。
それは耳を疑うような内容であり、驚愕せずにはいられなかった――。
えっ、闇の王!?
なんと前校長の依頼とは、闇の王に関することだった。故郷のビエン村を滅ぼしたカタキである。前校長はその討伐のため、オレたちのパーティー『白龍』にも声をかけてくれたのだ。
ああ、早くもこんなチャンスが来るなんて!
思わぬ仕事の依頼内容に胸が躍った。冒険者スクールの厳しい授業に頑張ってこれたのは、闇の王を自分の手で倒したかったからこそだ。
口角をあげる前校長。
「どうだね。やってくれるだろうか」
「もちろん喜ん……」
途中で慌てて口を噤んだ。
まだパーティー仲間の了承を得ていない。
ちらりと皆の顔を確認する。
「師匠、協力するぞ。やってやろう」
「これでラングの長年の夢が叶うのね」
「…………(微かな首肯)」
皆が賛成してくれた。
やはり仲間っていいものだ。
このあと仲間と前校長に、何度も礼を言った。
ただし闇の王を倒せなければ、カタキを討ったことにはならない。
相手は強くて恐ろしい敵なのだ。
◇
話が決まったところで、前校長はさらに詳細を語ってくれた。
実はソンクラム軍が闇の王の『アジト』を突き止めたらしい。
しかしオレは首をひねった。
闇の王って一体の魔物じゃなかったのか?
だったらアジトなんて……。
前校長によると、闇の王とは魔物の集団ことだったらしい。
三日後、そのアジトに魔物が集結するという話だ。
そんな動きをよく掴めたものだ。
さすがはソンクラム軍。
もう一つ驚いたことがある。
人類にとって最大の敵とも言われる闇の王に対し、多国籍軍で挑むものだとばかり思っていた。しかしそのために用意されるのは、前校長が率いる小部隊のみらしい。オレたちのパーティー『白龍』を加えても、総勢七十人にも達しないそうだ。
それって自殺行為ではなかろうか。本当に大丈夫なのか?
前校長は精鋭部隊などと言っているが……。
◇
その翌日。
八台の馬車がソンクラムの城壁を出た。
前校長が率いる『闇の王』討伐隊だ。
兵士はすべて前校長の部下だという。
オレたちのパーティーを含めて総勢六十七人……それにプラスしてシェム。
こんな少人数で闇の王を倒せるのだろうか。
ちなみにオレたちと同じ馬車の車両には、四人の兵士も乗っている。
四人とも気さくな感じの人だった。
揺れる馬車の中でワクワクしていた。
いよいよ闇の王との対決か。
馬車を長時間、走らせることはできない。
ところどころで馬の休憩が必要だった。
そして三度目の休憩時――。
オレたちが馬車からおりることはなかった。
車外の日差しが強いからだ。
ガタガタガタガタ
奇妙な音が聞こえてきた。
幌の一部がめくれあがる。
白い手が見えた。
オレたちの車両に誰かが入り込んできた――。
軍服を着ている。別の馬車に乗っていた女兵士だ。
派手な感じの化粧をしているが、美しい人ではあった。
車両内にいる八人を睥睨するように見回している。
女兵士の視線はムアンのところで止まった。
「お前がラングという者か」
「い……いいえ」
ムアンが否定すると、今度はその視線をイリガに送る。
「お前がラングか」
無言で首を横に振るイリガ。てか、この女兵士はなんなのだ?
視線をチャオプに移したところで、眉間にシワを寄せる。
「まさか幼女趣味なんてことは……」
「おいぃーー! 誰が幼女だって?」
「ラングはオレだけど?」
女兵士の刺すような視線。
なんなんだ?
「お前のことだったのか! それにしても……」
「それにしてもなんだよ」
「ラングとは男だったのか?」
「あたりまえだ。見りゃわかるだろ」
頭を抱える女兵士。
「そんな、そんな、そんな。大佐殿がまさかの男色だったとは。ならばわたしがいくら頑張っても、見向きもされなくて当然……」
「なんのことだよ」
「若いくせに、あの大佐殿のお気に入りだというではないか。いったいどんな人物だろうと思って来てみれば……。ああ、どう見ても、わたしの方がずっとずっと美しいはず。それなのに、それなのに、それなのに!」
そんなことを言われても。
だいたい大佐が男色だなんてあり得るかよ。
男色とかの素振りは、いっさいなかったぞ。
同じ車両に乗り合わせていた兵士が言う。
「大佐は男色じゃない。むしろ無類の女好きだぞ。ただし筋金入りのゲテモノ食いだ。まさか、大佐の部下のくせに知らなかったのか? 有名な話なんだけどなあ」
「ひっっっっっっ! ゲテモノ食い?」
茫然とする女兵士。
倒れるようにしゃがみ込んだ。
ところがすぐに立ちあがる。
なんだか知らないが、笑っている。
頭がおかしくなったのか? ちょっとキモい。
タオルのような布をふわっと放りあげた。
手品でも見せてくれるのか。
その布を目がけて、指先から液体を放った。
オレと同じく水流魔導が得意だったのか?
女兵士は濡れた布を手にすると、顔を拭うのだった。
布を取ると、化粧の落ちた顔が出てきた。
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
見事なまでのゲテモノ顔だった。
化粧でこれほどまでに変わるものとは。
女の人って怖ぇー。
「どう?」と女兵士。
同じ車両の兵士が答える。
「バッチリだ。大佐なんか、もうイチコロだぜ」
「よっしゃーーーーーーー! 大佐殿ぉ~」
女兵士は馬車をおりていった。
なんだったんだ。




