第85話 ギガースの子
二日後、ソードマスターとの待ち合わせ場所に行った。川辺の公園だ。
公園の中には多くの露店が出ていた。しかしこの時間、人はまだ少ない。
それでも若い男女がデートしている。小さな子供たちが遊んでいる。
ソードマスターはまだ来ていなかった。しかしある人物の姿を発見。
アーチャーだ。
どうしてアイツがこんなところにいるのだろう?
「よう、アーチャー」
「ラ、ラングか。わーーーーーーーーーっ!」
突然、大声をあげるアーチャー。
その視線の先にはシェムが立っている。
真っ青な顔で震えだした。
シェムの頬がプーッと膨れる。
こっちを見あげた。
「我が主、わたしってそんな恐ろしげな風貌ですか」
「いいや、ちっともそんなことはない。とっても可愛いぞー」
「きゃっ、嬉しいです!」
シェムがご機嫌になった。
少し遅れてソードマスターがやってきた。
「ごめんなさい。遅れて悪かったわ」
「そんなことより、何故アーチャーがここにいるんだ?」
「あなたが軍の建物に入るためよ」
アーチャーがいると入れるのか?
どうしてだろう。
ヒューっと強い風が吹いた。
公園の木々が揺れる。
風に吹かれて舞飛ぶ大きな紙が一枚。
公園で遊ぶ幼い子供がそれを拾った。
子供A「拾っちゃった! これポスターだね」
子供B「あっ。その絵の人、知ってるわ。『超美しい女剣士』よね」
子供A「ううん、違うよ。『美しすぎる女剣士』って書いてある」
子供B「カッくんすごい、もう字が読めるのね」
子供A「へへへ。このポスター、みいちゃんにあげる」
子供B「要らないわ。この人、『超美しい女剣士』のパクリでしょ。格好悪い」
ソードマスターの視線が子供たちに向かう。
「……」
「子供の言うことだ。怒るなよ」
「別に怒ってなんか」
まあ、彼女も大人だ。いちいち腹なんか立てないだろう。
「それよりもアーチャーって、てっきり軍奴隷にされたものだと思ってたけど」
「ええ、そうよ。いろいろあって軍奴隷にされたわ……」
アーチャーとソードマスターがオレを睨む。
オレが悪いとでも言いたそうだ。
「へえー、オレのせいで?」
しかしソードマスターは首を横に振るのだった。
「あなたのせいにするつもりはないわ。悪いのはわたしたち。わたしはたまたま軍奴隷にはされなかっただけで、そうなっていた可能性はじゅうぶんあった。だから当然、他人事なんかじゃない。それでアーチャーを軍から買い戻すことにしたの」
「軍から買い戻すって、そんなことができるのか」
「普通はできないわ。でも諦めるつもりはなかった。軍には教頭先生から話を通してもらったの。けれど買い戻すにはあまりにも高額だった」
「やっぱり奴隷って高額なものだったんだな」
「そうよ。闘技場で稼いだおカネでは、ぜんぜん間に合わなかった。それから冒険者として、多くのクエストを引き受けたわ。がむしゃらに頑張った。マスターの手もたくさん借りた。それでも買い戻すまでの金額には届かなかった……」
「じゃあ、まだ軍奴隷のままか」
「だけどちょっと待遇のいい準軍奴隷になったわ。いまここにいるのが許されるのも、普通の軍奴隷とは違うから。そしてあと三年間、軍のために働けば自由の身になれるの」
準軍奴隷なんていうのもあったのか。
どうせそれも非合法なのだろう。
子供たちのはしゃぐ声。
カッくん「このポスターの女の人、パクりじゃないよ。ずっと前にいた人だ」
みいちゃん「でもジーっと見てて……。カッくんはこういう人が好きなの?」
カッくん「まっ、まさか。こんなブス。嫌いだよ」
ソードマスターの視線が子供たちに向かう。
「……」
「子供の言うことだ。怒るなよ」
「別に怒ってなんか」
とりあえず話を戻す。
「よし、この三人で巨人と話しにいくんだな。おっとシェムを入れて四人だ」
「シェム?」目を丸くするソードマスター。
「なんだ。アーチャーから聞いてなかったのか。ほら、彼女がシェムだ」
「嘘よ。だって猫だったでしょ。あのシェムが人間の女の子に……?」
「そういうことだ。あとでわかったんだが、オレの召喚魔獣でもある」
「えーーーーーーーーっ、シェムが召喚魔獣!?」」
ソードマスターはアゴが外れそうなくらい大口を開けた。
「そんなに驚くことか」
「しょ、召喚の特殊スキルに成功してたってこと……なのね」
「まあ、そういうことだ。じゃっ、そろそろ行こうぜ」
ところが、アーチャーが首を横に振るのだった。
「いいや、俺は行かない。ラングにこれを渡しにきただけだ」
彼が差しだしたのは、身分証明カードだった。
ソードマスターが言う。
「わたしは軍の建物に入るとき、一応、顔パスなの。もうとっくに資格は剥奪されてるけど、守衛はそのことをまだ知らないみたい。だけどラングは顔パスってわけにはいかないわ。だからそれが必要なの」
「つまりオレがアーチャーになりすませ、と?」
「軍の建物に入るにはそれしかないわ」
「えー、やだなあ。準軍奴隷なんて」
「悪かったな!」
ムッとするアーチャーを、シェムが睨む。
「我が主に何か?」
「じょ、冗談です」
そんなシェムも人間の姿では軍の建物に入れない。
だから猫化してもらった。彼女の衣服は鞄に入れた。
みいちゃん「ふうん、どうかしらねえ。その絵、ブスじゃないと思うけど」
カッくん「ブスだ! お父さんが言ってたんだ。本物は綺麗じゃないって」
みいちゃん「本物は違うの?」
カッくん「ポスターの絵、本物の三割増しに綺麗に描かれてるだけだって」
みいちゃん「三割増しって、なーに?」
カッくん「三割増し……。たぶん、いっぱいって言う意味だよ。百倍のことだ」
みいちゃん「それじゃ、本物はとってもブスってこと?」
カッくん「うん。本物はとってもブスなんだ」
ソードマスターの視線が子供たちに向かう。
「……」
「子供の言うことだ。怒るなよ」
「別に怒ってなんか!」
◇
猫の姿になったシェムは、オレが両手に抱えている。
準軍奴隷の身分証明カードがあるので、簡単に建物に入れた。
ソードマスターとともに、ハーフギガースの部屋に入っていく。
「こんにちは、タンク」
「あっ、ソードマスター。また来てくれたんだね。ボク、嬉しいよ」
大きな目玉がオレに向く。
「お前は……」
「よう、デカタンク」
「何しにきた! ソードマスターから離れろ」
「離れろって。ソードマスターがオレを同行者に指名したんだぞ」
「な、な、な、な、な……なんだと……」
巨人の眉がつりあがる。顔を真っ赤にしている。
「落ち着いて、タンク」
ソードマスターが彼のもとへ歩いていく。
小さな両手で彼の大きな指を握った。
「ソードマスター。もうアイツに関わっちゃダメだ。アイツは仲間を裏切るような悪いヤツじゃないか」
オレも言う。
「そうそう。仲間を裏切るなんていうのは、とっても悪いヤツのすることだ」
「…………は、早く話を始めましょ」
彼女は話を逸らした。
同時に本題に入る。
ハーフギガースには、すべてを一から話さなくてはならなかった――。
母ギガースが軍に連行された捕虜だということも、ヤツには初耳だった。
そしてタンクたち親子を故郷に戻す計画について、打ち明けた。
巨人は茫然としながら聞いていた。
いまにも泣きだしそうな顔で口を開く。
「もし北の里に行ったら、ソードマスターとは会えなくなるんでしょ?」
「だけどタンク。あなたはそこでたくさんのお友達ができるわ」
「ヤダ、ヤダ、ヤダ、ヤダ、ヤダ、そんなのヤダ!」
「わかってよ、タンク」
「わからない!」
「あなたの母さんだって、帰りたいと思ってるはずよ」
「それ嘘だよ。ずっと眠りっぱなしなんだ。そんなこと思うはずがない」
「でも……」
オレは彼女の耳元で言った。
「本人にその気がなければ、もうどうしようもない。ここから連れだすことはリスクが高いんだ。もし失敗したら、アイツの身にも危険が及ぶだろうし。それを承知で、まだ説得し続けるのか?」
「そうね。無理にとは言えないわ」
彼女はしぶしぶ諦めたようだ。
◇
オレたちは軍の施設から出た。
帰り道に、ふたたび公園を歩く。
「お前がアイツをギガースの里に帰したがってるのってさあ、もちろんあの親子のためなんだろうけど、ただそればかりじゃないんだろ?」
ソードマスターが小首をかしげる。
「おかしなことを言うわね。他に何があるって言うのよ」
「やっぱりいい。なんでもない」
「言いなさいよ。気になるじゃない」
じゃあ言うけど……。
「アイツの恋心が重たいんじゃないのか。アイツってわかりやすいもんな。だからお前には、アイツを里に返したいって気持ちもあった。そうだろ?」
彼女が柳眉を逆立てる。
「馬鹿なことを言わないで。そんな理由で仲間を遠ざけるなんて、最低なことよ」
「へえ、『特殊スキルの入手失敗』って理由なら、遠ざけても最低じゃないと?」
「…………。ご、ごめんなさい」
みいちゃん「そのポスターの人、いなくなっちゃったの?」
カッくん「闘技場で見かけなくなったって。遠ざけられたのかな……」
みいちゃん「どうして? 本物はブスだから?」
カッくん「たぶんそうだろね。お父さんが言ってた。禿げたって」
みいちゃん「えーーーーーーっ、そうなの!?」
ソードマスターの視線が子供たちに向かう。
「……」
「子供の言うことだ。怒るなよ」
「怒るわよーっ!!!」
オレは彼女を必死に止めた。




