第84話 一輪の白い花
とんがり帽の魔導士は、さらに火球や破裂球を放った。
しかし飛び去っていく有翼人に当たることはなかった。
「ふう。大人の有翼人は仕留められなかったか。逃げアシの速いヤツだ」
とんがり帽の魔導士は手をだらりとおろし、振り向いた。
英雄を気取ったようなスマイルを見せている。
「キミたち、危ないところだったね」
「「「…………」」」
オレたちは返事ができなかった。
とんがり帽の魔導士は何も悪いことをしていない。むしろオレたちを助けようとしてくれたのだ。彼を責めるつもりはまったくない。だけどなんだか……。
とんがり帽の仲間が非難する。
「あーあー。先生に助けてもらったくせに、礼の一つも言えないのかよ。最近の冒険者ってこういうのが多いんだよなー」
とんがり帽が彼を止める。
「よさないか。いま彼らはそれどころじゃないのだろう。有翼人の恐怖から解放されたばかりなので、きっと心はまだ正常じゃないんだ」
そう言ったのち、こっちに向いた。
「ヤツは逃げていった。さあ、もう安心していい。では俺たちはこれで」
とんがり帽と仲間が去っていく。
たぶん彼はイイ人なのだろう。
皆で子供の肉片を集めて土に埋めた。
その上に一輪の白い花を添えた。
ソードマスターが花に向かって両手を合わせている。
オレはそんな彼女の背中に問いかけた。
「あのさ。巨人のアイツを故郷に帰さないか?」
驚愕の顔で振り返るソードマスター。
「こんなときに冗談はやめて」
「オレは本気だ」
彼女は首を左右させる。
「言ったはずよ。タンクにとっての故郷はソンクラムだって」
「故郷と言ったって……。暮らしてるんじゃなくて、飼育されてるだけだろ?」
「飼育じゃないわ!!」
「そっか。違うのか。ならば悪かった」
彼女の口元に力が入る。そのあと小さく首を振った。
「ううん。あなたの言うとおり『飼育』が正しいわ。とても可哀想な子。本当は助けてあげたい……。あの子は頑張り屋さん。酷く扱われているにも拘わらず、軍のために尽くそうとしてるの」
「見ていてそんな感じがしてた」
「あの子、すべて母親のためだと言ってるの。だからあの子だけを故郷に連れていくなんて無理。必ず母親もいっしょじゃないと」
アイツの母親について、彼女はこう説明している――。
・昔、軍は戦力となるような魔物の奴隷を望んだ。
・そのため捕獲した雌ギガースに、人間との子を身ごもらせた。
・しかし雌ギガースは心身が病み、廃人のようになっていった。
・現在はずっと寝たきりで、何も喋らなくなった。
・もちろん息子との会話もない。
・ただ一方的に息子が話しかけているだけ。
「でも実際、あの親子を連れ去るなんて、非現実的だわ……」
「簡単に諦めるなよ。あの巨人も含めて相談してみないか?」
ここでマスターが口を挟んできた。
「おいおい。ソンクラム軍を敵に回すことになるぞ」
そんな彼に軽蔑の意味で横目を送ってやった。
「大規模パーティーのリーダーのくせに、軍の一つが怖いのか」
「あたりまえだ!」
「ふん、意気地なしめ」
「これだからお子様は。俺はパーティーの責任者だ。メンバー全員の命を預かっている身だ。己のことだけを心配していればいいわけではない。メンバーに危険なことはさせられないし、無茶をしそうになったら止めなくてはならないんだ」
まあ、言われてみれば確かにな。
リーダーになれば皆そんなものだろう。
だがオレは大人しくしているつもりはない。
「あの……」と弱々しい声。
マスターは仲間の一人に振り向いた。
まだ若い子だった。
「なんだ。フォーティーンス?」
「仲間を思ってくださるマスターにはとても感謝しています。ですが聞いてください。わたしが冒険者を目指すようになったのは、他国軍に協力するためではありません。己が正しいと信じる正義のためです。そのための死は覚悟しているつもりです」
「フォーティーンス。キミは……」
マスターは彼女の肩に両手を乗せた。
すると彼の仲間たちからの声。
「わ、わたしもですわ。ソンクラムなんて、わたしに無関係な他国。敵に回してもぜんぜん怖くありません」「マスター、わたしも」「わたしもです」「わたしも自分の正義が優先です」「わたしだって、ソンクラムには縁もゆかりもないですし」
考え込むマスター。
「そうかい。皆……。でもセカンドは? ソンクラムで育ったんだよな」
「はい。ソンクラムの冒険者スクールで、何年間も学びました。ですが別にわたしの故郷ではありません。ソンクラムから永久に離れることはできます」
マスターが「ふうっ」と深く息を吐く。上を向いた。建物は壊れており、屋根はない。見えているのは真っ青な空だけだった。
「そうだよな。皆、冒険者だもんな」
ソードマスターが首肯し、笑顔を見せる。
「はい。わたしたちは冒険者です」
「わかった。キミに協力するとしよう」
「ありがとうございます、マスター」
ソードマスターは皆の顔を眺めた。
「じゃあ決まりね。ここの皆でタンクたち親子を故郷に帰すの」
◇
北西の森からソンクラムに戻ってきた。
オレたちには『ギガースの親子を仲間のもとに帰す』という目標ができた。
そのためには、まずハーフギガースと話をしなければならない。
ソードマスターによれば、ギガースの親子は軍の施設にいるとのことだ。
ちなみにその施設は、軍の本部や病院と同じ敷地内にあるらしい。
軍の病院ならば行ったことがある。ルアンナの妹ムタの見舞いのときだ。
へえ、あの近くにアイツがいたなんて思わなかった。
「でもこんなに大勢の冒険者が軍の施設に行ったら、何事かと思われてしまうわ」
ソードマスターの意見に、多くの者が首肯した。
そこでマスターが提案する。
「サーティーンスの言うとおりだ。いまの半数くらいで行くのがいいだろう」
「いいえ、マスター。わたしとラングの二人だけで行ってきます」
えーーーーーーーーーーーっ。
ソードマスターに指名されてしまった。
別にイヤとかじゃないけど、なんでオレと?
「やいやい! まさか二人だけで行って、背後から師匠を襲うつもりじゃ……」
「しないわよっ」
目をすがめるチャオプ。
「だったら師匠と二人で行って何をするつもりだ」
「何度も言ってるでしょ。タンクと話すだけよ」
「で、でも二人きりというのは……。その……」
オレはチャオプの頭に手を置いた。
何故かチャオプが赤面する。
「大丈夫だ。心配してくれてありがとうな」
「あの女には……気をつけてほしい」
「なあに。一度オレを裏切っているとは言え、さすがに斬りかかってはこないだろう。それに二人きりといっても、当然、シェムを連れていくつもりだ。だから危険はまったくない」
「そ、そうじゃなくて……」
オレは足元のシェムを抱えあげた。
腕の中でシェムがミャーと鳴く。
ムアンが手を伸ばしてきた。
シェムの小さな頭を撫でる。
「だけどシェムを連れていくとなると……。危険なのはサーティーンスって子の命よね。ちょっと心配だわ」
「「えっ」」オレとソードマスターの声がハモった。




