第83話 魔物は魔物
「ねえ、ラング。そこにいるのは人間じゃないわよね。魔物でしょ?」
有翼人といっしょにいるところを、ソードマスターに見られてしまった。
わっ、わっ、わっ、どうしよう……。マズいことになったぞ。
これは言い訳できない。
シェムがミャーと鳴く。
そうだ。落ち着かなきゃ。
「人間ではないが、何か問題でも?」
開き直ってみた。
「大問題でしょ! わたしたちの敵に加担するつもり?」
「まあ、待て」
「待てない。いまその二体を殺すわ」
ソードマスターが剣を抜く。
有翼人を斬り殺そうとしている。
「させないっ」
咄嗟にイリガが白煙剣で、ソードマスターの剣を切り落とした。
さすがは交流戦で優勝したイリガだ。頼もしい。
「あなたは……」
ソードマスターの顔は憎悪むきだしとなった。
彼女の背後には仲間もいた。例の『マスター』たち一行だ。
皆そろって剣を構えている。
彼らの行為は決して間違っていない。魔物を見たら殺すのが普通だし、人間の敵に味方するなんていうのは、考えられないことなのだ。
それでもオレたちは彼らを止める。
この親子と思われる有翼人を殺させたくなかった。
「聞いてくれ、ソードマスター。そこの有翼人はオレたちを襲わない」
「たとえ戦意を失っていたとしても魔物は魔物。敵でしょ?」
「いいや、敵じゃない。戦意がなければ危険もないからだ」
「はあ? 何言ってるの。危険がどうとか、関係ないでしょ」
ソードマスターは二体の有翼人をどうしても殺すつもりだ。
彼女の仲間たちも、剣の構えを解くようすはない。
連中を説得するのは難しそうだ。そりゃ当然だよな。
オレが逆の立場だったら、納得なんてしないだろう。
それでも説得しなければならない。
「まあまあ、ちょっとだけ考えてみてくれ。たとえば国同士の戦争中、敵国の一般人が出てきたとする。兵士じゃないから無抵抗だ。そんな一般人を殺せるのか?」
彼女は決して表情を緩めることがなかった。
「戦争のことなんて知らないわ。わたしは冒険者だもん。魔物を退治するだけよ」
「へー、魔物を退治する? でもお前らだって巨人と仲良くしてただろ」
「タンクのことね」
「そうだ。殺せないだろ。知性を持つモノ同士、わかり合えるんだろ」
「同じじゃないわ。タンクは別よ。ソンクラムで生まれてソンクラムで育ったの。母親はギガースだけど、父親は人間だし」
えっ! いまなんて言った。
「父親は人間……?」
「そうよ。だからタンクは別なの」
馬鹿な。そんなことがあり得るのか。
確かにハーフギガースなんて呼ばれていたっけ。
てことは、そういうことだったのか。
「ならば母ギガースは何者なんだ。殺されずにタンクを産んだってことになるが」
話はとんでもない方向に行ってしまった。
しかし聞かずにはいられなかった。
「捕虜よ。敵ギガースとの戦闘中に捕獲したそうなの。いまでも生きているわ」
「まだ生きてるだと? ソンクラムにはタンク以外にも、まだ巨人がいるのか」
「ええ。この目で見たから本当よ」
そんな……。
そのときだった。有翼人が子供を抱えながら立ちあがった。
何故か驚愕の眼差しをソードマスターに送っている。
「なんなの?」と小首をかしげるソードマスター。
有翼人の口元は震えだし、そして次の言葉が出てきた。
「ギガースの少女が生きているのですか……。十何年も前に連れ去られたという、その子がまだ殺されずに……」
「えっ? 捕虜のギガースを知ってるのか」と、オレは思わず聞き返した。
「もちろんです。わたしたち有翼人の耳にも入っています。とても有名な話です。人間に捕らえられた悲劇の少女。ギガースたちは二十年近く経ったいまでも忘れていません。まさか生きていたなんて」
ソードマスターの目つきは、いっそう険しくなった。
有翼人を睨みながら言う。
「ふうん。だからなのね。魔物らは人間に恨みを持ち、森にあった人間の町や村を襲撃した。それによって罪もない人々が有翼人に殺された」
「待つんだ、ソードマスター。それについては誤解だぞ。この森に人間の町や村はない。ここもそうだ。人間に滅ぼされた有翼人の村なんだ」
「嘘よ! ならば証拠はあるの?」
「さすがにいまさら証拠は……」
オレは答えられず、口を噤むしかなかった。
しかし代わりに有翼人が答えるのだった。
「証拠はあります。建物の作りをよく見てください。梯子や階段の跡は残っていますでしょうか。ないはずです。わたしたち有翼人には不要なものですから」
有翼人の言うとおり、梯子や階段の跡は見当たらない。
ソードマスターが苦々しい顔で考え込む。
しばらく無言だったが、ふたたび口を開いた。
「本当なの?」
「はい、本当です」
首を左右させるソードマスター。
「わからなくなってきたわ。わたし……いまどうすべきなのか」
彼女の仲間たちからも殺気が消えていく。
マスターと呼ばれている男は頭を掻いた。
「こりゃ困ったな。そこの有翼人を殺す必要性が感じられなくなってきた」
「マスター、わたしもです」「わたしもです」「わたしもできれば殺したくありません」「同感です」「わたしも同じです」
ところが、とんでもないことが起きてしまった。
壁に空いた大きな穴から、黒光りした物体が飛んできた。
その黒い物体は有翼人が抱えていた子供に直撃。同時に激しく破裂した。
子供の肉片が飛び散る。即死だった。
それを抱えていた有翼人も血まみれだ。
壁の大きな穴から人間が姿を現した。
とんがり帽子に黒いパーカー。いかにも魔導士といった恰好だ。
誇らしそうに大喜びで両手をあげている。
「やったぞ! 有翼人を一匹殺してやった」
とんがり帽の魔導士の後ろからは、拍手が聞こえてきた。
「さすがは先生。お見事です」
この廃村を訪れる冒険者パーティーは、まだ他にもいたのだ。
なんだよ。なんなんだよ、これってさあ……。
オレたちは突然の出来事に愕然とするしかなかった。
母らしき有翼人は両翼を広げ、高々と飛びあがった。
屋根の壊れた建物内にいるオレたちを鳥瞰する。
「人間めぇーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
怨憎に満ちた声だった。
そのまま北方の空へと去っていった。




