第81話 子羊&<黒服の客視点>
チャオプとの帰り道。
彼女は何故かモジモジしているが……。おい、どうした。
あっ、もしやウンコがしたいのか? だったら苦しいよな。
だけど宿までは少し遠い。辛いだろうが我慢してくれ。
彼女が顔をあげる。ほんのり頬が紅い。
「し、師匠。こうして街を二人きりで歩くのって、は、は、初めてだな」
「そういえばそんな気もする。チャオプと街歩きは初めてだったかも」
顔がますます紅潮していく。大丈夫か?
たぶん街で便意を催すのも初めてなんだろう。
頑張って堪えろよ、チャオプ。
「し、師匠。喉が渇いた。よ……寄っていかないか」
声が震えている。腹が相当キツいのか。
彼女の指は喫茶店を差していた。
ほう、そこでトイレを借りるつもりだな。
「よしっ、入ろう。あーーーーーーーーっ!」
ついオレは叫んでしまった。
「ど、どうした、師匠?」
「入るのならば、そっちにしよう」
そっちの看板にはこう書かれていた。
『羊々カフェ ラムちゃん(牧場風)』
実はシェムから『猫々喫茶』も『犬々喫茶』も『兎々喫茶』も、入ることを禁じられていた。しかし『羊々カフェ』は禁止リストにあがっていない。グレーかもしれないが、たぶんセーフだ。
それにいまチャオプの腹がたいへんなことになっている。緊急事態だ。店を選んでいる時間はなかった……ということにすればいい。そう、これには大義名分もあるのだ。きっとシェムなら笑いながら許してくれるさ。
「うん。そっちでも構わない」とチャオプ。
さっそく羊々カフェに入った。そこは半屋根付きテラスのある牧場風野外カフェだった。たくさんの子羊がいる。どれもキュートな子ばかりではないか。
オレたちのあとからも、すぐに客が入店した。黒服の厳つい坊主頭だった。
あんなオッサンもこういう店に一人で入るのか。人は見かけによらないものだ。
あれ? チャオプ、トイレに行かなくていいのか?
隣に座ったまま動かなくなったぞ。耳まで真っ赤だ。
熱でもあるのだろうか……。
「ちょっとゴメンよ」
チャオプと額を重ね合わせてみた。
うーん、熱はなさそうだ。
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいい」
悲鳴をあげるチャオプ。
なんだよ。ビックリさせないでくれ。
「ト、トイレ行くぅーーーー」
赤面しながら走っていってしまった。
なーんだ。やっぱり行きたかったんじゃん。
さっさと行ってくれば良かったのに。
我慢はいけないぞー。
「痛っ」
声が聞こえた。
黒服の厳つい坊主頭の客だった。
子羊がじゃれて噛んできたのだろう。
オレは彼と目が合った。
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫。子供だし、可愛いから噛まれても許せちゃいます」
「そーですよね! 可愛いですから、むしろご褒美ですよね!」
「ハハハハハ……」
「アハハハハ……」
彼はいい人だ。動物好きに悪い人などいるわけない。いるものか。
そういえばチャオプも、シショーや子ドラゴンやイグアナと仲良くしてたっけ。
チャオプ……遅いな。
トイレの方を見る。すぐ近くの壁にポスターが張ってあった。
いま流行の『超美しい女剣士』ではなく、『美しすぎる女剣士』のものだった。
古いな。最近まったく見かけなくなったが、まだこんなものが残っていたのか。
子羊が寄ってきた。
ああ、可愛い。このあどけない顔! 萌え死にしそうだ。
この子の毛は特にボリュームが多い。まるでぬいぐるみではないか。
思わず抱きかかえてしまった。
「可愛い子ですよね」
さっきの黒服の客だ。
「はい。見た途端に驚きました。最高ですね」
「そんな感じの子が好みなんですか」
「ええ、もう、堪りません! ある意味、体毛フェチっていうのでしょうか」
「た……体……、ハハハハハ」
そのドン引きしたような顔はなんだろう?
オレのせいか。たぶん気のせいだ。
それにしてもこの子は本当にキュートだ。
「もっともっとボリュームが出てきたら、どうなっちゃうのかな~」
「ええと、ボリュームってどこのでしょう?」と黒服の客。
「イヤですねえ。いま毛の話をしてるんじゃないですか」
「あっ、そうそう。毛ですよね~」
「はい、もちろんです」
ここで黒服の客が首をかしげる。
「で、ですが……もうそれ以上にはならないのでは?」
黒服の客は羊の成獣をまだ見たことないのか。
まあ、ソンクラムに羊の牧場なんてないから仕方がない。
成獣のボリュームは、こんなものじゃないぞ。
「まだまだこれからです! もっとフサフサしてきますよ。見てみたいなあ」
黒服の客がポンッと手を叩く。
「すると成熟した感じの方がお好みですか」
「うーん……。嫌いじゃないけど幼い方が好きかな。可愛いじゃないですか」
කුකුකුකුකුකු 黒服の客視点 කුකුකුකුකුකු
先日、お頭が代わった。
先代は腕っぷしが強く、人望も厚かった。
ソンクラム周辺のゴロツキは誰も逆らわなかった。
しかし『山羊の左目』により、魔物にされてしまった。
新しいお頭は冒険者スクールの教頭を兼務している。
お頭になったのは、最終的に俺の推薦で決定したことだ。
しかし我々は『山羊の左目』に首根っこを押さえられており、お頭はその対応で疲労困憊している。もう見ていられないほどだ。
お頭がいま最も頭を抱えているのは、冒険者スクールの元生徒のことだ。
何がなんでもスクールに連れ戻せと、校長から命令を受けている。
さっそく軍の本部に呼ばれた元生徒を待ち伏せし、どうにかコンタクトすることに成功。しかしお頭は下の者に頭をさげるのが苦手な人だ。案の定、元生徒への交渉は失敗してしまった。
ならば、ここは俺の出番だ。
お頭のためにいっちょ頑張ろう。
よしっ!
元生徒をスクールに戻すイイ手を思いついた。
なーに、簡単なことだ。オンナを嫌いなオトコなんているわけない。しかも彼は年頃のオトコだ。俺があのくらい若かった頃は、オンナのことしか考えていなかった……。
そう、これから手がけるのはハニトラ大作戦だ。
そのためには彼の好みのタイプを知る必要がある。
さっそく調査が必要だ。俺は元生徒を追った。
彼は奇妙な店に入っていった。『羊々カフェ ラムちゃん(牧場風)』ってなんだろう? こんな店がソンクラムにあったのか。怪しすぎる。
しかし仕事だ。とりあえず俺も入店してみた。
「痛っ」
くそっ、噛まれた。羊に噛まれた。だから動物は嫌いなんだ。
「だ、大丈夫ですか?」
元生徒からだ。
「大丈夫、大丈夫。子供だし、可愛いから噛まれても許せちゃいます」
「そーですよね! 可愛いですから、むしろご褒美ですよね!」
えーーーーーーーーーーーっ!
可愛ければ、噛まれることがご褒美になるのか?
普通だったら、我慢するため必死になるものだろ。あるいは怒るものだろ。
理解できない。俺はここで愛想笑いしかできなかった。
ああ、でも聞いたことがある。
そういうのは特殊性癖とか言ったっけ。
<情報1>元生徒は痛めつけられることを喜ぶ特殊性癖の持ち主。
元生徒は、壁に張られたポスターを眺めていた。
そのポスターには女剣士が描かれている。ああいうのが彼の好みか!
しかし好みとは別に、ただ単に眺めているだけの可能性もある。
よし、聞いてみよう。直接聞くのが一番だ。
「可愛い子ですよね」
至福の笑みを浮かべている元生徒。
「はい。見た途端に驚きました。最高ですね」
「そんな感じの子が好みなんですか」
「ええ、もう、堪りません! ある意味、体毛フェチっていうのでしょうか」
「た……体……、ハハハハハ」
なんだとぉーーーーーーーー?
体毛フェチぃーーーーーーー!
<情報2>元生徒は毛深いオンナが好み。
あのポスターの子は毛深かったのか。
へえ、そんな感じには見えないが……。
元生徒がうっとりと空を見あげる。
「もっともっとボリュームが出てきたら、どうなっちゃうのかな~」
「ええと、ボリュームってどこのでしょう?」
胸か? 尻か?
「イヤですねえ。いま毛の話をしてるんじゃないですか」
この元生徒、その話をまだ続けていたのか。相当なフェチに違いない。
「あっ、そうそう。毛ですよね~」
「もちろんです」
だけどポスターの子は、見た限り……成長期を終えた頃では?
「で、ですが……もうそれ以上にはならないのでは?」
「まだまだこれからです! もっとフサフサしてきますよ。見てみたいなあ」
きっぱり言い切りやがった。
そんなのが見たいのか?
俺はどちらかと言えば苦手だが。
他人の好みは難しい。
もっと聞きだしてみよう。
まだまだこれから――って言ってたな。
では大人っぽいのがいいのか。まさかの熟女好き?
オレはポンッと手を叩いた。
「すると成熟した感じの方がお好みですか」
「うーん……。嫌いじゃないけど幼い方が好きかな。可愛いじゃないですか」
毛深いうえに幼女だと?
見つけるのはなかなか難しいぞ……。
これは困った。
<情報3>そのうえ元生徒は幼女が好み。
කුකු කුකු කුකු කුකු
「お頭、報告があります」
「どうした、ゲンコツ頭」
「例の元生徒をスクールに戻す手があるのです」
「なんだと!」
お頭が興味深そうに前のめりになる。
俺、お頭のために頑張りました!
「その名もハニトラ大作戦。色仕掛けで元生徒を戻すのです。彼の好みはバッチリ調べあげました」
「……」
何故か怪訝そうな目をするお頭。
では、まず彼の好みの報告だ。
「情報1、元生徒は痛めつけられることを喜ぶ特殊性癖の持ち主。情報2、元生徒は毛深いオンナが好み。情報3、そのうえ元生徒は幼女が好み。へへへへ、どうです? あとは該当するオンナを探しだすだけです」
「却下」
「え? よ、よく聞き取れませんでした」
「却下だ」
「えーーーーーー? 何故ですかぁ」
「色仕掛けで意思を変えるとかなあ……。ヤツはお前じゃないんだぞ。だいたいヤツのパーティー仲間を知ってるのか? わざわざ器量のいいオンナを集めたハーレム・パーティーだ。いまさらそんなものが通じるものか!」
えーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!
ガキのくせに、ハーレム・パーティーだと?
殺したい……。羨ましい……。
කුකුකුකුකුකු 黒服の客視点終わり කුකුකුකුකුකු