第8話 酒場デビュー
まだ冒険者スクールをやめたわけもないし、帰る故郷もない。
だから、とりあえずソンクラムへ戻るつもりだった。
しかし地理には疎いため、ラオラオ町からどの馬車に乗り、どこで乗り換えるべきなのか、じっくり調べなければならない。うっかり間違った馬車に乗ったらたいへんだ。だからきょうは町の宿に泊まることにした。
夕食を軽めに終えたオレは、別の店を探している。
いま考えているのは酒場デビューだ。
きょう十五になったのだから、正々堂々と酒という大人の飲み物を楽しめる。
ただしシェムがいっしょなので入れる店は限られている。
ある男が酒場に入った。ゴツい犬を連れている。
どうやら動物連れOKな店のようだ。オレもその店に決めた。
初めての酒場――。想像していたものとは大きく違っていた。
思い描いていたのは、荒くれ男たちが屯し、すぐに喧嘩が始まるような場所。
そこに保安官がやってきて、火炎魔導をぶっぱなす……。
お芝居で観た酒場はだいたいこんな感じだった。
だから少しビビっていた。同時にワクワクもしていた。
大人の世界に足を踏みだすステップだと思っていた。
しかし客は皆、想像していたより、ずっと大人しかった。
いいや、決して大人しくはないが、普通の大衆食堂とあまり変わらない。
雰囲気の違う点といえば、客に子供がいないことくらいか。
それはまあいいとして、何故かジロジロ見られている。
なんだか居心地が悪い。やはり客は危険な連中が多いのか。
「何か?」
目の合ったヒゲオヤジに、そう言ってみた。
実は内心ビクビクだった。
「ここはガキの来るところじゃねえぞ」
おお! お芝居と似たような台詞だ。
「オレはガキじゃない。十五になったんだ」
年上相手には敬語で話すべきだと思いつつも、あえてタメ口にした。
やっと大人になれたのだ。だから舐められたくなかった。
「十五はガキだろ」
大人だ! この場はちゃんと怒った方がいいのだろうか。
だが相手のヒゲオヤジは、プリーストのように図体がデカい。
しかも腰には剣。一戦交えることになったら勝てそうにない。
そんなとき真横から声をかけられた。
「ここ、相席いいかな?」
爽やかイケメンが立っている。
ヒゲオヤジはそっぽを向いた。
「どうぞ、どうぞ」
オレは喜んで相席を承諾した。
「連れもいっしょだけど」
「もちろん構いません」
爽やかイケメンの連れは、二人の美女だった。
なんとも羨ましい。いっしょにテーブルを囲む。
「可愛い猫ちゃんね」
爽やかイケメンの連れ(美女A)が微笑んでいる。
オレはシェムを懐からとりだした。
彼女が無邪気にミャーと鳴く。
どうだい、この可愛らしさ。
オレの自慢だ!
「ホント可愛い。わたしに抱かせて」と美女B。
シェムを美女Bに差しだそうとする。
しかしシェムは両手からするりと抜けてしまった。
オレのもとに戻ってくる。
やはりオレ以外には懐かないようだ。
シェムは寮にいたときもそうだった。
ルアンナにもパーティー仲間にも懐かなかった。
美女Bが拗ねた顔をする。
あなたもじゅうぶん可愛らしいですよ。
ただしシェムには劣りますけど。
美女Aが言う。
「ずいぶん大人しい猫ちゃんね。わたしも猫ちゃんを飼ってたことがあるけど、イタズラが多くてたいへんだったな。あっち行ったりこっち行ったり……。少なくとも酒場や食堂には連れていけなかったわ」
「そうなんです。変わった子猫だとよく言われます」
次に口を開いたのは、爽やかイケメンだ。
「ところでキミは学生さんかな?」
「はい。学生ですけど冒険者でもあります」
「キミも冒険者かあ」
「えっ、皆さんもですか?」
「そうだよ。この三人でパーティーを組んでいるんだ」
「もしかして、この町に来たのは冒険するためでしょうか」
「南の山を冒険する途中で、ここに立ち寄ったのさ」
オレはさっと立ちあがった。
「短期間でいいので、ぜひオレもパーティーに加えてください」
うちの冒険者スクールでは、パーティーの組み替えは許されない。
ましてや他国のパーティーに加わるなど、もってのほかだ。
でもそれは黙っていればいいことだ。
ソンクラムに帰ろうとは思っていたけど、どうしてもってわけじゃない。
冒険者スクールを辞めることにも、あまり未練はない。
なんたってオレはパーティー仲間に裏切られたのだ。
無事に一人でソンクラムに帰ることすら難しい。
ところが爽やかイケメンはこう言った。
「悪いけどそれはできない」
「どうしてですか!」
「冒険は遊びじゃないんだ。命がけなんだ。キミの実力を何も知らない。仮にどんなに優秀な学生だったとしても、やはり俺たちはリスクを抱えられない。そんな余裕はないんだ。イザというときにはキミを守るどころか、キミを盾にしたり囮にしたりするかもしれない。つき合いの長い仲間の命が優先になるからね」
とても厳しい顔つきだった。
彼のいうことは、きっと正しい。
「ごめんなさい。オレ、安直すぎました」
「わかってくれればいいんだ」
「あのー」と女の声。
美女Aとも美女Bとも違う声だ。
帽子を被った若い女が立っている。
その顔を見て驚愕した。
「ルアンナ?」
彼女が小首をかしげる。
寮母のルアンナにそっくりなのだが……。
でもよく見ると少し違う。人違いだったか。
ああ恥ずかしい。
そりゃ、ルアンナがこんなところにいるわけがないよな。
当たり前のことなのに、オレは馬鹿だった。
「ごめんなさい。なんでもありません」
頭を軽くさげると、彼女は一歩後退した。
「もしや、人違いを装ってのナンパですか?」
「アンタがオレたちに声をかけてきたんじゃないですか!」
「あらまあ、そうでした」
ここで爽やかイケメンが彼女に言う。
「で、キミは用があって話しかけてきたんだよね」
「そうです。用があるのはあなたにです」
彼女の指はオレに向いていた。オレに用?
まさか……ナンパを嫌がっておきながらの逆ナンか?